47 / 56
魔王山荘編
第47話 サダヒデの工房
しおりを挟む
翌朝は宿でニジマスの塩焼きとトウモロコシご飯を食べた後、二人はズワ湖のサダヒデの工房に向けて出発した。宿屋の店頭でも販売していたので、町で唯一という酒蔵の日本酒「道元」を一本お土産に買った。道中重いというよりは、割ってもいけないので「道元」はコルビーの収納袋に入れてもらった。コルビーからは魔法を使って移動しようという提案があるかと思ったが、黙ってクニオと一緒に歩いている。そうして歩きながら二人はまた昨日のエスキースの続きを話しあっていた。
「昨日師匠は町の方でも検討委員会を作って下さいとおしゃってましたよね。それでいいアイデアが出るくらいなら、最初から今みたいには寂れてなかったんじゃないですか?」
「コル、ただ作ってそこに置いただけでは建築とは言わないよ。実際に使ったり働いたりする人の意見をくみ上げることが大切なんだ。この設計手法をワークショップと呼ぶんだよ。僕らが設計しようとしているのは建物だけじゃない。町の人と一緒になって、もっと大きなものになっていったほうが面白いよね」
そういってから、クニオは谷の向こうにあるズワ湖の方角を見る。
「それよりこれ面白いと思わないかい?行きに通った時とは逆方向から同じ景色を眺めると、全然違って見える。ここは谷になっているから、馬車も人も絶対この直線コースを通るんだよね。でも、行と帰りでは景色が変わる」
「見る方向に対して、日の当たり方も逆になるから確かに結構違った印象になってますね」
「この仕掛けはね、敷地に入って建物に向かう経路……アプローチで使うと面白いんだよ。魔王城はそれがちゃんと仕掛けてあった。あれコルが設計したんだろ?」
「自分で考えたのかどうか、よく分からない感じで設計したんですが、言われてみると確かにそうですね。なるほど、同じ構造物であっても、見る方向で違う表情になるんですね」
「あとね移動する速さも重要だよ。歩いて移動するのと馬車で移動するのでは見える風景が違ってくる」
「どういう事でしょう?」
「景色の移り変わっていく速さが違うんだ。街道はともかく…例えば建物の中では高速で移動することは無いよね。時には椅子に腰かけて、じっと暖炉の火を眺めるかもしれない。それは止まっているという事になる。ある時は立ち止まったり、ある時はゆっくりと移動したり…これを僕の師匠は『建築の中を散歩する』と表現していたよ。ただ静止した空間を考えるのではなく、人の動きも考えながら構成を考えるといいんだ。設計図ができたら頭の中でその中を散歩してみるといい」
「なるほどそれで師匠はいつも歩いての移動を選択されるんですね」
「いや、まぁそれはちょっと違うけど…でもコルとこうやって二人で話しながら歩くのは楽しいからさ。あ、コウやグレゴリーが邪魔だってわけじゃないよ」
クニオはそう言って照れ隠しに頭を掻いた。
午前中に出発したので、日が暮れる前に二人はサダヒデの工房に辿り着いた。島へと続く橋の上では、ユキヒラではなく違う弟子が番をしていたので、日本酒の他にもクザで買っておいたお土産のトウモロコシ饅頭を渡した。流石に橋はもう顔パスだった。
工房の方へ進むと、建物の外ではコウとグレゴリーがユキヒラから剣術の手ほどきを受けていた。三人はクニオとコルビーに気が付くと、稽古をやめて駆け寄ってきた。
「随分待たせるじゃないか。暇だったから柄にもなくユキヒラから剣術を習っていたよ。大分腕が上がっちゃったよ」
コウがそう言った。
「サダヒデ殿はもうクニオ殿の剣は仕上がってるとおっしゃってましたぞ」
グレゴリーが続いて言った。
「でもクニオが来るまで、サダヒデ以外には試し切りさせてくれないんだぜ。これはクニオ用に強化したとか何とか言っててさ。さ、早く試し切りして見せてくれよ」
そう言いながらコウは工房の建物へとクニオの背中を押す。
建物に入るとサダヒデが出迎えてくれた。そうして奥からクニオの刀を持って来てくれた。サダヒデは鞘から刀身を取り出し、クニオの眼前に突き出して見せた。
「美しいい波紋じゃろう。銘は光世に儂の名も入れて定光とさせて頂いた」
