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第8話 反魂
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佐吉はまたいつもの様に蔵の中を探っていた。数年前に亡くなった祖父は大変な道楽者で、金に任せて様々なガラクタを収集してはこの蔵の中に溜め込んでいた。
今では大店(おおだな)と呼ばれる家業を興して、巨万の富を築いたのは祖父自身なので、その金を何に使おうがそれは自由というものだ。
佐吉の父親は仕事ばかりに夢中で、この蔵の中身などはどうでもいいらしい。佐吉は自分にあまり構ってくれない両親を尻目に、この蔵の中でガラクタを漁るのが、小さい頃からの何よりの楽しみだった。
これは貴重だろうなと思うものがあれば、一体これはなんだろうという、全くよくわからないものもあった。あれはそのどちらだといえばいいのだろうか?
それは小振りな木箱の中に入っていた。少々重いその金属の塊は、新品だった頃は金ぴかだったのかもしれないが、その時点では濁った色をしていて、溝のように掘られた模様の底には黒い汚れが沈んている。磨けばまた元の輝きが蘇るのだろうか? というか一体これは何なのだろう? どこかで見たことがあるような気がするし、初めて見たもののような気もする。どこかのお寺さんで部分的に似ている物があったかもしれない。法具の一種なのかなと思った。
木箱の中には一緒に古ぼけた紙が入っていたので、それを広げてみる。最初に目に入ったのは『反魂の法』という文字だった。何でも死んで間もない死体の上に、この『独鈷杵(とっこしょ)』と故人の魂が込められた遺物を置いて、紙に書かれた祝詞をあげれば、死者が蘇るという事だ。しかもその死者とは死体の者のことではない。置いた遺物の持ち主であれば誰でもいいらしい。
あのじじいも、こんな物を一体いくらで買ったのかと、流石の佐吉も呆れた。紙の最後には『西行』と書いてあったのだ。学のない佐吉でも西行位は知っている。何百年も昔の有名な偉い坊さんだ。能の演目にもそんな物があった。能は退屈で佐吉はあまり興味がなかったので、どんな話なのかは詳しくは知らない。
そんな偉い坊さんゆかりの品が、こんなところにあるわけもない。まぁ話のネタにはなるかなと思っていたところで、もう一つ見つけた木箱が佐吉の好奇心をくすぐった。
その箱は先程のものとは比べ物にならないほど長いもので、開けてみると一振りの刀が鞘に入って鎮座していた。鞘も柄も黒色で、町で見かける侍たちが帯刀しているものよりはやや長い印象だ。佐吉は鞘から刀身を抜いてみた。それは先程のよくわからないものとは違って、まるで新品の刃物の様に光っている。
刀剣は目釘を抜いて柄の部分を外してやれば、刀身部分に銘が記されていることは佐吉も知っている。ただ武士でもない彼はそのような事をしたことも無いし、元に戻せなくなっても困るのでやめておいた。第一銘を見たところでそれが貴重なものかどうかもわからない。刀を箱に戻して元の場所に返し、更にまた蔵の中の探索を続けた。
刀の入った箱の方は元の位置に戻したが、法具の入った方は蔵から外に持ち出して自分の部屋に置いていた。暇なときに磨いてみたりもした。色々と調べてみてどうもこれは独鈷杵という法具の一種だということが分かった。なんでも密教では通常これは煩悩を打ち砕いてくれるらしい。同封されていた紙には反魂の法について色々と詳しく記述があったが、佐吉の読解力ではあまり細かいところまでは理解できなかった。
ある日佐吉は仲間内で話していて、その中に滅法刀剣に詳しいやつがいる事を思い出した。名を治五郎といった。今までは全く刀剣などに興味のない佐吉は治五郎の言う事などは、はいはいと聞き流していて気にも留めていなかった。そうか治五郎ならばあの蔵にあった刀の事も分かるかもしれないと、家に呼んで刀を見せてみた。治五郎は慣れた手つきで目釘を抜き、そうして刀の銘を見て驚きの声を上げる。
その声に佐吉も驚いていると、治五郎は刀の銘を見せてきた。そこには『来国俊(らいくにとし)』と書いてあった。治五郎によればそれはかなりの年代物で、戦国時代以前どころではなく、もっとずっと前の幕府が鎌倉にあった頃のものではないかと言うことだった。
そうして佐吉は刀と同じ時に見つけた、反魂の法が記された法具も治五郎に見せてみた。彼が詳しいのは刀剣だけであるが、読み書きも佐吉よりはできるし、頭が柔軟なのかとんでもない事を言い出した。ならばこの来国俊を使って反魂の法を行えば、鎌倉の頃の武士を蘇らせる事が出来るんじゃないかと言うものだった。
