36 / 80
Ⅱ 幽閉
17. 人形の悲しみ
しおりを挟む
シルファの作った菓子に舌鼓をうち、やがて空腹が満たされると、レイは脱出路を求めてあちこちを調べ始めた。
そのうち厨房の換気扇に目を付け、ネジをはずして構造を調べてみたが、空気を通す管路は細かく分かれていて、それぞれの管は腕一本ほどの太さしかない。そして予想していた通り、他の建材同様、何をしても壊すことはできなかった。
「これじゃあ、通れそうにないなあ……」
レイがため息をつき、分解した換気扇を元に戻す作業を始めると、傍で見守っていた人形が、即座に手伝いを申し出た。手際よくネジをはめ、あっというまに換気扇を組み立ててゆく人形の姿を見て、レイは思わず感嘆の声を上げた。それに対して人形は、控えめに「<最果の間>の設備の、維持管理は私の仕事ですので」と答えた。
(そうか……シルファは400年以上もここにいるんだっけ……)
レイはふと思いついて、シルファに尋ねてみた。
「なあ、シルファ。気を悪くしたらごめんよ。そんなことないと思うけど……念のために聞いておく。もしかしたら君は、俺がここからの脱出を試みた際、それを阻止するように魔王から命じられているのか?」
「いいえ。そのような命は受けておりません。私が命じられたのは、王妃となるレイ様の御身を大切にお守りし、お世話するようにとだけです」
「……王妃ね……」
(魔王め……既に決定事項扱いかよ……)
レイは泣き笑いのような複雑な表情を浮かべると、深いため息をついた。
「……ま、それなら、一応君の協力は得られるわけだ。……もう君も気付いてると思うけど、俺はここから脱出したいんだ。なあ、シルファ、<最果ての間>に詳しい君なら、何か思いつかないか? ここから出る方法を」
「陛下にお伺いしてみてはいかがでしょう? 封印扉を開けてくださるかもしれません」
「いやいやいやいやいや、その陛下自身が、俺をここに閉じ込めてるんだ。俺が妃になるのを、何度も断ったもんだから。……一昨日、封印扉の前で、俺があいつを攻撃するのを、君は見てただろ?」
人形は戸惑ってレイを見つめた。
「……ふざけていらっしゃるのかと思っておりました。……実際、王宮の精霊も、レイ様を傷付けなかったので」
「? どういう意味だ?」
「この王宮には、特別な精霊が宿っていて、常に陛下をお守りしています。故意に陛下に危害を加える行動を取った者は、無事ではいられません。――でも、<精霊たち>はあのとき、レイ様を少しも傷付けなかった。<精霊たち>はすでにあなた様を、特別な存在として認識していると思われます。そしてそれは、お二人が近い未来に結ばれることを意味します」
そう断言され、レイは複雑な面持ちで眉をしかめた。
「…………<精霊たち>がどう思っているのか、会ったことがないから分からないけど……とにかく俺、家に帰らないと。遅くても1ヵ月半後には、家に帰り着きたいんだ。シルファ、力を貸してくれ」
「はい、レイ様。私にできることならお手伝い致します」
そう答えながらも、人形の心には疑問が次々と浮かび、目の前の主人との会話に集中できなくなった。
――なぜ、レイ様は王妃の座を断ったのだろう? 精霊が認めたのであれば、お二人は結ばれるはずでは?
――なぜ、陛下は「愛している」相手をここに閉じ込めて、苦しめているのだろう?
――なぜ、「愛している」レイを、一度手にかけたのだろう……
――そう、レイ様はあのとき、一度死んでしまった…………陛下に、殺されてしまった……
人形は、知っていた。レイの悲鳴に驚いて主寝室に向かう途中、サライヤの姿に気付き、その後をこっそりついて行った。
そして――
封じ込んだはずの記憶が、出口を求めて吹き上げてくる。
(いけない、思い出しては……イケナイ……)
しかし、もう遅かった。
凄惨な記憶が甦ると共に、人形の意識が、ぷつっと、途絶えた。
「シルファ? 聞いてるのか? どうしたんだ、いったい……」
人形は何も返事をしない。
レイは異変を感じ、シルファの目を覗き込んだ。
先程まであれほど豊かな表情を見せていたのに、今は抜け殻のように虚ろな目をしている。
やがて発せられた声は、よく知っているシルファの声ではなかった。
『これは故障ではありません。人形には自身と主の双方を守るために、いくつかの禁忌が仕込まれております。禁忌に触れた際には、人形は一時的に機能を停止させますが、ほどなく元の状態に復帰致します。なお、禁忌に関しての記憶は人形から消去されます。ご迷惑おかけ致しますが、必要な措置でございますので、何卒ご了承のほど、お願い申し上げます』
抑揚のない、無機質な声に語られるその内容に、レイはぞっとして息を詰めた。
(禁忌……? 機能……停止? 何だって……? 何だよ、それ……)
わけが分からず、レイの思考機能も停止寸前となった。
ややあって、シルファは何事もなかったように会話を再開させた。
「失礼致しました、レイ様。ぼんやりしておりました。何を仰せでしたか?」
その声に先程の片鱗は一切なく、元のシルファの、澄んだ美しい声だった。
シルファの様子からは、『機能を停止』させた要因と、その間の記憶がすっかり抜けていることが伺い知れる。
レイは溜まっていた唾を嚥下すると、蒼白な面を上げ、慌てて口を開いた。
「いや、いや、その……何でもない。全然、気にしなくていい。そうだ、俺、書庫で暇つぶしてくる。しばらく没頭したいから、シルファはここでゆっくりしてるといい」
今にも涙が溢れそうで、レイは逃げるように厨房を出た。
最初の驚愕が去ると、その胸に訪れたのは、怒りだった。
人形にはあらかじめ、「禁忌」とやらに触れたとき、あの無機質な説明文が作動するように仕込まれていたのだろう。
生きた人形に関する知識をまったく持たないレイには、どういう仕組みになっているのか不明だったが、それが魔導術による暗示だということだけは、推察できた。
何が禁忌の引き金となったのかは、レイには見当もつかなかったが、人形が自由な思考を禁じられているという事実が、痛ましかった。
故障でなない、という言葉もまた、胸をえぐる。
レイは怒りを感じるあまり、肩をふるわせ、低く嗚咽した。
人形が哀れでならなかった。
命を与え、心まで吹き込みながら、物のようにぞんざいに扱う。
その、残酷なまでの人の身勝手さが、心底腹立たしかった。
そのうち厨房の換気扇に目を付け、ネジをはずして構造を調べてみたが、空気を通す管路は細かく分かれていて、それぞれの管は腕一本ほどの太さしかない。そして予想していた通り、他の建材同様、何をしても壊すことはできなかった。
「これじゃあ、通れそうにないなあ……」
レイがため息をつき、分解した換気扇を元に戻す作業を始めると、傍で見守っていた人形が、即座に手伝いを申し出た。手際よくネジをはめ、あっというまに換気扇を組み立ててゆく人形の姿を見て、レイは思わず感嘆の声を上げた。それに対して人形は、控えめに「<最果の間>の設備の、維持管理は私の仕事ですので」と答えた。
(そうか……シルファは400年以上もここにいるんだっけ……)
レイはふと思いついて、シルファに尋ねてみた。
「なあ、シルファ。気を悪くしたらごめんよ。そんなことないと思うけど……念のために聞いておく。もしかしたら君は、俺がここからの脱出を試みた際、それを阻止するように魔王から命じられているのか?」
「いいえ。そのような命は受けておりません。私が命じられたのは、王妃となるレイ様の御身を大切にお守りし、お世話するようにとだけです」
「……王妃ね……」
(魔王め……既に決定事項扱いかよ……)
レイは泣き笑いのような複雑な表情を浮かべると、深いため息をついた。
「……ま、それなら、一応君の協力は得られるわけだ。……もう君も気付いてると思うけど、俺はここから脱出したいんだ。なあ、シルファ、<最果ての間>に詳しい君なら、何か思いつかないか? ここから出る方法を」
「陛下にお伺いしてみてはいかがでしょう? 封印扉を開けてくださるかもしれません」
「いやいやいやいやいや、その陛下自身が、俺をここに閉じ込めてるんだ。俺が妃になるのを、何度も断ったもんだから。……一昨日、封印扉の前で、俺があいつを攻撃するのを、君は見てただろ?」
人形は戸惑ってレイを見つめた。
「……ふざけていらっしゃるのかと思っておりました。……実際、王宮の精霊も、レイ様を傷付けなかったので」
「? どういう意味だ?」
「この王宮には、特別な精霊が宿っていて、常に陛下をお守りしています。故意に陛下に危害を加える行動を取った者は、無事ではいられません。――でも、<精霊たち>はあのとき、レイ様を少しも傷付けなかった。<精霊たち>はすでにあなた様を、特別な存在として認識していると思われます。そしてそれは、お二人が近い未来に結ばれることを意味します」
そう断言され、レイは複雑な面持ちで眉をしかめた。
「…………<精霊たち>がどう思っているのか、会ったことがないから分からないけど……とにかく俺、家に帰らないと。遅くても1ヵ月半後には、家に帰り着きたいんだ。シルファ、力を貸してくれ」
「はい、レイ様。私にできることならお手伝い致します」
そう答えながらも、人形の心には疑問が次々と浮かび、目の前の主人との会話に集中できなくなった。
――なぜ、レイ様は王妃の座を断ったのだろう? 精霊が認めたのであれば、お二人は結ばれるはずでは?
――なぜ、陛下は「愛している」相手をここに閉じ込めて、苦しめているのだろう?
――なぜ、「愛している」レイを、一度手にかけたのだろう……
――そう、レイ様はあのとき、一度死んでしまった…………陛下に、殺されてしまった……
人形は、知っていた。レイの悲鳴に驚いて主寝室に向かう途中、サライヤの姿に気付き、その後をこっそりついて行った。
そして――
封じ込んだはずの記憶が、出口を求めて吹き上げてくる。
(いけない、思い出しては……イケナイ……)
しかし、もう遅かった。
凄惨な記憶が甦ると共に、人形の意識が、ぷつっと、途絶えた。
「シルファ? 聞いてるのか? どうしたんだ、いったい……」
人形は何も返事をしない。
レイは異変を感じ、シルファの目を覗き込んだ。
先程まであれほど豊かな表情を見せていたのに、今は抜け殻のように虚ろな目をしている。
やがて発せられた声は、よく知っているシルファの声ではなかった。
『これは故障ではありません。人形には自身と主の双方を守るために、いくつかの禁忌が仕込まれております。禁忌に触れた際には、人形は一時的に機能を停止させますが、ほどなく元の状態に復帰致します。なお、禁忌に関しての記憶は人形から消去されます。ご迷惑おかけ致しますが、必要な措置でございますので、何卒ご了承のほど、お願い申し上げます』
抑揚のない、無機質な声に語られるその内容に、レイはぞっとして息を詰めた。
(禁忌……? 機能……停止? 何だって……? 何だよ、それ……)
わけが分からず、レイの思考機能も停止寸前となった。
ややあって、シルファは何事もなかったように会話を再開させた。
「失礼致しました、レイ様。ぼんやりしておりました。何を仰せでしたか?」
その声に先程の片鱗は一切なく、元のシルファの、澄んだ美しい声だった。
シルファの様子からは、『機能を停止』させた要因と、その間の記憶がすっかり抜けていることが伺い知れる。
レイは溜まっていた唾を嚥下すると、蒼白な面を上げ、慌てて口を開いた。
「いや、いや、その……何でもない。全然、気にしなくていい。そうだ、俺、書庫で暇つぶしてくる。しばらく没頭したいから、シルファはここでゆっくりしてるといい」
今にも涙が溢れそうで、レイは逃げるように厨房を出た。
最初の驚愕が去ると、その胸に訪れたのは、怒りだった。
人形にはあらかじめ、「禁忌」とやらに触れたとき、あの無機質な説明文が作動するように仕込まれていたのだろう。
生きた人形に関する知識をまったく持たないレイには、どういう仕組みになっているのか不明だったが、それが魔導術による暗示だということだけは、推察できた。
何が禁忌の引き金となったのかは、レイには見当もつかなかったが、人形が自由な思考を禁じられているという事実が、痛ましかった。
故障でなない、という言葉もまた、胸をえぐる。
レイは怒りを感じるあまり、肩をふるわせ、低く嗚咽した。
人形が哀れでならなかった。
命を与え、心まで吹き込みながら、物のようにぞんざいに扱う。
その、残酷なまでの人の身勝手さが、心底腹立たしかった。
15
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる