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四賢者編
旅立ち
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「北原さん歳をとらない人間ってどう思いますか?」トキネさんが聞いてきた。
「いつまでも若いままでいられたならいいですよね。好きな事なんでもできるし…」そう答えた僕には何も言わずにトキネさんは前を見ている。しばらくの沈黙の後彼女は口を開く
「私も最初の頃はそんな風に思ってました。でもね心は体に縛られるんですよ」彼女の言っている意味がすぐには分からずに僕が黙っていると彼女は続けた。
「171年生きていれば、経験も知識も171年分溜まります。それで精神がそれに相応しいものに成長できるかと言えばそれは違います。不思議ですが肉体が20代であれば、精神は20代のままなんです。経験からくる落ち着きみたいなものは、それなりに出ているのかなとは思うんですけどね…」
「あ、それは出ていないかもしれませんね」そう言った僕の頭をトキネさんは軽くこずいた。
「でもまだそんな成熟していない精神性しかない自分の前で多くの人が亡くなって行きました。自分より先に生まれた人間が、自分より先に死んでいくのは受け入れられます。それが自然の摂理ですから。でも自分よりも後に生まれた人間が、目の前で次々に死んでいくというのはかなり堪えます。だから乃木先輩はいいんです。でも友人も夫も子供も孫さえも、全て私より先に亡くなってしまいました。だから歳上にしか興味が無いというのは、歳下には深く関わりたくないという事なんです」
彼女にそう言われて僕はハッとした。勝手に好意を寄せても、それは彼女には重荷にしかならないのかもしれない。もう顔を見せないでほしいという事かもしれない。顔に出る前に心が泣きそうになってきたその時、彼女の口から意外な発言が飛び出した。
「だから本気で私を口説く覚悟がありますか?」そう言って彼女は僕の顔を見た。僕は彼女の言葉に無言で頷く。
「私はバツイチで子持ち…もう子供は亡くなってますが…血の気が多くてこんな性格です。でももちろん中身は20代の小娘ですから、好みの容姿の若い男に言い寄られれば悪い気はしない。私は聖人君子でもなければ仙人でもありません」そこまで言って彼女は立ち上がり、僕にこの場で待つようにと言い残して、社務所の方に行ってしまった。帰ってきた彼女の手にはお守りが二つ握られていた。
「これは乃木ひょうたん守と呼ばれる、この神社の名物です。福徳倍増の御利益があるそうです。自分用にはこの勝守(かちまもり)を買ってきました」そう言って表に勝守と書かれたお守りを自分のポケットに入れると、僕に小さなひょうたん型の飾りがついたお守りを渡してくれた。そうして更にそのあと一つの鍵を差し出した。
「これは『乃木坂』の鍵です。私はしばらくお店を離れる事にします。毎日でなくても良いので、今までの様に店で作業をする時なんかは、できればお店の方も開けておいてくれたらうれしいです。どうせ客なんか来ませんし…」そう言ってトキネさんは笑った。
「それを自分で言いますか」僕も笑った。
「でも離れるって言いますが、どれくらいの期間なんでしょうか?」
「それが私にも良く分からないんです。三日間なのか一週間なのか一か月なのか…もしかしたら一年なのかもしれないし十年だってあり得ない話ではない。でも生きている限りは絶対に戻ってきます。ずっと待ってて下さいとは言いません。加減のいいところで諦めがついたら、鍵は豊ちゃんに渡してください。後のことについては彼に全て頼んであります」
「分かりました。戻ってこられたらその時は改めて交際を申し込ませていただきます」僕はこの機に乗じてさらっと言いのけた。そこにトキネさんからのツッコミは無い。
「どこに行くのかは聞かないんですね?」
「聞いてほしいんですか?」そう言った僕に彼女は首を横に振って見せた。
「ただ、交際を申し込まれても受けるとはまだ言ってません。考えさせてもらうだけなので、そのあたりも加味して待つ時間は判断してください」そう言って彼女はまた笑った。
