【完結】恋に花咲け、植物男子!

いなば海羽丸

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1章・モエ

週末の約束・7

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 トクトクトク……と、わずかに高鳴り始めた心臓の鼓動を感じながら、首をかしげる。久しぶりに友だちができたせいで、少し心が浮かれているせいだろうか。モエは自らを落ち着かせようと、胸を軽く叩いた。そんなモエの前で、英子はエプロンを脱ぎながら、声をはずませている。

「ねぇ、チトくん。ジューンベリーって、フツウの園芸店に売ってるかしら」
「はい、ジューンベリーなら、ホームセンターとかでも取り扱ってると思いますけど……」
「ちょっと、まさか母さん……。これから買いに行く気?」
「そう。思い立ったが吉日よ! お父さん、車出して」

 思い立ったが――といっても、あまりに気が早すぎる。というか、優先順位がどうかしている。そもそも、庭はまだ雑草がはびこっていて、とてもなにかを植えるような状態でもないのだ。チトも英子の衝動性にはあせったのか、慌てている。

「ちょ、ちょっと待ってください! 申し訳ないんですけど、このお庭で植物を植える前に、先にやらなくちゃいけないことがあるんです。できれば、それを先にやってほしいかな、と……」
「植物を植える前……?」

 きょとん、とした顔で、英子はたずねるが、モエにはむしろ、彼女がその表情になっているのか不思議なくらいだった。

「雑草取り! だよね、チトくん」
「あぁ、うん……。それもそうなんだけど……、土壌改良を……」
「土壌改良……?」

 これまで一度も聞いたことのなかった言葉の登場に、モエもき返す。土壌改良。なんだか専門用語のような、ちょっと小難しい雰囲気がある。

「実は庭づくりをするのには、これが一番大事でね。雑草を取ったら、少し土に肥やしを入れて、耕して、ある程度土壌を整えたほうがいいと思うんだ。状態を見る限りでは、土がけっこう固そうだし、栄養分も少ない気がする。このまま、ただ植えても、せっかくの植物も育たないで、だめになっちゃうこともあるかもしれないから」
「なるほどな――……」

 そう頷いたが、ふと見ると、両親も、姉の茗子も、みんなそろって、まるで苦虫を噛み潰したような、とてつもなく嫌そうな顔をしている。きっと雑草とりと、土壌改良が億劫おっくうに違いない。家族のその反応に、モエはあきれてしまった。結局、鴻森家の人間はみんなめんどうくさがりで、楽しいところばかりに目がいきがちなミーハー気質。地味な仕事はやりたがらないのだ。

 やっぱり、家の庭でガーデニングなんか、ムリなんじゃね……?


***


 夕方、モエはチトに念のために庭を見てもらって、日が陰るまではふたりで雑草取りをした。ちなみに、毅と英子は、夕飯の買い出しに出かけてしまって不参加。姉の茗子は手伝ってくれようとしたのだが、小さなイモムシに恐れをなして、開始15分で、さっさと家の中に入ってしまった。

 太陽が沈むギリギリまでチトは手伝ってくれたが、すべては手がつけられなかった。3分の1ほどを残して、その日は作業を終えたが、それでもわずか2時間ほどで、庭の3分の2の雑草を取り除いたのだから、我ながらたいしたものだ。チトは「きっと、この数日間で、モエくんの雑草取りのスキルが上がってるんだよ」と笑った。もちろん、モエもそんな気はしている。

 その日、英子はそのお礼に、チトに夕食を振舞ふるまった。夕食は昼食のときと同様、あいかわらずにぎやかで、デザートにはケーキまで登場した。しかもそれは、駅前の百貨店にしか入っていない、アメリカンデザートの専門店のもの。なにかお祝いのときでもなければ、英子がその店のケーキを買ってくることはない。その準備のよさには、モエもさすがに参ってしまった。

「はぁー、食った、食ったぁ」
「ほんとだねぇ、僕、もう胃袋がはちきれそうだよ」

 夕飯をたらふく食べたあと、モエはチトを自室へ誘った。家族のいるリビングでは、ゆっくり話もできない。ひとまず土壌改良が必要だと言われて、ほんの一瞬は大人しくなった母だったが、夕食の間、土壌改良の方法や、必要なものをチトにいて、スマホにメモしているところを見る限り、どうやら彼女はそこそこ本気で、この家の庭をどうにかしようという気があるらしかった。

 もちろん、それはモエとしては願ったり叶ったりだ。ただし、そうしてチトとリビングにいると、英子の存在が邪魔で、モエはチトと落ち着いて話もできやしない。それに、モエはチトにどうしても見せてもらいたいものがあって、昼間からずっとその欲望にえていた。

 そろそろ限界だ……。どうしても今夜、見たい……。チトくんの――……。
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