そう言ってサダヒデは刀身をまた鞘に入れてクニオに渡した。クニオも早速束部分を握って刀身を鞘から抜いて見る。
「注意事項ですが、いささか切れ味が良くなり過ぎましてな。この専用の鞘以外に納めると鞘の方が真っ二つになってしまうので、鞘の方も無くさないようにご注意なされよ」
「つまりは鞘の方も強化して頂いたという事ですか?」
クニオがサダヒデに聞く。
「アマリアの盾ほどの強力な結界を張ることはできんが、刀身と鞘の両方にアダマンタイトで強化を施してある」
サダヒデはそう答えた。
「説明はいいから早く試し切りして見せてくれよ。外に巻き藁があるからさ」
そう言ってコウは玄関には戻らず、工房から直接外に続く掃き出しの木引き戸を開けて外に出た。
工房の外には試し切り用の巻き藁が何本も立っている。クニオは『定光』を握ったまま外に出ると、一本の巻き藁の前で晴眼に構えた。
そうして上段の位置まで刀を持ち上げると、巻き藁に向かって斜めに袈裟切りをした。
…音はしなかった。剣を振り下ろす風切り音すらしない。刀身は奇麗な斜めの軌道を描いて、まるで巻き藁をすり抜けたが如く振り下ろされた。
『全然手ごたえがない…』クニオは心の中でそう呟いた。
「ん?切れたの?巻き藁はそのままみたいだけど」
コウがサダヒデの方を見てそう言った。
サダヒデは何も答えずに笑顔を見せる。数秒ののち、巻き藁の上部は斜めの切り口からゆっくりとズレ落ちて行った。
「コウからお前さんのスキル、ゾーニングの話は聞いておったが、ここまでとは思わなんだ。確かにこのタリヤ島には、ズワ湖が吸収した魔素が集まってきよる。アダマンタイトで強化した刀は魔素を吸収してより切れ味を増すんじゃろう。しかし刀と巻き藁の両方の性質を把握できるお前さんだからこその、この切れ味なんじゃろうな」
サダヒデは顎に生えた髭をくゆらせながらそう言った。
クニオは試し切りをするときに、特に自分のゾーニングスキルを意識した覚えはない。しかしもしかしたら無意識のうちに発動させていたのかもしれない。全ての物質は空間がそう構成されているに過ぎない。原子も分子も隙間だらけである。本来は空間把握能力であるゾーニングは精度を増すことで、物質そのものを把握する事が可能となっていた。
「昨日師匠は町の方でも検討委員会を作って下さいとおしゃってましたよね。それでいいアイデアが出るくらいなら、最初から今みたいには寂れてなかったんじゃないですか?」
「コル、ただ作ってそこに置いただけでは建築とは言わないよ。実際に使ったり働いたりする人の意見をくみ上げることが大切なんだ。この設計手法をワークショップと呼ぶんだよ。僕らが設計しようとしているのは建物だけじゃない。町の人と一緒になって、もっと大きなものになっていったほうが面白いよね」
そういってから、クニオは谷の向こうにあるズワ湖の方角を見る。
「それよりこれ面白いと思わないかい?行きに通った時とは逆方向から同じ景色を眺めると、全然違って見える。ここは谷になっているから、馬車も人も絶対この直線コースを通るんだよね。でも、行と帰りでは景色が変わる」
「見る方向に対して、日の当たり方も逆になるから確かに結構違った印象になってますね」
「この仕掛けはね、敷地に入って建物に向かう経路……アプローチで使うと面白いんだよ。魔王城はそれがちゃんと仕掛けてあった。あれコルが設計したんだろ?」
「自分で考えたのかどうか、よく分からない感じで設計したんですが、言われてみると確かにそうですね。なるほど、同じ構造物であっても、見る方向で違う表情になるんですね」
「あとね移動する速さも重要だよ。歩いて移動するのと馬車で移動するのでは見える風景が違ってくる」
「どういう事でしょう?」
「景色の移り変わっていく速さが違うんだ。街道はともかく…例えば建物の中では高速で移動することは無いよね。時には椅子に腰かけて、じっと暖炉の火を眺めるかもしれない。それは止まっているという事になる。ある時は立ち止まったり、ある時はゆっくりと移動したり…これを僕の師匠は『建築の中を散歩する』と表現していたよ。ただ静止した空間を考えるのではなく、人の動きも考えながら構成を考えるといいんだ。設計図ができたら頭の中でその中を散歩してみるといい」
「なるほどそれで師匠はいつも歩いての移動を選択されるんですね」
「いや、まぁそれはちょっと違うけど…でもコルとこうやって二人で話しながら歩くのは楽しいからさ。あ、コウやグレゴリーが邪魔だってわけじゃないよ」
クニオはそう言って照れ隠しに頭を掻いた。
午前中に出発したので、日が暮れる前に二人はサダヒデの工房に辿り着いた。島へと続く橋の上では、ユキヒラではなく違う弟子が番をしていたので、日本酒の他にもクザで買っておいたお土産のトウモロコシ饅頭を渡した。流石に橋はもう顔パスだった。
工房の方へ進むと、建物の外ではコウとグレゴリーがユキヒラから剣術の手ほどきを受けていた。三人はクニオとコルビーに気が付くと、稽古をやめて駆け寄ってきた。
「随分待たせるじゃないか。暇だったから柄にもなくユキヒラから剣術を習っていたよ。大分腕が上がっちゃったよ」
コウがそう言った。
「サダヒデ殿はもうクニオ殿の剣は仕上がってるとおっしゃってましたぞ」
グレゴリーが続いて言った。
「でもクニオが来るまで、サダヒデ以外には試し切りさせてくれないんだぜ。これはクニオ用に強化したとか何とか言っててさ。さ、早く試し切りして見せてくれよ」
そう言いながらコウは工房の建物へとクニオの背中を押す。
建物に入るとサダヒデが出迎えてくれた。そうして奥からクニオの刀を持って来てくれた。サダヒデは鞘から刀身を取り出し、クニオの眼前に突き出して見せた。
「美しいい波紋じゃろう。銘は光世に儂の名も入れて定光とさせて頂いた」
そう言ってサダヒデは刀身をまた鞘に入れてクニオに渡した。クニオも早速束部分を握って刀身を鞘から抜いて見る。
「注意事項ですが、いささか切れ味が良くなり過ぎましてな。この専用の鞘以外に納めると鞘の方が真っ二つになってしまうので、鞘の方も無くさないようにご注意なされよ」
「つまりは鞘の方も強化して頂いたという事ですか?」
クニオがサダヒデに聞く。
「アマリアの盾ほどの強力な結界を張ることはできんが、刀身と鞘の両方にアダマンタイトで強化を施してある」
サダヒデはそう答えた。
「説明はいいから早く試し切りして見せてくれよ。外に巻き藁があるからさ」
そう言ってコウは玄関には戻らず、工房から直接外に続く掃き出しの木引き戸を開けて外に出た。
工房の外には試し切り用の巻き藁が何本も立っている。クニオは『定光』を握ったまま外に出ると、一本の巻き藁の前で晴眼に構えた。
そうして上段の位置まで刀を持ち上げると、巻き藁に向かって斜めに袈裟切りをした。
…音はしなかった。剣を振り下ろす風切り音すらしない。刀身は奇麗な斜めの軌道を描いて、まるで巻き藁をすり抜けたが如く振り下ろされた。
『全然手ごたえがない…』クニオは心の中でそう呟いた。
「ん?切れたの?巻き藁はそのままみたいだけど」
コウがサダヒデの方を見てそう言った。
サダヒデは何も答えずに笑顔を見せる。数秒ののち、巻き藁の上部は斜めの切り口からゆっくりとズレ落ちて行った。
「コウからお前さんのスキル、ゾーニングの話は聞いておったが、ここまでとは思わなんだ。確かにこのタリヤ島には、ズワ湖が吸収した魔素が集まってきよる。アダマンタイトで強化した刀は魔素を吸収してより切れ味を増すんじゃろう。しかし刀と巻き藁の両方の性質を把握できるお前さんだからこその、この切れ味なんじゃろうな」
サダヒデは顎に生えた髭をくゆらせながらそう言った。
クニオは試し切りをするときに、特に自分のゾーニングスキルを意識した覚えはない。しかしもしかしたら無意識のうちに発動させていたのかもしれない。全ての物質は空間がそう構成されているに過ぎない。原子も分子も隙間だらけである。本来は空間把握能力であるゾーニングは精度を増すことで、物質そのものを把握する事が可能となっていた。
0
あなたにおすすめの小説
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる