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第14話 伝授
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そう言って卜伝は一歩進み出る。進み出ながら木刀を振りかぶって塁の頭上へと振り下げる。特に変わった動きではない。先日とは違い普通に中段の構えから振りかぶって面を打ってきただけだ。それはまるで素振りのようでもあった。塁の赤い目でその全ては見えていた。見えてはいたが相変わらず躱せる気はしなかった。もちろんその速さは恐ろしいものだった。多分累以外には捉えることもできてはいないだろう。しかしそれだけではない。卜伝のその自然な動作は動いた瞬間にその後どうなるのかが既に定まっている様な流れがあった。その流れから外には出られない。そんな感じだった。これがもし真剣の勝負であれば累は先日のイメージと同じく、頭から真っ二つに切り裂かれていたであろう。いや、木刀であってもかなりの衝撃が襲ってくることだろう。塁が覚悟を決めて身構えた瞬間。卜伝の木刀は彼女の額に僅かな距離をあけてピタリと止まった。
すぐさま累は後ろへ下がり、床に座して卜伝に向かって頭を下げた。
「参りました!!」
まわりで見ていた三人は言葉が出ない。
「しかしなんとも不思議な技ですね。普通に振りかぶって打ち込まれて来ただけの様に感じられたのに、一切避ける事が敵わなかった」
累は頭を上げると卜伝に向かってそう話しかけた。
「拙者には全く動きが見えませんでした。何が起こったのかすら分かりません。なるほどこれが一之太刀だと言われるのであればそうかもしれませぬな」
斎藤が興奮気味に話す。
「……父上には今の動きが見えなかったのですか?」
丈一郎の言葉に、卜伝は彼の方へと振り返った。
「ほう、お主には見えたのか。赤い目の一族はともかくとして、大した才覚よ……」
卜伝の言葉に丈一郎はしばし考え込む。そうして突然とんでもないことを言い出し出した。
「その技、拙者に伝授してはくれませんか!」
「丈一郎、何を言っているのだ、一之太刀は謎に包まれた存在だが、もし本当に今の技がそうだとすれば、それは一子相伝の奥義であろう。他流派のお前にご教授頂けるわけがなかろう」
斎藤が丈一郎に向かってそう言った。
「いや、別にこれは一子相伝というわけでも無いんだが、今の世ではそういう話となって伝わっておるのか? というか今は使い手が全くおらんのか?」
卜伝は累の耳元で小声でそう呟いた。
「私もその様に聞き及んでおります」
「ふむ」
卜伝は少しの間考えて、丈一郎に向かってこういった。
「まぁ一之太刀は技というのとはちと違うのだが、この世で誰も知らないというのでは寂しいのう。……どれ、お前さんは良い目を持っておるようだし、どうだね、ひとつ儂と立ち会って見んか?」
「宜しいのですか?」
丈一郎はそう言うと立ち上がって道場の中央までやって来た。一連のやり取りを見ていた累は頭の中でこんな事を考えていた。
『一之太刀を伝授してくれるというならば、私が立候補したいところだ……しかしこれ以上強くなってどうする? 確かに丈一郎の剣の筋は悪くない。面相もいい。長男ではあるが、ここで私を剣技で超えてくれれば婿取りの機会が巡って来るとも限らない。それが叶わぬ場合でも、卜伝殿の秘剣が弟の新之助に伝授されるやもしれない。ここは大人しく静観すべきであろう』
というわけで、何も発言せずに黙っていた。
累は立ち上がると自分の手にしていた木刀を丈一郎に渡す。
「気張れよ!」
そう言って彼の肩をポンと叩くと道場の端の方まで行って床に座した。
一方卜伝は道場の中央で木刀を中段に構えている。
「そうだな儂が十を数える間に、この場から一歩でも動かす事が出来たならそなたの勝ちとしよう。それができたなら、残された時間でどこまで伝えられるかは分からんが、そなたに一之太刀を教えてしんぜよう」
丈一郎は卜伝に向かって深く一礼をすると、相対して卜伝と同じく中段に構えた。
「では始めるぞ。ひとーつ!」
卜伝が大きな声で数を数えるやいなや丈一郎は、木刀を上に振りかぶって卜伝に向かって振り下ろす。それを卜伝は横にした木刀で頭上で受けた。すぐさま丈一郎は後退してすぐにまた振りかぶり今度は横に軌道を変えて卜伝の胴に向けて斜めに振り下ろす。それもまた卜伝は木刀で受ける。木刀のぶつかる高い音が道場内に響く。
「いい速さの打ち込みだ。ふたーつ!」
丈一郎は今度は木刀を頭上には振り上げず、横に構えて完全に横軌道に振り抜く。それも卜伝は難なく木刀で受ける。すると今度は丈一郎は下段に構え直した。
「うむ。色々と太刀筋を変えてくるか。みーっつ!」
丈一郎の木刀は今度は下から上へと軌道を描いて卜伝に襲いかかる。卜伝は今度はそれを受けるのではなく、横から自分の木刀を擦り入れて横に受け流した。
「よーっつ!」
そこから丈一郎の怒涛の連撃が始まった。上下左右色々な方向に木刀をひいては卜伝に剣戟を加えていく。しかしそれはことごとく木刀で受け流されていく。道場内に木刀がぶつかり合う音が鳴り響く。
「いつつ!」
丈一郎の攻撃はどんどんとその速度を上げていく。しかしその全ては事ごとく受け流されていく。卜伝の足が動く気配はない。
『やはり丈一郎では卜伝殿を動かすなど不可能であったか…』
累は心のなかでつぶやいた。
