プロピュライア祖父が創造主の異世界でとりあえず短期留学希望

神谷将人

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第二十三章 海辺での争奪戦(ルーカス/ミランダルート)

245.真夜中の個人授業

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 暗闇に沈む、真夜中の海岸線。

 そんな場所に、メイド服を着た女性が居る事自体、おかしな話だ。

 しかし、そんな事以上に違和感を覚えるのは、彼女の右手に握られた長い木刀の所為せいだろう。


「ヨルゴス様、お手数ですが、そちらをふさいでおいていただけますか?」


「おっ、おぉう。しょしょしょ、承知した」


 女性は背後に立っていた兵士に向かって、今来た道を塞ぐ様に依頼。

 正直な話、青年は最初、彼女の後ろにある大岩が突然しゃべり出したのかと思い、目を見開く程に驚いたものである。

 その大岩の様な人影は、これから青年が逃げようとしていた細い道を、たった一人で塞ぐに十分な巨大さを保っていた。


「少しは腕に覚えがある様ですね。私も外に出るのは久しぶり。少しお手合わせ頂きましょうか」


「くっ。おっ、女に振るう剣は、持ち合わせておりません」


 青年は女性の足元から勢い良く飛び起きると、彼女から少し間合いをあけて身構え始める。


「あら、女性蔑視じょせいべっしかしら? それとも、フェミニスト?」


「そっ、そんな難しい言葉は……知りません!」


 精一杯の虚勢きょせいを張っているものの、その返答は、完全に狼狽うろたえている感が否めない。


「そうですか。とりあえず、貴方あなたのお名前は?」


「おっ、俺の名前は……スッ、ストラトス……です」


「おいおい、名前言うのかよっ!」


 女性の後方。グラディウスを片手に追いかけて来たバウルは、その返答を聞いて思わずツッコミを入れる。

 それはそうであろう、先程はあれほど問いかけても、結局何もしゃべらなかったのに……である。


「「……」」


 無言でバウルの方へと視線を向ける、ストラトスと彼女。

 心なしかストラトスの方は、恥ずかし気に少しうつむいている様にも見える。

 彼女は気を取り直し、もう一度ストラトスの方へと振り返った。


「それでは、ストラトスさん。一体、ここで何を?」


「そっ、それは……言えません。ごめんなさい」


素直すなおかよっ!」


「「……」」


 もう一度、無言でバウルの方へと視線を向ける、ストラトスと彼女。

 どうしてもツッコまずには居られない性分らしい。

 彼女は半ばあきれた様子で、ストラトスの方へと視線を戻す。


「あら、そうですか。残念ね。貴方あなたのお口から聞きたかったのですけれど、そうも行かないのであれば、直接貴方あなたの体に聞くしかありませんね」


 彼女はそう言うなり、自身のストラを結ぶ胸元の紐をほどき始めた。


「かっ、体に聞くのか? こっこここ、ココでか? 良いのか? みんな見てるぞ? おっ、俺は構わんが、本当に良いのか? ととと、都会はスゴイとは聞いていたが、本当に凄いな。あっ、ちょちょちょ、ちょっと待て。村では、俺は早いといつも叱られているんだ。ちょちょちょ、ちょっと時間をくれ、一本、……場合によっては二本ほど抜いておくから、それからにしないか?」


 そんな彼女の仕草しぐさを見て、とてつもなく焦り始めるストラトス。


「はて? 何の事を言っているのか分かりませんが、貴方あなたに差し上げる時間はございませんね。わたくしも急いでおりますので。そちらから来ないのであれば、私の方から参りますよ」


 彼女は、ほどいた紐を使い、ストラのすそ膝上ひざうえぐらいまで器用にたくし上げたのだ。


「では……」


 ――フォン、フォン……フォンッ!


 突然、手に持つ木刀を軽々と振り回し始める彼女。

 通常の両手剣を模した物なのだろう。いや、それよりもかなり長い。

 木刀とは言え、その重量は本物の剣と大差無いのではなかろうか。

 生身の体に打ち込まれれば、タダではでは済まない事は明白である。

 当たり所が悪ければ、即死すらまぬがれまい。


「うぉっ、はぁっ!」


 連続で襲い来る木刀を避けつつも、何とか体勢を立て直すストラトス。


 ――チッ!


 こうなっては仕方が無い。

 ようやく思い定めて、背中に背負う麻袋の中から粗末そまつな棒切れを取り出すと、静かに八相はっそうの構えを取り始めた。


「ふふっ、良い構えね」
 

 その一言で、ジワリと頭に血が上るのを感じるストラトス。

 それは、焦りなのか、怒りなのか、それとも……恥じらいなのか。


「いやぁぁぁ!」


 それら全ての雑念を打ち払うかの様に、その一振りに全てを込めるストラトス。


 ――ガッ、ガッ……ガツッ!


 渾身こんしんの初撃を受け流され、それでもすかさず、二の剣、三の剣を続けざまに繰り出して行く。

 しかし、届かないっ!


 ――ガッ、ガッ……ガツッ、ガッ! ガッ! ガッ!


 更に撃ち合う事数十合。

 一方的に剣戟を繰り出して行くストラトス。

 傍目はためから見る限り、彼女に至っては防戦一方だ。


「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」


 やがて、肩で息を始めるストラトス。

 それに引き換え、彼女自身、息の一つも乱れてはいない。

 残念ながら、彼の剣は全て彼女に受け流され、いなされ……ただの一度も、彼女の体に触れる事は無かった。


「なるほど。分かりました。ストラトスさん。お師匠様はお元気ですか?」


「……っはぁ、はぁ。え? 何っ? ……げっ、元気にして……います……」


 突然の質問に、意味も分からず素直に答えを返すストラトス。


「それは良うございました。今は、エレトリアにご滞在ですか?」


「うっ、うぅぅむ。そそそ、それは言え……ません」


 流石にマズいと感じ、ようやくここで口をつぐむ事に。


「ふふふ。ストラトス殿のお役目が、どの様なものかは存じ上げませんが、私達が戦う理由は無さそうですね。特に私共わたくしども邪魔じゃまをされないのであれば、このまま御覧になって頂いていても構いませんよ」


 彼女は手に持つ木刀をそっと持ち替えると、静かに青年の方へ向かって一礼をする。

 それはあたかも、剣術稽古の終了を意味するかの様な仕草であった。


「そっ、そうですか。それはありがたい」


「いえいえ、とんでもございません。様には、この『くれない』が、是非またお目に掛かりたい……と申していた事、お伝え下さいませ」


「はい。、分かりました。その様に伝えます。必ず」


 ストラトスの方も彼女に合わせ、自らの棒切れを持ち替えると、その女性にむかって静かに一礼を返した。

 その様子を優し気な微笑みをもって見届ける彼女。

 更に、海岸線の細道をふさぐ様に立ち尽くしていたヨルゴスの方へと向かって、深々とお辞儀をして見せる。


「ヨルゴス様。遅くなって申し訳ございません。それでは早速、獣人の捕縛ほばくをお願い致します」


「わわわ、分り申した。そそそ、それではバウル。イリニ様もお越し頂いた。すすす、直ぐに作戦をはじめよ」


 ヨルゴスは彼特有の野太い声で、副隊長バウルに向かって、そう指示を出した。


「はっ! 承知しました。……おいっ、お前達っ、配置に付けっ! 洞窟に突入するっ!」


「「「はっ!」」」


 その掛け声に合わせ、兵士達はそれぞれの持ち場へと、大急ぎで駆け出して行くのだった。
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