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1章・モエ
週末の約束・9
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「え……」
「だから、その月下美人って花。俺も見てみたい」
そう言って、チトを見つめると、チトはすぐに目を泳がせた。モエはぎゅっと彼の手を握る。植物日記に書かれていた、チトの願い事。その一文を見て、モエは察したのだ。当時、チトには友だちがいなかったこと。植物を追いかけながら、その合間には同年代の中に、理解者がいない寂しさを感じていたこと。その孤独を、チトの筆跡と優しい言葉の中に感じて、モエはたまらなくなった。そうして、そんな当時の彼を、モエは自分に重ねてもいた。
「いや、えっと、でもさ……」
「俺じゃだめ? 一緒に見に行くの」
そう言うと、チトはたちまち頬を真っ赤にして、目を潤ませる。
「い、いいの……?」
「いいのって……、俺が行きたいんだってば」
モエがそう返すと、チトはわずかに口元を震わせた。それから、目を手の甲でぐしぐしとこすって、嬉しそうに笑う。
「うん、行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!」
そう言ったチトの笑顔は、これまで見たどんな笑顔よりも可愛らしく、瞳はキラキラと輝いていた。途端に、モエは胸の奥で、ぎゅうっと誰かに心臓を掴まれたような感覚を得る。苦しくて、切ない。だが、途方もなく熱い感情が体の奥から一気に溢れてくるような感覚に襲われる。心臓がうるさい。ドクン、ドクン、ドクン――と、吐きそうなほどに強く波打っている。思考も、おそらくは止まっていた。
「……ッ!」
「わ……!」
だが、気が付いた時。モエの腕は、チトの体を抱きよせ、そのまま強く抱きしめてしまっていた。
「モ、モエくん……?」
突然のことに驚いたのだろう。抱きしめられたチトが、モエを呼ぶ。だが、モエは答えられない。自分の衝動的な行動に戸惑いながらも、チトをきつく抱きしめる。心臓の鼓動がこれまでになく、うるさく鳴り響く。まるで、全身が心臓になってしまったような感じだ。
「モエくん……。ねぇ、大丈夫?」
何度目かに、そう声をかけられて、モエはハッと我に返った。それから、慌ててチトの体を離し、ベッドから立ち上がると、椅子の上に腰を下ろす。
どうしよう……。チトくんは大事な友だちなのに。俺、今……、なんかすげえ変な気持ちだ……。
***
そのあと、モエは何事もなかったように椅子に座り直してから、平然を装った。そうして、まだ残る満腹感を落ち着かせながら、チトとおしゃべりをして、彼に月下美人の花のことや、彼の叔父が地方の山間部で、山野草店を営んでいること、日記に書いてある月下美人は、叔父の家にあることを聞いた。そして、約束した。今年、その花を一緒に見に行こう――と。
チトがモエの家をあとにしたのは、夜9時半ごろだ。モエはチトを家の前で見送ったが、やはり今夜は妙だった。チトの後ろ姿を見つめながら、モエはひどく寂しくてたまらなくなったし、胸の奥がきゅっと狭くなったように苦しくもなった。それに、チトを思うとまた、心臓がうるさく高鳴りはじめるのだ。
ちょっと待った……。これって――……。
モエは煩わしい感覚を得たまま、ぼんやりと頭を巡らせ、自室に入り、ベッドに身を投げる。天井を見つめながら、さっきまでここにチトがいたことを思い出し、彼が座っていた場所に手を伸ばし、そっと触れてみた。途端にぶわっと頬が熱を持つ。まだ、そこに彼の温もりが残っているような気がしたのだ。
「いや、なにしてんの俺……。変態さんかよ……」
変態かどうかはさておき、こういう感覚には思い当たるところがなくもない。実際のところ、モエはチトと出会って数日だが、急激にその仲を縮めているし、彼をとても好いている。純粋な反応や、植物へのひた向きさや真面目さ。植物のこととなると、途端に熱量が狂ってしまうようなところも好きだ。可愛いとすら思う。だが、あり得ない。相手は男で、友だちなのだから。ただし――。
――うん、行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!
あの瞬間から、モエの中でなにかが完全に変わった。腹の奥で膨らみ続けていた花の蕾のようなものが、ポンっと音を立てて弾けたようでもあったし、土の中に長く潜っていた種が、ようやく芽を出し、地上で芽吹いたようでもあった。これにシラを切れるほど、モエは子どもではない。
チトくんは友だちだろーよ……。なに好きになってんだ、俺はぁ……。
モエはベッドの上で転がりながら、悶えながら、再び思い出す。嬉しそうなチトの表情と、声。そして彼を抱きしめたときの感触と温もり。何度思い出してみても、彼の体は細身でありながら男らしかった。以前、彼が話していた通り、園芸で筋肉が鍛えられたせいだろう。どんなに可愛らしくても、やはり正真正銘、彼は男だった。
おかしいのはわかってる……。だけど、止まんねえ……。どうしよう。俺、チトくんが好きだ……。
「だから、その月下美人って花。俺も見てみたい」
そう言って、チトを見つめると、チトはすぐに目を泳がせた。モエはぎゅっと彼の手を握る。植物日記に書かれていた、チトの願い事。その一文を見て、モエは察したのだ。当時、チトには友だちがいなかったこと。植物を追いかけながら、その合間には同年代の中に、理解者がいない寂しさを感じていたこと。その孤独を、チトの筆跡と優しい言葉の中に感じて、モエはたまらなくなった。そうして、そんな当時の彼を、モエは自分に重ねてもいた。
「いや、えっと、でもさ……」
「俺じゃだめ? 一緒に見に行くの」
そう言うと、チトはたちまち頬を真っ赤にして、目を潤ませる。
「い、いいの……?」
「いいのって……、俺が行きたいんだってば」
モエがそう返すと、チトはわずかに口元を震わせた。それから、目を手の甲でぐしぐしとこすって、嬉しそうに笑う。
「うん、行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!」
そう言ったチトの笑顔は、これまで見たどんな笑顔よりも可愛らしく、瞳はキラキラと輝いていた。途端に、モエは胸の奥で、ぎゅうっと誰かに心臓を掴まれたような感覚を得る。苦しくて、切ない。だが、途方もなく熱い感情が体の奥から一気に溢れてくるような感覚に襲われる。心臓がうるさい。ドクン、ドクン、ドクン――と、吐きそうなほどに強く波打っている。思考も、おそらくは止まっていた。
「……ッ!」
「わ……!」
だが、気が付いた時。モエの腕は、チトの体を抱きよせ、そのまま強く抱きしめてしまっていた。
「モ、モエくん……?」
突然のことに驚いたのだろう。抱きしめられたチトが、モエを呼ぶ。だが、モエは答えられない。自分の衝動的な行動に戸惑いながらも、チトをきつく抱きしめる。心臓の鼓動がこれまでになく、うるさく鳴り響く。まるで、全身が心臓になってしまったような感じだ。
「モエくん……。ねぇ、大丈夫?」
何度目かに、そう声をかけられて、モエはハッと我に返った。それから、慌ててチトの体を離し、ベッドから立ち上がると、椅子の上に腰を下ろす。
どうしよう……。チトくんは大事な友だちなのに。俺、今……、なんかすげえ変な気持ちだ……。
***
そのあと、モエは何事もなかったように椅子に座り直してから、平然を装った。そうして、まだ残る満腹感を落ち着かせながら、チトとおしゃべりをして、彼に月下美人の花のことや、彼の叔父が地方の山間部で、山野草店を営んでいること、日記に書いてある月下美人は、叔父の家にあることを聞いた。そして、約束した。今年、その花を一緒に見に行こう――と。
チトがモエの家をあとにしたのは、夜9時半ごろだ。モエはチトを家の前で見送ったが、やはり今夜は妙だった。チトの後ろ姿を見つめながら、モエはひどく寂しくてたまらなくなったし、胸の奥がきゅっと狭くなったように苦しくもなった。それに、チトを思うとまた、心臓がうるさく高鳴りはじめるのだ。
ちょっと待った……。これって――……。
モエは煩わしい感覚を得たまま、ぼんやりと頭を巡らせ、自室に入り、ベッドに身を投げる。天井を見つめながら、さっきまでここにチトがいたことを思い出し、彼が座っていた場所に手を伸ばし、そっと触れてみた。途端にぶわっと頬が熱を持つ。まだ、そこに彼の温もりが残っているような気がしたのだ。
「いや、なにしてんの俺……。変態さんかよ……」
変態かどうかはさておき、こういう感覚には思い当たるところがなくもない。実際のところ、モエはチトと出会って数日だが、急激にその仲を縮めているし、彼をとても好いている。純粋な反応や、植物へのひた向きさや真面目さ。植物のこととなると、途端に熱量が狂ってしまうようなところも好きだ。可愛いとすら思う。だが、あり得ない。相手は男で、友だちなのだから。ただし――。
――うん、行こう! 僕も……、モエくんと行きたい!
あの瞬間から、モエの中でなにかが完全に変わった。腹の奥で膨らみ続けていた花の蕾のようなものが、ポンっと音を立てて弾けたようでもあったし、土の中に長く潜っていた種が、ようやく芽を出し、地上で芽吹いたようでもあった。これにシラを切れるほど、モエは子どもではない。
チトくんは友だちだろーよ……。なに好きになってんだ、俺はぁ……。
モエはベッドの上で転がりながら、悶えながら、再び思い出す。嬉しそうなチトの表情と、声。そして彼を抱きしめたときの感触と温もり。何度思い出してみても、彼の体は細身でありながら男らしかった。以前、彼が話していた通り、園芸で筋肉が鍛えられたせいだろう。どんなに可愛らしくても、やはり正真正銘、彼は男だった。
おかしいのはわかってる……。だけど、止まんねえ……。どうしよう。俺、チトくんが好きだ……。
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