19 / 37
第17話 十手術
しおりを挟む
「うむ。どういうカラクリかは分からんが面白い術だな。それならただで飯が食えそうだ」
「これは術なんかじゃねぇ。……しかし驚いたな。この距離で親戚以外に俺の事が見えるなんて、女ではあんたが初めてだ」
「それは距離で違ってくるのか?」
累がそう綿二に聞いたところで、佐吉が横やりを入れた。
「累殿は先ほどから誰と話してるんですか?」
累は佐吉の方を見た。
「ほう、声も聞こえぬのか。これは増々面白い」
累はそう言ってから、卜伝の言っていた『隠密』という言葉を思い出した。
「もしかして主が隠密とかいう奴か? 隠密とはこのような術を使うものなのか?」
「……隠密かと聞かれてはいそうですと答えられるわけがなかろう。これは術ではなくて生まれついての俺の体質だ。どうも近くの者には存在が認識できないらしい。多少離れれば自分の意志で調整もできるが、二間以内だと自分でもどうにもできやしねぇ」
綿二のその言葉を聞いても、累は驚くことなく淡々とこう返した。
「……体質か……自分でどうにもできないとなると……それはさぞかし今まで寂しかった事だろうな。男女の仲も発展しようがない」
その言葉を聞いて綿二は黙ってしまった。そうしてしばらく考えてからこう言った。
「あんたなかなかいい女だな。……ここで会ったのも何かの縁かもしれねーな。どうだい俺の女にならねーかい?」
綿二の言葉に累は傍らに置いてあった刀に左手をかけた。無礼者と言って斬りかかりそうになったが、綿二の顔は平凡ではあるが見ようによっては悪く無いような気もする。しかも累をいい女だと言ってくれている。案外悪いやつではないのかもしれない。そうして飽きが来ない顔とはこういうものかもしれないなと、思い直して刀から手を離した。そうしてお決まりの質問である。
「そなたは長男なのか?」
綿二は少し驚いた顔をしてから答える。
「それをあっしに聞きますかい? 俺の名は筑紫綿二ってんだ。”じ”ってくらいだから次男坊ですぜ」
第一関門は突破である。問題はその後だ。累は続ける。
「うむ。隠密というのは滅法剣の腕が立つらしいな。私の師匠筋の人がそう教えてくれた。そなたもそうなのか?」
「……試してみるかい?」
そう言って綿二はニヤリと笑った。そうして庭に面する障子をあけると廊下に出た。
「佐吉殿はそこから動かぬように」
そう言って累は刀を握って立ち上がると廊下の方へと歩いていく。
『あれ?障子は開けっぱなしだったかな?』
そう疑問に思いながら佐吉は廊下の方へと目をやる。するとそこには累の他にもう一人見知らぬ男が立っていた。
「なんだ! あんた一体どこから現れたんだ!?」
叫ぶ佐吉を累は一瞬見て、綿二の方へと視線を戻す。
「なるほど、離れれば見えるようになるというわけか」
綿二は足袋のまま庭へと降りた。脚が汚れてしまった場合、存在は意識できなくても畳に汚れは残らないんだろうかと累はふと疑問に思ったが、彼女も同じく足袋のままで外へと出た。
綿二は懐から袋を取り出した。そうして更に袋の中から二本の十手を取り出し両手で構えた。
「十手術か」
累は言った。十手術とは金属の短い棒に、手元に近い所に鍵手がついた武器を使って戦う武術である。江戸の世では同心や岡っ引きなどがこの武器を使うが、その手の職業の証明ともなるもので、誰でもが持てる代物でもない。隠密が十手を持つことが違法か合法かは累には分からなかったし、存在は知っていてもそれを使った武術家と今までやりあった事は無かった。
「俺の十手術はそこいらの同心の真似事とは違うぜ!」
そう言って綿二は二本の十手の先端を突き出すようにして構えた。
「二天一流にも似て見える。当理流といったところか。しかし実際には初めて見るので興味深い。殺傷能力は低そうなので、ここは私も峰側でお相手させて頂こう」
そういうと累は刀を抜き、ひっくり返して刃ではなく峰の方を下にして構えた。そうしてまずは小手調べに一振り面を打ち込んだ。綿二は右手に持った十手の鍵手部分でそれを難なく受け止めると、十手を捻って刀を折ろうとして来た。それを察知して累はすぐさま刀をひいた。
「この刀は私の父の形見なのだ。折るのはご勘弁頂きたい」
累の言葉に綿二が答える。
「それは申し訳なかった。いつもの癖でつい反射的に刀を折ろうとしてしまう。次からは気をつけよう」
そう言うや否や、綿二は凄まじい足さばきで累の懐へと入って来た。そうして今度は左手の十手で累の右胴を打ってきた。すかさず累も下がってこれを躱す。十手は間合いが短いので、距離を置いて構えている限りは刀の方が有利であるが、懐に入られてしまうと長刀ではどうにも対応できない。もちろん懐に入られないようにすればいいだけだが、綿二の足さばきはかなりのものであった。
「見事な縮地ですね」
一旦距離をとった累は綿二に向かってそう言った。縮地とは読んで字の如く、相手との間合いを一瞬のうちに縮めてしまう足さばきである。
「あんたこそ良く今の一撃を凌いだな。まるで俺が次にどう動くのかが分かっていた様だ」
「さあどんどん行きますよ」
そう言って累は縦横無尽に綿二に向かって刀で打ち込み始めた。しかし綿二の方は両腕の十手を使ってそれを器用に受けていく。あたりには金属のぶつかり合う高い音がこだまする。累の刀は当然一本なので、間合いが近くなれば綿二は受けた十手と逆の手で、累に打ち身をしようと振って来る。しかし、それを累もことごとく体さばきで躱して行く。
しばらくそんなやり取りをした後に、二人は間合いを空けて構えなおした。
「大したものですね。良くその小さな十手でそこまで受けられるものです」
累は息ひとつ乱さずにそう言った。
「何言ってるんだよ。あんた最初から全然本気出してないだろう。大体峰打ちなんかじゃ本当の間合いは図れないだろうよ」
綿二の方はだいぶ息が上がっている。
「お疲れでしょうからそろそろ終わりにしましょうか」
「これは術なんかじゃねぇ。……しかし驚いたな。この距離で親戚以外に俺の事が見えるなんて、女ではあんたが初めてだ」
「それは距離で違ってくるのか?」
累がそう綿二に聞いたところで、佐吉が横やりを入れた。
「累殿は先ほどから誰と話してるんですか?」
累は佐吉の方を見た。
「ほう、声も聞こえぬのか。これは増々面白い」
累はそう言ってから、卜伝の言っていた『隠密』という言葉を思い出した。
「もしかして主が隠密とかいう奴か? 隠密とはこのような術を使うものなのか?」
「……隠密かと聞かれてはいそうですと答えられるわけがなかろう。これは術ではなくて生まれついての俺の体質だ。どうも近くの者には存在が認識できないらしい。多少離れれば自分の意志で調整もできるが、二間以内だと自分でもどうにもできやしねぇ」
綿二のその言葉を聞いても、累は驚くことなく淡々とこう返した。
「……体質か……自分でどうにもできないとなると……それはさぞかし今まで寂しかった事だろうな。男女の仲も発展しようがない」
その言葉を聞いて綿二は黙ってしまった。そうしてしばらく考えてからこう言った。
「あんたなかなかいい女だな。……ここで会ったのも何かの縁かもしれねーな。どうだい俺の女にならねーかい?」
綿二の言葉に累は傍らに置いてあった刀に左手をかけた。無礼者と言って斬りかかりそうになったが、綿二の顔は平凡ではあるが見ようによっては悪く無いような気もする。しかも累をいい女だと言ってくれている。案外悪いやつではないのかもしれない。そうして飽きが来ない顔とはこういうものかもしれないなと、思い直して刀から手を離した。そうしてお決まりの質問である。
「そなたは長男なのか?」
綿二は少し驚いた顔をしてから答える。
「それをあっしに聞きますかい? 俺の名は筑紫綿二ってんだ。”じ”ってくらいだから次男坊ですぜ」
第一関門は突破である。問題はその後だ。累は続ける。
