真っ白テーマパーク

オオカミ

文字の大きさ
1 / 1

真っ白テーマパーク

しおりを挟む
 空は青く、晴れやかな光が大地を照らし出している。

「ねえ、君はどんな物語が見たい?」

 私が彼に尋ねる。
 緑の景色が広がり続ける丘の上で、私たちは、ゆったりと肩を並べて座っている。

「うーん、そうだねー。甘くて切ない恋物語とか、いいんじゃないかな」
「へー、君はそういうの好きなんだ」

 青い空にポツンと浮かぶ、ちょっと丸い雲を眺めながら、彼はぼんやりと私に答えた。

「じゃあさ、晴花はどういうのが好きなの?」
 
 さっきまで雲を眺めていた彼は、黒曜石のように黒く輝く瞳で、私を見つめた。
 
 まただ……。初めて出会った時からずっと、彼のこの、吸い込まれてしまいそうな純黒の瞳に、心を奪われない時がありはしなかった……。
 彼の瞳は、どうして、こんなにも私の心を惹きつけてやまないのだろうか。知りたい、私の、この想いの先にある答えを……。

「あれ? 晴花、どうしたの?」

 彼のその純粋な瞳が、不思議そうに私の顔をのぞき込む。

「え、あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
 
 自分が彼に魅入ってしまっていたことに気づき、あわてて顔をそらす。

「ふーん、変なの。それで、晴花はどんな話が好き?」

 彼はそれ以上は疑問を持つこともなく、同じ質問を繰り返した。

「そうねー。私は、最高のハッピーエンドかと思ったら、最後にすごく悪いことが起こって、バッドエンドー、って感じの物語が好きかな?」 

 言葉の最後に私は、悪い人がしそうな、不自然な微笑みを作ってみせた。

「え、晴花しゅみわるっ!」

 心外……ではなく予想通り、彼は強い嫌悪感を示してくれた。
 こういう反応が返ってくることは、最初から分かり切っていたとはいえ、自分のありのままの姿を否定されたみたいで、ちょっと傷つく。

「ひどい! 君にだって、変な趣味の一つや二つはあるくせに!」
「いや勝手に決めつけるなよ!」
「じゃあないの!?」

 さっき覗き込まれたことのお返しに、今度は私が彼に詰め寄ってみた。瞳は逸らして。

「いや、ある、かなー?」
「でしょ!」

 私は自慢げに笑ってみせた。

「うーん、でも、なんか納得できない……」

 彼は眉間にしわを寄せ、不満そうに唇を曲げている。

「ふふっ」

 微笑みながら、彼の隣に座り直した。

「ひとってね、誰しも、お腹の中に隠していることがあると思うの。それはきっと、その人にとってとても大切なことで、だからこそ、他人に知られて、拒絶されるのがすごく怖かったりすると思うんだ」

 私は彼の肩に手を置き、耳元で甘く囁いた。

「だから、私が君に伝えた秘密も、君には受け入れて欲しいの」

 彼は驚いた様子で振り向き、その、美しく輝く黒色の瞳で、私の目をまじまじと見つめた。

「わ、分かった。晴花が、そんなに大事に思っていることなら、僕はもう、否定したりしないよ」

 彼は、上ずりながらも、意志のこもったしっかりとした声で、私に答えてくれた。

「ふふ、ありがとうね」

 受け入れてもらえたのが嬉しくて、彼の背中に抱きついてしまう。

「ちょ、晴花、あんまり密着しないで……」
「あ、ごめんなさい」

 彼の首に回していた手を離し、元の位置に戻る。
 少し不満だ。私と彼は、いつも一緒に行動するぐらい仲が良いのに。私が彼に隠している気持ちを伝えたなら、もっと、彼に触れることができるのだろうか。

「まあ、私の趣味の話は、嘘なんだけどねっ」

 小さく舌を出し、笑いかけてみた。
 火事が起こった。

「こら~! 待て~~!!」
「あはは、待たないもーん!」

 怒った彼は、逃げる私を追いかける。しかし、私の方が足が速いので、全く捕まえることができていない。
 丘の頂上まで走り抜き、一旦立ち止まって息を整える。彼も登ってきてはいるが、その足どりは速くない。

「もう諦めなよー。君は運動得意じゃないんだし。おとなしく、私にいいようにされるしかないんだよー?」
「ふざけるな~!!」

 凄い勢いで駆け寄ってきた。

「わ、はやいっ!」

 慌てて丘を下ろうとするが、勢い余って体勢を崩してしまう。

「晴花っ!」

 前のめりになってこけそうな私を、彼が後ろから抱き締めて支えてくれた。

「あぶないだろ!」
「あはは、ごめんごめん」

 それから、私たちは丘の上に並んで寝そべり、日が沈むまでの間、ぼんやりと青空を眺めていた。

「空が赤くなってきた。そろそろ帰らないと」
「そうだね」

 彼は起き上がり、夕陽に向かって丘を下り始めた。私も後に続き、丘を下っていく。
 沈みゆく赤き光が、彼の後ろ姿に暗い影を作り出している。
 赤と黒に彩られたその妖しい景色が、私の中に隠された情動を呼び起こす。
 
 ……人は誰しも、その腹の中に秘密を隠している。
 知りたい。彼の内側にある、美しい秘密を。
 
 体を本能が支配し、ポケットの中の小型ナイフに手が伸びる。

「おーい、せいか~」

 彼が振り向き、私を呼ぶ。

「後ろにいないで、隣に来てよー」
「分かったー。今行くー」

 ポケットから手を抜き、彼の方に駆け寄る。

 彼が声を掛けてくれたことに、私は内心ほっとしていた。彼の秘密を知るのには、今はまだふさわしい時ではない。
 彼と私が、お互いの恋心を通じ合わせ、この上なく心を満たすことができたなら、きっとその時が、私の望みを果たせる、最上の機会となるだろう。

「そしたら、君の望む切ない恋物語も、きっと叶えられるよ」
「え、何か言った?」
「んーん。ただの独り言だから、気にしないで」
「そっか」
「そうそう」
 
 彼から少し顔をそむけ、酷く歪んだ微笑みを浮かべた。
 
 ――いつか、君と私の望みを叶えて、二人だけの恋の中で眠ろうね。

 沈みゆく太陽が、私たちの進むべき道に影を落としている。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

処理中です...