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1章・モエ
週末の約束・6
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「すみません、そこで僕から提案なんですが……」
そのひと言で、モエも含め、そこにいる鴻森家の全員の視線が、一斉にチトへ向けられる。だが、チトは表情を変えず、冷静な目で、紙に書いた長方形の真ん中でペンを走らせた。
「モエくんちのお庭は、今、まっさらな状態です。なので、シンボルツリーに流行りのものを植えてしまうのは、ちょっともったいない気がします。もちろん、ユーカリやオリーブ、ミモザを植えてもいいんですが、シンボルツリーはその名の通り、存在感がありますから、それ次第で庭の雰囲気が決まってしまうことがあるんですよ」
「それって、松を植えたら和風になっちゃう、みたいな話かい?」
「ちょっと、やだ。松なんか絶対植えないわよ」
父、毅のたとえ話に、ソッコーで英子が牽制した。だが、たしかに毅のたとえ話は極端ではあるものの、わかりやすかった。要するにそういうことだ。
「シンボルツリーの雰囲気は偏っていないほうが、その先に選択肢が広がります。そのあと植える草花や、庭づくりの雰囲気もそれに合わせていくようになりますから。実際に庭作りをしていると、だんだん最初のイメージと実際の庭の方針が合わなくなってくることもよくあるので、最初はなるべく固めないで、どっちにでも転べるようにしといたほうがいいと思うんですよ」
「なるほどね。ちなみにさ、シンボルツリーをあとに植えるってのはどうなの?」
存在感の強いシンボルツリーを最初に植えるのではなく、ある程度、庭の雰囲気が固まってから植えたほうが、自由度が増すのではないか。モエはそう考えた。だが、チトはかぶりを振る。
「それだと、余計に大変かも。たしかに、シンボルツリーをあとに植えるっていう方法もあるけど、主役を最初に決めたほうが、世界観は作りやすくなると思うんだよね」
「そっか……。主役かぁ」
たしかに、庭の主はその庭の主役と言うべき存在だ。モエは納得する。
「庭づくりをする前には、ある程度のテーマを決めることも必要なんです。ただ、モエくんちのお庭は、これからどんなふうにも作れる状態ですから、選択肢は多い方がいい。これから先のことを考えて、今、先に植えるとすれば、あまり偏らない雰囲気の樹木がいいかなぁって思うんですよ」
「それって、たとえばどんなのがあるの?」
英子が訊くと、チトは黒縁眼鏡をくい、と指で押し上げてから、再びカバンの中を漁って、分厚い図鑑を取り出した。モエは目を瞠る。今日、植物日記のほかに、こんなものを持ってきていたとは驚きだった。
「僕がおすすめしたいのは、雑木系です。たとえば、これ。アオダモとか……」
チトは4、5センチはありそうな分厚い図鑑をペラペラとめくり、「アオダモ」という植物の写真を見つけると、それを指差した。モエを含めた、鴻森家の全員は揃ってその写真を覗き込む。しかし、モエはどうもピンとこない。おそらく、そこにいる誰もが同じことを感じていただろう。
アオダモという樹木はまったく馴染みのない名前で、写真で見ると、どうやら白い花が咲くようだったが、それもなんだかすすきやブタクサの花がうんと小さくなったような感じだった。ハナミズキや桜のように花自体に華やかさはない。だが、チトは言う。
「アオダモの木を植えている、イコール、おしゃれな庭なんです!」
「アオダモ……、そうなの?」
「そう! アオダモのいいところは、まず、葉と幹の色です。葉っぱは透き通るような緑色が本当にきれいですし、幹の色も独特なまだら模様があって、存在感があります。手入れも、そんなに生い茂るタイプじゃないので、比較的楽だと思いますよ」
「ほう……」
「あ、あとは――……」
どうも鴻森家にはそれの魅力が伝わらない。チトはそう思ったのか、さらに図鑑をめくっていく。そうして、あるページで手を止めた。
「ジューンベリーもおすすめです。これは、緑を楽しめて、実が食べれて、紅葉も楽しめる、三拍子そろった優秀な雑木ですよ」
「へえ。紅葉が楽しめるのはいいかもなぁ」
毅が顎をさすりながら言う。秋生まれの彼は、毎年、何度も紅葉狩りに家族を誘うほど、紅葉好きだ。父、毅に刺さったとわかったせいか、チトの説明にも熱が入る。
「ですよねぇ! ジューンベリーは成長がゆっくりなので、わりと手もかからないですよ。ビギナーさんにはおすすめな樹木です」
「ふうん。ジューンベリーって、いいかもね。ベリーってつく名前もかわいいし。お父さんの誕生日に紅葉してくれたらきっときれいだろうし」
「私、ジューンベリーの実、食べてみたーい!」
それまで、黙って会話を聞いていた姉の茗子も、ベリーという名前のせいか、目をキラキラさせている。どうやら、鴻森家のシンボルツリー、ひとまずの第一候補は、ジューンベリーで決まりのようだ。
「じゃあ決まりですね! モエくんも、それで大丈夫?」
「う、うん……」
「よかったぁ!」
チトは再び紙の上でペンを走らせ、長方形の真ん中につけた、黒い丸の近くに「ジューンベリー」と書き足している。モエは隣で、彼の手元をぼんやりと見つめた。ほどなくして、彼がその視線に気付いたのか、目線を上げる。チトは嬉しそうに笑みを見せたが、その瞬間。トクン、とモエの心臓が波打った。
ん……? なんだ、今の……?
そのひと言で、モエも含め、そこにいる鴻森家の全員の視線が、一斉にチトへ向けられる。だが、チトは表情を変えず、冷静な目で、紙に書いた長方形の真ん中でペンを走らせた。
「モエくんちのお庭は、今、まっさらな状態です。なので、シンボルツリーに流行りのものを植えてしまうのは、ちょっともったいない気がします。もちろん、ユーカリやオリーブ、ミモザを植えてもいいんですが、シンボルツリーはその名の通り、存在感がありますから、それ次第で庭の雰囲気が決まってしまうことがあるんですよ」
「それって、松を植えたら和風になっちゃう、みたいな話かい?」
「ちょっと、やだ。松なんか絶対植えないわよ」
父、毅のたとえ話に、ソッコーで英子が牽制した。だが、たしかに毅のたとえ話は極端ではあるものの、わかりやすかった。要するにそういうことだ。
「シンボルツリーの雰囲気は偏っていないほうが、その先に選択肢が広がります。そのあと植える草花や、庭づくりの雰囲気もそれに合わせていくようになりますから。実際に庭作りをしていると、だんだん最初のイメージと実際の庭の方針が合わなくなってくることもよくあるので、最初はなるべく固めないで、どっちにでも転べるようにしといたほうがいいと思うんですよ」
「なるほどね。ちなみにさ、シンボルツリーをあとに植えるってのはどうなの?」
存在感の強いシンボルツリーを最初に植えるのではなく、ある程度、庭の雰囲気が固まってから植えたほうが、自由度が増すのではないか。モエはそう考えた。だが、チトはかぶりを振る。
「それだと、余計に大変かも。たしかに、シンボルツリーをあとに植えるっていう方法もあるけど、主役を最初に決めたほうが、世界観は作りやすくなると思うんだよね」
「そっか……。主役かぁ」
たしかに、庭の主はその庭の主役と言うべき存在だ。モエは納得する。
「庭づくりをする前には、ある程度のテーマを決めることも必要なんです。ただ、モエくんちのお庭は、これからどんなふうにも作れる状態ですから、選択肢は多い方がいい。これから先のことを考えて、今、先に植えるとすれば、あまり偏らない雰囲気の樹木がいいかなぁって思うんですよ」
「それって、たとえばどんなのがあるの?」
英子が訊くと、チトは黒縁眼鏡をくい、と指で押し上げてから、再びカバンの中を漁って、分厚い図鑑を取り出した。モエは目を瞠る。今日、植物日記のほかに、こんなものを持ってきていたとは驚きだった。
「僕がおすすめしたいのは、雑木系です。たとえば、これ。アオダモとか……」
チトは4、5センチはありそうな分厚い図鑑をペラペラとめくり、「アオダモ」という植物の写真を見つけると、それを指差した。モエを含めた、鴻森家の全員は揃ってその写真を覗き込む。しかし、モエはどうもピンとこない。おそらく、そこにいる誰もが同じことを感じていただろう。
アオダモという樹木はまったく馴染みのない名前で、写真で見ると、どうやら白い花が咲くようだったが、それもなんだかすすきやブタクサの花がうんと小さくなったような感じだった。ハナミズキや桜のように花自体に華やかさはない。だが、チトは言う。
「アオダモの木を植えている、イコール、おしゃれな庭なんです!」
「アオダモ……、そうなの?」
「そう! アオダモのいいところは、まず、葉と幹の色です。葉っぱは透き通るような緑色が本当にきれいですし、幹の色も独特なまだら模様があって、存在感があります。手入れも、そんなに生い茂るタイプじゃないので、比較的楽だと思いますよ」
「ほう……」
「あ、あとは――……」
どうも鴻森家にはそれの魅力が伝わらない。チトはそう思ったのか、さらに図鑑をめくっていく。そうして、あるページで手を止めた。
「ジューンベリーもおすすめです。これは、緑を楽しめて、実が食べれて、紅葉も楽しめる、三拍子そろった優秀な雑木ですよ」
「へえ。紅葉が楽しめるのはいいかもなぁ」
毅が顎をさすりながら言う。秋生まれの彼は、毎年、何度も紅葉狩りに家族を誘うほど、紅葉好きだ。父、毅に刺さったとわかったせいか、チトの説明にも熱が入る。
「ですよねぇ! ジューンベリーは成長がゆっくりなので、わりと手もかからないですよ。ビギナーさんにはおすすめな樹木です」
「ふうん。ジューンベリーって、いいかもね。ベリーってつく名前もかわいいし。お父さんの誕生日に紅葉してくれたらきっときれいだろうし」
「私、ジューンベリーの実、食べてみたーい!」
それまで、黙って会話を聞いていた姉の茗子も、ベリーという名前のせいか、目をキラキラさせている。どうやら、鴻森家のシンボルツリー、ひとまずの第一候補は、ジューンベリーで決まりのようだ。
「じゃあ決まりですね! モエくんも、それで大丈夫?」
「う、うん……」
「よかったぁ!」
チトは再び紙の上でペンを走らせ、長方形の真ん中につけた、黒い丸の近くに「ジューンベリー」と書き足している。モエは隣で、彼の手元をぼんやりと見つめた。ほどなくして、彼がその視線に気付いたのか、目線を上げる。チトは嬉しそうに笑みを見せたが、その瞬間。トクン、とモエの心臓が波打った。
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