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5章・恋に花咲け、植物男子!
月下美人・3
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モエはチトと、山野草の苗売り場をしっかり吟味して回ったあと、譲次にテラスへ来るように誘われた。そこには、五つの大きな鉢が置かれていて、巨大なわかめのような形状をした、サボテンのような植物が植わっていた。縦に長く、モエの背丈ほどもあるサボテンのようなそれは、木製の支柱で支えられるようにして立ち、白っぽい色の、重たそうな蕾をあちこちにつけている。
「おそらく、今夜だと思うんだ」
譲次はそう言って、月下美人のことを説明してくれた。月下美人はたったひと晩だけ咲く、サボテンの花であること。蕾や花、咲き終わりの花がらさえ食用になること。必ず夜間に花が開くこと。それから――。
「この花の香りはとても強いから、夜間に動く虫や小動物が蜜を求めてやってくることがあるんだ。原産地ではコウモリが来ることが多いんだそうだよ」
コウモリ――。
それを聞いて、モエはふと、自分がコウモリになったような気分になった。もう翼がうまく使えなくなって、前のように思いきり飛ぶことはできないが、それでも必死に地べたを這って歩くコウモリだ。
これまで、広い空を自由に、当たり前に飛んでいたコウモリは、ある日、翼を失くしてしまった。だが、地面を這うように歩いている途中で、ひょんなことから友だちに出会うのだ。友だちは虫か、カエルか、あるいは物知りなトカゲでもいいかもしれない。
「ねぇ、チトくん」
「なに?」
「虫とカエルと、トカゲのなかで、チトくんはどれがいい?」
「え? ええと……、トカゲかなぁ……」
「トカゲか。じゃあ、チトくんはトカゲね」
「なにそれ?」
「なんでもなーい」
チトは不思議そうな顔をしてモエを見つめている。モエはそんな彼に微笑みで返した。ともあれ、コウモリの友だちはトカゲに決まりだ。
トカゲは広い空を知らない。けれど地面と、そこに生きる植物という、まったく違う世界をコウモリに教えてくれて、コウモリはそんなトカゲに恋をする。
恋を打ち明けると、トカゲも応えてくれた。今晩、コウモリはトカゲと初デートをする予定だ。大きな月下美人の花を見にいこうと、その花がとても美しいのだと、トカゲは誘ってくれた。きっとコウモリは「なんだ。地べたも案外と楽しいじゃないか」と、そんなことを思うかもしれない。そこまで考えて、モエはふっと頬を緩めた。
「楽しみだね、チトくん」
「うん。楽しみ」
オウム返しをするように、チトが答える。やがて、夏の太陽がゆっくりと傾きはじめ、影を長く作るようになると、ますます期待に胸が高鳴った。もうすぐ夜がやってくる。モエはそわそわしながら、夕暮れまでチトと庭を散歩して、時折、テラスのほうを気にした。
***
夕食は譲次とさえみがバーベキューの準備をしてくれていたようだ。モエとチトは、ふたりに旅館客のごとくもてなされ、炭火で焼いたおいしい肉や魚介類、畑で獲れた野菜を振舞われた。コーラで乾杯をして、夏の夜のバーベキューはにぎやかにはじまった。
辺りが真っ暗になってしまうと、さえみはテラスの端のスイッチを押す。すると、テラスの枠に施されていたイルミネーションが一斉に光り、テラスは一気にロマンチックな雰囲気になった。バーベキューのあとは、みんなで食休みのお茶を飲みながら、月下美人の開花を、今か今かと待った。
しかし、月下美人はなかなか開こうとしない。歓談している途中も、今にも開きそうな雰囲気を見せつつも、なかなか開いてくれなかった。しかたなく、一度その場はお開きになり、みんなで後片付けをして、さえみは風呂を沸かしてくれて、モエとチトは順番に風呂に入ることになった。
月下美人が開いたのは、それから2時間後。午後9時半のことだった。モエもチトも風呂に入ったあと、スッキリした心地で、風呂上がりの火照りを冷ましていたが、不意にテラスから聞こえたわずかな物音にハッとして、顔を見合わせた。今、バーベキューの後片付けがすっかり終わって、さえみは風呂へ、譲次は仕事をすると言って自室へ行ってしまったので、リビングにいるのはチトとモエだけだ。
「モエくん……! 咲いてる!」
「えっ」
チトが先に様子を見にテラスへ出たあと、モエを呼んだ。テラスへ出ると同時に、なんとも言えない甘く芳醇な香りが風に漂い、モエの鼻をくすぐっていく。見れば、巨大な昆布のような葉についた、たくさんの蕾たちが、大きく開いていた。透き通るような純白の花姿は、とてもこの世のものとは思えない美しさをまとっている。妖艶で幻想的で、まるで魔法の花のようだった。
「すげえ、きれいだな……」
「僕、おじさんたちに教えて――」
チトがそう言って立ち上がり、テラスからリビングへ入ろうとした時。モエはすれ違いざまに、思わず彼の手を取った。
「モエくん……?」
「あ……」
「どうかした?」
「いや……。えっと……」
月下美人は、譲次が大切に育てているものだ。この花の開花を誰より見たいのは、譲次に違いない。だが、モエは今、チトとふたりきりで、この花を見たかった。チトが「いつか大好きな友だちと見たい」と夢見ていた、月下美人の花。モエは今や彼の友だちではなくなってしまったが、どうしても今、やっと訪れたこの瞬間を、誰にも邪魔されずに、チトとふたりきりで過ごしたかったのだ。
「チトくん……」
