26 / 53
1章・モエ
週末の約束・5
しおりを挟む
それから、モエはリビングでチトや家族と一緒に昼ごはんを食べると、早速チトに家の庭を見てもらった。見てもらったと言っても、一目瞭然だ。モエの自宅の庭は、毅によると10坪ほどあるということだったが、木はおろか、花は一輪だって咲いていない。赤茶色の土の上には、あちこちで雑草が生い茂っているだけだ。ところが、チトは言う。
「すごくいい庭ですね」
「ええッ! どこが!」
家族全員の声が揃って、チトが笑う。だが、お世辞を言うにしても、今のはちょっと度が過ぎている。逆に嫌味のようだ。モエはそう思ったが、チトはひとしきり笑ったあと、かぶりを振った。
「ここ、いい庭ですよ。まず、綺麗な長方形がいい。向きは南――いや、ちょっと南西かな。どのみち、日当たりは相当いいですよね?」
「そうね……。洗濯物はよく乾くけど……、夏は暑いくらいなの」
「なるほど……」
「綺麗なお庭にしたいんだけどね……。もうどこから手をつけていいんだかわかんなくって……」
英子がそう言ったのを聞くなり、モエは眉を上げる。どこから手をつければいいのかは、見ればわかりそうなものだが、呆れるモエの隣で、チトはカバンの中から、一冊のノートを取り出して開き、筆記用具を出した。それの表紙部分には「植物日記」と書かれている。思わずモエは「あっ」と声を上げた。
「でた! チトくんの植物日記!」
まだそれを見せてもらっていなかったモエが興奮気味にそう言うと、チトは照れくさそうに笑みを見せる。それから、一番後ろのページを破いて取り、その紙の上で、ボールペンを走らせていく。
「形がきれいなほうが、庭は絶対に作りやすいんです。あと、日当たり。日当たりがよすぎるのは、アイデア次第でいくらでも日陰を作れます。でも、隣接した建物や、大きな樹木、そもそもの立地などで、日当たりが悪いのはどうしようもありません。まぁ、それでもやりようはいくらでもあるんですけど……」
モエは話を聞きながら、チトの手先をじっと見つめた。チトはこの家の庭を模した長方形をそこに描き、東西南北を書き足すと、リビングの窓から見える、雑草だらけの庭を見つめた。
「でも、日当たりがいいからですかね。あの種の量……、ナガミヒナゲシが群生してました?」
不意に、聞き慣れない名前が登場して、モエは慌てて訊き返す。
「ナガミ……なに?」
「ナガミヒナゲシ。ヨーロッパから来た外来種だよ。春になるとここに、ポピーみたいなかわいい花が咲くでしょ?」
「そう、そう。でも、あれね、触ると手がかぶれるのよ」
「そうなんです。あれは放っておくと、こぼれ種で無数に増えて、どこからでも出てくる厄介者なんです。今後は出てきたら、軍手をした状態で引っこ抜くか、まだ芽吹いたばかりのタイミングで抜いちゃってください。駆逐しないと大変なことになりますから」
すでに大変なことにはなっている気がするが、モエは頷く。すると、チトは紙の上に目線を落とし、長方形の真ん中あたりに、黒い丸印をつけた。
「まず、庭を作るにはシンボルツリーを決めなきゃいけません。日影ができるものがいいので、常緑でもいいかもしれませんが、常緑の木は基本的に、剪定で忙しくなるものが多い特徴があります」
そう言って、チトはモエの顔をちら、と窺う。まるで彼は「剪定はモエくんの仕事になるかもね」と言わんばかりだ。モエは慌ててかぶりを振った。
「だめ、だめ! シンボルツリーといえば、落葉樹だろ、やっぱ!」
「えー、そうなの?」
「雑誌でも達人がそう言ってたし!」
「落葉樹は僕もおすすめです。落ちた葉は腐葉土に使えますし、紅葉がきれいな種類もたくさんありますから」
チトがそう言ったのを聞いて、英子はなにかを思い出したかのように「あっ」と声をあげる。それから、すぐさま提案をはじめた。
「じゃあさ、ユーカリなんかどう? それか、ミモザ! 最近、流行りじゃない?」
「たしかに、流行ってますね。でも、どちらも常緑です。しかも、オージープランツですね」
「オージープランツ?」
「オーストラリアとか、南アフリカ、ニュージーランド原産の乾燥した地域の植物を、園芸業界で総称してそう呼ぶんです。ミモザもユーカリも、おしゃれでいいと思います。ただ、オージーはだいたいが常緑で、しかも成長が早い特徴があるので、これも、剪定をマメにしなければならないんですよねぇ……」
チトはそう言いながら、またモエに視線を送る。モエは再びかぶりを振った。しょっちゅう剪定しなければならない樹木は、なんとしても候補から避けなければならない。
「だめ! ユーカリとミモザ反対!」
「そうなの? なんだか、意外と難しいのねぇ……」
「どうせ剪定は男の仕事になるんだからさぁ、手入れが楽なやつにしようよ。ねぇ、父さん」
「ん? おう。まぁ、好きなものを植えたらいいよ」
モエはジトっと父を睨む。そうやって長年、母に選択権を預け続けた結果、芝生にブチ切れたんだろうが、と言い返したいのは山々だが、その文句をここで今、言ったところでしようがない。頬杖をつき、ため息を漏らす。すると、その隣でチトが遠慮がちに手を挙げた。
「すごくいい庭ですね」
「ええッ! どこが!」
家族全員の声が揃って、チトが笑う。だが、お世辞を言うにしても、今のはちょっと度が過ぎている。逆に嫌味のようだ。モエはそう思ったが、チトはひとしきり笑ったあと、かぶりを振った。
「ここ、いい庭ですよ。まず、綺麗な長方形がいい。向きは南――いや、ちょっと南西かな。どのみち、日当たりは相当いいですよね?」
「そうね……。洗濯物はよく乾くけど……、夏は暑いくらいなの」
「なるほど……」
「綺麗なお庭にしたいんだけどね……。もうどこから手をつけていいんだかわかんなくって……」
英子がそう言ったのを聞くなり、モエは眉を上げる。どこから手をつければいいのかは、見ればわかりそうなものだが、呆れるモエの隣で、チトはカバンの中から、一冊のノートを取り出して開き、筆記用具を出した。それの表紙部分には「植物日記」と書かれている。思わずモエは「あっ」と声を上げた。
「でた! チトくんの植物日記!」
まだそれを見せてもらっていなかったモエが興奮気味にそう言うと、チトは照れくさそうに笑みを見せる。それから、一番後ろのページを破いて取り、その紙の上で、ボールペンを走らせていく。
「形がきれいなほうが、庭は絶対に作りやすいんです。あと、日当たり。日当たりがよすぎるのは、アイデア次第でいくらでも日陰を作れます。でも、隣接した建物や、大きな樹木、そもそもの立地などで、日当たりが悪いのはどうしようもありません。まぁ、それでもやりようはいくらでもあるんですけど……」
モエは話を聞きながら、チトの手先をじっと見つめた。チトはこの家の庭を模した長方形をそこに描き、東西南北を書き足すと、リビングの窓から見える、雑草だらけの庭を見つめた。
「でも、日当たりがいいからですかね。あの種の量……、ナガミヒナゲシが群生してました?」
不意に、聞き慣れない名前が登場して、モエは慌てて訊き返す。
「ナガミ……なに?」
「ナガミヒナゲシ。ヨーロッパから来た外来種だよ。春になるとここに、ポピーみたいなかわいい花が咲くでしょ?」
「そう、そう。でも、あれね、触ると手がかぶれるのよ」
「そうなんです。あれは放っておくと、こぼれ種で無数に増えて、どこからでも出てくる厄介者なんです。今後は出てきたら、軍手をした状態で引っこ抜くか、まだ芽吹いたばかりのタイミングで抜いちゃってください。駆逐しないと大変なことになりますから」
すでに大変なことにはなっている気がするが、モエは頷く。すると、チトは紙の上に目線を落とし、長方形の真ん中あたりに、黒い丸印をつけた。
「まず、庭を作るにはシンボルツリーを決めなきゃいけません。日影ができるものがいいので、常緑でもいいかもしれませんが、常緑の木は基本的に、剪定で忙しくなるものが多い特徴があります」
そう言って、チトはモエの顔をちら、と窺う。まるで彼は「剪定はモエくんの仕事になるかもね」と言わんばかりだ。モエは慌ててかぶりを振った。
「だめ、だめ! シンボルツリーといえば、落葉樹だろ、やっぱ!」
「えー、そうなの?」
「雑誌でも達人がそう言ってたし!」
「落葉樹は僕もおすすめです。落ちた葉は腐葉土に使えますし、紅葉がきれいな種類もたくさんありますから」
チトがそう言ったのを聞いて、英子はなにかを思い出したかのように「あっ」と声をあげる。それから、すぐさま提案をはじめた。
「じゃあさ、ユーカリなんかどう? それか、ミモザ! 最近、流行りじゃない?」
「たしかに、流行ってますね。でも、どちらも常緑です。しかも、オージープランツですね」
「オージープランツ?」
「オーストラリアとか、南アフリカ、ニュージーランド原産の乾燥した地域の植物を、園芸業界で総称してそう呼ぶんです。ミモザもユーカリも、おしゃれでいいと思います。ただ、オージーはだいたいが常緑で、しかも成長が早い特徴があるので、これも、剪定をマメにしなければならないんですよねぇ……」
チトはそう言いながら、またモエに視線を送る。モエは再びかぶりを振った。しょっちゅう剪定しなければならない樹木は、なんとしても候補から避けなければならない。
「だめ! ユーカリとミモザ反対!」
「そうなの? なんだか、意外と難しいのねぇ……」
「どうせ剪定は男の仕事になるんだからさぁ、手入れが楽なやつにしようよ。ねぇ、父さん」
「ん? おう。まぁ、好きなものを植えたらいいよ」
モエはジトっと父を睨む。そうやって長年、母に選択権を預け続けた結果、芝生にブチ切れたんだろうが、と言い返したいのは山々だが、その文句をここで今、言ったところでしようがない。頬杖をつき、ため息を漏らす。すると、その隣でチトが遠慮がちに手を挙げた。
1
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
妖精です、囲われてます
うあゆ
BL
僕は妖精
森で気ままに暮らしていました。
ふと気づいたら人間に囲まれてました。
でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。
__________
妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精
なんやかんやお互い幸せに暮らします。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる