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Act 3
08. その名前を呼ぶだけで
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健斗が過酷なシミュレーションをやり抜いた三日間から、更に一日が過ぎた夜。
相変わらず真也の家で彼を待ち続ける皓一に、健斗はこう切り出した。
「高羽真也が、死にかけてます」
それを聞いた皓一は、言葉を失くし凍り付いた。二人の間に、緊迫した沈黙が降りる。
ややあって、思考停止状態からゆっくりと浮上した皓一は、聞き間違いではないかと健斗に訊き返した。
「今、何て言った……健斗、もう一度、言ってくれ」
「高羽真也が死にかけてます。すみません……皓一さん。俺、あなたに言わなかったことがある。あの異星人の男は、『番』にしたあなたと長時間離れていると、死ぬ運命なんだそうです。実際、この10日間ほどあなたと引き離されて、あいつはどんどん弱ってるそうです」
皓一は青ざめた顔で拳を握りしめた。喉がひきつり、うまく声が出せない。何度か震える息を吐き出した後、やっと皓一は健斗に言った。
「……あ……あ……会わ……会わせてくれ、頼む、健斗、真也と会わせてくれ! どこにいるか、知っているんだろう?! なんで10日も経った今まで、俺に、黙って……ッ! ひどいじゃないか、ひどい……!!」
皓一は興奮して健斗に掴みかかった。そのはずみで健斗はリビングの壁に背中を押し付けられる。されるがままになりながら、健斗は冷静な態度で皓一に告げた。
「落ち着いてください、皓一さん。高羽真也はまだ生きてる。この10日間あまり、異星人の彼らは、重大な規則違反をした高羽をどうするか考えて……昨日、決定しました。皓一さん、高羽をあなたに返すことにしたそうです」
「……!! ああ……ああ……なら、早く、早く、会わせてくれ……」
「皓一さん、一つ言っておきます。奴の本当の姿、えぐいですよ?」
「構わない。会わせてくれ、早く、会わせてくれ!」
研究所では、久我直とエリノアが準備を整えて健斗が皓一を連れて来るのを待っていた。
久我とエリノアは地球人の姿のまま皓一に挨拶した後、あるフロアへと案内した。
体育館ほどもあるだだっ広いそのフロアに入るなり、健斗は息を呑んだ。
そこには驚いたことに、昨日健斗が見た異様な姿をした異星人が、何人も浮かんでいたのだ。
「え……え、何、宇宙人の、大群?! どれが高羽?!」
健斗は思わずそう言ってから、ハッとして皓一を見た。皓一が気絶するのではないかと心配したが、彼は弾かれたように大群に向かって走り出した。
「皓一さん……ッ!」
「大丈夫だ、薬師寺さん。あの様子なら、皓一さんはすぐに高羽を見つけるだろう。ほら、ホログラムに惑わされず、まっしぐらに走ってゆく……高羽のいる、一番奥まで」
久我の説明に、健斗は口をあんぐりと開けて言った。
「ホログラム?! あれ全部?! いや、どう見てもそこにあるようにしか……」
「うん、地球人の目では見分けがつかないだろう? でも、『番』の相手を感知する能力は、視力を頼らない。君たちが言うところの、『第六感』を使うんだ。――これで、最後のテストもクリアですね、エリノア?」
「ええ。皓一さんは我らの本当の姿にまるでひるまなかった。更にあの様子から、高羽真也を『番』として認識していることが証明されました。よって今、高羽の拘束を解きます。二人が今後、幸福に暮らせることを願っていますよ。……私としても、冷酷な決断を下すのを回避できて幸いでした」
そう言ったエリノアは、優しく笑った。それは健斗が初めて見た、統制官の笑顔だった。
