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24.どうしたら
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「呼びつけるようなことをしてごめんね。多分君も察していると思うけど、今日はあの別棟に続く廊下の調査が終わったから、報告しようと思ったんだ」
「そ、そんな、とんでもないです。お忙しい中ありがとうございます、本当にすいません」
「嫌だな、申し出たのはこちらの方だよ。ああでも……いきなり本題に入るのも性急だし、申し訳ないと思うなら、教え合いでお相子ということでどう? この間の僕のアドバイスが功を奏したかどうか、お昼がてら是非話を聞かせてほしいな」
ラン先輩の視線が、私が持つお弁当の包みに向いていることに気がついて、私は少しだけ返答を躊躇った。それは折角助言を頂いたのに、本懐を遂げられなかった申し訳なさと、あとはもう一つ。
彼の申し出が嫌なわけではない、決してないけれど、……高級な食事に慣れているであろう彼の目に、この自分用に雑に作ったお弁当の中身を晒すのは、ちょっと。
しかしそんなくだらない理由でまさか断るわけにもいかず、私は諦めてそっと頷いて返した。……横着して食材の仕切りにラップを使うんじゃなかった、せめてゆで卵は切るんだったと深い後悔を抱きながら。
「……では、あの、ご相伴にあずからせていただきたく……」
「あはは、随分お堅いこと言うね。僕はもう食べ終わってるし、何も気にすることはないから」
ということは彼は何も食べないということで、自然と私が食べているものに目が行ってしまうんじゃないだろうか。尚更躊躇いが生まれたけれど、何も知らない彼に椅子を勧められてしまえばもう逃げ場などどこにもない。
情けない気持ちで腰掛けつつ、机があるのにこそこそと膝の上で隠すようにお弁当の包みを紐解けば、彼も向かい合わせに二つ並べた机を挟んで、椅子にゆったり腰掛けて頬杖をついた。本当に、何でもない仕草に品が滲む人だ。
「例の映像魔石、知っている話でも僕は楽しめたけど、二人はどうだったかな。進展に一役買えていたらとても嬉しいんだけど」
「あ、えっと……すごく面白くて、お勧めしてくださったのがあの話で、本当に良かったと思います。ありがとうございます」
これに関しては嘘偽りない本心だったので、自然と言葉が口をついた。観たのがあの話でなかったらきっと、どういう形であれレクス先輩の心にあんな風に触れることはできなかっただろう。
あの日のことをぼんやりと思い返していたら、ラン先輩がそのアメジストのような瞳をゆるりと細めた。
「……でも、シェルタが一番欲しい言葉は貰えなかった。違う?」
「……──」
まるで確信しているような物言いに、思わず息を呑む。戸惑ったようにその紫の瞳を見返しても、にこりと柔らかな笑みが返されるだけで、ちっともその真意なんてわからない。
以前彼は、レクス先輩は隠し事が上手いというようなことを言っていたけれど、ラン先輩だって大概だ。隠し事も腹芸も苦手な私ではとても太刀打ちできないし、勿論する気だってこれっぽっちもないので、早々に白旗を上げた。
「……言ってもらえそうだった時が、あって……でもやっぱり、駄目でした。……その時、気のせいかもしれないんですけど、レクス先輩がすごく悲しそうに見えて」
伏目がちにぽつぽつと言葉を落としながら、私は眼裏に焼き付いて離れない、あの日のレクス先輩の表情を思い浮かべていた。縋り付くようだった腕の力強さと、あの美しい瞳に浮かんだ深い悲しみの色を。
顔を上げれば、ラン先輩は口を挟むことなく見守るような視線を私に向けていて、まるで答え合わせでもしているような気分になった。
「ラン先輩が言うように、きっと何か、理由があるんじゃないかって……でも、それが何なのか、分からなくて。知りたいけど、彼にもっと近付きたいけど、……またあんな、悲しい顔させてしまうんじゃないかと思うと」
足が竦む。愛してると伝え合うことに憧れがあって、私は何度も伝えているのにな、という寂しさがあって、恋人としての触れ合いがないことが、不安で。だから拙い努力をしてみたけれど、でもその先に望んでいるのは彼にもっと近付いて、二人で笑い合える未来だ。彼に悲しい顔をさせてしまうんじゃ、何にも意味なんてない。
けれどここで立ち止まったとして、お互い隠し事ばかり増えたその先に道が続いているとは思えなくて。
「……もう、どうしたらいいのか……」
零すつもりがなかった弱音が口をついて、はっと口元を押さえた。ラン先輩からしたら忙しい中何の得もない調査を引き受けてくれて、更には弟の彼女の恋愛相談にまで乗ってくれているというのに、この上愚痴まで聞かされるなんて最悪だ。
慌ててすいませんと言葉を繋ぎながら、申し訳なくて顔が上げられない。すっかり手をつけるのを忘れていた膝の上のお弁当が視界に入れば、誤魔化すようにつついたゆで卵がころりと転がって、仕切りから溢れ落ちていた枝豆に乗り上げた。
「シェルタ、顔を上げて」
優しい声に促されて緩慢に顔を上げれば、想像に違わない穏やかな笑顔を浮かべたラン先輩の、美しい紫の瞳と目が合った。
私の表情を見た彼がそっと眉を下げたから、きっと今とても情けない顔をしてしまっているに違いないと、また視線が下がりそうになるのをなんとか堪える。それを見ていた彼は、まるで子供に言い聞かせるような、優しい声で言葉を紡いだ。
「あのね、何かを変化させようと踏み出したときに、悲しんだり失敗したり、……傷付けたり、そういうのは当たり前のことだと僕は思うよ。でも、ついた傷ばかりに目を向けてはいけない。レクスに近付こうと努力した中で、新たに得たものは、嬉しかったことはなかった?」
「……」
彼の言葉に、私は微かに目を見開いた。……なかった、わけがない。
私がレクス先輩の為にお洒落をしていったとき、本当に嬉しそうにはしゃいでいた声、耳まで赤く染めて照れていた表情。幼い頃の悩んでいた私を抱きしめたいと言ってくれたこと、私が声を込めた魔石を宝物だと握りしめてくれたこと。……私の魔法使いになりたいと、言ってくれたこと。
まだまだ数えきれないほど心に浮かぶきらきらしたそれは、どれも私が踏み出さなかったら、きっと得られなかったものだ。
「……あります、たくさん」
噛み締めるようにそう言えば、ラン先輩はその答えを知っていたみたいにそっとそのアメジストの瞳を緩めた。
「うん。誰かを悲しませたり傷付けたりするのは、僕だって怖いよ。それが大切な人なら尚更ね。……でも結局、向き合わなければいけない日が、いつか必ず来る。踏み出したシェルタは間違っていないし、君が選んだ道は、その先でより多くのものが得られるものだと思うよ。……まあつまり、挫けないで頑張っておいで。それにまだきっと、できる作戦はあるんじゃない?」
「え……」
作戦。レクス先輩に愛してると言ってもらうための作戦のことを言っているのだとしたら、ただでさえ少ない選択肢はもう使い尽くしてしまったあとだ。
部屋に張り出してある紙を思い浮かべて、それに二重線が引かれていく過程を思い返す。そして一番最初書き出すときに、ぐちゃぐちゃと消してしまったものがあったことをふと思い出した。
……そうだ、あれには不採用ではなくて、保留と書き込んだままで。そう書きはしつつ、最後の一文字が欠けたままのそれを実行する日なんてこないと、思っていたけれど──……だって、こちらからスキンシップ、なんて。
「か、考えて……みます」
思わず赤らんでしまった頬を隠すようにぱっと俯けば、目を瞬いたラン先輩は苦笑を浮かべた。彼は優しいから相談に付き合ってくれているけれど、本当なら身内の恋愛話なんて気まずくて立ち入りたくないものの筆頭だろう。
