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お店の裏側
【夜】照れ
しおりを挟む注文を受けて姿を消した黒服は、すぐにジントニックとオレンジジュース、チョコレートを持って席に戻ってきた。テーブルの上にサーブし、ペコリ、と頭を下げてさがる。
「三か月ぶりくらい……でしょうか? オオダカさんがいらっしゃるの」
「そうだね。少し仕事が忙しくて。実は、一度だけ来たんだが、アヤ君は出勤していなくてね。君に会うのは、ご無沙汰になってしまったよ」
「そうだったんですね! ……お身体大丈夫ですか?」
「あぁ、ありがとう。歳はとったと思うが、運動しているからかな、身体は丈夫な方なんだよ」
ニコリと笑う顔は、皴が刻まれている。人のよさそうな顔に、温和な態度。トラブルは一切なく、黒服へも節度を持って接している。立場もあるかもしれないが、惜しみなくお金も使い、ついたキャストのことは、聞いた範囲でしっかりと覚えている。ささやかでもみんなに誕生日プレゼントを渡したり、旅行のお土産を配るなど、オオダカはお店に通う人間の中でも、黒服、キャスト共に評判は特に高かった。
「私がいない間に、何か面白いことはあったかな?」
「ええっと……あっ! 新人の子が二人入りましたよ!」
「そういえば、一人は会ったことがあるね。確か……ウミ君だったかな。元気が良くて、笑顔の優しい子だったよ」
目を細めて笑うその笑顔が眩しい。
“……多分、オオダカさんは、トリカイさんの話知らないよね……。ウミのためにも黙っておこうかな……”
それに、お店側としても、トリカイの話はあまり周りにバレたくはないだろう。――なんせ、調教部屋と系列のお店が絡んでいるのだ。アングラな世界は、好奇で表にはあまり出さない方が良い。
「そうです! ウミにはもう会ったんですね」
「あぁ。タイミングが良かったかもしれない」
「もう一人は、今日出勤してるんです。まだこっちには来てないけど……あっ!」
話をしていると、黒服を伴ってモエが中へと入ってきた。少し俯き加減で、黒服に掴まりながら歩いている。
“……ちょっと、フラフラしてる……? 元気だったから……あぁ、たった今、黒服に出してもらった、のかな……?”
うっかり想像してしまいそうになり、アヤはふるふると首を振って誤魔化した。
「どうしたんだい?」
「あっ、いえ、なんでもないです! えぇっと……彼が今話していた、新人さんのうちの一人ですよ。……モエ!」
アヤの声にモエがハッと顔をあげた。
「あ……アヤさん」
「オオダカさん、席に呼んでも大丈夫ですか?」
「もちろんだよ。是非お話してみたいね。モエ君も指名だ」
「良かった! モエ! こっちに来て!」
席を立ちあがって手招きすると、一瞬戸惑ったような顔をしたがモエはアヤに呼ばれるまま席へと向かった。
「モエ、こちらの方は、オオダカさん。色んなことよくご存じで、僕も沢山お話させてもらってるんだ! よく来てくださるんだけど、最近はお仕事が忙しかったみたいで。モエ、会うの初めて……だよね?」
「あ……はい。モエと申します。まだ、新人の身ですので……。至らない所も多いかとは存じますが、何卒ご教授くださいませ」
深々と頭を下げる。失礼の無いように。
「丁寧にありがとう。モエ君だね、よろしく」
「よろしくお願いします」
差し出された手を、モエはゆっくりと握った。その姿を見てニコニコと笑うオオダカから視線を外し、恥ずかしそうに頬を赤らめるモエの反応を、アヤは見落とさなかった。
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