今振り返れば、二人とも馬鹿なことをしたと思う。しかし大店の息子として、生まれてから何不自由なく育って来た二人には、平和なその時の世の中は退屈すぎた。同じように暇を持て余す仲間内が集まって町奴を作ったが、それでも暇は潰しきれない。特に目的もないので、若い侍たちの集まる旗本奴とやりあったりしているが、身分もあるが腰に長い刃物を常に刺している連中とは、本気でやり合うわけにもいかない。力があるからと偉そうにしているあいつらはかなり目障りだ。昔の武士を蘇らせて、奴らを成敗したらさぞかし愉快だろうなと思いついてしまった。
●●●●●●●●●●●●
月明かりの中男はゆっくりと上半身を起こした。そうしてあたりをキョロキョロと見まわす。
「おい、治五郎、成功したんじゃねーか?!」
「どうすんだよ。お前が説明しろよ」
男は上半身を起こした時に、自分の上から地面に落ちた来国俊に気が付いた。
「お前らか、儂を呼んだのは? 我が愛刀来国俊があるという事は儂が誰だか分かっておるのだな?」
「申し訳ありません。昔のお侍さんだとは存じてますが、それ以上の事は……」
佐吉がそう言ったのを聞いて男は大笑いをする。
「はっはっはっ、随分と弟子を残して逝ったつもりだが、そうか儂の名は世間には残らなかったか……まぁそれも良い。それでお主ら儂に何用だ? 大体ここはどこなんだ?」
「ここはお江戸に御座います」
治五郎がおそるおそるそう答える。
「江戸? それはまた随分と田舎で目覚めたものだな」
「江戸は今は都……正確には都は京都ですが、日ノ本の中心となっております」
佐吉が言った。
「ほう、そんな事になっておるのか。しかしなんだこの細い体は。ん? 腕も足も骨に皮が付いているだけではないか?」
そう言って男は立ち上がった。その身には白い死に装束を纏ったままだ。しばらく体のあちらこちらを触っては肉付きを確認している。そうして腰ひもに、先ほど地面に落ちた刀を拾い上げて刺すと鞘から抜いた。そうして刀身をまじまじと見る。
「ほぉよく手入れされておるな。うれしく思うぞ。訳も分からずお主らを斬り捨てようとも思ったがやめておくか。儂一人では右も左も分からんしな」
そう言って男はまた高笑いをした。
佐吉と貫太は男の発言を聞いて震えあがっていたが、恐る恐る着替えの着物を差し出した。半信半疑ながらも反魂の法が成功した時の為に用意していたのだ。
「どうぞこれをお使いください」
「ふむ、気が利くでは無いか。何とも軟弱な者どもだが気に入った。どういう理屈かは分からんが折角この世に戻ってきたのだ。大いに楽しむとするか」
「あの~……お侍さんのお名前は?」
「儂か? 儂の名なら塚原卜伝だ」
今では大店(おおだな)と呼ばれる家業を興して、巨万の富を築いたのは祖父自身なので、その金を何に使おうがそれは自由というものだ。
佐吉の父親は仕事ばかりに夢中で、この蔵の中身などはどうでもいいらしい。佐吉は自分にあまり構ってくれない両親を尻目に、この蔵の中でガラクタを漁るのが、小さい頃からの何よりの楽しみだった。
これは貴重だろうなと思うものがあれば、一体これはなんだろうという、全くよくわからないものもあった。あれはそのどちらだといえばいいのだろうか?
それは小振りな木箱の中に入っていた。少々重いその金属の塊は、新品だった頃は金ぴかだったのかもしれないが、その時点では濁った色をしていて、溝のように掘られた模様の底には黒い汚れが沈んている。磨けばまた元の輝きが蘇るのだろうか? というか一体これは何なのだろう? どこかで見たことがあるような気がするし、初めて見たもののような気もする。どこかのお寺さんで部分的に似ている物があったかもしれない。法具の一種なのかなと思った。
木箱の中には一緒に古ぼけた紙が入っていたので、それを広げてみる。最初に目に入ったのは『反魂の法』という文字だった。何でも死んで間もない死体の上に、この『独鈷杵(とっこしょ)』と故人の魂が込められた遺物を置いて、紙に書かれた祝詞をあげれば、死者が蘇るという事だ。しかもその死者とは死体の者のことではない。置いた遺物の持ち主であれば誰でもいいらしい。
あのじじいも、こんな物を一体いくらで買ったのかと、流石の佐吉も呆れた。紙の最後には『西行』と書いてあったのだ。学のない佐吉でも西行位は知っている。何百年も昔の有名な偉い坊さんだ。能の演目にもそんな物があった。能は退屈で佐吉はあまり興味がなかったので、どんな話なのかは詳しくは知らない。
そんな偉い坊さんゆかりの品が、こんなところにあるわけもない。まぁ話のネタにはなるかなと思っていたところで、もう一つ見つけた木箱が佐吉の好奇心をくすぐった。
その箱は先程のものとは比べ物にならないほど長いもので、開けてみると一振りの刀が鞘に入って鎮座していた。鞘も柄も黒色で、町で見かける侍たちが帯刀しているものよりはやや長い印象だ。佐吉は鞘から刀身を抜いてみた。それは先程のよくわからないものとは違って、まるで新品の刃物の様に光っている。