心底申し訳なく思っていれば、それを悟ったのかラン先輩は空気を変えるように手袋に包まれた両手を打った。
「そ、そんな、とんでもないです。お忙しい中ありがとうございます、本当にすいません」
「嫌だな、申し出たのはこちらの方だよ。ああでも……いきなり本題に入るのも性急だし、申し訳ないと思うなら、教え合いでお相子ということでどう? この間の僕のアドバイスが功を奏したかどうか、お昼がてら是非話を聞かせてほしいな」
ラン先輩の視線が、私が持つお弁当の包みに向いていることに気がついて、私は少しだけ返答を躊躇った。それは折角助言を頂いたのに、本懐を遂げられなかった申し訳なさと、あとはもう一つ。
彼の申し出が嫌なわけではない、決してないけれど、……高級な食事に慣れているであろう彼の目に、この自分用に雑に作ったお弁当の中身を晒すのは、ちょっと。
しかしそんなくだらない理由でまさか断るわけにもいかず、私は諦めてそっと頷いて返した。……横着して食材の仕切りにラップを使うんじゃなかった、せめてゆで卵は切るんだったと深い後悔を抱きながら。
「……では、あの、ご相伴にあずからせていただきたく……」
「あはは、随分お堅いこと言うね。僕はもう食べ終わってるし、何も気にすることはないから」
ということは彼は何も食べないということで、自然と私が食べているものに目が行ってしまうんじゃないだろうか。尚更躊躇いが生まれたけれど、何も知らない彼に椅子を勧められてしまえばもう逃げ場などどこにもない。
情けない気持ちで腰掛けつつ、机があるのにこそこそと膝の上で隠すようにお弁当の包みを紐解けば、彼も向かい合わせに二つ並べた机を挟んで、椅子にゆったり腰掛けて頬杖をついた。本当に、何でもない仕草に品が滲む人だ。
「例の映像魔石、知っている話でも僕は楽しめたけど、二人はどうだったかな。進展に一役買えていたらとても嬉しいんだけど」
「あ、えっと……すごく面白くて、お勧めしてくださったのがあの話で、本当に良かったと思います。ありがとうございます」
これに関しては嘘偽りない本心だったので、自然と言葉が口をついた。観たのがあの話でなかったらきっと、どういう形であれレクス先輩の心にあんな風に触れることはできなかっただろう。
あの日のことをぼんやりと思い返していたら、ラン先輩がそのアメジストのような瞳をゆるりと細めた。
「……でも、シェルタが一番欲しい言葉は貰えなかった。違う?」
「……──」
まるで確信しているような物言いに、思わず息を呑む。戸惑ったようにその紫の瞳を見返しても、にこりと柔らかな笑みが返されるだけで、ちっともその真意なんてわからない。
以前彼は、レクス先輩は隠し事が上手いというようなことを言っていたけれど、ラン先輩だって大概だ。隠し事も腹芸も苦手な私ではとても太刀打ちできないし、勿論する気だってこれっぽっちもないので、早々に白旗を上げた。
「……言ってもらえそうだった時が、あって……でもやっぱり、駄目でした。……その時、気のせいかもしれないんですけど、レクス先輩がすごく悲しそうに見えて」
伏目がちにぽつぽつと言葉を落としながら、私は眼裏に焼き付いて離れない、あの日のレクス先輩の表情を思い浮かべていた。縋り付くようだった腕の力強さと、あの美しい瞳に浮かんだ深い悲しみの色を。
顔を上げれば、ラン先輩は口を挟むことなく見守るような視線を私に向けていて、まるで答え合わせでもしているような気分になった。
「ラン先輩が言うように、きっと何か、理由があるんじゃないかって……でも、それが何なのか、分からなくて。知りたいけど、彼にもっと近付きたいけど、……またあんな、悲しい顔させてしまうんじゃないかと思うと」
足が竦む。愛してると伝え合うことに憧れがあって、私は何度も伝えているのにな、という寂しさがあって、恋人としての触れ合いがないことが、不安で。だから拙い努力をしてみたけれど、でもその先に望んでいるのは彼にもっと近付いて、二人で笑い合える未来だ。彼に悲しい顔をさせてしまうんじゃ、何にも意味なんてない。
けれどここで立ち止まったとして、お互い隠し事ばかり増えたその先に道が続いているとは思えなくて。
「……もう、どうしたらいいのか……」
零すつもりがなかった弱音が口をついて、はっと口元を押さえた。ラン先輩からしたら忙しい中何の得もない調査を引き受けてくれて、更には弟の彼女の恋愛相談にまで乗ってくれているというのに、この上愚痴まで聞かされるなんて最悪だ。
慌ててすいませんと言葉を繋ぎながら、申し訳なくて顔が上げられない。すっかり手をつけるのを忘れていた膝の上のお弁当が視界に入れば、誤魔化すようにつついたゆで卵がころりと転がって、仕切りから溢れ落ちていた枝豆に乗り上げた。
「シェルタ、顔を上げて」
優しい声に促されて緩慢に顔を上げれば、想像に違わない穏やかな笑顔を浮かべたラン先輩の、美しい紫の瞳と目が合った。
私の表情を見た彼がそっと眉を下げたから、きっと今とても情けない顔をしてしまっているに違いないと、また視線が下がりそうになるのをなんとか堪える。それを見ていた彼は、まるで子供に言い聞かせるような、優しい声で言葉を紡いだ。
「あのね、何かを変化させようと踏み出したときに、悲しんだり失敗したり、……傷付けたり、そういうのは当たり前のことだと僕は思うよ。でも、ついた傷ばかりに目を向けてはいけない。レクスに近付こうと努力した中で、新たに得たものは、嬉しかったことはなかった?」
「……」
彼の言葉に、私は微かに目を見開いた。……なかった、わけがない。
私がレクス先輩の為にお洒落をしていったとき、本当に嬉しそうにはしゃいでいた声、耳まで赤く染めて照れていた表情。幼い頃の悩んでいた私を抱きしめたいと言ってくれたこと、私が声を込めた魔石を宝物だと握りしめてくれたこと。……私の魔法使いになりたいと、言ってくれたこと。
まだまだ数えきれないほど心に浮かぶきらきらしたそれは、どれも私が踏み出さなかったら、きっと得られなかったものだ。
「……あります、たくさん」
噛み締めるようにそう言えば、ラン先輩はその答えを知っていたみたいにそっとそのアメジストの瞳を緩めた。
「うん。誰かを悲しませたり傷付けたりするのは、僕だって怖いよ。それが大切な人なら尚更ね。……でも結局、向き合わなければいけない日が、いつか必ず来る。踏み出したシェルタは間違っていないし、君が選んだ道は、その先でより多くのものが得られるものだと思うよ。……まあつまり、挫けないで頑張っておいで。それにまだきっと、できる作戦はあるんじゃない?」
「え……」
作戦。レクス先輩に愛してると言ってもらうための作戦のことを言っているのだとしたら、ただでさえ少ない選択肢はもう使い尽くしてしまったあとだ。
部屋に張り出してある紙を思い浮かべて、それに二重線が引かれていく過程を思い返す。そして一番最初書き出すときに、ぐちゃぐちゃと消してしまったものがあったことをふと思い出した。
……そうだ、あれには不採用ではなくて、保留と書き込んだままで。そう書きはしつつ、最後の一文字が欠けたままのそれを実行する日なんてこないと、思っていたけれど──……だって、こちらからスキンシップ、なんて。
「か、考えて……みます」
思わず赤らんでしまった頬を隠すようにぱっと俯けば、目を瞬いたラン先輩は苦笑を浮かべた。彼は優しいから相談に付き合ってくれているけれど、本当なら身内の恋愛話なんて気まずくて立ち入りたくないものの筆頭だろう。
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