楽園コンシェルジェ

オオカミ

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楽園コンシェルジェ

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「時間ダヨー! 時間ダヨー!」

 オウム型の自動人形が、午前七時を告げるために飛び回っている。

「時間ダヨー! 時間ダヨー!」
「あー、もう、うるさいなー」

 目を開いて起き上がり、念動力でオウム人形をつかまえる。

「ふああー。言われなくても起きるってのー」

 お腹にある停止ボタンを押し、オウムの鳴き声を止める。

「はー、めんどくさい。人間はどうして、こんなに早くから起きたりするんだろう」

 ベッドから降りて、まず、顔を洗うために洗面所に向かう。
 洗面所にて、鏡に顔を向けると、真っ黒な髪と瞳をもった、中性的な顔立ちの男が映し出された。

「相変わらず、カラスみたいな色をしてるなー」

 しばらくの間。真黒の瞳を半目でじっと見つめた後、いつものように石鹸で顔を洗い、六人分の木製の椅子と、大理石でできた机が一つある食堂に向かう。
 食堂の扉を開くと、床と壁が白色で統一された部屋が広がっており、食堂の正面の壁についている窓からは、百メートルほど先まで生い茂っている草原と、その先にずっと続いている分厚い木々の群れを見ることができる。

 大理石の机の上には、空の皿とグラスに、スプーンなどの食器が一人分、入り口から見て左側の、真ん中の席の上に置かれていた。
 さっそくその椅子に座ると、右の壁に飾られている、純白の髪と翼をもった女性の肖像画が目に入る。
 その女性は、豪華な食事に囲まれ、ナイフとフォークを手にしながら、美しい青色の瞳でこちらに笑いかけていた。

「おはよう。今日も君は素敵だね」

 そう言って、僕も彼女に微笑みかけてみた。

「さて、朝食を食べるとしますか」

 机の上の皿に目を向け、その皿に手をかざしてみる。それから目を閉じ、食べ物の姿をイメージしてみる。

「さあ、出ておいで~」
 
 目を開いて、かざしていた手を右にずらすと、何もなかったはずの皿の上には、黄金に輝くふわふわの卵焼きと、ベーコン、それにクロワッサンが置かれていた。
 同じように、グラスの上に手をかざしてずらすと、ぶどう色の液体で中が満たされていた。

「いやー、この能力べんりだなー」

 僕たち“天使”は、物理的な現象にはあまり囚われないため、こうして食事を摂らなくても存在し続けることができる。けれど、僕が“神様”から任されている“役目”の性質上、人間の感覚を理解することが必要なので、あえて、人間らしい生活をするように心掛けている。
 僕が先ほど使った“ぱっと朝ごはんを出す能力(物質創造)”も、役目を果たすために、神様から与えられた能力の一つなのだ。

「さて、食べますかね」

 まず、グラスの中にある液体を口に注いでみる。程よく濃厚でさわやかな酸味があり、果汁の甘さが口にすっと溶け込んでゆく。
 続いて、クロワッサンを一口かじる。噛み応えとやわらかさのバランスが絶妙で、一度食べたら、いつまでも食べていられそうな味わいだ。

 しかし、食事は順番に食べるのが大事なそうなので、今度は、半分液体みたいにとろけているスクランブルエッグに口をつけてみる。
 あまりにも柔らかい食感と程よい甘さに、思わずニッコリ笑顔になってしまう。この食べ物も、もう何度か食べてはいるのだけれど、それでもこの味には、口元がほころばずにはいられない。
 
 お次は、分厚いベーコンを一かじり。コショウの刺激と肉汁のうまみが、口の中に残っていた黄金卵焼きの甘みと混じり合い、口内に絶妙なハーモニーを作り出してくれる。
 
 そんな風に食べ物を順番に食べ続けていると、あっという間に皿の中はまた空っぽになってしまった。

「ふう、美味しかった~」

 今回の食事では、食べ物は、一つずつ食べるのではなく、相性の良い物同士で合わせて食べることで、何倍にも美味しさを高められるのだということを実感できた。これでまた、人間への理解を一歩深めることができただろう。

「さあて、そろそろ仕事を始めますかね~」

 お皿たちにまた手をかざし、神様から与えれた能力のひとつ、“物質消去”を使いながら手を右にスライドさせる。すると、机の上にあった物はたちまち姿を消した。
それから今度は手を左に滑らせ、同時に“物質創造”の能力を発動すると、机の上に未使用の食器類が姿を現した。