刀剣は目釘を抜いて柄の部分を外してやれば、刀身部分に銘が記されていることは佐吉も知っている。ただ武士でもない彼はそのような事をしたことも無いし、元に戻せなくなっても困るのでやめておいた。第一銘を見たところでそれが貴重なものかどうかもわからない。刀を箱に戻して元の場所に返し、更にまた蔵の中の探索を続けた。
刀の入った箱の方は元の位置に戻したが、法具の入った方は蔵から外に持ち出して自分の部屋に置いていた。暇なときに磨いてみたりもした。色々と調べてみてどうもこれは独鈷杵という法具の一種だということが分かった。なんでも密教では通常これは煩悩を打ち砕いてくれるらしい。同封されていた紙には反魂の法について色々と詳しく記述があったが、佐吉の読解力ではあまり細かいところまでは理解できなかった。
ある日佐吉は仲間内で話していて、その中に滅法刀剣に詳しいやつがいる事を思い出した。名を治五郎といった。今までは全く刀剣などに興味のない佐吉は治五郎の言う事などは、はいはいと聞き流していて気にも留めていなかった。そうか治五郎ならばあの蔵にあった刀の事も分かるかもしれないと、家に呼んで刀を見せてみた。治五郎は慣れた手つきで目釘を抜き、そうして刀の銘を見て驚きの声を上げる。
その声に佐吉も驚いていると、治五郎は刀の銘を見せてきた。そこには『来国俊(らいくにとし)』と書いてあった。治五郎によればそれはかなりの年代物で、戦国時代以前どころではなく、もっとずっと前の幕府が鎌倉にあった頃のものではないかと言うことだった。
そうして佐吉は刀と同じ時に見つけた、反魂の法が記された法具も治五郎に見せてみた。彼が詳しいのは刀剣だけであるが、読み書きも佐吉よりはできるし、頭が柔軟なのかとんでもない事を言い出した。ならばこの来国俊を使って反魂の法を行えば、鎌倉の頃の武士を蘇らせる事が出来るんじゃないかと言うものだった。
今振り返れば、二人とも馬鹿なことをしたと思う。しかし大店の息子として、生まれてから何不自由なく育って来た二人には、平和なその時の世の中は退屈すぎた。同じように暇を持て余す仲間内が集まって町奴を作ったが、それでも暇は潰しきれない。特に目的もないので、若い侍たちの集まる旗本奴とやりあったりしているが、身分もあるが腰に長い刃物を常に刺している連中とは、本気でやり合うわけにもいかない。力があるからと偉そうにしているあいつらはかなり目障りだ。昔の武士を蘇らせて、奴らを成敗したらさぞかし愉快だろうなと思いついてしまった。
●●●●●●●●●●●●
月明かりの中男はゆっくりと上半身を起こした。そうしてあたりをキョロキョロと見まわす。
「おい、治五郎、成功したんじゃねーか?!」
「どうすんだよ。お前が説明しろよ」
男は上半身を起こした時に、自分の上から地面に落ちた来国俊に気が付いた。
「お前らか、儂を呼んだのは? 我が愛刀来国俊があるという事は儂が誰だか分かっておるのだな?」
「申し訳ありません。昔のお侍さんだとは存じてますが、それ以上の事は……」
佐吉がそう言ったのを聞いて男は大笑いをする。
「はっはっはっ、随分と弟子を残して逝ったつもりだが、そうか儂の名は世間には残らなかったか……まぁそれも良い。それでお主ら儂に何用だ? 大体ここはどこなんだ?」
「ここはお江戸に御座います」
治五郎がおそるおそるそう答える。
「江戸? それはまた随分と田舎で目覚めたものだな」
「江戸は今は都……正確には都は京都ですが、日ノ本の中心となっております」
佐吉が言った。
「ほう、そんな事になっておるのか。しかしなんだこの細い体は。ん? 腕も足も骨に皮が付いているだけではないか?」
そう言って男は立ち上がった。その身には白い死に装束を纏ったままだ。しばらく体のあちらこちらを触っては肉付きを確認している。そうして腰ひもに、先ほど地面に落ちた刀を拾い上げて刺すと鞘から抜いた。そうして刀身をまじまじと見る。
「ほぉよく手入れされておるな。うれしく思うぞ。訳も分からずお主らを斬り捨てようとも思ったがやめておくか。儂一人では右も左も分からんしな」
そう言って男はまた高笑いをした。
佐吉と貫太は男の発言を聞いて震えあがっていたが、恐る恐る着替えの着物を差し出した。半信半疑ながらも反魂の法が成功した時の為に用意していたのだ。
「どうぞこれをお使いください」
「ふむ、気が利くでは無いか。何とも軟弱な者どもだが気に入った。どういう理屈かは分からんが折角この世に戻ってきたのだ。大いに楽しむとするか」
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