悲劇と創世のエデン

オオカミ

文字の大きさ
2 / 2

解放

しおりを挟む
「ぐ……。この俺が負けた、だと? なぜだ……俺の力は、お前の術を圧倒していたというのに……」

「簡単なことよ。あなたは、驕り高ぶり、私を倒せるチャンスを見逃していた。それに対し……あなたを…………でここまで来た。この覚悟の差が、今の結末をもたらしたのよ……」

「まだ、まだだ……! 俺はこの世界の全てを……!」

 その言葉を吐き出した後、俺の眼は一度光を失い、再び明かりが戻った時には、カミリアと彼女にしがみつく〝オレ〟の姿を、なぜか俺の視界は映し出していた。

 どういうことだ!? 俺はまだ生きている! 体だってここに……!

 カミリアに手を伸ばそうとするが、あるはずの俺の手が、体がそこにはなく、俺が見ているこの風景も、彼女を真上から見下ろすような位置から、ほとんど変わることはなかった。

 ……俺は、俺は死んだというのか!? あんな女に、あんなごみみたいな白魔導士どもに負けて……!
 

 俺は、生まれた時から、ずっと負け犬だった。常に蔑まれ、親からも必要とされず、ただただ、どんな感情かも解らない、醜くどす黒い〝なにか〟を心の底に積み上げながら、みじめに生き永らえてきた。

 そんな俺の人生に、唯一光を与えてくれたのが、カミリアだった。あいつは、俺のことをちゃんと人として扱ってくれた。俺の異形の姿を気にしないどころか、あいつは、「羊さんみたいでかわいい」とさえ言ってくれた。だから俺は、人生に希望を持とうと思った。だが、

 だが白魔導士どもは、俺と彼女を引き離した! そしてまた、俺を罵り傷つける奴らを守るための、地獄のような戦いが始まった!
 
 
 俺は、再び全てを失った。流れる時間は鎖のごとく、俺の心と体をきつく縛りつけ、灯っていた唯一の光を、けがれた紫色に染め上げた。
 
 そんな日々を繰り返す中で、俺は決心したのだ! 俺を傷つけた連中を、弱者を傷つけ虐げる魔導士どもを、一人残さず抹殺するのだとな!
 
 
 しかし、それも今日で終わりだな……。カミリアは俺を裏切り、くだらない白魔導士どものために命を懸けた……。もう俺は終わりだ。この人生には、何の価値もありはしなかった。憎しみの焔を胸に抱いたまま、この悪夢が終わるときを待ち望むばかりだ……。
 

 俺の体を抱き締め、カミリアは俺の城の赤い絨毯に座り込む。

「ダレン、今までつらいことがたくさんあったわね。私たちはいつも孤独だった。あなたは他人から認めてもらえないでいて、私はみんなからいつも称賛されていて……。けれど、私をちゃんと見て、私の心を理解してくれたのは、あなただけだったわね……」

 彼女は慈しむように、優しい声でそこにある俺の体に囁きかけた。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の心を縛っていた鎖が打ち破られ、カミリアと過ごした日々の幸せな記憶が、清らかに流れる小川の情景のごとく、俺の脳裏に蘇り始める。



 ――カミリア、俺たちは幸せになれるのかな?

 ――なれるわ。私が、この世界を変えてみせる。



 ――カミリア、俺たちはもう、これで終わりなのかな?

 ――そんなこと、絶対にないわ。たとえ離れていても、私の心はあなたと共にある。だからお願い、私が戻ってくる時を、どうか待っていて。私が絶対、この世界を変えてみせる。



 ああ、そうか。

 カミリアは、ずっと俺のために戦ってくれていたんだ。それなのに俺は、ずっと自分のことばかりで、ちゃんと君のことを見ていなかった……。君は、俺だけでなく、この世界の全てを、救おうとしていたんだね……。


 それからしばらくして、カミリアは、最後の力を振り絞るように、小さな声で言葉を紡いだ。
「ごめんね、私が守り切れていれば……。ダレン、みんな……ごめん、ごめんね……」

 
 お願いだ、どうかそんなことを言わないでくれ……。俺が悪かったんだ。俺が、君を信じ切れなかったのがいけなかったんだ。すまなかった。俺が、俺のせいで…………。
 

 何を言おうとも、もう彼女に届くことはない。悔やんでも、嘆いても、全ては後の祭りなのだ。これが、過ちを犯した俺に対する、罰なのだろう。
 


 カミリア、これが俺の罪の果てだというのなら、全てを受け入れるよ。たとえ、この苦しみが永遠に続くのだとしても、俺は耐えてみせる。君が抱えていた苦しみは、きっと、もっとずっと深かったはずだから…………。

 
 
 視界は閉ざされ、暗闇だけが俺を包む。俺はこれから、何もないこの闇という牢獄の中で、永遠に、罪を償い続けなければならないのだろう。大勢の人を殺め、他者を道具のように操り続け、果てには、愛する人をも裏切ってしまった。そんな俺には、この程度の責め苦、当然の報いだ。


 沈んでゆく。どこまでも、どこまでも。時間の感覚も、俺自身の存在も、何もかもが無に近づいていく。生まれた時から何も持っていなかった俺には、ふさわしい末路と言えるだろう。

 
 
 ――さらばだ、カミリア。


 
 心を、完全に闇へ投げ打とうとしたとき、優しい声が、俺の中に伝わってきた。

「戻ってきたよ、ダレン」

 カミリア、なのか……!?

「そうだよ」

 カミリア、どうして君がこんなところに……!?

「だって、約束したでしょ? どんな時でも、一緒にいるって」


 確かに、俺たちは何度も約束をした。だけど俺は、カミリアのことを何度も傷つけてしまった……。そんな俺に、彼女のそばにいる資格なんてあるはずがない…………。

 そうだ、俺はカミリアに対して、決して許されないことをしてしまったのだ。彼女を信じず、多くの命を奪ってしまった俺が、一体どんな顔で、彼女に向き合えるというのだろうか……?


「ダレン、よく聞いて。あなたは何も悪くないわ。全ては運命の道しるべだったのよ。むしろあなたは、この世界を救うために、やるべきことをよくやったわ」

 俺が、よくやった……? カミリア、なぜそんなことを言えるのだ?

「私たちはね、運命に導かれてこの世界に辿り着いた、神の子だったのよ。私たちは、光と闇、秩序と混沌をつかさどり、世界をあるべき姿に導くために、神によって遣わされた存在だったの」

 そ、そう、なのか……?

「ごめんなさい。こんなことを突然言われても、信じられるわけ、ないわよね……」

 彼女の声は、申し訳ないと伝えるように落ち込んでいて、最後の方になるほどに、小さくなっていた。

「いや、俺は信じるよ。カミリアが言うことなら、俺は信じる」

 ただ心の中で呟くのではなく、彼女に対してはっきりと伝えるために、言葉を紡ぐ。

「ダレン!」

 彼女の声が明るく華やいだ。

「だけど……たとえ全てが運命だったのだとしても、俺は自分自身を許せない。お前を裏切ってしまったという事実
は、決して変わらないんだ…………」

 自分の中で何度も反芻はんすうしていた言葉を、彼女に伝える。この事実がある限り、俺の罪は許されない。許すことができない。

「ダレン、それは私も同じことよ。私もあなたを、最後まで信じ切ることができなかったわ……。たとえあなたが、人々を殺めてしまっていても、私は、あなたの味方でいるべきだった……」

 彼女の声は、罪を告白しているかのように、苦しげだった。

「だから、お願い。あなたの罪を許して……。私も、私の罪を許すから……」

「カミリア…………」

 彼女の気持ちを聞いて、俺はようやく気が付いた。重要なのは、罪を悔いることではなかったのだ。

「わかったよ、カミリア。俺は、俺の罪を許す。だからカミリアも、自分自身のことを許してあげてくれ」

「ダレン……」

「そして、また取り戻そう。二人で笑いあった、あの幸せな日常を……」

「ダレン……ありがとう、ありがとう……」

 涙を流している時のように、かすれた声が聞こえてくる。

「そんなに泣くなよ、カミリア。もう、つらいことは終わったんだ。これからは、笑顔でいよう」

「うん……! うん……!」

 彼女の声は、子供のように無邪気になっていた。

「ねえダレン。私いま、とってもしあわせ…………」

「ああ、俺もだ…………」

 声からだけでなく、彼女の心からも、幸せな気持ちが、俺の心にまで伝わってくる。

「共に行こう、カミリア」

「うん。これからはずっといっしょだよ、ダレン」
 


 幸せに満たされた俺たちの魂は、柔らかな光に包まれ、どこか、新しい世界へと導かれていった。


 
 
 
   

  
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

公爵閣下、社交界の常識を学び直しては?

碧井 汐桜香
ファンタジー
若い娘好きの公爵は、気弱な令嬢メリシアルゼに声をかけた。 助けを求めるメリシアルゼに、救いの手は差し出されない。 母ですら、上手くやりなさいと言わんばかりに視線をおくってくる。 そこに現れた貴婦人が声をかける。 メリシアルゼの救いの声なのか、非難の声なのか。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

本当に、貴女は彼と王妃の座が欲しいのですか?

もにゃむ
ファンタジー
侯爵令嬢のオリビアは、生まれた瞬間から第一王子である王太子の婚約者だった。 政略ではあったが、二人の間には信頼と親愛があり、お互いを大切にしている、とオリビアは信じていた。 王子妃教育を終えたオリビアは、王城に移り住んで王妃教育を受け始めた。 王妃教育で用意された大量の教材の中のある一冊の教本を読んだオリビアは、婚約者である第一王子との関係に疑問を抱き始める。 オリビアの心が揺れ始めたとき、異世界から聖女が召喚された。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...