一方、皓一は必死で真也の元にひた走っていた。皓一には近くに真也がいる、ということが手に取るようにわかった。どうしてか分からないが、とにかく感じるのだ。何体も浮かんでいる異星人の合間を走り抜けながら、その異様な風貌を気にもせず、皓一はただまっしぐらに真也がいると思われる方向にに向かっていた。
走りながら、皓一は最後に見た真也の表情を思い出していた。苦痛に顔を歪め、涙を流していた真也の表情を。真也と会えなくなってからずっと、彼のあの表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。
(ごめん……ごめん、真也。おまえにあんな顔をさせて……本当に、悪かった)
彼のあの表情を思い出すたび、皓一の胸は真也の悲しみを感じて張り裂けそうに痛んだ。その胸の痛みは、皓一にある夜の真也を思い起こさせた。皓一の想像の産物だった「高羽真也」が、初めてはっきりと、皓一の前に生身の姿で現れた夜のことを。
(あの夜も、あいつはあんな風に悲しい雰囲気を漂わせていた。俺の住んでるアパートの前で、俺を待っていたあいつ……)
そうだ、あのとき俺は――と、皓一は自分の気持ちを再確認するように、記憶をたぐりよせた。
あのとき、真也と初めて会ったような気がした。
5年も付き合っているなど、とても信じられなかった。
その感覚は、正しかったのだ。
(ああ……なぜこんなにも惹きつけられるのか……そうだ、あのとき俺はそう思った。今思えば、あのとき俺はすでに、恋に落ちていたんだ)
捨てられた子犬のような頼りなさと、獲物を狙う肉食獣のような獰猛さが同居している男。
手負いの獣のような男。
泣きながら唸っているような、哀れで痛々しい、危険な男。
近付けば怪我をすると分かっていながら、助けてやりたかった。
痛みや苦しみから守って、抱きしめて、頭を撫で、大丈夫だと言ってやりたかった。
「真也……もう二度と、おまえを悲しませないと誓う」
物思いから覚め、皓一は一体のエイリアンの前で足を止めた。弾む息が整うのを待たずに、皓一は力の限り叫んだ。
「真也!!」
その名前を呼ぶだけで、愛おしさが胸から溢れ、零れてゆく。
昂る感情が堰を切り、涙となって流れ出ていった。
相変わらず真也の家で彼を待ち続ける皓一に、健斗はこう切り出した。
「高羽真也が、死にかけてます」
それを聞いた皓一は、言葉を失くし凍り付いた。二人の間に、緊迫した沈黙が降りる。
ややあって、思考停止状態からゆっくりと浮上した皓一は、聞き間違いではないかと健斗に訊き返した。
「今、何て言った……健斗、もう一度、言ってくれ」
「高羽真也が死にかけてます。すみません……皓一さん。俺、あなたに言わなかったことがある。あの異星人の男は、『番』にしたあなたと長時間離れていると、死ぬ運命なんだそうです。実際、この10日間ほどあなたと引き離されて、あいつはどんどん弱ってるそうです」
皓一は青ざめた顔で拳を握りしめた。喉がひきつり、うまく声が出せない。何度か震える息を吐き出した後、やっと皓一は健斗に言った。
「……あ……あ……会わ……会わせてくれ、頼む、健斗、真也と会わせてくれ! どこにいるか、知っているんだろう?! なんで10日も経った今まで、俺に、黙って……ッ! ひどいじゃないか、ひどい……!!」
皓一は興奮して健斗に掴みかかった。そのはずみで健斗はリビングの壁に背中を押し付けられる。されるがままになりながら、健斗は冷静な態度で皓一に告げた。
「落ち着いてください、皓一さん。高羽真也はまだ生きてる。この10日間あまり、異星人の彼らは、重大な規則違反をした高羽をどうするか考えて……昨日、決定しました。皓一さん、高羽をあなたに返すことにしたそうです」
「……!! ああ……ああ……なら、早く、早く、会わせてくれ……」
「皓一さん、一つ言っておきます。奴の本当の姿、えぐいですよ?」
「構わない。会わせてくれ、早く、会わせてくれ!」
研究所では、久我直とエリノアが準備を整えて健斗が皓一を連れて来るのを待っていた。
