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1巻「第一章 邂逅」一部試し読み公開中
1.青の国の112代目勇者・ディートフリート
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100年ぶりに『焔(ほむら)闇(やみ)』が発生した、という報せに、青の国の城内は騒然としていた。
玉座の間では、112代目勇者のディートフリートが、王の目前で膝を付き、勅命(ちょくめい)を受けている。
「勇者ディートフリートよ、就任早々ではあるが、頼んだぞ。眠れる魔法使いを目覚めさせ、見事『焔闇』を討ち果たしてまいれ」
ディートフリートはつい昨日、現役勇者の座を先代勇者から引き継いだばかりだった。
「はい、陛下。私にお任せください」
澄んだ声を響かせ立ち上がった男――勇者ディートフリートは、絶世の美貌の持ち主だ。
王の隣に座している王妃も、一人娘の王女も、面(おもて)を上げた勇者の完璧な美貌に息をのんで目をくぎ付けにしている。
昨日の就任式で彼と言葉を交わしてから、王女は彼に夢中だった。
ディートフリートは銀色の長髪を美しい滝のように身に纏(まと)わせ、流れるような所作で踵(きびす)を返すと、玉座の間を退去するために歩き出す。
鍛え抜かれた堂々たる体躯(たいく)は、圧倒的な存在感を漂わせ、居並ぶ貴族たちは感嘆に満ちた視線を彼に投げかけた。
「112代目勇者はこれまた……非の打ちどころがないな」
「見て……勇者さまのあのお姿……ああ……素敵!」
偶然にもディートフリートと目が合った乙女は、あまりの幸福感にめまいをおこし、その場に崩れ落ちた。
女たちの熱い視線と、男たちの期待に満ちた視線を受け流し、ディートフリートは玉座の間を後にする。
人々の注目を集めながら、ディートフリートは内心でひっそりと、溜息をついた。
(やれやれ……100年ぶりに、最悪の災厄と呼ばれる『焔闇』が発生したというのに……皆、のんきなものだな……この場にいる者たちには、所詮は他人事か……)
複雑な心境を胸に秘めながら厩舎(きゅうしゃ)に向かう途中、勇者は頑健な風情の中年男性に呼び止められた。
「ディートフリート! ついに勇者の真骨頂(しんこっちょう)だな! わしはお前がうらやましいよ。武運を祈る!」
ディートフリートはその男の姿を認め、会釈した。
「ガウル勇者」
彼はディートフリートの先代で、昨日まで青の国の勇者を務めていた。
昨日の就任式で、ディートフリートは彼から勇者の座を引き継いだのだ。
この世界にはどの国にも、現役勇者が一人と、次代の勇者候補が一人、そして現役を退いた退役勇者が一人~三人ほどいる。
勇者は世襲ではなく、神が選んだ者がその任に付く。
そして勇者がこれから呼び覚ましに行く魔法使いもまた、一国に一人、神が別の世界から選び、連れて来るという。
ガウル勇者は、ディートフリートの肩を勇気づけるように叩くと、口を開いた。
「ディートフリート、すまんな、わしは現役時代に一度も魔法使いと対面する機会を得なんだ。それ故、何も助言してやることができん。勇者代々の口伝(くでん)は、昨日伝えたとおりだ」
「ええ。教えていただいた口伝はすべて記憶しています。それで充分です、ガウル勇者」
ディートフリートは厩番(うまやばん)が連れ出してきた愛馬にまたがると、ガウル勇者に挨拶をし、城を後にした。
魔法使いの住まいである塔は、王城から馬の駆け足で30分ほど走らせた、森の奥にある。
勇者が迷わぬように道は整備され、森のあちこちに「魔法使いの塔・こちら」と書かれた道しるべが設置されていた。
屈強な愛馬を休みなく走らせたディートフリートは、やがて見えてきた塔を前方に確認し、馬から降りて辺りを見渡した。
魔法使いの住まいは、塔を中心に半径200メートルほどの位置をぐるりと塀で囲まれていて、南側に正門が設けてある。
勇者はその正門の付近まで来たところ、足を止めた。そこには、何やら珍妙な道しるべが設置されいる。
荒い息の愛馬の首をいたわるように撫でながら、ディートフリートは道しるべに書かれてある文字を読んだ。
『門を抜けたら魔法使いリョウの塔・勇者以外はその眠りを覚ますに能(あた)わず』
そこには、昨日、勇者ガウルから聞いた通りの文言が記されていた。
しかし、その道しるべの上部には、風変わりな円形の看板が掲げてあり、勇者は首を傾げた。
円形の看板のすぐ下に打ち付けてある板には、
『☆スターニャックス☆平和と飲食を愛するヒトはお気軽にお立ち寄りくださいニャ☆魔法使いの塔一階で営業中!』
と書かれてある。
見たことのない珍妙な看板に、勇者は眉間にしわを寄せ、当惑した。
主に緑色と黒で彩られたその丸い看板は、真ん中にエプロンを着た猫人族(ねこびとぞく)が描かれてあり、その猫人族は右手に飲み物、左手に食べ物のような物を持っている。その食べ物は具を挟んだパンのようだ。
「なんだこれは……食事処か? スターニャックス? 魔法使いの塔にそんなものがあるなど、噂でも聞いたことがないぞ……」
勇者は困惑しながらも、馬を引いて門を抜け、前方にそびえる魔法使いの塔へと向かった。
玉座の間では、112代目勇者のディートフリートが、王の目前で膝を付き、勅命(ちょくめい)を受けている。
「勇者ディートフリートよ、就任早々ではあるが、頼んだぞ。眠れる魔法使いを目覚めさせ、見事『焔闇』を討ち果たしてまいれ」
ディートフリートはつい昨日、現役勇者の座を先代勇者から引き継いだばかりだった。
「はい、陛下。私にお任せください」
澄んだ声を響かせ立ち上がった男――勇者ディートフリートは、絶世の美貌の持ち主だ。
王の隣に座している王妃も、一人娘の王女も、面(おもて)を上げた勇者の完璧な美貌に息をのんで目をくぎ付けにしている。
昨日の就任式で彼と言葉を交わしてから、王女は彼に夢中だった。
ディートフリートは銀色の長髪を美しい滝のように身に纏(まと)わせ、流れるような所作で踵(きびす)を返すと、玉座の間を退去するために歩き出す。
鍛え抜かれた堂々たる体躯(たいく)は、圧倒的な存在感を漂わせ、居並ぶ貴族たちは感嘆に満ちた視線を彼に投げかけた。
「112代目勇者はこれまた……非の打ちどころがないな」
「見て……勇者さまのあのお姿……ああ……素敵!」
偶然にもディートフリートと目が合った乙女は、あまりの幸福感にめまいをおこし、その場に崩れ落ちた。
女たちの熱い視線と、男たちの期待に満ちた視線を受け流し、ディートフリートは玉座の間を後にする。
人々の注目を集めながら、ディートフリートは内心でひっそりと、溜息をついた。
(やれやれ……100年ぶりに、最悪の災厄と呼ばれる『焔闇』が発生したというのに……皆、のんきなものだな……この場にいる者たちには、所詮は他人事か……)
複雑な心境を胸に秘めながら厩舎(きゅうしゃ)に向かう途中、勇者は頑健な風情の中年男性に呼び止められた。
「ディートフリート! ついに勇者の真骨頂(しんこっちょう)だな! わしはお前がうらやましいよ。武運を祈る!」
ディートフリートはその男の姿を認め、会釈した。
「ガウル勇者」
彼はディートフリートの先代で、昨日まで青の国の勇者を務めていた。
昨日の就任式で、ディートフリートは彼から勇者の座を引き継いだのだ。
この世界にはどの国にも、現役勇者が一人と、次代の勇者候補が一人、そして現役を退いた退役勇者が一人~三人ほどいる。
勇者は世襲ではなく、神が選んだ者がその任に付く。
そして勇者がこれから呼び覚ましに行く魔法使いもまた、一国に一人、神が別の世界から選び、連れて来るという。
ガウル勇者は、ディートフリートの肩を勇気づけるように叩くと、口を開いた。
「ディートフリート、すまんな、わしは現役時代に一度も魔法使いと対面する機会を得なんだ。それ故、何も助言してやることができん。勇者代々の口伝(くでん)は、昨日伝えたとおりだ」
「ええ。教えていただいた口伝はすべて記憶しています。それで充分です、ガウル勇者」
ディートフリートは厩番(うまやばん)が連れ出してきた愛馬にまたがると、ガウル勇者に挨拶をし、城を後にした。
魔法使いの住まいである塔は、王城から馬の駆け足で30分ほど走らせた、森の奥にある。
勇者が迷わぬように道は整備され、森のあちこちに「魔法使いの塔・こちら」と書かれた道しるべが設置されていた。
屈強な愛馬を休みなく走らせたディートフリートは、やがて見えてきた塔を前方に確認し、馬から降りて辺りを見渡した。
魔法使いの住まいは、塔を中心に半径200メートルほどの位置をぐるりと塀で囲まれていて、南側に正門が設けてある。
勇者はその正門の付近まで来たところ、足を止めた。そこには、何やら珍妙な道しるべが設置されいる。
荒い息の愛馬の首をいたわるように撫でながら、ディートフリートは道しるべに書かれてある文字を読んだ。
『門を抜けたら魔法使いリョウの塔・勇者以外はその眠りを覚ますに能(あた)わず』
そこには、昨日、勇者ガウルから聞いた通りの文言が記されていた。
しかし、その道しるべの上部には、風変わりな円形の看板が掲げてあり、勇者は首を傾げた。
円形の看板のすぐ下に打ち付けてある板には、
『☆スターニャックス☆平和と飲食を愛するヒトはお気軽にお立ち寄りくださいニャ☆魔法使いの塔一階で営業中!』
と書かれてある。
見たことのない珍妙な看板に、勇者は眉間にしわを寄せ、当惑した。
主に緑色と黒で彩られたその丸い看板は、真ん中にエプロンを着た猫人族(ねこびとぞく)が描かれてあり、その猫人族は右手に飲み物、左手に食べ物のような物を持っている。その食べ物は具を挟んだパンのようだ。
「なんだこれは……食事処か? スターニャックス? 魔法使いの塔にそんなものがあるなど、噂でも聞いたことがないぞ……」
勇者は困惑しながらも、馬を引いて門を抜け、前方にそびえる魔法使いの塔へと向かった。
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