「むっつ!」
そう叫んだ卜伝のもとに、丈一郎は今度は木刀を振るのではなく、束部分を卜伝の木刀の束部分にぶつけてつばぜり合いに持ち込んだ。体格的には丈一郎のほうが遥かに大きい。しかし重心を落とした卜伝の体は全く動じることはなかった。
「つばぜり合いに持ち込むというのもいい考えだ。ななつ!」
つばぜり合いは続く、しかしいくらやったところで不思議な位に卜伝の体は一切動くことがなかった。
「もう終わりかな?やーっつ!」
「それはどうでしょうか」
すぐさま累は後ろへ下がり、床に座して卜伝に向かって頭を下げた。
「参りました!!」
まわりで見ていた三人は言葉が出ない。
「しかしなんとも不思議な技ですね。普通に振りかぶって打ち込まれて来ただけの様に感じられたのに、一切避ける事が敵わなかった」
累は頭を上げると卜伝に向かってそう話しかけた。
「拙者には全く動きが見えませんでした。何が起こったのかすら分かりません。なるほどこれが一之太刀だと言われるのであればそうかもしれませぬな」
斎藤が興奮気味に話す。
「……父上には今の動きが見えなかったのですか?」
丈一郎の言葉に、卜伝は彼の方へと振り返った。
「ほう、お主には見えたのか。赤い目の一族はともかくとして、大した才覚よ……」
卜伝の言葉に丈一郎はしばし考え込む。そうして突然とんでもないことを言い出し出した。
「その技、拙者に伝授してはくれませんか!」
「丈一郎、何を言っているのだ、一之太刀は謎に包まれた存在だが、もし本当に今の技がそうだとすれば、それは一子相伝の奥義であろう。他流派のお前にご教授頂けるわけがなかろう」
斎藤が丈一郎に向かってそう言った。
「いや、別にこれは一子相伝というわけでも無いんだが、今の世ではそういう話となって伝わっておるのか? というか今は使い手が全くおらんのか?」
卜伝は累の耳元で小声でそう呟いた。
「私もその様に聞き及んでおります」
「ふむ」
卜伝は少しの間考えて、丈一郎に向かってこういった。
「まぁ一之太刀は技というのとはちと違うのだが、この世で誰も知らないというのでは寂しいのう。……どれ、お前さんは良い目を持っておるようだし、どうだね、ひとつ儂と立ち会って見んか?」
「宜しいのですか?」
丈一郎はそう言うと立ち上がって道場の中央までやって来た。一連のやり取りを見ていた累は頭の中でこんな事を考えていた。
『一之太刀を伝授してくれるというならば、私が立候補したいところだ……しかしこれ以上強くなってどうする? 確かに丈一郎の剣の筋は悪くない。面相もいい。長男ではあるが、ここで私を剣技で超えてくれれば婿取りの機会が巡って来るとも限らない。それが叶わぬ場合でも、卜伝殿の秘剣が弟の新之助に伝授されるやもしれない。ここは大人しく静観すべきであろう』
というわけで、何も発言せずに黙っていた。
累は立ち上がると自分の手にしていた木刀を丈一郎に渡す。
「気張れよ!」
そう言って彼の肩をポンと叩くと道場の端の方まで行って床に座した。
一方卜伝は道場の中央で木刀を中段に構えている。
「そうだな儂が十を数える間に、この場から一歩でも動かす事が出来たならそなたの勝ちとしよう。それができたなら、残された時間でどこまで伝えられるかは分からんが、そなたに一之太刀を教えてしんぜよう」
丈一郎は卜伝に向かって深く一礼をすると、相対して卜伝と同じく中段に構えた。
「では始めるぞ。ひとーつ!」
卜伝が大きな声で数を数えるやいなや丈一郎は、木刀を上に振りかぶって卜伝に向かって振り下ろす。それを卜伝は横にした木刀で頭上で受けた。すぐさま丈一郎は後退してすぐにまた振りかぶり今度は横に軌道を変えて卜伝の胴に向けて斜めに振り下ろす。それもまた卜伝は木刀で受ける。木刀のぶつかる高い音が道場内に響く。
「いい速さの打ち込みだ。ふたーつ!」
丈一郎は今度は木刀を頭上には振り上げず、横に構えて完全に横軌道に振り抜く。それも卜伝は難なく木刀で受ける。すると今度は丈一郎は下段に構え直した。
「うむ。色々と太刀筋を変えてくるか。みーっつ!」
丈一郎の木刀は今度は下から上へと軌道を描いて卜伝に襲いかかる。卜伝は今度はそれを受けるのではなく、横から自分の木刀を擦り入れて横に受け流した。
「よーっつ!」
そこから丈一郎の怒涛の連撃が始まった。上下左右色々な方向に木刀をひいては卜伝に剣戟を加えていく。しかしそれはことごとく木刀で受け流されていく。道場内に木刀がぶつかり合う音が鳴り響く。
「いつつ!」
丈一郎の攻撃はどんどんとその速度を上げていく。しかしその全ては事ごとく受け流されていく。卜伝の足が動く気配はない。
『やはり丈一郎では卜伝殿を動かすなど不可能であったか…』
累は心のなかでつぶやいた。
「むっつ!」
そう叫んだ卜伝のもとに、丈一郎は今度は木刀を振るのではなく、束部分を卜伝の木刀の束部分にぶつけてつばぜり合いに持ち込んだ。体格的には丈一郎のほうが遥かに大きい。しかし重心を落とした卜伝の体は全く動じることはなかった。
「つばぜり合いに持ち込むというのもいい考えだ。ななつ!」
つばぜり合いは続く、しかしいくらやったところで不思議な位に卜伝の体は一切動くことがなかった。
「もう終わりかな?やーっつ!」
「それはどうでしょうか」
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