プロピュライア祖父が創造主の異世界でとりあえず短期留学希望

神谷将人

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第十章 女神降臨(ルーカス/ミランダルート)

103.彼我の格差

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「ケッ! 大層な兄弟愛でございますねぇぇぇだぁ。赤の他人の俺まで巻き込むなっちゅー話だよ」


 いい加減諦めが付いたのか、タロスと同じように、盾の隙間から魔獣を睨み付けるテオドロス。


「ふふっ。そういうお前も、槍を持つ手に力が入ってるぞっ。そんな事で、まともに自慢の槍が使えるのか?」


 今度はタロスがテオドロスにむかって噛みついて来る。


「へッ! このテオドロス様を舐めるなよっ! あの魔獣の横っ腹に風穴開けて、いつでも新鮮な生き血が飲める様、っといコルクの栓ぶち込んでやるよぉ」


 事と次第によっては、先ほど見た兵士と同じく、魔獣の爪で引き裂かれ、潰され、その生涯をここで終える事になるかもしれない。そんな事態にも関わらず、体の奥底から湧き上がって来る喜びを抑えきれず、思わず笑みがこぼれるテオドロス。


「来るぞっ!」


 サロス、魔獣、兵士達……、一直線上に並んだ者達の『練気』が、頂点に達するその直前。


 ――ヒュッ……トスッ!  ……ヒュッ……トスッ!


 機先を制する、サロスのクロスボウが魔獣へと放たれた。


「グォアァァァッ!」


 前後、両にらみの状態であった魔獣。来ると分かっていたはずなのに、その初動が遅れ、数本の矢を首筋に受けてしまう。


「今だっ! 押し出せっ!」


「「「うぉぉぉぉ」」」


 横一列のファランクス。

 そのままの体勢を維持しつつ、魔獣へと突進する兵士達。

 しかし、惜しむらくは、構成している兵の練度の違いから、突進の速度に違いが生じ、どうしても遅い兵士に合わせざるを得ない。


「ギャオォアァァァッ!」


 魔獣は雄叫びをあげると、背後から突きかかって来る一隊を視認。


 ――ブオォォォッ


 即座にその一隊、丸ごと弾き飛ばす勢いで、己の腕を横一線に振り抜こうとする。

 左っ! 必殺の爪が迫る!


「受けるなっ! 伏せろぉ!」


 タロスの咄嗟の判断で、隊全員が地面へと一斉にひれ伏す。


 ――ブオンッ!


 彼らの頭上を、恐ろしいスピードで魔獣の腕が通過した。


「ほひょぉぉぉ!」


 思わずテオドロスが奇声を発して、更に首を引っ込める。



 ――ブスッ! ズブズブズブッ! ザアップッ!


 突然、魔獣の懐から、肉が抉られる湿った音が響き渡る。

 テオドロスが顔を上げると、目前の部隊自分たちに気を取られた魔獣、そして、その魔獣の脇腹へ、刃渡り60cmにも及ぶ大柄のダガーを両手で差し込み、更には右斜め上へと勢いよく切り上げるサロスの姿が見てとれた。


「ギャオォアァァァッ!」


 堪らず、苦痛の雄叫びをあげる魔獣。


「今だっ! 押し込め!」


 タロスの掛け声とともに、一斉に立ち上がった兵士達は、盾を両腕で支える様にしたまま、魔獣の足元へと殺到する。


 ――ガンッ、ガンッガンッガンッ!


 魔獣の爪と盾が激しくぶつかり合う。

 魔獣の爪は危険だ。危険すぎる。まずは盾で抑え込むのだ。


「ぐぉぉぉぉ、押せぇぇ! 押せぇぇぇ!」


 渾身の力を込めて押し込む兵士達。


「ぐぅぅっ、テオドロスッ! 行けぇぇぇ!」


 魔獣の爪を抑え込んだままの姿勢で、タロスが叫ぶ!


おぅよぉぉ!」


 テオドロスの逞しい大胸筋と上腕筋。それらの筋肉が、大量に送り込まれる血流に悲鳴をあげながら高速で収縮。その時に発生する尋常ならざる膂力が、その槍へと強大な推進力を与えた。


 ――グボッ、ズブズブズブッツ!


 その槍は、分厚い魔獣の皮膚を、面白い様に貫いて行く。


「おら、おらおら! はらわたん中、混ぜっ返してやんぜぇぇ」


 テオドロスはその手を放さず、魔獣の中にねじ込んだ槍を、これでもかと捻じり上げた。


「ギャオォアァァァッ!」


 魔獣の咆哮は悲鳴から絶叫へと変わる。


ったかっ!」


 テオドロスがそう叫び、更に魔獣の腹の奥へと槍を捻じ込もうとした瞬間。


 ――ビリッ、ビリッビリッ、ビリッ!


 魔獣の体が青白く輝くと、突然その体から稲妻の様な放電現象が発生した。


「マズいっ! 全員離れろっ!」


 魔獣の脇腹を切り裂いていたサロスが全員に向かって叫ぶ。


 ――ピシッ! バリバリバリッ! ダァァァン!


 けたたましい空気の炸裂音とともに、辺りが真昼間の様な白光に包まれた。


「「「うぁぁっぁぁっ!」」」


 まさに落雷!

 しかも、魔獣のいたその場所に。


「うぉっ!……クッ! 体がっ!」


「……手がっ、痺れて動かねぇ!」


 直撃を受けた兵士達は、倒れ込む様にその場に蹲る。

 一瞬の事ではあるが、ダガーを魔獣の脇腹に残したまま、飛び退ったサロス。

 それでも体中の筋肉が痺れ、立っている事もままならない。


 ――ブル、ブルブルッ!


 体中の筋肉が、自分の物では無い様に痙攣する。


「グォアァァァッ!」


 電撃を放った魔獣。その後、一度体を大きく体を震わせると、先ほどまで刺さっていたはずのダガーや槍がその体から外れ、大きく跳ね飛ばされて行く。

 しかも、放電の所為なのだろうか、魔獣は薄っすらと輝きを放ちつつ、切創からは湯気が立ち上っているのだ。

 そして、徐々に湯気が収まると、本来あるべき切創は綺麗に修復され、傷跡すら視認できない。


「きっ、効いてねぇ。コイツは……ヤベェぞ……」


 その一部始終を目撃したテオドロス。流石に事の重大さを知る。

 そんな人間達の無駄な抵抗を、遥か高みから見下す魔獣。


『なるほど、これが解放されたと言う事か……』

『力がみなぎるとは、何と心地の良いものよ』

『しかし、こ奴らにも困ったものだ、彼我の力の差を未だ理解せぬとは……』


 己の周りに蹲る兵士達を睥睨する魔獣。そして、更にその周辺へと視線を広げる。


『……ほほぉ、そういう事か』

『やはり、群れのリーダを潰さねば、手足兵隊は永久に動き続けると言う事だな』


 魔獣は足元に転がる兵士達から完全に興味を喪失。

 遠く、館の中庭。ひと際輝く甲冑を身に着けた一人の男を見据える。


『では、リーダを潰すとしよう……』


 魔獣は自分なりに納得すると、軽い足取りで館の方へと駆け出して行く。


 ――タッ……タッ……タッタッ……タタタッツ、タタタッツ、


 ひと踏み毎に、軽やかに加速して行く魔獣。


「クッ!……アッ、アゲロス様ッ!」


 未だ全身の筋肉の痺れが取れず、身動きの取れないサロス。その声は、魔獣の軽やかな足音にさえ消し去られる程度の、余りにも弱弱しい呟きでしかなかった。
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