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1章 新しい住まい――魔界、王宮
2. 霧の宮
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3つの封印扉を抜け、ようやく魔王とレイは、<最果ての間>から出て、迷宮<霧の宮>へと足を踏み入れた。
魔王が予想していたとおり、そこには魔王の妹サライヤが待ち受け、険しい表情を見せながら、扉から最初に出てきた魔王に詰め寄り、怒気と共に言葉を放った。
「レイ様は、レイ様はご無事なのですかっ!!」
「サライヤ! 俺は無事だよ!」
その声と共に、魔王の後ろから姿を現したレイを見て、サライヤが息を呑む。
「レイ様!! ああ!! ご無事なのですね!! ……ああ、良かった、良かった、昨日の兄の剣幕から、わたくし、最悪の事態も有り得ると……ああ………ああ……」
レイの元気そうな姿を確認し、異様な緊張状態から解放されたサライヤは、へなへなとその場に座り込んだ。すぐさま魔王が膝をつき、妹の華奢な肩を抱き寄せる。
「サライヤ、すまなかった。許してくれ」
「いいえ、お兄様、許しませんわ! わたくしがどれほど気を揉んだか、ご存じ? 今度こそ完全に、レイ様を失うかと、どれほど……」
続きの言葉を、サライヤは呑みこんだ。かつて魔王がレイを一度死に至らしめ、それをサライヤが魔導術で蘇生させたことを、レイは知らないはずだ。
しかしレイは、とっくに気付いていた。
「やっぱり君だったんだな、サライヤ。天賦の才が必要な、完璧な蘇生術だったから、魔王には絶対無理だと思ってたんだ。……ありがとう、サライヤ。本当に。……心配かけたな」
サライヤは複雑な表情でレイを見つめた。生気に満ち溢れたその姿に安堵しながらも、何かが腑に落ちない。
「ああ……レイ様、本当に、どこも何ともないのですか? あの時みたいに、兄が暴走して、あなたを傷つけませんでしたか?」
「ボロボロになったよ、またしても」
レイは冗談みたいに笑顔でそう言い放ち、「今回は、シルファが助けてくれたんだ」と、腕の中に横抱きにしている人形に視線を移した。
人形は動力温存のため、目を閉じて休眠状態になっている。詳しい事情を聞こうとサライヤが口を開きかけたとき、魔王がそっと妹を助け起こし、話を遮った。
「悪いがサライヤ、詳しい話は後だ」
「そうでしたわ。午前中に『要守り』の方々との会合が」
「うむ。サライヤ、レイはもう心配ない。昨夜、誓約が完了し、私たちは完全に結ばれ、レイは精霊たちの保護下に入った」
それを聞き、サライヤの顔が明るく彩られた。
「!! まあ! まあ! まあ!! わたくしを裏切ったお兄様に、祝福の言葉を贈ることになるなんて、なんて皮肉なのでしょう!」
サライヤは兄を抱擁し、続いてレイを、と思ったが、彼が人形を抱いているため、心を込めた最上の笑顔を向けるにとどまった。
「レイ様、あとで詳しい話を聞きますわ。ではわたくしは裏口から帰りますので、またのちほど」
サライヤは優雅な足取りで封印扉とは反対側の壁に向かい、装飾品の後ろに回り込んだかと思うと、もうそこに彼女の姿はなかった。
「裏口?」
不思議に思ってのぞき込むレイを引き戻すと、魔王は<霧の宮>へと続く回廊を歩き始め、口を開いた。
「裏口に関しては他言無用だ。わたしとサライヤしか利用できない。さあ、こっちだ、レイ。遅れずについてこい。私とはぐれたら、迷うことになる」
目の前に次々と現れる、<霧の宮>の奇怪な構造に、レイは驚嘆の声を上げながら魔王の後を追いかけた。
四方八方にのび、立体的に交差する廊下、入り乱れては何度も昇降を繰り返す階段、現われては消える扉、方向感覚を狂わせる歪んだ通路、壁、天井。
1000年前の王の道楽で造られただけあって、装飾も見事で、『意味不明で華麗な夢の中』に迷い込んだような心地にさせる空間だった。
しかし、美しい装飾の施された階段の手すりや、歪んだ壁に設置してある優雅なランプ、絶壁の踊り場に配置してある美術品など、ところどころ破損しているのが気になった。
「魔王、古いものだから仕方ないのかもしれないけど、ずいぶん荒れているな。なんであちこち壊れたまま、放置しているんだ? それとも初めからこういう趣向なのか?」
前を歩く魔王の返答には、少し間があった。
「………いいや。………それらは私が昨日、通っただけで壊れたのだ」
「!!」
昨日の朝、「妃にはならない」と言ったレイに腹を立て、魔王は猛烈な怒気を纏って<最果ての間>を後にした。
その後レイに会いに来たサライヤから、王宮内の何人かが魔王の怒気にあてられ失神したと聞いたのを思い出し、レイは改めて魔王の癇癪がもたらす惨状にあきれ果てた。
「………どうすんだ、これ……。そういえば<最果ての間>の庭園、あれも……」
昨夜、レイの抵抗にあった魔王は怒りをまき散らし、美しい庭園の植物を次々と枯らしてしまったのだ。
「<最果ての間>については、新しい人形を手配し、復旧と維持管理をまかせる。<霧の宮>には職人を呼び補修を行うつもりだ………嘘が真になってしまったが……」
最後の言葉の意味がわからず、レイは「何のことだ?」と問いかけた。
魔王はひとつため息をつくと、自嘲に満ちた表情で答える。
「おまえを<最果ての間>に幽閉するのと同時に、<霧の宮>を立ち入り禁止にし、警備兵を出入り口に立たせていたのだが……立ち入り禁止にした理由を、『一部老朽化により補修が必要で、修繕が始まるまで危険であるため』としていたのだ」
それを聞いたレイはあきれ顔で、ボロボロに壊れた目の前の彫像を見つめた。
「なるほど……でたらめの立ち入り禁止理由が、昨日のあんたの癇癪によって、本当になった……と……」
レイの呆れかえった冷たい視線を感じた魔王は、話題を変えた。
「レイ、王宮警備隊の隊長と、今回<霧の宮>の警備を任せた警備兵5人は、おまえがこの先、王妃となる身であることと、<最果ての間>に滞在していることを秘匿事項として話してある。隊長のヴェンツェルは知っているな?」
「ああ」
「あとの5人は、ゲオルグ、クルガー、ユースティス、モナ、クリスティンだ。覚えたか? 何かあれば、この5人か、もしくはヴェンツェル隊長を頼れ」
レイは警備隊とは交流があり、幸い隊長を含むこの6人と面識がある。中でもユースティスとは仲が良い。
「わかった。……でもこの6人はその……俺があんたに無理やり拉致されてきたのを、知っているのか?」
「まさか。おまえは何者かによって毒を盛られ、養生するために<最果ての間>に滞在していると告げてある」
「はあ……なるほど……。そっちの嘘っこ筋書きも用意周到だな……」
再びレイのあきれた視線にさらされ、魔王はもう何も言わず、先を急ぐとばかりに出口へと突き進んだ。
魔王が予想していたとおり、そこには魔王の妹サライヤが待ち受け、険しい表情を見せながら、扉から最初に出てきた魔王に詰め寄り、怒気と共に言葉を放った。
「レイ様は、レイ様はご無事なのですかっ!!」
「サライヤ! 俺は無事だよ!」
その声と共に、魔王の後ろから姿を現したレイを見て、サライヤが息を呑む。
「レイ様!! ああ!! ご無事なのですね!! ……ああ、良かった、良かった、昨日の兄の剣幕から、わたくし、最悪の事態も有り得ると……ああ………ああ……」
レイの元気そうな姿を確認し、異様な緊張状態から解放されたサライヤは、へなへなとその場に座り込んだ。すぐさま魔王が膝をつき、妹の華奢な肩を抱き寄せる。
「サライヤ、すまなかった。許してくれ」
「いいえ、お兄様、許しませんわ! わたくしがどれほど気を揉んだか、ご存じ? 今度こそ完全に、レイ様を失うかと、どれほど……」
続きの言葉を、サライヤは呑みこんだ。かつて魔王がレイを一度死に至らしめ、それをサライヤが魔導術で蘇生させたことを、レイは知らないはずだ。
しかしレイは、とっくに気付いていた。
「やっぱり君だったんだな、サライヤ。天賦の才が必要な、完璧な蘇生術だったから、魔王には絶対無理だと思ってたんだ。……ありがとう、サライヤ。本当に。……心配かけたな」
サライヤは複雑な表情でレイを見つめた。生気に満ち溢れたその姿に安堵しながらも、何かが腑に落ちない。
「ああ……レイ様、本当に、どこも何ともないのですか? あの時みたいに、兄が暴走して、あなたを傷つけませんでしたか?」
「ボロボロになったよ、またしても」
レイは冗談みたいに笑顔でそう言い放ち、「今回は、シルファが助けてくれたんだ」と、腕の中に横抱きにしている人形に視線を移した。
人形は動力温存のため、目を閉じて休眠状態になっている。詳しい事情を聞こうとサライヤが口を開きかけたとき、魔王がそっと妹を助け起こし、話を遮った。