 ただ食事をするためだけに、いちいち能力を使うのは大げさかもしれないが、この能力を使うと日常生活が非常に便利になるので、つい使ってしまう。それに、“役目”のために使用する際は、料理を作るのとは比べ物にならない規模の創造と消去を行っているので、これくらいは許されるだろう……たぶん。

 食堂を出て寝室に戻り、黒色のパーカーとズボンに着替えた後、お気に入りの本を手に取って玄関に向かう。

「ふぁー。まだ眠い」

 玄関の扉は木製の片開き式で、中央には十字の模様と、そこから左右対称に生えている天使の双翼の模様が、銀色で飾り付けられている。
 金色の縦長ドアノブを手に取り、扉を開いて外の世界に入ってみる。
 
 外の世界には、やはり豊かな草原が広がっており、その背後で、先を見通すことのできない密林が周囲を百八十度覆っていた。
 我が家の正面から二十メートルほど離れた所には、風に乗って揺らめく草たちの中で、ひじ掛けつきの木の椅子と、シンプルな机が佇んでいた。
 
 僕は、ゆっくりと草むらを踏み分けてその場所に向かい、机の中に入っていた椅子を取り出して座ると、その机から機械的な音声が発せられた。

『楽園プロジェクト管理システムを起動します』

 すると、山や森、海などの自然の景色の映像や、食物や衣類などの商品が置かれている商店街の映像に、遊園地やテニスコートの映像など、様々な場所の映像が、木製の机と垂直の位置に現れた、実体のないスクリーンに映し出された。

「やあおはよう。楽園の調子はどうかな?」

『現在、どの楽園空間も異常ありません。大気、植物、人工物、食物、水源、土壌、どれも正常です』

「そっかそっか。今日も楽園は万全だね。まあ、神様の力で作ったものなんだから、完璧なのは当たり前かな?」

『物質と空間の創造については完璧ですが、住民の精神的な幸福度を高めるためには、楽園管理者の努力が必要です』

「もちろんさ!この天使ユートに任せときなさい!」

『外見から判断すると、あなたはどちらかといえば堕天使に見えますが』

「ふう、そういうのは言っちゃだめだと思うよきみ……」

 気にしている所を突かれたので、若干むっとなる。

『それならば、そのドス黒い恰好をやめればよいのではないでしょうか?』

「うるさいなー。この格好じゃないと落ち着かないんだよー」
 
 そんな風に管理システムと無駄話をしながら、映し出された楽園空間の様子をチェックしていると、不意にピンポーンという呼び出し音が響き、スクリーンに、一人の若い日本人男性の姿が映し出された。

「あ、どうも、セタガヤさん。今日はどういった御用でしょうか?」
「おはようございます、ユートさん。今日は……実は、食品に関して要望があって連絡させていただきました」

 その男性は柔和な笑みを浮かべ、僕に挨拶をしてくれた。

「そうなんですね。どのような要望でしょうか?」
「ええと、蟹を、楽園商店街に置いてほしくて……」

 セタガヤさんは、何故かしどろもどろな様子で言葉を紡いだ。

「カニ、ですか? それなら、以前要望があったので、ちゃんと楽園商店街に転送してあると思いますよ」
 
 楽園商店街には、食料や衣類などの生活用品から、球技用のボールやラケット、書物などの娯楽用品まで、楽園に住む人々の要望に応えるために、様々な品が用意されている。商店街にある品は全て、僕の“物質創造”によって作り出された物であり、住民はそれらの品々を、自由に持っていくことができる。

「えと、その、それはそうなんですが、今の商店街にあるのは、食べやすく分けられた蟹じゃないですか。ですが、その、僕は、丸ごとそのままの蟹を食べてみたいと思いまして……」

 セタガヤさんは、恥ずかしそうな様子で顔を俯かせた。

「あー、まるごと、ですかあ……。すみません、私の権限だと、植物以外の生き物を“創造”することができないので、もし、どうしても生のカニが食べたい場合は……神様と相談してみて、それで大丈夫だったら、生のカニをそちらに送る、といった形になりますね」

 僕の説明を聞くと、セタガヤさんは少し驚いた様子になり、返事をした。

「あ、いえ、生きたままではなくてもいいので、そのままの形の蟹を出してほしいんです」

 どうやら彼は、死んでいるけど、原型を保っているカニが欲しいようだ。

「そういう意味でしたか。すみません、勘違いをしてしまいました。……そうですね、生きていないカニなら、そのままの形で出すことができます。ですが、なぜ、そのままのカニが欲しいのでしょうか? 食用なら、最初から食べやすく分解されている物の方が便利だと思うのですが」

 そう答えると、今度は少し考えこんだ様子になり、しばらくの間うーんと唸った後、言いにくそうに言葉を発した。

「あの、こう言って伝わるかわからないんですけど、蟹を自分で分解して、苦労をして食べてみたいんです。ユートさんはないですか? 自分が何かを手に入れる時に、そこまでのがんばった過程が楽しいと思ったことは」

「がんばった過程が楽しい、ですかあ……」

 なかなか返答を思いつかず、腕組みをして考え込む。
 
 ……がんばったことが楽しい? んー、僕は楽な方がいいと思うけどなー。あ、でも、“物質創造”で、富士山(っぽい山)を作ったときは、なかなかに大変だったけど、自分で創意工夫するのが楽しかった気もする……。

「確かに、そういう時もある気がしますね……」
 
 僕は、結果が一番大事だと思っていたが、なるほど、過程を楽しむという遊戯は、どうやら僕も、気づかぬうちにやっていたようだし、努力して結果を得た時ほど、過去の僕も、達成感を得ていたような気がする。

「そうですよね! こちらの楽園世界に来てからは、物を得るために苦労することがなくて、最初は、便利でいいなと思ったんですけど、やっぱり……些細なことでも、何かやりがいが欲しいなと思いまして」

 ふむふむ。
 
 僕もそうだったようだけど、人間は、物質的な豊かさだけでなく、やりがいというものを求めることが分かった。

「セタガヤさん、ありがとうございます。おかげ様で、参考になる情報を得られました。カニについては後ほど、商店街の楽地市場にお送りいたしますね」

「こちらこそありがとうございます。ユートさんのおかげで、本当に助かっています」

「いえいえ、全て神様のおかげなので、お礼なら神様の方に言ってあげてください。それに私たちも、みなさんが第一住民になってくれたおかげで、楽園プロジェクトを進めることができていますので」
 
 楽園プロジェクトは、地上で争いを続ける人間たちを神様が憂い、人々が幸福になれる場所を作るために企画されたプロジェクトだ。そして、楽園世界の第一住民として、男女の若い人間が30人選ばれた。
 
 選ばれた人々には、僕が“空間創造”の能力で創造した“楽園空間”で生活してもらい、その人々の生活の様子や要望を聞いて、楽園を、より理想的な生活空間へと成長させるための判断材料とさせてもらっている。

「それでは、僕はこれで……あ! そう言えば、今週の日曜日に“お祭り空間”にみんなで行こうって話になったんですけど、よかったらユートさんもいかかがですか?」

「え!? 僕も!?」

 セタガヤさんがあまりにも予想外なことを言うので、びっくりして目がまん丸になってしまう。

「あ、すみません、やっぱり無理ですよね……お仕事もあるでしょうし」

 セタガヤさんはしょぼんと落ち込んでいる。

「いえ、突然のことにびっくりしてしまっただけで……。そうですね、お誘い頂けるなら、ぜひお祭りに参加したいです。みなさんのことをもっとよく知れれば、生活向上のお役に立てると思いますので」

「本当ですか! いや~、よかったです。ユートさんや天使の方々と、ぜひお話したいなという話を、みんなでよくしてたんですよ」
 
 セタガヤさんは、背中を掻いて少し恥ずかしそうにしている。

「そうだったんですか。私も、みなさんとはもっとお話ししたいなと思っておりました。日曜、楽しみにしておきます」
「僕も楽しみです! それではまた日曜日に」
 
 そう言うと、セタガヤさんは連絡用のボタンを押して、通信を切った。

「お祭り、かあ……」

 人間の祭事には、何度か参加したことはある。けれど、自分が天使であることを知られている上でというのは、今回が始めてだ。

 上手く溶け込めるか緊張する一方で、人間たちとの交流を楽しみにしている自分もいた。

「よーし、日曜に楽しめるように、今は仕事がんばるぞー!」

 仕事はそんなになかった。
 
 この後僕は、楽園空間の微調整をしたり、さっきのように住民の要望を聞いたり、逆に僕が楽園生活の感想を聞いてみたりもした。
 しかし、それらの仕事を終えるのにたいして時間は掛からず、僕はすぐ暇になった。
 
 実は、楽園空間の維持管理については、物質創造や物質消去などの自動化による、必要な物質の生成及び消去と、管理システムによる楽園空間の監視によって、充分にできてしまっているのだ。
 
 この役目……楽園管理者兼設計者(僕は“楽園コンシェルジェ”と呼んでいる)は、そもそも、楽園住民の要望に応えて、家や町、山や滝など、様々な設備を創造していくことが最も大きな仕事となっている。
 
 そのため、楽園プロジェクト始動当初は、住民の要望に応えるために、毎日大規模な空間創造と物質創造を行う必要があり、仕事の大変さに死ぬかと思っていたぐらいだ。現在では、人々を満足させるために必要な施設やシステムは大方創造されたので、住民とのコミュニケーションや楽園空間の微調整など、軽い仕事を中心に行うようになっている。

 そうして暇を持て余し、持て余しすぎて持ってきた本を読み始めた頃、目の前に青色の片開き式扉が現れ、誰かがドアノブを回してこの空間に入ってきた。

「ユート、久しぶり~」

 現れたのは、純白の髪と青い瞳をもち、白のドレスを身に纏った可憐な女性だった。

「あー、アリアちゃん、久しぶり~」

 彼女の名前はアリアドラ。何千年も前から一緒に行動していて、いわば恋人……いや、伴侶みたいなものだ。

「ちょっと、半年ぶりに帰ってきたのに、反応悪くない?」

 彼女は不機嫌そうに頬をふくらませた。

「え~。だって、帰ってくるって聞いてなかったんだもの」
「それは仕方ないでしょ! あの悪魔をいつ捕まえられるか、分からなかったんだから」

 アリアは半年ほど前に、地上で悪行を働いている悪魔を逮捕するため、神様の命によって地上に出張していた。なんでも、その悪魔は気配を隠すのが上手く、見つけるのに苦労していたのだという。

「それで、例の悪魔は捕まえられたの?」
「ええ、けっこう時間は掛かったけど、根気よく探して、なんとか見つけられたわ」
「そうなんだ。それは良かった」

 僕は“物質創造”を使って、僕の隣にアリア用の青い椅子を用意した。

「ふふ、ありがとう」

 彼女は微笑み、椅子に腰を下ろした。

「ユートの方はどう? 楽園プロジェクトの管理なんていう、重大な仕事を任されちゃったみたいだけど」
「いやー、最初は大変だったけど、今はなんとかやれてるよ。それに、人間のための楽園を作ろう! ……って言いだしたのは僕だしね。むしろ、この役目を任されたのは、僕にとっては嬉しいことさ」

 彼女の綺麗な瞳を見つめ、微笑みかけてみる。

「そうね。最近のユート、本当に楽しそう」
 
 彼女は満面の笑みを浮かべて、僕の肩にもたれ掛かった。

「ちょっと~。まだ仕事中だよ~?」

 そう言いながらも、僕は彼女の白くて繊細な手を握ってしまっていた。

「ふふ、いいじゃない。今はそんなに忙しくないんでしょ?」
「まあ、忙しくないといえば、忙しくないかな」

 熱くなっている頬を見せないように、少し顔を背けて答える。

「耳、紅くなってるよ?」
「気のせいじゃない?」

 言葉だけはなんとか強気にしたが、発する声は震えてしまった。

「ふふ、かわいい」

 彼女に甘い言葉を囁かれ、もう理性がどうにかなってしまいそうになる。

「ちょっと……アリアちゃん? 落ち着かないから、そういうのは後にしてくれない?」
 
 彼女の瞳を、半目でじっと見つめながら窘めると、彼女は少し舌を出し、いたずらっ子な笑みをみせた。

「ごめんごめん。久しぶりに会えたから、つい甘えたくなっちゃって……。これからは、しばらく時間あるし、一緒に楽しく暮らせたらいいな」

 今度は、彼女が僕の手を握ってくれた。

「うん、そうだね。一緒に楽しく暮らそう」
「ありがとう、ユート……」
「アリア……」

 自然と引き寄せられるように、僕たちは互いの唇を近づけ合った。

「って、今はそういうのはだめなんだよ!」

 直前ではっと気づいて、彼女の唇を遠ざけた。

「でも、ユートも乗り気だったじゃない」
「まあ、否定はできないけど……。とにかく、今はお互い求めすぎちゃうから、アリアちゃんは一旦家に入るか、どこかそこらへんを散策しておいてほしいな」
「むう、わかったよ~。家に戻って料理でもしておくわ」 

 彼女は立ち上がり、後ろにある我が家に向かおうとした。

「ちょっと待って、今から料理作りたいの? だったら、具材を用意しなきゃいけないから、僕も一緒についていくよ」
「え? でも、仕事中なんじゃないの?」

 彼女の問いに、僕は微笑みながらウィンクをして答えた。

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。暇すぎて本読んでたくらいだから。……管理システムちゃん、悪いけどちょっと席外すね」

『了解いたしました』

「ほら、管理システムもこう言ってるし」
「え……、管理システムがそんな感じで大丈夫なの……?」
 
 管理システムを内蔵している机を、アリアは心配そうに見た。

『現在、ユート様に仕事はほとんどありませんから。意味も無くここに居続けるよりも、久しぶりにご帰還なさったアリアドラ様との時間を大切した方が、今後の仕事への意欲も高まるだろうと判断しました』

 管理システムの言葉に驚き、僕は机に向かって前のめりになった。

「え!? それってもしかして、今日はもうサボってもいいってこと!?」

『さようです』

「やったー! 管理システムちゃんさいこー!」

 僕は勢いよく立ち上がり、喜びのあまりその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「なんか、思ったより仲良しなのね……」
 
 アリアはなぜか、呆れ顔で僕たちを見つめた。

「さあ、そこらへんを歩き回ろー!」

 僕は彼女の手を握り、家の後ろ側に見える、ずっと遠くまで広がっている草原の方へと誘導した。

「ちょっと、料理はどうするの?」 
「後でいいじゃん。帰ってから一緒に作ろうよ」

 そう言うと、彼女は少し意外そうに僕を見た。

「あれ、ユートって料理嫌いじゃなかったっけ?」 

 僕は自慢げに微笑んで答えた。

「ふふ、別にもともと嫌いではなかったんだけどさ、最近、結果に至るまでの過程も、大事なんだってことに気づいたんだ。それに、君と一緒なら、楽しく料理ができそうだしね」

 手を繋いだままで僕たちは、晴れやかな空の下をゆっくりと歩き続けた。

「そっか、私も楽しみだな。……そういえばユート、家に私の似顔絵を置いて、毎日見てるんですって?」
「あー、もしかして、フルトから聞いたのかな?」
 
 フルトは僕の親友で、フルネームはフルトフル。よく我が家で一緒に食事をしていたのだけれど、その時に、『寂しさを紛らわせるために、アリアの肖像画を食堂に置いているんだ』という話を、つい彼にしてしまったのだ。

「そうよ! その話を聞いてから私、早く帰るために必死で悪魔を探してたんだから! そのくせ、連絡を取ってる時はユート、全然平気そうに振舞うんだもの。寂しいなら寂しいで、遠慮せず、そう言ってくれればいいのに」

 困り顔で僕を見つめる彼女に、僕も苦笑い以外に出せる表情を見つけられなかった。
「あはは、その通りだね……ごめん。でも、君に心配をかけたくなかったんだ」

 そう答えると、彼女は僕の手を優しく握ってくれた。繊細でなめらかで、それでいて力強さを感じさせる、安心感のある手だった。

「まあ、ユートが色々一人で抱え込んじゃうのは、昔からだものね。今更、なんでも打ち明けろ、なんて言わないけど……ちゃんと私のことを信じてね」

 その言葉を聞いて、僕の唇は至福の微笑みを零し、僕の手は愛情を込めて彼女の手を握り返した。

「ありがとう、頼りにさせてもらうよ」
「ふふ、私だって、ユートのことはすごく頼りにしてるからね」

 お互いに笑い合い、この豊かな草原を歩み進んでゆく。
 

 ――今はまだ見えないけれど、いつか、この道の果てに辿り着くことができるのだろうか?


 暖かな風に温もりを感じながら、二人は、果てしない道を共に歩き続けていた。


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