侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第13話 一之太刀(ひとつのたち)

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「ほう、なかなか構えは堂にいっているな。名を名乗られよ」
「何を偉そうに! 町民に名乗る必要などない!!」
 そう言うと同時に侍は卜伝に斬りかかる。当然それは難なく躱されてしまう。

「……太刀筋は悪くは無いな。しかし武術を追及している者のそれには到底及ばないな」
「ふん。どうやら俺を誰だか分からないらしいな……」
 そう言って侍は鼻で笑った。

「ん? なんだ? こいつは何か有名人なのか?」
 卜伝は佐吉に聞いてみる。
「いえ、私に聞かれましてもお武家様の顔や名前など存じませぬ」

「作事奉行の織田信政だ!」
「お、名乗ったな。 もちろん儂には分からんが、こやつは有名なのか?」
「作事奉行の織田信政殿と言えば、民にやさしく仏の信政と呼ばれておりまする。それでいて武術においてもいくつもの流派で免許皆伝されたと聞いております」
 佐吉が答えた。

「仏? 人殺しという事か? まぁ良い。腕は立つのだな。これはこちらも名乗るのが道理というものだな」
 そう言って卜伝はひとつ咳ばらいをしてからこう名乗った。

「我が名は塚原卜伝だ!」

 その名前を聞いて、佐吉以外その場に居合わせたものは笑い出す。
「なんのつもりだ? にしても塚原卜伝はなかろう」
 富五郎は笑いながらそう言った。
「おお、やはり儂の名はこの時代でも知れ渡っている様では無いか。うれしい限りだな」

「毒で頭がおかしくなったか?」
 織田はそう言って刀を構え直す。

「織田という事は信長公の親戚筋であろうか? それが仏か……面白い話だのう」
 そう言ってから卜伝も自分の刀を抜いた。
「こやつは斬り捨ててもいいもんだろうか? なにか役職に付いているのであれば面倒な事になるのではないか?」
 卜伝に聞かれて佐吉は答える。
「卜伝様はじきにこの世を去ります故、気になさらなくても良いのではないでしょうか? 町民である私には織田様はどうにもできませんので、何かしらの嫌疑がかかるという事も無いでしょう。 あとはここにいる博徒の皆さんですが、それはどうとでもなるかと存じます」

「なるほど、そういう事のようだが、織田信政とか言ったな。お主はどうする。弱いものいじめはしたくないし、あまり無暗な殺生もしたくない。しかし向かってくるというならば仕方がなくなる」
 卜伝が織田に言った。
「ふざけるな! この町民が!!」
 そう言って斬りかかってきた織田信政に向かって卜伝は叫ぶ
「一之太刀(ひとつのたち)!!」
 二人の体がすれ違った瞬間に小田の体は縦に二つに分かれていた。

「おお、一撃であれば一之太刀も使えたな。 これは是非とも累殿に見せたかったのう」
 そう言って卜伝は血飛沫を上げる肉塊の前で、高笑いをした。既に空には月が光り始めていた。

●●●●●●●●●●●●

 その日の天流剣術道場での稽古は午前中だけであった。門下生の居なくなった道場で累と丈一郎は木刀を構えて相対していた。累が道場主の斎藤伝次郎に昼食をご馳走になっていたところ、午前中だけで城勤めを終えた丈一郎が家に戻ってきた。何でも城内がごたついていて、しばらく登城しなくてよくなったらしい。いい機会なので道場で稽古をつけることになったのだ。

 斎藤と次男の新之助は壁際に座して二人を見守っている。先日の上野での騒動時と違って、丈一郎は上段ではなく中段に構えている。じりじりと足を動かし間合いを縮める丈一郎に対して、累の方は微動だにしない。先に動いたのは丈一郎の方だった。

「ちあぁ!」
 気合い一閃累へと斬りかかる。それは見事な打ち込みだった。気合いと一緒に前へ踏み込んで振りかぶるというよりは、突き刺すような軌道で剣先が累の額へと向かう。しかし木刀は空を刺しただけだった。累は摺り足で左に体を移動させると、そのまま前方へ進んで丈一郎とすれ違いざま振り返る。そうして軽く木刀を振って丈一郎の尻を叩いた。
『パーンッ!』
 肉を叩く音が道場にこだました。斎藤と新之助はまるで自分の尻を叩かれたかのように顔をしかめた。

 すぐに丈一郎も振り返って構えなおす。
「良い剣筋でしたが、まだまだですね」
 累はそう言った後
「ま、どうせ長男なので腕を上げてもらったところでどうにもならぬが……」
 と、丈一郎に聞こえない位に小さな声で呟いた。

「何奴!!」
 道場の端に座っていた斎藤が叫んだ。その声に丈一郎と累も開放された道場の障子の向こうにある庭を見た。

……そこには塚原卜伝が立っていた。

「父上!、あの方は私の知り合いの……そう、塚原……朴之新殿です」
 累は丈一郎の方を見る。正体を隠すにしても、もう少しましな偽名があるだろうにと思った。
「丁度裏口が開いていたので、黙って入ったのは申し訳なかった。お許し下され。しかし中々面白い試合でしたぞ」
 卜伝が言った。
「わざわざお越し下さり、今日は何用でしょうか?」
 丈一郎が卜伝に聞く。

「いや、何、先日は中途半端なものしかお見せできながったが、どうも体が馴染んで……調子が戻ったというか一之太刀が使えるようになったものでな。……旅発つ前にお見せしておこうかと思った次第だ」
 その卜伝の言葉には斎藤が反応した。
「一之太刀と言えば伝説の剣豪、塚原卜伝殿の秘剣では無いですか。塚原卜伝には子は居なかったと伝え聞いておりますが、姓が塚原という事はその血筋の方という事でしょうか?」
 斎藤はそう言った後丈一郎の方を見る。
「いや、父上、……朴之新殿はその、名前が似ているので塚原卜伝殿を尊敬しておりまして、その技を研究されているのです」
 丈一郎はあわててその場を取り繕った。
「おお、そうでしたか、つまり貴殿は卜伝の一之太刀がどのようなものであったか研究されたのですね。技の名前は有名ですが、具体的にどんな技であったのかは全くの記録がない。拙者も是非貴殿の研究成果を拝見したいものです」
 斎藤は卜伝に向かってそう言った。卜伝はゴホンと咳ばらいをして答える。
「そうですな。それでは道場と木刀を一本お借りできますかな。庭から道場に上がりますことをお許し下され」

 そう言って卜伝は草履を外廊下の前に置かれた、踏石の上で脱ぐと道場へと進んだ。新之助から木刀を受け取ると、累にも構えるように促した。斎藤と丈一郎、新之助が見守る中、道場の中央で中段に木刀を構えた卜伝と塁が向かい合う。
「小手調べは無しで打ち込むのでそつもりでおられよ」
 卜伝の言葉に累は
「委細承知いたしました」
 そう言って深く息を吸い込むとゆっくりと吐き出した。累の瞳が赤く染まる。そうして数秒間の沈黙の後、卜伝が口を開いた。

「一之太刀(ひとつのたち)!!」
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