翌日の日曜日、市川の道場に彼女が現れる事が無ければ、週が明けても彼女の姿は『乃木坂』には無かった。
「いつまでも若いままでいられたならいいですよね。好きな事なんでもできるし…」そう答えた僕には何も言わずにトキネさんは前を見ている。しばらくの沈黙の後彼女は口を開く
「私も最初の頃はそんな風に思ってました。でもね心は体に縛られるんですよ」彼女の言っている意味がすぐには分からずに僕が黙っていると彼女は続けた。
「171年生きていれば、経験も知識も171年分溜まります。それで精神がそれに相応しいものに成長できるかと言えばそれは違います。不思議ですが肉体が20代であれば、精神は20代のままなんです。経験からくる落ち着きみたいなものは、それなりに出ているのかなとは思うんですけどね…」
「あ、それは出ていないかもしれませんね」そう言った僕の頭をトキネさんは軽くこずいた。
「でもまだそんな成熟していない精神性しかない自分の前で多くの人が亡くなって行きました。自分より先に生まれた人間が、自分より先に死んでいくのは受け入れられます。それが自然の摂理ですから。でも自分よりも後に生まれた人間が、目の前で次々に死んでいくというのはかなり堪えます。だから乃木先輩はいいんです。でも友人も夫も子供も孫さえも、全て私より先に亡くなってしまいました。だから歳上にしか興味が無いというのは、歳下には深く関わりたくないという事なんです」
彼女にそう言われて僕はハッとした。勝手に好意を寄せても、それは彼女には重荷にしかならないのかもしれない。もう顔を見せないでほしいという事かもしれない。顔に出る前に心が泣きそうになってきたその時、彼女の口から意外な発言が飛び出した。
「だから本気で私を口説く覚悟がありますか?」そう言って彼女は僕の顔を見た。僕は彼女の言葉に無言で頷く。
「私はバツイチで子持ち…もう子供は亡くなってますが…血の気が多くてこんな性格です。でももちろん中身は20代の小娘ですから、好みの容姿の若い男に言い寄られれば悪い気はしない。私は聖人君子でもなければ仙人でもありません」そこまで言って彼女は立ち上がり、僕にこの場で待つようにと言い残して、社務所の方に行ってしまった。帰ってきた彼女の手にはお守りが二つ握られていた。
「これは乃木ひょうたん守と呼ばれる、この神社の名物です。福徳倍増の御利益があるそうです。自分用にはこの勝守(かちまもり)を買ってきました」そう言って表に勝守と書かれたお守りを自分のポケットに入れると、僕に小さなひょうたん型の飾りがついたお守りを渡してくれた。そうして更にそのあと一つの鍵を差し出した。
「これは『乃木坂』の鍵です。私はしばらくお店を離れる事にします。毎日でなくても良いので、今までの様に店で作業をする時なんかは、できればお店の方も開けておいてくれたらうれしいです。どうせ客なんか来ませんし…」そう言ってトキネさんは笑った。
「それを自分で言いますか」僕も笑った。
「でも離れるって言いますが、どれくらいの期間なんでしょうか?」
「それが私にも良く分からないんです。三日間なのか一週間なのか一か月なのか…もしかしたら一年なのかもしれないし十年だってあり得ない話ではない。でも生きている限りは絶対に戻ってきます。ずっと待ってて下さいとは言いません。加減のいいところで諦めがついたら、鍵は豊ちゃんに渡してください。後のことについては彼に全て頼んであります」
「分かりました。戻ってこられたらその時は改めて交際を申し込ませていただきます」僕はこの機に乗じてさらっと言いのけた。そこにトキネさんからのツッコミは無い。
「どこに行くのかは聞かないんですね?」
「聞いてほしいんですか?」そう言った僕に彼女は首を横に振って見せた。
「ただ、交際を申し込まれても受けるとはまだ言ってません。考えさせてもらうだけなので、そのあたりも加味して待つ時間は判断してください」そう言って彼女はまた笑った。
翌日の日曜日、市川の道場に彼女が現れる事が無ければ、週が明けても彼女の姿は『乃木坂』には無かった。
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