「うむ。隠密というのは滅法剣の腕が立つらしいな。私の師匠筋の人がそう教えてくれた。そなたもそうなのか?」
「……試してみるかい?」
そう言って綿二はニヤリと笑った。そうして庭に面する障子をあけると廊下に出た。
「佐吉殿はそこから動かぬように」
そう言って累は刀を握って立ち上がると廊下の方へと歩いていく。
『あれ?障子は開けっぱなしだったかな?』
そう疑問に思いながら佐吉は廊下の方へと目をやる。するとそこには累の他にもう一人見知らぬ男が立っていた。
「なんだ! あんた一体どこから現れたんだ!?」
叫ぶ佐吉を累は一瞬見て、綿二の方へと視線を戻す。
「なるほど、離れれば見えるようになるというわけか」
綿二は足袋のまま庭へと降りた。脚が汚れてしまった場合、存在は意識できなくても畳に汚れは残らないんだろうかと累はふと疑問に思ったが、彼女も同じく足袋のままで外へと出た。
綿二は懐から袋を取り出した。そうして更に袋の中から二本の十手を取り出し両手で構えた。
「十手術か」
累は言った。十手術とは金属の短い棒に、手元に近い所に鍵手がついた武器を使って戦う武術である。江戸の世では同心や岡っ引きなどがこの武器を使うが、その手の職業の証明ともなるもので、誰でもが持てる代物でもない。隠密が十手を持つことが違法か合法かは累には分からなかったし、存在は知っていてもそれを使った武術家と今までやりあった事は無かった。
「俺の十手術はそこいらの同心の真似事とは違うぜ!」
そう言って綿二は二本の十手の先端を突き出すようにして構えた。
「二天一流にも似て見える。当理流といったところか。しかし実際には初めて見るので興味深い。殺傷能力は低そうなので、ここは私も峰側でお相手させて頂こう」
そういうと累は刀を抜き、ひっくり返して刃ではなく峰の方を下にして構えた。そうしてまずは小手調べに一振り面を打ち込んだ。綿二は右手に持った十手の鍵手部分でそれを難なく受け止めると、十手を捻って刀を折ろうとして来た。それを察知して累はすぐさま刀をひいた。
「この刀は私の父の形見なのだ。折るのはご勘弁頂きたい」
累の言葉に綿二が答える。
「それは申し訳なかった。いつもの癖でつい反射的に刀を折ろうとしてしまう。次からは気をつけよう」
そう言うや否や、綿二は凄まじい足さばきで累の懐へと入って来た。そうして今度は左手の十手で累の右胴を打ってきた。すかさず累も下がってこれを躱す。十手は間合いが短いので、距離を置いて構えている限りは刀の方が有利であるが、懐に入られてしまうと長刀ではどうにも対応できない。もちろん懐に入られないようにすればいいだけだが、綿二の足さばきはかなりのものであった。
「見事な縮地ですね」
一旦距離をとった累は綿二に向かってそう言った。縮地とは読んで字の如く、相手との間合いを一瞬のうちに縮めてしまう足さばきである。
「あんたこそ良く今の一撃を凌いだな。まるで俺が次にどう動くのかが分かっていた様だ」
「さあどんどん行きますよ」
そう言って累は縦横無尽に綿二に向かって刀で打ち込み始めた。しかし綿二の方は両腕の十手を使ってそれを器用に受けていく。あたりには金属のぶつかり合う高い音がこだまする。累の刀は当然一本なので、間合いが近くなれば綿二は受けた十手と逆の手で、累に打ち身をしようと振って来る。しかし、それを累もことごとく体さばきで躱して行く。
しばらくそんなやり取りをした後に、二人は間合いを空けて構えなおした。
「大したものですね。良くその小さな十手でそこまで受けられるものです」
累は息ひとつ乱さずにそう言った。
「何言ってるんだよ。あんた最初から全然本気出してないだろう。大体峰打ちなんかじゃ本当の間合いは図れないだろうよ」
綿二の方はだいぶ息が上がっている。
「お疲れでしょうからそろそろ終わりにしましょうか」
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる