侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第16話 筑紫兄弟

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 月明かりだけが頼りだが、二人はあたりをきょろきょろと見回す。すると先ほどまですぐそこにいた男が遠くの方に立って、二人の方を見ているのが確認できた。薄暗くてその顔ははっきりとは分からない。
「のっ、のっぺらぼう!!」
 二人はそう叫んでお互いの顔を見合わせると、そのままその場を駆け出して逃げて行った。逃げた二人とは入れ違いに一人の侍がその場に現れた。

「一蔵、それに綿二も遊んでないでこちらへ来い!」
 侍の呼びかけに答えて二人の男が侍の前に現れた。
「のっぺらぼうはねえだろう」
 一蔵が自分の顎をさすりながらそうこぼす。
「若杉の旦那、遊んでいるとは心外ですぜ。せっかく人払いしてたって言うのに……」
 綿二は侍に向かってそう言った。
「で、今日は何の話ですかい? やはり作事奉行の織田殿の件ですかね?」
 一蔵が言う。
「まだ織田殿が斬り殺されたことは公にはなっていないのに、流石は筑紫兄弟、耳が早いな」

「織田殿が新しく作る宿場町の土地を買い漁って、私腹を肥やそうとしてるってのは裏世界では有名でしょう。大方どこかで恨みでも買ったんでしょうな」
「ほう、そこまで知っておるのか? しかし相手はあの織田信政殿だぞ。している事はともかくとして、剣の腕は達人級だ。それが一刀両断だったらしい」
「見ていたやつがいるんですな」
「うむ。その者によれば一撃だったらしい。いや正確には一撃かどうかもよく分からない。気付いた時には斬られていたんだそうだ」
「なんですかそりゃ? 物の怪の類の仕業ですかな?」
「物の怪は刀で人を斬ったりしないだろう。気になるのはその織田殿を斬った男がその時に叫んだ技の名だ」
「人を斬る前に技の名前を叫んだんですかい? それはまぁまたなんとも芝居じみてますな……で、なんて技なんですかい?」
「一之太刀(ひとつのたち)と叫んだそうだ」

 侍……若杉雨丸の話を聞いて一蔵と綿二は先ほどの若侍の様に、お互いを見つめ合った。そうして次の瞬間また若杉の方を向いて大笑いをする。
「そりゃ傑作だ。一之太刀と言えば塚原卜伝の必殺剣。大方芝居か何かの見過ぎでしょう。いかれた野郎だなそりゃ」
 一蔵が言う。

「話はばかばかしいが、実際に織田殿は切られているのだぞ。それで現場周辺の住民にも聞き込みをしてみたのだ。すると一人の老婆が奇妙な事を言っておってな。何でもひと月半ぐらい前の満月の夜に、誰かが墓を掘り起こしていたというのだ」
 若杉の言葉に綿二の顔が引き締まる。
「まさかそれって旦那が以前話していた……」
「そうだ、『反魂の法』だ!」

 その言葉を聞いて一蔵が驚いた。
「『反魂の法』って死人の魂をこの世に呼び戻すってやつでしょう? そんな事ができるわけないでしょうに?」
「いやいや兄者、大国主は死から蘇ったって言うし、イザナギはイザナミを蘇生するために黄泉の国へ行ったんだぜ」
 綿二が興奮気味にそう話した。

「そりゃ神話の話だろう。本当に綿二はその手の話が好きだな。死人が生き返るわけがあるまい」
 一蔵は半笑いでそう言った。
「うむ。古文書の通り本当に死者の魂をこの世に戻せるかどうかは、儂にも分からんが、故人の記憶や技術を何らかの方法でこの世にまた出現する術はあるのかもしれん」
 若杉は真面目な顔でそう言った。
「それぐらいならあるんですかねぇ。しかしそれなら墓なんか掘り起こす必要がないでしょうに?」
「……これは話すかどうか迷ったんだが、織田殿を斬った男はどうもそこに居合わせた連中が毒殺したやつらしいのだ。それが塚原卜伝の魂をもって復活したというならば話の筋が通る」
「筋が通っても、道理が通らないでしょう。それで旦那は俺達に何をしろと言いたいんですか?」
 一蔵はしかめっ面をしてそう聞いた。一蔵と綿二は同じ時に生まれただけあって、同じ服装をしていると殆ど見分けがつかない。しかし今はその表情が対象的である。

「まぁ死人帰りの話は置いておくとして、織田殿を斬った男のそばにはもう一人町人がおったらしいのだ。それがどこの誰なのかを探って欲しい。もちろん斬った男もこの世の者であれば正体を知りたい」
「『反魂の法』で蘇った塚原卜伝を探せって事ですね。こりゃー面白い。ここはこの綿二に任せてください」
 綿二はそう言うと若杉の方へと一歩近づいた。

「おいおい、それ以上拙者に近づいてくれるなよ。話ができなくなってしまう」
 若杉が動いた綿二に向かってそう言った。
「おっといけねぇ。まぁとにかく兄者は乗り気じゃないなら昼寝でもしておけばいい」
 振り返った綿二は一蔵に向かってそう言った。
「まぁ密偵はお前の得意分野だからな。何かあったら俺にも報告しろよ」
「良い知らせを期待しておるぞ」
 若杉はそう言った。良い知らせという所に一蔵は違和感を覚えたが、それ以上聞くことはしなかった。

●●●●●●●●●●●●

 累が佐吉の家に寝泊まりするようになってから数日が過ぎた。今日もいくつあるのか分からない座敷の一つで累は佐吉と夕げを共にしていた。

「しかし卜伝殿は丈一郎殿と一緒にどこに行かれたんでしょうね?」
 佐吉が言った。
「うむ、山籠もりに行くとしか言っていなかったからな」
「しかし私も見たかったですね、卜伝殿の一之太刀。前に見た時は夜だったのでよく分からなかったんですよ」
「多分あれは昼間に見てもお主には何が起こったのか分かるまい。それどころか受けた私でも何が何だか分かっていない。多分そこがまた凄い所なのだろう」

 そう言ってから累は目の前の皿に盛られた山菜のてんぷらを箸でつまみ上げた。
「しかしお前の家では、普段の日からてんぷらなどというぜいたく品を食べておるのか?」
「てんぷらはぜいたく品なんですか?」
「それが分かっておらんのか……まぁよい」
 そう言ってから累は山菜のてんぷらを口に入れると数回咀嚼した。
「あれ? 俺の皿に茄子のてんぷらが無いな? 盛り忘れかな?」
 佐吉が自分の目の前の料理膳を見てそう言った。

「……ところで先ほどから部屋の中に私たちの他に何かがいるようだな。物の怪の類かと思って見て見ぬふりをしておったが、物の怪もてんぷらを食べたりするんだろうか?」
 累の突然の発言に佐吉は部屋中をキョロキョロと見回した。
「累殿、気味の悪いことを言わないでくださいよ。どこにもなんにもいないじゃないですか」
「そうか、お主には分からぬか……」

 そう言うと累は深く息を吸った。そうしてゆっくりと履き出すと彼女の眼は紅く染まっていく。すると累の目には、彼女と佐吉の食事の膳の間に一人の男が座っているのが映った。歳の頃は二十代半ばぐらいだろうか、髪は短くどこにでもあるような地味な着物を着ている。累がまじまじとその姿を見ていると、それに気が付いたのか男は累の方を見た。そうして目が合ってしまった。
「な、なんだお前、俺が見えるのか!?」
 綿二が驚いて叫ぶ。
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