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1章・モエ
植物日記・3
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心臓の鼓動がうるさくて煩わしいうえに、やけに喉が渇く。体が火照り、ワイシャツの下には汗がじわりと滲んでいく。なんだか少し緊張しているようだが、モエは自分でもその理由がわからなかった。
そもそも、友だちができんのなんて、いつぶりだ……?
このおかしな緊張感は、久しく友だちがいなかったせいだろうか。戸惑いながらも、ひとまずは雑誌に目を戻す。そうして、適当に話題を探した。
「葉っぱの種類って、こんなにあるんだな。俺も植物のこと、もうちょっといっぺんに覚えられたらいいのに。まだ斑入りと銅葉で精一杯だよ……」
「十分、覚えるの早いと思うけどね。モエくん、園芸やるようになって、まだ今日で3日目なのに」
「興味あることだけは、記憶力いいんだ、俺。ゲームのモンスターの名前とか、一度見ればすぐ頭に入るしね。今だってまだ言えるよ」
得意げにそう言ったあと、昔にハマったRPGゲームに出てくるモンスターの名前を、片っ端から言い並べていく。それを楽しそうに聞きながら、チトはなにかを思いついたかのように、「あっ」と声を上げた。
「そうだ、モエくん。植物のこと覚えたいなら、植物日記をつけるのがいいよ」
「植物日記?」
「そう。僕も園芸を始めたばっかりの頃、植物の品種とか、庭のどこになにを植えたかとか、すぐ忘れちゃったりして大変だったんで、植物日記を作ったんだ」
植物日記――と聞いて、モエは途端に下唇を突き出した。その表情に、チトは首を傾げる。
「あれ、モエくん……?」
「日記かぁ……。俺、続けられるかなぁ……」
日記というものを、どうも面倒くさがってしまうのは、剣道部にいた頃、部活ノートというものがあったからだ。部活ノートは、毎日の提出が義務付けられていて、休みの日まで書かなければならないというルールがあった。
提出を怠れば、必ず顧問に呼び出され、叱られる。ついでに、部長である吉川にも叱られる。その強制的なルールが、モエは大の苦手だった。
ただし、提出する部活ノートとはべつに、モエは自主的に剣道ノートというものを作ってもいた。それは中学時代から続けている分析ノートで、気が向いたときにうまくいった技を書いておいたり、克服したい弱点の研究などを書きなぐったものだった。いわば、ネタ帳のようなものかもしれない。
だから、ノートをつけることに抵抗はない。ただ、日記となると、分析ノートとは違い、絶対に毎日向かわなければならない、という強制的なルールが発生する。それがモエにはどうも肌に合わないのだ。
「毎日書くのって、俺、どうもだめでさ……」
そうこぼすと、チトは言った。
「大丈夫。毎日なんか書かなくたっていいんだよ。もちろん、毎日書けばそれだけ、覚えるのは速いだろうけどね」
「そっか……。気が向いたときだけでいいの?」
「そう。植えた草とか、気になった花とか、箇条書きにして書いておけば、あとから見返してもけっこう使えるツールになるよ」
それを聞けば、なんだか俄然やれる気になる。毎日じゃなくても、気になったときに書けばいいのなら、剣道の分析ノートと同じだ。
「へえ。チトくんがそう言うならやってみようかな……。ちなみに、どんなふうに書けばいいの?」
「どう書いても、自分さえ見てわかればそれでいいんだけど、まずは日付と天気。これは、植物の芽吹き時季や開花時季の、標準と照らし合わせたりできるからね。それから、その植物の名前と、植えた場所と……、そのときの状態かな。よかったら、今度僕の日記見せるけど――……」
「ほんと? 見たい、見たい! チトくんのノート!」
チトの植物日記と聞いて、無論それが見たくなる。きっと、そのノートには、まだモエが知らない頃のチトの言葉がいっぱい記されているのだ。しかし、日記を見せる――と言ってから、チトはなにやら顔色を曇らせて、黙り込んでしまった。モエは首を傾げる。
「チトくん、どうしたの?」
「いや……、なんでもないです……。その、最近のは汚くて……、誰かに見せられるようなもんじゃないから……」
「いいのに、そんなの。俺は気にしないけど」
「ぼ、僕は気になるので……! そうだ、ちょうど植物にハマった頃のノートがあるので、それを今度、持ってきますよ」
そう言って、チトは親指を立てて見せる。モエは頷いて、まだ見ぬチトの昔の植物日記の中身を想像し、胸を躍らせた。
「楽しみだなぁ、俺の知らないチトくん」
そう言って、また雑誌に目を戻すと、チトはまた照れくさそうに笑った。ちなみに、チトの口調はいつの間にか敬語に戻ってしまっていたが、しばらくすると、また、自然と友だち言葉に変わっていった。そうして、「やっぱりくすぐったいな」と、頬を赤らめ、照れくさそうに笑った。
そもそも、友だちができんのなんて、いつぶりだ……?
このおかしな緊張感は、久しく友だちがいなかったせいだろうか。戸惑いながらも、ひとまずは雑誌に目を戻す。そうして、適当に話題を探した。
「葉っぱの種類って、こんなにあるんだな。俺も植物のこと、もうちょっといっぺんに覚えられたらいいのに。まだ斑入りと銅葉で精一杯だよ……」
「十分、覚えるの早いと思うけどね。モエくん、園芸やるようになって、まだ今日で3日目なのに」
「興味あることだけは、記憶力いいんだ、俺。ゲームのモンスターの名前とか、一度見ればすぐ頭に入るしね。今だってまだ言えるよ」
得意げにそう言ったあと、昔にハマったRPGゲームに出てくるモンスターの名前を、片っ端から言い並べていく。それを楽しそうに聞きながら、チトはなにかを思いついたかのように、「あっ」と声を上げた。
「そうだ、モエくん。植物のこと覚えたいなら、植物日記をつけるのがいいよ」
「植物日記?」
「そう。僕も園芸を始めたばっかりの頃、植物の品種とか、庭のどこになにを植えたかとか、すぐ忘れちゃったりして大変だったんで、植物日記を作ったんだ」
植物日記――と聞いて、モエは途端に下唇を突き出した。その表情に、チトは首を傾げる。
「あれ、モエくん……?」
「日記かぁ……。俺、続けられるかなぁ……」
日記というものを、どうも面倒くさがってしまうのは、剣道部にいた頃、部活ノートというものがあったからだ。部活ノートは、毎日の提出が義務付けられていて、休みの日まで書かなければならないというルールがあった。
提出を怠れば、必ず顧問に呼び出され、叱られる。ついでに、部長である吉川にも叱られる。その強制的なルールが、モエは大の苦手だった。
ただし、提出する部活ノートとはべつに、モエは自主的に剣道ノートというものを作ってもいた。それは中学時代から続けている分析ノートで、気が向いたときにうまくいった技を書いておいたり、克服したい弱点の研究などを書きなぐったものだった。いわば、ネタ帳のようなものかもしれない。
だから、ノートをつけることに抵抗はない。ただ、日記となると、分析ノートとは違い、絶対に毎日向かわなければならない、という強制的なルールが発生する。それがモエにはどうも肌に合わないのだ。
「毎日書くのって、俺、どうもだめでさ……」
そうこぼすと、チトは言った。
「大丈夫。毎日なんか書かなくたっていいんだよ。もちろん、毎日書けばそれだけ、覚えるのは速いだろうけどね」
「そっか……。気が向いたときだけでいいの?」
「そう。植えた草とか、気になった花とか、箇条書きにして書いておけば、あとから見返してもけっこう使えるツールになるよ」
それを聞けば、なんだか俄然やれる気になる。毎日じゃなくても、気になったときに書けばいいのなら、剣道の分析ノートと同じだ。
「へえ。チトくんがそう言うならやってみようかな……。ちなみに、どんなふうに書けばいいの?」
「どう書いても、自分さえ見てわかればそれでいいんだけど、まずは日付と天気。これは、植物の芽吹き時季や開花時季の、標準と照らし合わせたりできるからね。それから、その植物の名前と、植えた場所と……、そのときの状態かな。よかったら、今度僕の日記見せるけど――……」
「ほんと? 見たい、見たい! チトくんのノート!」
チトの植物日記と聞いて、無論それが見たくなる。きっと、そのノートには、まだモエが知らない頃のチトの言葉がいっぱい記されているのだ。しかし、日記を見せる――と言ってから、チトはなにやら顔色を曇らせて、黙り込んでしまった。モエは首を傾げる。
「チトくん、どうしたの?」
「いや……、なんでもないです……。その、最近のは汚くて……、誰かに見せられるようなもんじゃないから……」
「いいのに、そんなの。俺は気にしないけど」
「ぼ、僕は気になるので……! そうだ、ちょうど植物にハマった頃のノートがあるので、それを今度、持ってきますよ」
そう言って、チトは親指を立てて見せる。モエは頷いて、まだ見ぬチトの昔の植物日記の中身を想像し、胸を躍らせた。
「楽しみだなぁ、俺の知らないチトくん」
そう言って、また雑誌に目を戻すと、チトはまた照れくさそうに笑った。ちなみに、チトの口調はいつの間にか敬語に戻ってしまっていたが、しばらくすると、また、自然と友だち言葉に変わっていった。そうして、「やっぱりくすぐったいな」と、頬を赤らめ、照れくさそうに笑った。
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