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Act 1
17. 先回り1
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健斗と別れた皓一は、ところどころ街灯に照らされた夜道を、一人で歩いていた。家はもうじきだ。角を曲がり、住んでいるアパートが見えてきたところで、皓一は立ち止まった。
アパートの壁際に横付けされている車が目に入り――その傍に立つ一人の男が、皓一の方へと近付いてくる。
男が、暗がりから電柱に据え付けられた灯りの、ぼんやりとした光の中へと足を踏み入れる。彼の表情を見たとき、皓一の鼓動が跳ね上がり、心臓から全身へと甘美な痛みが広がった。
「真也……」
高羽真也。それが彼の名前。
今、ゆっくり皓一に近づいてくるその男には、捨てられた子犬のような頼りなさと、獲物を狙う肉食獣のような獰猛さが同居していた。
求める物を得られず、心の痛みに震えているような哀し気な表情の奥に、飢えを満たすために牙を研ぐ、荒々しい獣が潜んでいる――そんな気がした。
皓一は身がすくむのと同時に、すぐさま駆け寄って彼を抱きしめたい衝動に駆られた。
薄暗がりに揺らめく炎のような真也の双眸(そうぼう)――その輝きは危険を知らせているというのに、なぜか皓一には、彼が寂しくてたまらず泣いているように感じたのだ。
まるで手負いの獣だった。
近付けば怪我をすると分かっていても、助けてやりたい……痛みや苦しみから、彼を守ってやりたい――皓一はそう、心の底から湧きあがってくる、強い感情に揺さぶられた。
(ああ……どうして……こんなにも……)
なぜ、こんなにも惹きつけられるのか。
今日初めて会ったような気さえ、するのに。
5年もこの男と付き合っているなど、信じられない。
初めて――そう、今初めて、彼の目を覗き込み、その痛みに触れたような気がするのだ。
抱きしめて、頭を撫で、大丈夫だと言ってやりたい。この世のあらゆる悲しみや苦しみから、彼を守ってやりたい。
そんな皓一の優しい気持ちが伝わったかのように、真也はフッと柔らかく微笑んで囁いた。
「俺も同じ気持ちだ……皓一、おまえの悲しみと苦しみを取り去って、二度と傷付かないように守ってやりたい」
真也のその声はとても小さく、皓一にはほとんど聞き取れなかった。
「真也……なんて言った? どうしてここにいるんだ?」
「……話があるんだ。おまえは疲れているし、明日も仕事があるのは知っているが、どうしても今すぐ、話しておきたいことがある。……頼む、車に乗ってくれないか」
いいよ、とすぐに返事するつもりだった。しかし皓一は、至近距離で立っている恋人のその姿に釘付けになり、ポカンと口を開けたまま沈黙してしまった。
完璧に整った目鼻立ち、男らしい骨格に縁どられた輪郭、アンニュイな雰囲気をかもしながら揺れる前髪。
長い睫毛に飾られた瞳は悩まし気に半ば伏せられ、色香漂う肉厚の唇は、口付けを誘うように半開きになっている。
そして高い背丈と広い肩幅、分厚い胸板、逞しい腕、骨格の浮き出た大きな手。
真也はどこもかしこも、男らしい美しさで溢れていた。
(これが……俺の、恋人? 嘘みたいだ……)
皓一は感嘆と共に戸惑いを感じ、真也を見つめたまま声も出せずに固まっていた。
アパートの壁際に横付けされている車が目に入り――その傍に立つ一人の男が、皓一の方へと近付いてくる。
男が、暗がりから電柱に据え付けられた灯りの、ぼんやりとした光の中へと足を踏み入れる。彼の表情を見たとき、皓一の鼓動が跳ね上がり、心臓から全身へと甘美な痛みが広がった。
「真也……」
高羽真也。それが彼の名前。
今、ゆっくり皓一に近づいてくるその男には、捨てられた子犬のような頼りなさと、獲物を狙う肉食獣のような獰猛さが同居していた。
求める物を得られず、心の痛みに震えているような哀し気な表情の奥に、飢えを満たすために牙を研ぐ、荒々しい獣が潜んでいる――そんな気がした。
皓一は身がすくむのと同時に、すぐさま駆け寄って彼を抱きしめたい衝動に駆られた。
薄暗がりに揺らめく炎のような真也の双眸(そうぼう)――その輝きは危険を知らせているというのに、なぜか皓一には、彼が寂しくてたまらず泣いているように感じたのだ。
まるで手負いの獣だった。
近付けば怪我をすると分かっていても、助けてやりたい……痛みや苦しみから、彼を守ってやりたい――皓一はそう、心の底から湧きあがってくる、強い感情に揺さぶられた。
(ああ……どうして……こんなにも……)
なぜ、こんなにも惹きつけられるのか。
今日初めて会ったような気さえ、するのに。
5年もこの男と付き合っているなど、信じられない。
初めて――そう、今初めて、彼の目を覗き込み、その痛みに触れたような気がするのだ。
抱きしめて、頭を撫で、大丈夫だと言ってやりたい。この世のあらゆる悲しみや苦しみから、彼を守ってやりたい。
そんな皓一の優しい気持ちが伝わったかのように、真也はフッと柔らかく微笑んで囁いた。
「俺も同じ気持ちだ……皓一、おまえの悲しみと苦しみを取り去って、二度と傷付かないように守ってやりたい」
真也のその声はとても小さく、皓一にはほとんど聞き取れなかった。
「真也……なんて言った? どうしてここにいるんだ?」
「……話があるんだ。おまえは疲れているし、明日も仕事があるのは知っているが、どうしても今すぐ、話しておきたいことがある。……頼む、車に乗ってくれないか」
いいよ、とすぐに返事するつもりだった。しかし皓一は、至近距離で立っている恋人のその姿に釘付けになり、ポカンと口を開けたまま沈黙してしまった。
完璧に整った目鼻立ち、男らしい骨格に縁どられた輪郭、アンニュイな雰囲気をかもしながら揺れる前髪。
長い睫毛に飾られた瞳は悩まし気に半ば伏せられ、色香漂う肉厚の唇は、口付けを誘うように半開きになっている。
そして高い背丈と広い肩幅、分厚い胸板、逞しい腕、骨格の浮き出た大きな手。
真也はどこもかしこも、男らしい美しさで溢れていた。
(これが……俺の、恋人? 嘘みたいだ……)
皓一は感嘆と共に戸惑いを感じ、真也を見つめたまま声も出せずに固まっていた。
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