侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第11話 塚原卜伝

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「そうこなくては面白くない。髷も無いようだし加減も無しだ。心して参られよ!!」
 卜伝の声が終わるか終わらないかのうちに累は切りかかった。あまりに早くてその攻撃は丈一郎をはじめとしてそこに居合わせた者には認識が出来なかった。その激突に気が付いたのは刀と刀がぶつかり合う音がまわりに響き渡ったからだ。
 攻防に気付き全員が卜伝と累の方を見ると、もう既に二人は距離を開けて構え直していた。

「うむ、実にいい斬り込みだった。今度は儂の番だな」
 そう言って前に進み出た卜伝の刀は残像すら残さずに数度にわたって累を襲った。累以外にはその軌跡は目で追う事すら敵わなかった。しかし累はその攻撃を体捌きと刀で全て防ぎ切った。しかし体には傷を負わなかったものの、着物も髪も所々が切られていた。

「流石は赤目の一族だ。今までのぼんくらどもとはまるで違う。この攻撃を全てかわし切るとは思わなかったぞ」
「いえ、卜伝様こそ流石です。次の動きが全て分かっているはずなのに完全に躱す事は叶いません。受けるだけで精一杯です。しかしまだ加減してらっしゃいますね。私には分かります。意識に体の動きがついてきていない」

「ふむ。加減しているわけでは無いのだ。この体ではこれ以上動く事は叶わぬのだ。しかもそう長くは戦えそうにない。これはあれを見せろと言う事だな……」
 そう言って卜伝は刀を自分の左腰のあたりから、累とは逆方向に刃先を向けて構えた。現代剣道で言えば脇構えに近い。累はその技については父親より伝え聞いていた。塚原卜伝が必殺技「一之太刀(ひとつのたち)」。一筋の太刀に全てを載せて放つその太刀を受けて、未だ命を永らえたものはいないという。累は自分の死というものを再び覚悟した。

 色々と理不尽な事もあったが大方満足な人生であった。しかも最後にあの塚原卜伝の必殺の技「一之太刀」で死ぬのだ。剣術を納めた者として、これ以上の幸せがあるだろうか。

「一之太刀(ひとつのたち)!!」
 卜伝は大きな声でそう叫んだ。必殺技とは言え、発する前に名前を言う必要があるのだろうかと、累はやや疑問に思わなくは無かったが今は集中の時である。

「ちぁぁぁ~!!」
 気合と共に卜伝の刀が累へと向かおうとしたその瞬間に、赤い目の力でどのようにその刀が軌道を描いて自分の体に斬り込んでくるのかが累には見えていた。しかしそれは避けられる速度を遥かに凌駕している。いや速度だけの話ではない、未来は既に決まっているのだ。
 
 しかしその未来が訪れる事は無かった。

「待った!!」
 そう叫んで塚原卜伝は動きを止めた。
 何事かと思いそこにいる人間は全て卜伝の方を見る。
「やはりこの体では無理だ! 筋も腱も切れたらしい。もう動けぬでは無いか!!」

 そう、中に入った魂は塚原卜伝のものであっても、その体はただの普通の若い男の体だ。いやむしろ若くして亡くなった、病弱でヒヨロヒョロのやさ男のものときている。到底卜伝の魂が命ずる動きにはついていく事が出来なかった。今までは相当格下の相手に対して、一瞬にして決まるような動きを繰り返してきただけなので気が付かなかった。その体では卜伝が必殺技を放つことはできなかったのだ。

 卜伝は刀を床に刺して屈みこむ。
「理由は何にしろ儂の負けじゃ。まさかこのようにひ弱な体をした男の中に入る事になるとはな……まぁだからこそこの若さで命を落としたのだろうな……さぁ、斬り殺すがよかろう。最も儂もこの男も最初から死んでいるがな」
 そう言って卜伝は高笑いをした。

「いえ、私にはあなたに斬られる未来は見えていました。この勝負は私の完敗です。あなたが命ぜられるのであればこの場で切腹いたします」
「これこれ、おなごが物騒な事を言うものではない。……しかしその宮本武蔵とかとやり合わないで良かった。こんな情けない負け方をしたら成仏できなくなるところだった」
「私ならば悔しくはないという事ですか……」
 累は事もあろうに卜伝の言葉にカチンと来てしまった。
「いやいや、そういう意味ではござらんよ。このように美しくて若いおなごに斬られて死ぬなど夢のような話だ。これで成仏せねば地獄に落ちる」
 天下の大剣豪塚原卜伝にそんな事を言われてしまっては、累も嬉しくないわけがない。次男で独身で、剣の腕でも遥かに累を超えている。初めて会った条件にピッタリの殿方であったが、体は死人でもうじき天に帰っていくとあっては婿養子に入って貰うわけにはいかないだろう。

「どうして拙者に卜伝殿が切れましょうか。残された時を有効に使われてください……もし時間に余りが出たならば、できれば稽古などもつけて頂けるとありがたく存じます」
 累の言葉に卜伝は答える。
「稽古か、なるほどそれも面白そうだが残された時間でこの手足は再び動くようになるのかのう? 赤目の一族にはまだその先もあると聞く。佐吉よ、一度あの世に戻っても、また呼び出してもらう事はできるのか?」
「いえ、反魂の法は同じ『独鈷杵(とっこしょ)』では一つの魂に対して一度しか使えない様です。それは西行様の文に書いてありました」

