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2章・チト
ヒミツのキモチ・1
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日曜の朝、5時。チトはベッドから起き出して、まだ寝ぼけ眼のまま顔を洗い、パジャマから、Tシャツとカーゴパンツに着替える。今日から暦は6月だ。この時季の朝は早い。5時を過ぎれば、外はもう昼間のように明るくなっている。足下が見えづらくて転ぶことはないし、まだ太陽の陽が照っていなくても、花の色は十分、綺麗に見える。そして、この朝方。4時から5時の間が一番冷え込む。つまり、夏はこの時間帯が一番涼しいのだ。
チトは玄関先で虫よけを手足にかけると、玄関の棚の上に置かれた、陶器製のブタの形の蚊取り線香入れに蚊取り線香を入れて火をつけ、それを持って玄関を出る。
玄関前にはいくつも寄せ植えの鉢が並んでいる。チトはその先、緩やかにカーブした階段を数段下りて、立水栓のある場所まで駆けていった。そうして、そこに置かれているホースのジョイント部分を、水道の蛇口にしっかり嵌め込むと、ホースを伸ばして植物に水やりを始める。
毎週、土曜と日曜。花咲家の庭の水やりは、チトの当番になっている。庭の広さは20坪弱。ちょうど、チトの家のリビングの半分くらいの広さがあって、そこにさまざまな植物が植えられている。
春先には、シンボルツリーであるアオダモの木の下に、ニホンズイセンやムスカリなどの球根の花や、クリスマスローズが咲き、四月になれば、すみれやアジュガなど、地を這う下草類の花があちこちで一斉に咲き始め、春先に蕾を膨らませていたブルーベリーや、つつじ、ぼたんなど、低木の花が咲く。その下でひっそりと冬越ししていたすずらん、ヒメウツギが咲き、庭を爽やかに彩ってくれる。
5月には、つるバラ、クレマチスといったつる性植物が家の壁を覆うようにして咲き、母、麗美の自慢のバラとクレマチスのアーチにも一斉に花が咲き乱れ、庭じゅうに芳醇な香りを漂わせる。6月を迎えようという今日、バラは一部、咲き終わってきたところもあるが、それでもまだまだ。最盛期の状態を継続しており、クレマチスとのアンサンブルがまた美しい。日陰になっているところでは、ヤマアジサイの花が次々に咲き、ギボウシの葉も美しく生えそろってきていた。
近隣の家々と比較しても、この家の庭はおそらく大きいほうで、庭への気合いの入り方も、たぶんフツウじゃない。これには両親の趣味嗜好が関係していた。
チトの父、孝一は、王手種苗会社で働いている。母、麗美は花屋で長年働いていたのを、数年前にリタイヤして、現在は自宅でフラワーアレンジメントの教室を開いていた。言わずもがな、ふたりともが植物好きを超えた、植物ヲタクだ。
この家は、そんなふたりがまだチトの幼い頃に購入した注文住宅で、当然、庭づくりにも昔から力を入れていたらしい。チトはそんなふたりに育てられ、当然のごとく植物ヲタクに成長した。春夏秋冬、チトは植物のことを考えている。植物のことを考えていると、チトはいつだって、とても幸せな気分になれた。まるで、自分が大自然のなかに生きる、動植物たちの一員となったような気分になり、仲間や友だちが大勢できたように感じて、嬉しくなるのだ。
ただし、最近になってわかったことがある。同年代で、植物ヲタクというのはどうも少数派らしい、ということだ。チトはこれまで、同い年の同志に出会えたことはほとんどない。クラスメイトとの会話で、植物に関する話題で盛り上がれるチャンスはごく少なかったし、話ができたとしても、チトの熱量についていけずに、引かれる場合が多かった。
同級生たちは、植物よりも、流行のアーティストや世界で活躍するスポーツ選手、あるいはゲームのほうに夢中だった。物心ついた頃から、植物に身も心もどっぷり浸かっているチトと話が合って、友人と呼べる人はほぼいなかった。
高校生になってからは特に、チトはクラスにうまく馴染めていなかった。登下校も、休み時間も、昼休みも、基本的にはひとりで過ごしてきた。体育の時間にペアを組むときには、最後に余った人と組んだり、ひとり余ってしまうときには、どこかしらのペアに入れてもらって、やり過ごす。
べつにいじめられているわけではないし、話そうと思えば、ふつうに雑談ができるクラスメイトも何人かいる。だが、植物の話題は出せない。それを話しはじめると、途端に場がシラケて会話が終わってしまうし、明らかに、そんなものには誰も興味がないと思われているのがわかるからだ。
――友だちが欲しいなぁ……。同じ熱量じゃなくてもいいから、自然と植物のことを話せるような友だち……。
ひとりには慣れていた。チトには兄弟がいないし、物心ついたときから、ひとりで植物のことばかり考えて、いじっていたせいで、友だち作りもうまくできなかった。幼稚園の頃は、連絡帳に毎日「チトくんは今日もひとりで遊んでいました」と書かれたそうだ。そのまま、高校3年生まで来てしまって、今に至る。けれど、寂しくないわけではない。ひとりが好きなわけでもない。
本当は、誰かと一緒に登下校して、道草をしてみたいし、昼休みは大好きな中庭で誰かと弁当を食べたかった。休日にはどちらかの家に遊びに行ったり、ふたりで出かける約束をしてみたかった。チトはずっと、友だちが欲しかったのだ。
チトは玄関先で虫よけを手足にかけると、玄関の棚の上に置かれた、陶器製のブタの形の蚊取り線香入れに蚊取り線香を入れて火をつけ、それを持って玄関を出る。
玄関前にはいくつも寄せ植えの鉢が並んでいる。チトはその先、緩やかにカーブした階段を数段下りて、立水栓のある場所まで駆けていった。そうして、そこに置かれているホースのジョイント部分を、水道の蛇口にしっかり嵌め込むと、ホースを伸ばして植物に水やりを始める。
毎週、土曜と日曜。花咲家の庭の水やりは、チトの当番になっている。庭の広さは20坪弱。ちょうど、チトの家のリビングの半分くらいの広さがあって、そこにさまざまな植物が植えられている。
春先には、シンボルツリーであるアオダモの木の下に、ニホンズイセンやムスカリなどの球根の花や、クリスマスローズが咲き、四月になれば、すみれやアジュガなど、地を這う下草類の花があちこちで一斉に咲き始め、春先に蕾を膨らませていたブルーベリーや、つつじ、ぼたんなど、低木の花が咲く。その下でひっそりと冬越ししていたすずらん、ヒメウツギが咲き、庭を爽やかに彩ってくれる。
5月には、つるバラ、クレマチスといったつる性植物が家の壁を覆うようにして咲き、母、麗美の自慢のバラとクレマチスのアーチにも一斉に花が咲き乱れ、庭じゅうに芳醇な香りを漂わせる。6月を迎えようという今日、バラは一部、咲き終わってきたところもあるが、それでもまだまだ。最盛期の状態を継続しており、クレマチスとのアンサンブルがまた美しい。日陰になっているところでは、ヤマアジサイの花が次々に咲き、ギボウシの葉も美しく生えそろってきていた。
近隣の家々と比較しても、この家の庭はおそらく大きいほうで、庭への気合いの入り方も、たぶんフツウじゃない。これには両親の趣味嗜好が関係していた。
チトの父、孝一は、王手種苗会社で働いている。母、麗美は花屋で長年働いていたのを、数年前にリタイヤして、現在は自宅でフラワーアレンジメントの教室を開いていた。言わずもがな、ふたりともが植物好きを超えた、植物ヲタクだ。
この家は、そんなふたりがまだチトの幼い頃に購入した注文住宅で、当然、庭づくりにも昔から力を入れていたらしい。チトはそんなふたりに育てられ、当然のごとく植物ヲタクに成長した。春夏秋冬、チトは植物のことを考えている。植物のことを考えていると、チトはいつだって、とても幸せな気分になれた。まるで、自分が大自然のなかに生きる、動植物たちの一員となったような気分になり、仲間や友だちが大勢できたように感じて、嬉しくなるのだ。
ただし、最近になってわかったことがある。同年代で、植物ヲタクというのはどうも少数派らしい、ということだ。チトはこれまで、同い年の同志に出会えたことはほとんどない。クラスメイトとの会話で、植物に関する話題で盛り上がれるチャンスはごく少なかったし、話ができたとしても、チトの熱量についていけずに、引かれる場合が多かった。
同級生たちは、植物よりも、流行のアーティストや世界で活躍するスポーツ選手、あるいはゲームのほうに夢中だった。物心ついた頃から、植物に身も心もどっぷり浸かっているチトと話が合って、友人と呼べる人はほぼいなかった。
高校生になってからは特に、チトはクラスにうまく馴染めていなかった。登下校も、休み時間も、昼休みも、基本的にはひとりで過ごしてきた。体育の時間にペアを組むときには、最後に余った人と組んだり、ひとり余ってしまうときには、どこかしらのペアに入れてもらって、やり過ごす。
べつにいじめられているわけではないし、話そうと思えば、ふつうに雑談ができるクラスメイトも何人かいる。だが、植物の話題は出せない。それを話しはじめると、途端に場がシラケて会話が終わってしまうし、明らかに、そんなものには誰も興味がないと思われているのがわかるからだ。
――友だちが欲しいなぁ……。同じ熱量じゃなくてもいいから、自然と植物のことを話せるような友だち……。
ひとりには慣れていた。チトには兄弟がいないし、物心ついたときから、ひとりで植物のことばかり考えて、いじっていたせいで、友だち作りもうまくできなかった。幼稚園の頃は、連絡帳に毎日「チトくんは今日もひとりで遊んでいました」と書かれたそうだ。そのまま、高校3年生まで来てしまって、今に至る。けれど、寂しくないわけではない。ひとりが好きなわけでもない。
本当は、誰かと一緒に登下校して、道草をしてみたいし、昼休みは大好きな中庭で誰かと弁当を食べたかった。休日にはどちらかの家に遊びに行ったり、ふたりで出かける約束をしてみたかった。チトはずっと、友だちが欲しかったのだ。
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