「悪いがサライヤ、詳しい話は後だ」
「そうでしたわ。午前中に『要守り』の方々との会合が」
「うむ。サライヤ、レイはもう心配ない。昨夜、誓約が完了し、私たちは完全に結ばれ、レイは精霊たちの保護下に入った」
それを聞き、サライヤの顔が明るく彩られた。
「!! まあ! まあ! まあ!! わたくしを裏切ったお兄様に、祝福の言葉を贈ることになるなんて、なんて皮肉なのでしょう!」
サライヤは兄を抱擁し、続いてレイを、と思ったが、彼が人形を抱いているため、心を込めた最上の笑顔を向けるにとどまった。
「レイ様、あとで詳しい話を聞きますわ。ではわたくしは裏口から帰りますので、またのちほど」
サライヤは優雅な足取りで封印扉とは反対側の壁に向かい、装飾品の後ろに回り込んだかと思うと、もうそこに彼女の姿はなかった。
「裏口?」
不思議に思ってのぞき込むレイを引き戻すと、魔王は<霧の宮>へと続く回廊を歩き始め、口を開いた。
「裏口に関しては他言無用だ。わたしとサライヤしか利用できない。さあ、こっちだ、レイ。遅れずについてこい。私とはぐれたら、迷うことになる」
目の前に次々と現れる、<霧の宮>の奇怪な構造に、レイは驚嘆の声を上げながら魔王の後を追いかけた。
四方八方にのび、立体的に交差する廊下、入り乱れては何度も昇降を繰り返す階段、現われては消える扉、方向感覚を狂わせる歪んだ通路、壁、天井。
1000年前の王の道楽で造られただけあって、装飾も見事で、『意味不明で華麗な夢の中』に迷い込んだような心地にさせる空間だった。
しかし、美しい装飾の施された階段の手すりや、歪んだ壁に設置してある優雅なランプ、絶壁の踊り場に配置してある美術品など、ところどころ破損しているのが気になった。
「魔王、古いものだから仕方ないのかもしれないけど、ずいぶん荒れているな。なんであちこち壊れたまま、放置しているんだ? それとも初めからこういう趣向なのか?」
前を歩く魔王の返答には、少し間があった。
「………いいや。………それらは私が昨日、通っただけで壊れたのだ」
「!!」
昨日の朝、「妃にはならない」と言ったレイに腹を立て、魔王は猛烈な怒気を纏って<最果ての間>を後にした。
その後レイに会いに来たサライヤから、王宮内の何人かが魔王の怒気にあてられ失神したと聞いたのを思い出し、レイは改めて魔王の癇癪がもたらす惨状にあきれ果てた。
「………どうすんだ、これ……。そういえば<最果ての間>の庭園、あれも……」
昨夜、レイの抵抗にあった魔王は怒りをまき散らし、美しい庭園の植物を次々と枯らしてしまったのだ。
「<最果ての間>については、新しい人形を手配し、復旧と維持管理をまかせる。<霧の宮>には職人を呼び補修を行うつもりだ………嘘が真になってしまったが……」
最後の言葉の意味がわからず、レイは「何のことだ?」と問いかけた。
魔王はひとつため息をつくと、自嘲に満ちた表情で答える。
「おまえを<最果ての間>に幽閉するのと同時に、<霧の宮>を立ち入り禁止にし、警備兵を出入り口に立たせていたのだが……立ち入り禁止にした理由を、『一部老朽化により補修が必要で、修繕が始まるまで危険であるため』としていたのだ」
それを聞いたレイはあきれ顔で、ボロボロに壊れた目の前の彫像を見つめた。
「なるほど……でたらめの立ち入り禁止理由が、昨日のあんたの癇癪によって、本当になった……と……」
レイの呆れかえった冷たい視線を感じた魔王は、話題を変えた。
「レイ、王宮警備隊の隊長と、今回<霧の宮>の警備を任せた警備兵5人は、おまえがこの先、王妃となる身であることと、<最果ての間>に滞在していることを秘匿事項として話してある。隊長のヴェンツェルは知っているな?」
「ああ」
「あとの5人は、ゲオルグ、クルガー、ユースティス、モナ、クリスティンだ。覚えたか? 何かあれば、この5人か、もしくはヴェンツェル隊長を頼れ」
レイは警備隊とは交流があり、幸い隊長を含むこの6人と面識がある。中でもユースティスとは仲が良い。
「わかった。……でもこの6人はその……俺があんたに無理やり拉致されてきたのを、知っているのか?」
「まさか。おまえは何者かによって毒を盛られ、養生するために<最果ての間>に滞在していると告げてある」
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