久我とエリノアは地球人の姿のまま皓一に挨拶した後、あるフロアへと案内した。
体育館ほどもあるだだっ広いそのフロアに入るなり、健斗は息を呑んだ。
そこには驚いたことに、昨日健斗が見た異様な姿をした異星人が、何人も浮かんでいたのだ。
「え……え、何、宇宙人の、大群?! どれが高羽?!」
健斗は思わずそう言ってから、ハッとして皓一を見た。皓一が気絶するのではないかと心配したが、彼は弾かれたように大群に向かって走り出した。
「皓一さん……ッ!」
「大丈夫だ、薬師寺さん。あの様子なら、皓一さんはすぐに高羽を見つけるだろう。ほら、ホログラムに惑わされず、まっしぐらに走ってゆく……高羽のいる、一番奥まで」
久我の説明に、健斗は口をあんぐりと開けて言った。
「ホログラム?! あれ全部?! いや、どう見てもそこにあるようにしか……」
「うん、地球人の目では見分けがつかないだろう? でも、『番』の相手を感知する能力は、視力を頼らない。君たちが言うところの、『第六感』を使うんだ。――これで、最後のテストもクリアですね、エリノア?」
「ええ。皓一さんは我らの本当の姿にまるでひるまなかった。更にあの様子から、高羽真也を『番』として認識していることが証明されました。よって今、高羽の拘束を解きます。二人が今後、幸福に暮らせることを願っていますよ。……私としても、冷酷な決断を下すのを回避できて幸いでした」
そう言ったエリノアは、優しく笑った。それは健斗が初めて見た、統制官の笑顔だった。
一方、皓一は必死で真也の元にひた走っていた。皓一には近くに真也がいる、ということが手に取るようにわかった。どうしてか分からないが、とにかく感じるのだ。何体も浮かんでいる異星人の合間を走り抜けながら、その異様な風貌を気にもせず、皓一はただまっしぐらに真也がいると思われる方向にに向かっていた。
走りながら、皓一は最後に見た真也の表情を思い出していた。苦痛に顔を歪め、涙を流していた真也の表情を。真也と会えなくなってからずっと、彼のあの表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。
(ごめん……ごめん、真也。おまえにあんな顔をさせて……本当に、悪かった)
彼のあの表情を思い出すたび、皓一の胸は真也の悲しみを感じて張り裂けそうに痛んだ。その胸の痛みは、皓一にある夜の真也を思い起こさせた。皓一の想像の産物だった「高羽真也」が、初めてはっきりと、皓一の前に生身の姿で現れた夜のことを。
(あの夜も、あいつはあんな風に悲しい雰囲気を漂わせていた。俺の住んでるアパートの前で、俺を待っていたあいつ……)
そうだ、あのとき俺は――と、皓一は自分の気持ちを再確認するように、記憶をたぐりよせた。
あのとき、真也と初めて会ったような気がした。
5年も付き合っているなど、とても信じられなかった。
その感覚は、正しかったのだ。
(ああ……なぜこんなにも惹きつけられるのか……そうだ、あのとき俺はそう思った。今思えば、あのとき俺はすでに、恋に落ちていたんだ)
捨てられた子犬のような頼りなさと、獲物を狙う肉食獣のような獰猛さが同居している男。
手負いの獣のような男。
泣きながら唸っているような、哀れで痛々しい、危険な男。
近付けば怪我をすると分かっていながら、助けてやりたかった。
痛みや苦しみから守って、抱きしめて、頭を撫で、大丈夫だと言ってやりたかった。
「真也……もう二度と、おまえを悲しませないと誓う」
物思いから覚め、皓一は一体のエイリアンの前で足を止めた。弾む息が整うのを待たずに、皓一は力の限り叫んだ。
「真也!!」
その名前を呼ぶだけで、愛おしさが胸から溢れ、零れてゆく。
昂る感情が堰を切り、涙となって流れ出ていった。
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