侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

文字の大きさ
14 / 37

第12話 墓前

しおりを挟む
「なかなか分かりやすい嫌がらせだのう。面白そうだからちょっと行ってくる」
「卜伝様!」
 佐吉が止めようとするのには構わず、卜伝は立ち上がると二人組の男の方へと向かった。
「ほう、熱いお茶に自ら飛び込んで命を断つとは面白いハエですな? ここいらではこのような面白いハエも観光名物なんですかな?」
 男の湯飲みの中を覗きながら卜伝はそう言った。
「なんですかお侍さん。あなた関係ないでしょう。引っ込んでいてもらえますか」
「ふむ、最初の言葉は良いとして、引っ込めと言うのは切り捨て御免とやらにはなるのかな?」
 卜伝はやや離れたところに座っている佐吉にそう問いかけた。この時代武士に失礼無口をきいた、町民や農民はその場で斬り殺してもお咎めは無しだった。もちろんそれはかなりの失礼でなければならない。
「おい、行くぞ」
 二人の男はそう言ってそそくさと逃げるようにその場を去って行った。

「お侍さん。ありがとうございました」
 店の奥から出てきた娘は卜伝に礼を言う。
「あの手の輩がよく来るんですか?」
「はい、最近何の狙いがあるのかここらの土地を買い漁っているんです。最も農地の売買は禁止されているので、街道沿いの店とかがもっぱらなんですけどね。お客さんがいるのをみかけると、ああやって嫌がらせに寄り付いてくるんです。おかげでこのあたりはすっかりさびれてしまいました」
 娘はそう言って卜伝にお辞儀をすると、店の中に戻って団子の注文を取り消すように声をかけていた。

 茶屋を出て、卜伝と佐吉は街道から入り込んだ街並みを歩いてみる。郊外なだけあって、民家と農家が混在している感じだ。
「ここいらは桶造りの職人が多いらしいです」
 佐吉が説明する。
 町を歩き回った後、川に近いところまで行くと一面にニリンソウが咲いていた。
「不思議だのう。儂にはこの体の記憶は関係ないはずなのに酷く懐かしい気持ちになる。この若者はなぜ死んでしまったんだろうな? 健康そうではないが外傷はなかったのでやはり病死なのだろうか? お主はどうやってここで葬式がある事を知ったのだ?」
「いや、ここいらに知り合いの桶問屋がありまして、依り代の入手の為に棺桶の注文が入ったらすぐに教えてくれと頼んでいたんですが、その棺桶を作っている町で死人が出たって情報が入ったんです。しかも丁度満月の晩に埋める予定だって話で」
 佐吉が答える。
「ほう、ではこの男は桶職人だったのかのう?」
「ですかね。又は農家だったんじゃないでしょうか?」
「儂はいつ死んでもおかしくない戦いの中に身を置きながらも83歳まで生きた。この男は日々汗水たらして働いて、この若さで亡くなるとは無念だったろうな。やはりせめてこの身は家族や知人の近くへ戻してやったほうがいいだろう。……墓の方へも行ってみるか。

 そこは墓場というには広々としていた。土葬してその上に粗末な墓石を置いた程度のものだ。三週間前に佐吉が掘り起こしたあたりに近づくと、先ほど茶屋で会った娘が墓石の前で両手を合わせていた。

 娘は二人に気が付いて振り向いた。
「あら、昼間のお侍さん。どなたかのお墓参りだったんですか?」
「いや、たまたま通りがかっただけじゃよ。この墓はご家族か何かのものかな?」
 卜伝に聞かれて娘は答える。
「いえいえ、この御墓の下には私と恋仲だった方が眠っているんです。昔から体が弱かったんですが、ひと月半ぐらい前に亡くなってしまったんです。将来も誓い合ってたのに無責任ですよね。生きている時はうちの団子が大好きだったんですよ」
 そう言って娘は懐かしそうに、そうして物悲しげに笑った。
「あ、明日の仕込みがあるから私はもう帰らないと……お二方も暗くなる前に帰られた方がいいですよ。最近暗くなるとこの辺りは物騒だから……」

 娘が去って、その姿が見えなくなったのを確認してから、二人は墓前で手を合わせた。
「おかしな感じだな。この墓の下にあるはずのものが、今ここで動いているんだからな。いったい今何に向かって手を合わせたことになるのだろうな?」
 卜伝は言った。
「やはり亡骸を使うなど、死んだ方々への冒涜でしたね。宮本武蔵殿の件は諦める事にします。反魂の法も封印したほうが良さそうです」
「うむ、それがよいかもしれんな」
 粗末な墓石では有ったが、その前にはニリンソウが何本か供えてあった。

 ゆっくりしているうちに、あたりはいつの間にか薄暗くなってしまった。街道沿いに宿屋があったのも見かけていたので、今日はそこで一泊して明日帰ろうかと話しながら歩いていると、前から何人かが近づいて来る。よく見ると昼間の二人にもう数人が連れ立っていた。その中の一人は腰に刀を刺していて、卜伝と同じく頭巾を被っている。その姿から察するに、それなりに位の高い侍であろう。

 集団の中で、昼間に茶屋で顔を合わせた男が話しかけてきた。
「なんだ、昼間のお侍さんたちかい。こんな時間まで何してたんだ。しかし縁があるね。今はこちらもお侍さんが一緒にいるんだから斬り捨て御免はなしですぜ」

 彼らに同行している侍が、卜伝と佐吉のことをジロジロと見ながらこう言った。
「このみすぼらしい男がお前の手下が言っていた侍か? 腰に刀を刺していれば誰も彼もが侍というわけでも無いぞ富五郎。……お主ら一体何者だ? 一人は町人のようだが、もう一人の方は本当に侍なのか?」
 
「お主らこそ一体何者なのだ。 見たところお前さん以外はみな真っ当な稼業の者ではない様にお見受けする」
 そういうと卜伝は刀の鞘に左手をかけた。

「ふむ、よく見ればその刀はなかなかの業物の様だな。しかもかなりの腕前と見た。しかし、あまり他人の話に首を突っ込むものでもなかろう」
 侍はそう言った。

「何となく他人事には思えなくてな。このあたりの土地を買いあさっているというのは何のためだ? まさか博打場を作ろうというわけでもあるまい。大方お主がこいつらを動かしているのだろう。墓場の方に何かあるのかな?」

 そう言って卜伝は顔の頭巾をとった。その顔を見て富五郎と呼ばれた男と、手下連中は驚く。
「な、なぜお前が生きているのだ! 確かに我らが始末したはずなのに!!」
 富五郎が叫んだ。

「最近始末したはずの男の顔を見たという話を聞いて、確かめに来てみればこれは面妖な……。儂が用意してやった毒には耐性があったという事か……」
 そう言いながら侍も頭巾をとった。
「ならばここで斬り殺してくれるまでよ!」
 そう叫ぶと侍は腰に刺した刀を抜いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...