モエは、掴んだチトの手を引き、そっとその体を抱き寄せる。そうして、彼の耳元で、彼にだけ聞こえる声で囁いた。
「5分だけ、ふたりきりで見たいんだけど……。チトくんと……」
すると、そんなモエのわがままに応えるようにして、チトの腕がやさしくモエの体に回された。
「おそらく、今夜だと思うんだ」
譲次はそう言って、月下美人のことを説明してくれた。月下美人はたったひと晩だけ咲く、サボテンの花であること。蕾や花、咲き終わりの花がらさえ食用になること。必ず夜間に花が開くこと。それから――。
「この花の香りはとても強いから、夜間に動く虫や小動物が蜜を求めてやってくることがあるんだ。原産地ではコウモリが来ることが多いんだそうだよ」
コウモリ――。
それを聞いて、モエはふと、自分がコウモリになったような気分になった。もう翼がうまく使えなくなって、前のように思いきり飛ぶことはできないが、それでも必死に地べたを這って歩くコウモリだ。
これまで、広い空を自由に、当たり前に飛んでいたコウモリは、ある日、翼を失くしてしまった。だが、地面を這うように歩いている途中で、ひょんなことから友だちに出会うのだ。友だちは虫か、カエルか、あるいは物知りなトカゲでもいいかもしれない。
「ねぇ、チトくん」
「なに?」
「虫とカエルと、トカゲのなかで、チトくんはどれがいい?」
「え? ええと……、トカゲかなぁ……」
「トカゲか。じゃあ、チトくんはトカゲね」
「なにそれ?」
「なんでもなーい」
チトは不思議そうな顔をしてモエを見つめている。モエはそんな彼に微笑みで返した。ともあれ、コウモリの友だちはトカゲに決まりだ。
トカゲは広い空を知らない。けれど地面と、そこに生きる植物という、まったく違う世界をコウモリに教えてくれて、コウモリはそんなトカゲに恋をする。
恋を打ち明けると、トカゲも応えてくれた。今晩、コウモリはトカゲと初デートをする予定だ。大きな月下美人の花を見にいこうと、その花がとても美しいのだと、トカゲは誘ってくれた。きっとコウモリは「なんだ。地べたも案外と楽しいじゃないか」と、そんなことを思うかもしれない。そこまで考えて、モエはふっと頬を緩めた。
「楽しみだね、チトくん」
「うん。楽しみ」
オウム返しをするように、チトが答える。やがて、夏の太陽がゆっくりと傾きはじめ、影を長く作るようになると、ますます期待に胸が高鳴った。もうすぐ夜がやってくる。モエはそわそわしながら、夕暮れまでチトと庭を散歩して、時折、テラスのほうを気にした。
***
夕食は譲次とさえみがバーベキューの準備をしてくれていたようだ。モエとチトは、ふたりに旅館客のごとくもてなされ、炭火で焼いたおいしい肉や魚介類、畑で獲れた野菜を振舞われた。コーラで乾杯をして、夏の夜のバーベキューはにぎやかにはじまった。
辺りが真っ暗になってしまうと、さえみはテラスの端のスイッチを押す。すると、テラスの枠に施されていたイルミネーションが一斉に光り、テラスは一気にロマンチックな雰囲気になった。バーベキューのあとは、みんなで食休みのお茶を飲みながら、月下美人の開花を、今か今かと待った。
しかし、月下美人はなかなか開こうとしない。歓談している途中も、今にも開きそうな雰囲気を見せつつも、なかなか開いてくれなかった。しかたなく、一度その場はお開きになり、みんなで後片付けをして、さえみは風呂を沸かしてくれて、モエとチトは順番に風呂に入ることになった。
月下美人が開いたのは、それから2時間後。午後9時半のことだった。モエもチトも風呂に入ったあと、スッキリした心地で、風呂上がりの火照りを冷ましていたが、不意にテラスから聞こえたわずかな物音にハッとして、顔を見合わせた。今、バーベキューの後片付けがすっかり終わって、さえみは風呂へ、譲次は仕事をすると言って自室へ行ってしまったので、リビングにいるのはチトとモエだけだ。
「モエくん……! 咲いてる!」
「えっ」
チトが先に様子を見にテラスへ出たあと、モエを呼んだ。テラスへ出ると同時に、なんとも言えない甘く芳醇な香りが風に漂い、モエの鼻をくすぐっていく。見れば、巨大な昆布のような葉についた、たくさんの蕾たちが、大きく開いていた。透き通るような純白の花姿は、とてもこの世のものとは思えない美しさをまとっている。妖艶で幻想的で、まるで魔法の花のようだった。
「すげえ、きれいだな……」
「僕、おじさんたちに教えて――」
チトがそう言って立ち上がり、テラスからリビングへ入ろうとした時。モエはすれ違いざまに、思わず彼の手を取った。
「モエくん……?」
「あ……」
「どうかした?」
「いや……。えっと……」
月下美人は、譲次が大切に育てているものだ。この花の開花を誰より見たいのは、譲次に違いない。だが、モエは今、チトとふたりきりで、この花を見たかった。チトが「いつか大好きな友だちと見たい」と夢見ていた、月下美人の花。モエは今や彼の友だちではなくなってしまったが、どうしても今、やっと訪れたこの瞬間を、誰にも邪魔されずに、チトとふたりきりで過ごしたかったのだ。
「チトくん……」
モエは、掴んだチトの手を引き、そっとその体を抱き寄せる。そうして、彼の耳元で、彼にだけ聞こえる声で囁いた。
「5分だけ、ふたりきりで見たいんだけど……。チトくんと……」
すると、そんなモエのわがままに応えるようにして、チトの腕がやさしくモエの体に回された。
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