幻想彼氏

たいよう一花

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Act 1

23. 家族の話

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皓一は静かな声で、昔のことを健斗に語り始めた。

「俺が10歳、妹は5歳のときの話だよ。……病気で母を亡くした後、父を事故で亡くしてね……俺たちは和おじさんの元に身を寄せていたんだけど、親戚にずっと女の子を欲しがっていた夫婦がいてね……妹をぜひ養子にして、大切に育てたいと申し出があったそうなんだ。一方、和おじさんの奥さん……幸(さち)おばさんは、ちょっと病弱な人でね……和おじさんも幸おばさんも、俺と妹を引き離すのは忍びないと、一緒に引き取る方向で話が進んでたんだけど……その折に、幸おばさんが入院しちゃってね……。周囲がみんな、幸おばさんに子供二人の世話は無理だって、言い始めた……」

「そうなんですか……」

「うん、そうなんだ。それで妹は、その人たちに引き取られていったんだ」

「それで……妹さんとはそのとき別れたきり、一度も会ってないんですか?」

「会ってない。その親戚の夫婦はとても裕福な人たちで、そのあとアメリカに移住したらしいんだよね。きっと妹は今頃、英語しか話せないんじゃないかなあ……ははは」

「へえ………アメリカかぁ……」

「あ、ごめん、おまえの家族の話してたんだった。おまえ見てると和やかな雰囲気のまともな家庭が想像できるんだけど、違うか?」

「違いませんね。ホームドラマみたいな、健全な家庭ですよ。両親は尊敬できる人ですし、兄はいかにも長男で頼りがいがあって、妹はわがままでやかましいけど二人とも可愛いです」

健斗は一呼吸おいて、すれ違う人が途切れるまで口をつぐんだ。そして声の届く範囲に人がいないことを確かめると、続きを話し始めた。

「……でも……もし……。家族は、俺が……ゲイだって知ったら……どうかな……。拒絶反応が、出るんじゃないかって……怖いんですよ、俺……。だから、今は黙っていることに決めたんです」

「そうか。うん、わかるぞ……。無理すんな、そういうことはさ、おまえが話したくなったら、話せばいい」

「皓一さんは……誰かに話したこと、ありますか?」

「うん。和おじさんには、話してある。あのときは、勇気が必要だったなぁ……」

「そっか、和店長は知ってるんだ……。カムアウトしたとき、店長は何て?」

「それがさ……」

皓一はそのときのことを思い出して、自然に頬が緩んだ。おじさんに告げるためにものすごい決意が必要だったのに、皓一の告白を聞いた和おじさんはあっさりと即答したのだ。安心したように笑って。

『なんだおまえ、そんなことで悩んでたのか! このところ暗い顔をして溜息ばかりついてたから、俺はめちゃくちゃ心配したんだぞ! いい、いい、男だろうが女だろうが宇宙人だろうが、おまえが幸せになれるなら相手は誰でもいい! で? もう恋人はできたのか? こいつだ!って男が現れたら、絶対連れてこいよ! お祝いだ!』

がはははは、と大笑いしながら、おじさんはバシバシと皓一の背中を叩き、がっしりした手で皓一の肩を掴んだ。彼の豪快な励まし方に愛を感じた皓一は、そのときいきなり、泣きだしてしまったことを思い出し、それを健斗に話しながら照れ笑いを浮かべた。
健斗は頷きながら、「店長らしい……。俺、店長は本物の漢(おとこ)だなあって、尊敬してるんですよ」とはにかんだ笑顔を見せた。皓一もまた、うんうんと頷きながら話を続けた。

「俺も和おじさんを尊敬してる。妹とは生き別れになってしまったけど、俺は和おじさんに引き取られて運が良かったと思うよ。幸おばさんも、すごく優しい人だしね。体の弱い人だから、心配かけたくなくて、今もおばさんには打ち明けてないんだけどさ……なんか、こう、気付かれてるような気もするんだよなぁ……。おまえの妹さんといい、女は結構、勘の鋭い人多いからな」

「同感です。…………俺、嬉しいです、皓一さん」

「ん? 何が?」

「皓一さんのこと、色々聞けて、嬉しいです。良かったら、もっとたくさん、聞かせてください」

健斗は歯を見せて人懐っこい笑顔を見せた。彼の歯は白く綺麗に並んでいて、いかにも育ちの良さが窺い知れる。眩しい笑顔というのはこういう笑顔なんだな、と皓一は目の前の完璧な見本に見とれながら、頬が赤くなるのを感じた。

「いや、その、なんか、自分語り、し過ぎた。恥ずかしいな。おまえの兄妹のことも、良かったらもっと聞かせてくれな。妹さん二人は、きっとおまえに懐いているんだろうなぁ」

「興味、あります? 俺の家族……俺のこと、知りたいですか?」

「うん、知りたいな」

皓一はサラリと即答した。
そして、健斗が熱のこもった目で自分を見ていることにも気付かず、続けて言った。

「おまえん家、犬も猫もいそうだなぁ……何となく」

「すごい、なんで分かるんですか?! その通り、犬も猫もいます! うちはみんな動物好きで」

「やっぱりなぁ……」

楽しそうに笑う皓一を見つめながら、健斗は顔をほころばせた。

「……俺、皓一さんに俺のこと、興味持ってもらえて、嬉しいです。好きな人にあれこれ聞かれるのって、こんなに嬉しいもんなんですね」

そう言いながら健斗は、潤んだ目でじっと皓一を見つめた。間合いを詰めて直球で迫ってくる健斗に、皓一は気恥ずかしくなって目をそらす。気が付けば、目的のラーメン店はもう目の前にあった。
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