 確かにそうでなければ永遠に生き続ける事が可能になってしまう。しかし勝手に魂を呼び出されて、よく分からない体に入れらえてしまうというのは、怒ってもいいところなんではないかと累は思った。その他にも性別が違う体に入れられるとか、超不細工な外見になってしまうとか、色々と問題がありそうだ。しかも一発勝負でやり直しが効かない。自分は死んでも呼び出さないで欲しいものだと思った。累には死んでいるよりは蘇ったほうがましだという考えには行きつかなかった。

●●●●●●●●●●●●

 塚原卜伝は常陸国鹿島(現在の鹿嶋市宮中)で鹿島氏の四家老の一人である卜部覚賢の次男として生まれた。父親や義父から剣術の教えを受けたのち、武者修行の旅に出て全国を行脚する。そうしてその生涯で行った勝負において無敗である。多くの弟子を取り将軍にも武術の指南をした。
 そうして勝負においては無敗どころか、自身がその身に一切の刀傷をおってはいない。若い頃の宮本武蔵が卜伝に勝負を挑んだとの話もあるが、実際には卜伝は宮本武蔵の誕生よりも先に亡くなっているので、それは不可能である。
 長命ではあったがその生涯の半分近くを武者修行の旅に費やし、隠居後は郷里の鹿島に戻り亡くなったとされている。

●●●●●●●●●●●●

 佐吉の住む屋敷の縁側に座り、卜伝は庭に咲いた牡丹の花を見ながら茶を啜っていた。隣には佐吉もいる。

「卜伝様、治五郎が申すには宮本武蔵の愛刀と言えば『無銘金重』か『和泉守藤原兼重』で、それがどこにあるのか、そもそも現存しているのかどうかも分からないという事です。但し宮本武蔵が自ら赤樫の木を削って作ったという木刀であれば、宮本武蔵の剣術を受け継ぐ『兵法二天一流』の後継者が熊本で代々受け継いでいるとの事なんですが、場所が熊本です。到底後一週間かそこらで宮本武蔵を蘇らせることはかないそうもありません」

「うむ、懸命に調べてくれたようだな。礼を申す。しかしそれはもう良い。何とか動けるようにはなったが、この体では勝負にならんだろう。もともと儂はその宮本武蔵とやらは良く分からんし、この五十日あまりはそれなりに楽しかった。ただ最後に一つちょっとお願いしたい事がある」

「手前どもの勝手な行いでご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした。何なりとお申し付けください」

「儂の魂が抜けたら、この体は元あった所に戻してやってはくれないか? あとその前に、此奴の生前暮らした町の様子を儂も見てみたいのだ。なぜだか分からぬが、体がそうしたがっているように感じるのだ」

「お安い御用で御座います。ただ顔を出してしまうとややこしい話になりそうですね……少々お待ち下さい」
 佐吉はそう言うと、縁側から庭に降り、鍵を開けて蔵の中に入っていった。暫くしてから出てくると、その手には何かしらの黒い布切れのような物を持っている。
「これをお被りください」
 それは目の部分だけが空いた、頭からかぶる頭巾だった。

 佐吉と卜伝の二人は、江戸の郊外にある小さな町に来ていた。朝に街中を発てば昼前には着いてしまうほどの距離だ。街道沿いにある茶屋で団子とお茶で腹ごしらえをする。
「お武家さんんと商人さんとは珍しい組み合わせですね。江戸の町から観光ですか?」
 茶屋の娘が二人に話しかけてきた。本当は卜伝の被る頭巾が気になっているのだろうが、直接は聞き辛いのだろう。
「ここいらには観光の名所でもあるんですか?」
「川近くにニリンソウの群生地があるんですよ。丁度今ぐらいが見頃ですよ」
「ほう、ニリンソウとは風情があっていいのう。花は小さいが品がある」
 卜伝が言った。そうしてお茶を飲もうとするが、頭巾が邪魔で口の所を片手で持ち上げる。
「お侍さん頭巾をとらないとお茶が飲みにくくありませんか?」
「ああ、ちょっと流行病で顔に跡が残ってしまってな。お気遣い心いる」
「それは失礼いたしました。お茶のお代りはいつでもおっしゃってくださいね」
 そういって娘は店の中へと行ってしまった。
「特に何があるというところではないんですよ。ニリンソウは知りませんでしたが……」
 佐吉が卜伝に言った。
「のんびりとしていて良い所では無いか。鹿島の故郷を思い出す」

 その時いかにもガラの悪そうな男二人組が街道から茶屋の方へと近づいてきた。店の外にある席に着くと、注文を取りに来るように大声を上げた。先ほどの娘が注文をとりに駆け付ける。そうして何やらもめ始めた。
「またあなた方は嫌がらせですか? 何度来られてもこの店は手放す気が無いっておとっつあんは言ってるでしょう!」
「うるせーな。今は客として来てるんだよ。さっさとお茶くらい出せよ。あと団子二本な……」
 それを聞いて娘は一旦店の中に入ると、お茶を二杯持ってきて男たちに差し出した。それを手に持つと一人の男が大声で話し始める。
「なんだこりゃ、お茶の中にハエが入っているぞ。この店じゃハエの入ったお茶を客に出すのかよ」
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