楽園の思い出

オオカミ

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楽園の思い出

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「あなたを愛せてよかった……」
 
 崩れゆく城の中で、私は彼に愛の言葉を告げる。

「僕も、リリーと出会えてよかった。君のおかげで僕は、胸の奥にある情熱を見つけられたんだ」
 
 彼は、ノアは私の体を抱き寄せ、そっと顔を近づけた。私は瞳を閉じ、彼の口づけを受け入れる。

「ん……」
 
 重ね合わせた唇は、甘く優しく溶けるようで――、これまでの悲しみも、これからの悲しみも、すべて忘れられるような気がした。

「愛してる、リリー」
 
 彼は私を強く抱きしめ、熱さと切なさと、優しさを込めた言葉を囁いた。

「さあ、もう行こう。君が助け出した人たちのように、君の《ちから》で、僕たちも外の世界へ……」
 
 私は唇を噛み締め、私の肩に触れている彼を突き放した。

「え? リリー?」

「ごめんなさい、私はあなたと一緒には行けない」
 
 彼の顔を見ないよう俯き、私はノアを拒絶した。

「どうして!? もう、この楽園に住んでいた人々は、全員救出されたんだ! もう、君の役目は果たされたはずだよ!」
 
 私は、もう一度だけ唇を噛み締め、笑顔を作って彼を見上げた。

「ごめんね。まだ、最後に一つ、果たさなきゃいけない役割があるんだ。それに、私は天使だから、役割を果たした後は、神様の元へ戻らなくちゃいけないの。……だから、あなたとはここでお別れだよ」

 彼は目を見開き、悲しみの籠った声で、叫ぶように言葉を紡いだ。

「そんな、そんなの嫌だよ! 君と、この楽園で愛し合って、もう二度と離れないって誓ったじゃないか! ……そうだ! 神様の所に行った後、また戻ってくればいいんだよっ! そうすればまた一緒に――」
 
 私は、一度は突き放した彼を抱き寄せ、その唇を塞いだ。

 
 熱く深く、死んでも、彼の温もりを忘れないように。



「ノア、私にたくさんの愛をくれて、本当にありがとうね。……私がいなくても、幸せになってね」
 
 城の壁面が崩れ落ち、楽園を侵食する闇が露わになる。

「いやだ! 僕は、愛する君と、リリーとずっと一緒にいたい!」
 
 今までにないぐらいの力で、彼は私を抱き締めた。

「ごめんね。……さようなら」
 
 そう小さく囁き、私は《ちから》の宿った両手で彼に触れ、楽園の外に追放した。

「ごめん。本当に……ごめんなさい」
  
 使命を果たした私の両膝は崩れ落ち、ただ朦朧と、侵食する闇を見つめることしかできなくなった。
 
 ……ごめんね、ごめん、ごめんなさい、本当にごめんなさい。ごめん、本当に、私が悪かったの。私さえいなければ、私が、あなたを愛しさえしなければ……。
 
 いくら心の中で謝罪しても、彼の悲しみも私の罪も、決して消えることはないだろう。愛する人を裏切っておいて、一体何が天使だというのだろうか。……それでも、

「それでも私には、この生き方しかなかったから……」
 
 侵食の闇は、私を囲むようにして少しずつ、少しずつ、青き城の残骸を飲み込みながら迫ってくる。
 
 力なく座り込んだままで、私は、これまでのことを思い出していた。
 
 役目を与えられ、この楽園にやってきた日のこと。誰にも受け入れてもらえず、拒絶され、恐れられ続けた日々のこと。そんな私に、ノアが手を差し伸べてくれた時のこと。ノアを好きになり、愛し合った日々のこと。
 
 ただ役目を果たすだけだったはずの私の人生を、ノアとの思い出が照らし出している。
 
 
 ――ノア、あなたのおかげで、私は幸せだったよ。


 空虚な闇が、私の体を包み込んでいく。けれど、痛みも苦しみもなく、静かな安らぎだけが伝ってくる。

 楽園の闇を全身で受け止め、定められた呪いを封印すること。それが、私に課せられた最後の使命。そのために生まれ、そのために生きてきた。

 微睡まどろむように落ちてゆく意識の中、ノアがいつも私に向けてくれた、優しくて純粋な笑顔を思い出す。

 
 ――さようなら、ノア。もし願いが叶うなら、いつか、またあなたと――――


 楽園の闇に呑まれ、深く深く沈んでいった……。







「ねえねえ、リリー。次は何して遊ぶ?」

「そうだねー。あ、かくれんぼしたい!」

「かくれんぼね! いいよ!」

「じゃあ、ノアが鬼ね。十秒数えるうちに、私かくれるから!
どんなに深い闇の中にいても、必ず私を見つけだしてね!」





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