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第9話 対策
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最初に貫太郎がやられてから、赤柄組のメンバーの中で髷狩りの被害者は一人また一人と増えていった。
「流石にこれはこのままにしておくわけにもいかないか……」
丈一郎はまた茶屋で難しい顔をしていた。団子を奢ってくれるというので累も同席していた。先日の貫太郎はもう組を抜けてしまったが、今日はまた別のものが二人ほど来ていた。
「しかし、神出鬼没で一体いつどこで襲ってくるのかが分からないんですよ。赤柄組の者かどうかは刀の柄にある赤い紐を見れば、向こうには見分けがつきますけどね」
「その刀の柄につけている紐をやめればいいだけの話ではないのか? 見分けがつかなければ向こうも襲ってはこないだろう」
そう言った累の事を居合わせた三人の男が一斉に見た。
「武士がそんな逃げるようなことをできるものか!」
丈一郎が大きな声でそう言った。
「大体丈一郎殿は髷も結ってはおらんが、その場合はどうするのだ? 髪だけ短く切るのか? あれ、そういえば登城する時はどうしているのだ? 流石にその頭ではまずいであろう?」
「拙者は少々普通のものと違うが故、このような髪型でも許されているのだ」
「違う? お主城ではは何のお勤めをしているのだ?」
「……それはここでは言えぬな。累殿はその髷狩りをしている男というのは気にならぬのか? 貫太郎はともかく、先日襲われた神田総一郎はなかなかの手練れだ。それが全く歯が立たずに、しかも髷だけをきれいに刈り取られたのだぞ。そんな技は拙者にも到底かなわぬ芸当だ」
「まぁ丈一郎殿の腕では無理でしょうな」
累の遠慮のない発言に丈一郎は返す言葉もない。
「お主ほどの腕があれば……累殿よ。その武士とはひとつ手合わせをしたいとは思わぬのか?」
「その者は見かけはどのようなのだ?」
「なんでも貫太郎や総一郎殿のお話によれば、ヒョロヒョロのやさおとこで、とても強くは見えないとの事でした」
「やさおとこ……良くは分からぬが上品ですらりとしているのだな。それでいて剣術の腕がある……幾つぐらいなのだろうか?」
「歳ですか……総一郎は自分と同じぐらいに見えたと申しておったので、二十を少しばかり越えたと言ったところだろうか」
「なるほど二十代前半という事か、丁度我々と同じくらいという事ですな。それはどうにも興味深い」
違う意味で累はその武士に興味を惹かれていた。もちろんその中身が塚原卜伝だとは夢にも思っていない。いや、知っていたら町中を探し回っていたかもしれない。塚原卜伝と言えば宮本武蔵と並んで、伝説級の剣豪だ。生涯勝負に負けなかったどころか刀傷ひとつ負わなかったと言い伝えられている。
「どうだろうか、一時赤柄組の者は刀の赤い紐を外して、その間私一人が赤い紐をつけておくと言うのは」
累が言った。
「それでは累殿の身に危険が及ぶのでは?」
「なーに私は本当は赤柄組の人間ではないのだから、敵わぬ敵と分かったならばすぐに組を抜けると誓うまでだ。ん? まてよ、私よりも強いという事になればもしかするともしかするかもしれない……」
そう発言する累を隣で丈一郎は細い眼をしてみている。
「なるほどそれもそうですね。累殿が敵わないのであれば、うちの大将では敵うべくもない」
そう言った男を丈一郎はキッと睨んだ。
「拙者は赤紐は外さぬからな。そうして今から髷を結ってくる」
累の提案を受けて、翌日から赤柄組の人間は丈一郎を除いて刀への赤い紐の携行をやめた。最近、お勤めの無い日は午前から稽古に出てくる丈一郎の頭が、ちょんまげになっているのを見て累は笑う。
「なぜ笑うのだ。こちらの方が普通であろう」
「いや、丈一郎殿、とても似合っておりますよ。今後もそのままでいいのではないでしょうか?」
丈一郎は納まりが悪いのか、ちょんまげの 月代(さかやき)と呼ばれる前頭部から頭頂部へ向けて剃り上げた部分を右手でしきりに触っている。
昨日茶屋を出てから、居合わせた男から貸してもらった赤い紐を累は刀の柄の部分に巻き掛けている。累の刀は鍔こそ赤いが、鞘も柄も白色で赤色の紐はいい具合に映えた。累はかなり気に入ってしまった。
しかし当たり前だが昨晩に髷狩りが現れる事は無かった。どうも髷狩りが出るのは日もとっぷりと暮れてからの様なので、夜遊びもしなければ酒も飲まない累の現在の生活習慣とは時間帯が異なる。出没場所は以前他の組が襲われたという場所を含めて考えても、両国よりは幾分か西側である。居候先の緒方には今日から少し帰りが遅くなる旨を伝えてあるので、今日からは少し時間を潰してもっと遅くなってから帰ろうかと思っていた。
しかしながら道場の稽古はまだ日のあるうちに終わってしまうので、その後にどうやって時間を潰すのかは悩ましい所だった。そこで丈一郎に、道場近くで暇を潰せる場所が無いかと尋ねたところ、赤柄組の溜まり場に寄って行かないかと誘われた。
丈一郎に付いていくと、そこは古びた寺だった。荒れ果てたその外観からは住職等が居るようにも見えない。破れて穴だらけの障子を開けると、中には5、6人の若い男がたむろしていた。累の姿を見て彼らはざわつく。
「累殿、此度は我々の為に一肌脱いでいただけるという事でありがとうございます」
一人の男がそう挨拶をしてきた。累はそれには何も答えず全員の顔を眺めまわす。
「うーんちょっと厳しいかな……いや、何人かは磨けば光るか」
それは無いでござろう、はっはっはっとそこにいた全員で大笑いしたところでまた障子が開いた。そこには全員が顔を見た事のない、一人の痩せた男が立っていた。ざんばら髪で腰には刀を一本だけ刺している。
「おお、聞いた通りここには大勢揃っている様だな」
男……塚原卜伝は嬉しそうにそう声をあげた。
「何奴!!」
累は背後をを振り向く。彼女以外全員が腰の刀に手をあてて身構えた。障子が開くまで全く卜伝の気配に気が付かなかった。
「流石にこれはこのままにしておくわけにもいかないか……」
丈一郎はまた茶屋で難しい顔をしていた。団子を奢ってくれるというので累も同席していた。先日の貫太郎はもう組を抜けてしまったが、今日はまた別のものが二人ほど来ていた。
「しかし、神出鬼没で一体いつどこで襲ってくるのかが分からないんですよ。赤柄組の者かどうかは刀の柄にある赤い紐を見れば、向こうには見分けがつきますけどね」
「その刀の柄につけている紐をやめればいいだけの話ではないのか? 見分けがつかなければ向こうも襲ってはこないだろう」
そう言った累の事を居合わせた三人の男が一斉に見た。
「武士がそんな逃げるようなことをできるものか!」
丈一郎が大きな声でそう言った。
「大体丈一郎殿は髷も結ってはおらんが、その場合はどうするのだ? 髪だけ短く切るのか? あれ、そういえば登城する時はどうしているのだ? 流石にその頭ではまずいであろう?」
「拙者は少々普通のものと違うが故、このような髪型でも許されているのだ」
「違う? お主城ではは何のお勤めをしているのだ?」
「……それはここでは言えぬな。累殿はその髷狩りをしている男というのは気にならぬのか? 貫太郎はともかく、先日襲われた神田総一郎はなかなかの手練れだ。それが全く歯が立たずに、しかも髷だけをきれいに刈り取られたのだぞ。そんな技は拙者にも到底かなわぬ芸当だ」
「まぁ丈一郎殿の腕では無理でしょうな」
累の遠慮のない発言に丈一郎は返す言葉もない。
「お主ほどの腕があれば……累殿よ。その武士とはひとつ手合わせをしたいとは思わぬのか?」
「その者は見かけはどのようなのだ?」
「なんでも貫太郎や総一郎殿のお話によれば、ヒョロヒョロのやさおとこで、とても強くは見えないとの事でした」
「やさおとこ……良くは分からぬが上品ですらりとしているのだな。それでいて剣術の腕がある……幾つぐらいなのだろうか?」
「歳ですか……総一郎は自分と同じぐらいに見えたと申しておったので、二十を少しばかり越えたと言ったところだろうか」
「なるほど二十代前半という事か、丁度我々と同じくらいという事ですな。それはどうにも興味深い」
違う意味で累はその武士に興味を惹かれていた。もちろんその中身が塚原卜伝だとは夢にも思っていない。いや、知っていたら町中を探し回っていたかもしれない。塚原卜伝と言えば宮本武蔵と並んで、伝説級の剣豪だ。生涯勝負に負けなかったどころか刀傷ひとつ負わなかったと言い伝えられている。
「どうだろうか、一時赤柄組の者は刀の赤い紐を外して、その間私一人が赤い紐をつけておくと言うのは」
累が言った。
「それでは累殿の身に危険が及ぶのでは?」
「なーに私は本当は赤柄組の人間ではないのだから、敵わぬ敵と分かったならばすぐに組を抜けると誓うまでだ。ん? まてよ、私よりも強いという事になればもしかするともしかするかもしれない……」
そう発言する累を隣で丈一郎は細い眼をしてみている。
「なるほどそれもそうですね。累殿が敵わないのであれば、うちの大将では敵うべくもない」
そう言った男を丈一郎はキッと睨んだ。
「拙者は赤紐は外さぬからな。そうして今から髷を結ってくる」
累の提案を受けて、翌日から赤柄組の人間は丈一郎を除いて刀への赤い紐の携行をやめた。最近、お勤めの無い日は午前から稽古に出てくる丈一郎の頭が、ちょんまげになっているのを見て累は笑う。
「なぜ笑うのだ。こちらの方が普通であろう」
「いや、丈一郎殿、とても似合っておりますよ。今後もそのままでいいのではないでしょうか?」
丈一郎は納まりが悪いのか、ちょんまげの 月代(さかやき)と呼ばれる前頭部から頭頂部へ向けて剃り上げた部分を右手でしきりに触っている。
昨日茶屋を出てから、居合わせた男から貸してもらった赤い紐を累は刀の柄の部分に巻き掛けている。累の刀は鍔こそ赤いが、鞘も柄も白色で赤色の紐はいい具合に映えた。累はかなり気に入ってしまった。
しかし当たり前だが昨晩に髷狩りが現れる事は無かった。どうも髷狩りが出るのは日もとっぷりと暮れてからの様なので、夜遊びもしなければ酒も飲まない累の現在の生活習慣とは時間帯が異なる。出没場所は以前他の組が襲われたという場所を含めて考えても、両国よりは幾分か西側である。居候先の緒方には今日から少し帰りが遅くなる旨を伝えてあるので、今日からは少し時間を潰してもっと遅くなってから帰ろうかと思っていた。
しかしながら道場の稽古はまだ日のあるうちに終わってしまうので、その後にどうやって時間を潰すのかは悩ましい所だった。そこで丈一郎に、道場近くで暇を潰せる場所が無いかと尋ねたところ、赤柄組の溜まり場に寄って行かないかと誘われた。
丈一郎に付いていくと、そこは古びた寺だった。荒れ果てたその外観からは住職等が居るようにも見えない。破れて穴だらけの障子を開けると、中には5、6人の若い男がたむろしていた。累の姿を見て彼らはざわつく。
「累殿、此度は我々の為に一肌脱いでいただけるという事でありがとうございます」
一人の男がそう挨拶をしてきた。累はそれには何も答えず全員の顔を眺めまわす。
「うーんちょっと厳しいかな……いや、何人かは磨けば光るか」
それは無いでござろう、はっはっはっとそこにいた全員で大笑いしたところでまた障子が開いた。そこには全員が顔を見た事のない、一人の痩せた男が立っていた。ざんばら髪で腰には刀を一本だけ刺している。
「おお、聞いた通りここには大勢揃っている様だな」
男……塚原卜伝は嬉しそうにそう声をあげた。
「何奴!!」
累は背後をを振り向く。彼女以外全員が腰の刀に手をあてて身構えた。障子が開くまで全く卜伝の気配に気が付かなかった。
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