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1章・モエ
園芸のススメ・7
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「いやいや。そういうことだったのね。園芸部かぁ」
「なに……?」
「だって、その子と話したいからって、園芸雑誌買ってくるなんて、どう考えてもあんたらしくないからさ」
「だから?」
「かわいい子なんでしょ……?」
頬杖をつき、やはりにやけ顔で訊ねられ、モエは眉を上げた。まったくうんざりする。これは間違いない。英子は園芸部員のチトのことを完全に女子だと思い込んでいるに違いなかった。ただ、チトがかわいい子か否か――と聞かれれば、それは絶対に前者だ。モエはつい、そっちを先に肯定した。
「あー……、うん、まぁね。どっちかというと、かわいいかも。ただ――……」
「やっぱりー!」
そうは言っても、仲良くなった園芸部員が女子ではない、という事実は大事だ。伝えないままではよくない、と、モエはそれを訂正しようしたが、モエの言葉は、すぐに母のはしゃいだ声に遮られてしまった。
「ねぇ、今度その子、家に連れておいでよ。園芸の話なら、私も聞きたいしさ」
「はあ? 母さん、園芸なんかやんないじゃん。うちの庭、年中ぼっさぼさだし。花なんか植えたことないだろ」
「だから、でしょうが。それに最近、園芸ってブームなんでしょ。母さん、何気に知ってんだから」
「よーく言うよ……。ねこじゃらししか生えない庭歴、数十年のくせに」
「やる気はあんの。ほら、インストだって、園芸やってる人のことめっちゃフォローしてるし。学ぶ気はあるのよ」
英子はそう言いながら、エプロンのポケットからスマホを取り出して見せている。たしかに、それらしいアカウントをいくつかフォローしているようだったが、それにしては我が家の庭は、あまりにひどい。とても他人に来てもらって見せられるようなレベルではない。
鴻森家は、閑静な住宅街にある一戸建て住宅だ。車2台分ほどの駐車スペースは、コンクリートが敷かれているが、庭はすべて土のままになっている。そこには、暖かな季節になると、ねこじゃらしとか、ブタクサとか、すすきの出来損ないみたいな雑草がわんさか生えるのだ。広さはリビングと同じくらいあるだろうか。
その昔、姉の茗子とモエが幼い頃は、そこに全面、芝生が敷かれていたそうだが、芝の管理が面倒になった父が、ある日、頭にきてしまって、庭じゅうに除草剤を撒いたことで芝生は消えてしまい、それ以降、この庭は雑草の庭になっているらしい。
毎年、夏が来ると、父は庭に、定期的に除草剤を撒くのだが、雑草というものは、生命力が強いもので、しばらくすると、また復活してくる。そして、青々と茂っていても雑草。枯れ姿も雑草で、春夏秋冬、庭は荒れ地と化していた。そういうわけで、この家の庭は、心優しい園芸部員、チトもびっくり仰天の「雑草の庭」なのだ。
あんまり見られたくねぇなぁ……。絶対、幻滅されるに決まってる……。
「ね、ね。次の週末なんてどう? 母さん、ヨガの予約キャンセルするからさ。連れてきてよー、お願い!」
まったく乗り気のしないモエの態度から察することもなく、英子は言い出したら聞かない。それにうんざりしながら、モエはため息を吐き、ひとまずは頷いた。打診はしたことにしたものの、断られた――と、テキトーに誤魔化しておけばいいだろう。テキトーにやり過ごすしかない。
「わかったよ……。明日、学校で聞いてみる」
「やった!」
母は拍手をして喜んでいたが、モエはふと気付く。チトが男だということを、伝え忘れてしまっているのだ。だが、今さら訂正して、ぶうぶう文句を言われるのも面倒なので、英子のことはとりあえず放っておくことにした。
***
モエは夕飯を済ませると、自室にこもって、ベッドの上で寝転がり、雑誌を広げた。この雑誌はビギナーのための知識を中心に特集が組まれていて、なかなかわかりやすい。特に、チトから説明を受けた記憶があることについては、いい復習になった。
「庭には、シンボルツリーの選択が重要……。シンボルツリーって、今日、たしかチトもそんなこと言ってたな……」
――このハナミズキさんは、中庭のシンボルツリーなんです。このシンボルツリーを中心にして、庭づくりをしてるんですよ。
シンボルツリーというのは、その名の通り、その庭や住宅を象徴とする存在で、たいてい、背の高い樹木のことをいうらしい。学校の中庭のシンボルツリーは、あのハナミズキなのだそうだ。
「なに……?」
「だって、その子と話したいからって、園芸雑誌買ってくるなんて、どう考えてもあんたらしくないからさ」
「だから?」
「かわいい子なんでしょ……?」
頬杖をつき、やはりにやけ顔で訊ねられ、モエは眉を上げた。まったくうんざりする。これは間違いない。英子は園芸部員のチトのことを完全に女子だと思い込んでいるに違いなかった。ただ、チトがかわいい子か否か――と聞かれれば、それは絶対に前者だ。モエはつい、そっちを先に肯定した。
「あー……、うん、まぁね。どっちかというと、かわいいかも。ただ――……」
「やっぱりー!」
そうは言っても、仲良くなった園芸部員が女子ではない、という事実は大事だ。伝えないままではよくない、と、モエはそれを訂正しようしたが、モエの言葉は、すぐに母のはしゃいだ声に遮られてしまった。
「ねぇ、今度その子、家に連れておいでよ。園芸の話なら、私も聞きたいしさ」
「はあ? 母さん、園芸なんかやんないじゃん。うちの庭、年中ぼっさぼさだし。花なんか植えたことないだろ」
「だから、でしょうが。それに最近、園芸ってブームなんでしょ。母さん、何気に知ってんだから」
「よーく言うよ……。ねこじゃらししか生えない庭歴、数十年のくせに」
「やる気はあんの。ほら、インストだって、園芸やってる人のことめっちゃフォローしてるし。学ぶ気はあるのよ」
英子はそう言いながら、エプロンのポケットからスマホを取り出して見せている。たしかに、それらしいアカウントをいくつかフォローしているようだったが、それにしては我が家の庭は、あまりにひどい。とても他人に来てもらって見せられるようなレベルではない。
鴻森家は、閑静な住宅街にある一戸建て住宅だ。車2台分ほどの駐車スペースは、コンクリートが敷かれているが、庭はすべて土のままになっている。そこには、暖かな季節になると、ねこじゃらしとか、ブタクサとか、すすきの出来損ないみたいな雑草がわんさか生えるのだ。広さはリビングと同じくらいあるだろうか。
その昔、姉の茗子とモエが幼い頃は、そこに全面、芝生が敷かれていたそうだが、芝の管理が面倒になった父が、ある日、頭にきてしまって、庭じゅうに除草剤を撒いたことで芝生は消えてしまい、それ以降、この庭は雑草の庭になっているらしい。
毎年、夏が来ると、父は庭に、定期的に除草剤を撒くのだが、雑草というものは、生命力が強いもので、しばらくすると、また復活してくる。そして、青々と茂っていても雑草。枯れ姿も雑草で、春夏秋冬、庭は荒れ地と化していた。そういうわけで、この家の庭は、心優しい園芸部員、チトもびっくり仰天の「雑草の庭」なのだ。
あんまり見られたくねぇなぁ……。絶対、幻滅されるに決まってる……。
「ね、ね。次の週末なんてどう? 母さん、ヨガの予約キャンセルするからさ。連れてきてよー、お願い!」
まったく乗り気のしないモエの態度から察することもなく、英子は言い出したら聞かない。それにうんざりしながら、モエはため息を吐き、ひとまずは頷いた。打診はしたことにしたものの、断られた――と、テキトーに誤魔化しておけばいいだろう。テキトーにやり過ごすしかない。
「わかったよ……。明日、学校で聞いてみる」
「やった!」
母は拍手をして喜んでいたが、モエはふと気付く。チトが男だということを、伝え忘れてしまっているのだ。だが、今さら訂正して、ぶうぶう文句を言われるのも面倒なので、英子のことはとりあえず放っておくことにした。
***
モエは夕飯を済ませると、自室にこもって、ベッドの上で寝転がり、雑誌を広げた。この雑誌はビギナーのための知識を中心に特集が組まれていて、なかなかわかりやすい。特に、チトから説明を受けた記憶があることについては、いい復習になった。
「庭には、シンボルツリーの選択が重要……。シンボルツリーって、今日、たしかチトもそんなこと言ってたな……」
――このハナミズキさんは、中庭のシンボルツリーなんです。このシンボルツリーを中心にして、庭づくりをしてるんですよ。
シンボルツリーというのは、その名の通り、その庭や住宅を象徴とする存在で、たいてい、背の高い樹木のことをいうらしい。学校の中庭のシンボルツリーは、あのハナミズキなのだそうだ。
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