侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第18話 隠密

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 そう言うと累は今度は刀を構える両腕を左右逆に持ち替えた。普段は体に近い方を左腕にするのだが、逆に右手を下にして構えたのだ。そうしてまた綿二に向かって打ち込む。再び綿二は右手の十手でそれを受けて左手の十手で累を狙う。今度は累は後ろに下がろうとはしなかった。その代わりに十手で受けられた刀から右手を外して、腰に刺してあった脇差を抜くと柄の部分で綿二の腹を突いた。

「ぐぅっ!」
 綿二は唸り声をあげて地面に膝をついた。
「申し訳ない。小具足は使い慣れないので加減が分からん」
 累が言った。小具足とは侍の携える短い方の刀、脇差を使って戦う武術である。

 綿二は腹を抱えて累の方を見る。その口には笑みを浮かべている。
「あんたなかなか凄いな。ま、あっしはどちらかというと諜報活動の方が専門だからな。最も近接戦であっしの姿を認識できる奴はいないから負ける事も無いんだが、精進が不足していたな」
「はっはっは、主こそまだ奥の手を隠しているだろう。さぁ手合わせはこれくらいにしてあちらで夕げでも一緒にどうだ」
 そう言ってから累は座敷の中にいてこちらを見ていた佐吉に声をかける。
「佐吉殿、晩飯はもう一人分ご用意いただけるだろうか?」
「はい、私も茄子のてんぷらを食べたいし、用意できないか聞いて参りましょう」
 そう言って佐吉は廊下に出て奥の方へと消えていった。

 座敷には三つの膳が並んでいた。綿二の膳は向かい合った佐吉と累の膳の真ん中に直行方向に置かれている。
「しかしまた姿が見えなくなりましたが、先ほどの方は本当にそちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「ふむ、一旦その存在を確認しても近くに来ればまた認識できなくなるのか……何とも不思議な体質だな」

「しかし中沢殿は噂通りの剣技ですな。どうですか隠密になりませんか?」
 綿二は累に向かってそう話した。もちろん佐吉には聞こえていない。
「なぜ私の名前を知っているのだ?」
 累は自分の名を呼ばれたことに驚いていた。
「あっしは地獄耳なんですよ。自分より腕の立つ男を婿に取るために江戸に出て来られたんでしょう?」
 綿二にそう言われて、累は自分の目ではなく耳も赤くなって行くのを感じていた。そうして床に置いてある刀に目をやる。その様子に気が付いて綿二は慌てて両の手を振る。
「物騒な事は考えねえで下さいよ。隠密には腕の立つ連中がごまんといる。しかも表の世界とは縁遠いものが多いから婿にもとりやすいんじゃねーのかな」
「どこで聞きつけたのは分からんが、まぁそこは由としよう。しかし隠密とは裏社会の人々なのだろう? 人に言えぬような事も多々しているのではないか?」
「世間の印象は知りやせんが、別に悪の秘密組織って事でも無くて、やっている事は同心と変わらず、人々の幸せと社会の平和の為に働いてるんでさ。そりゃまあ全部が全部公明正大に人様に話せるかって言えばそうはいかねえが、それは何事でも一緒でしょう?」

「なるほど、お主の言う事にも一理ある様だ。……いや、その前になぜお主は今日ここに居るのだ? まさか佐吉殿を殺める魂胆か?」
「いやいや滅相もございません。隠密と言ってもあっしはこの特異体質のおかげで情報収集が主な役まわりでして、今日もそのためにお邪魔してるんですよ」
「情報とは何の情報だ」
「あんまりペラペラしゃべるもんでもないんだが、あんたは信用できそうだし、話しちまった方が早そうだ。なーに悪いことをしようってんじゃない。先ほどから話を聞いていて、どうも反魂の法で塚原卜伝を復活させたってのは、本当の話のように聞こえやしたが?」
「……であればどうだというのだ?」
「反魂の法には何かしらの道具が必要だとかで、今回情報収集の他そいつを見つけたら持ち帰って来いと言われてるんでさ」

 累は佐吉の方を向いてこう言った。
「だ、そうだ」
「いや、私には何も聞こえてなかったんですが?」
 佐吉は茄子のてんぷらを食べながらそう答えた。

●●●●●●●●●●●●

「それでお前は全てを話すだけ話して手ぶらで帰ってきたというわけか……」
「いやね、反魂の法にはなんでも必要な法具があるらしいんですが、ちゃんと納得できる理由があれば大人しくそれを差し出すって言ってやしたぜ。あっしの見立てではあいつらはそれを使って悪さを企んでいるようには見えなかった」
 綿二は若杉に向かってそういった。

「既に塚原卜伝をこの世に蘇らせて、織田殿も斬り捨てられてしまったんだぞ。そんな物騒なものを町民風情に持たせておくわけにはいかないだろう。もしその連中がこれ以上悪さをしなくても、いつ誰が奪い取って何をするかわかったものでは無いだろう」
「あっしもそれぐらいのことは言ったんですが、そしたらその赤目の女侍が、心配なら自分が預かって守るなんて事を言い出しましてね」
「大した自信だな。赤目の一族はそんなにも強かったのか?」
「強いというか、あっしの間合いで攻撃を入れてくるなんてやつは今まで兄貴ぐらいしかいませんでしたからね」
「しかしお前の事を近距離で認識するとはな、拙者ですら叶わぬのに噂通り赤目の一族とは大したものだな」
「心配なら隠密から手練れのものをよこせと言ってました。もし自分がそいつに負けるようなら、確かに法具は我らに預けたほうがいいかなと言ってやしたぜ」
「なるほど、自分も倒せないようなやつには法具も守れんだろうという事か、確かに筋は通っている。ならば誰かを向かわせるとしようか……いや、拙者が自ら参ってもよいか」

「……うーん……若杉の旦那だとまずいですなぁ」
「なぜだ」
「嫌、条件というかなんというか、できれば長男以外の独身者を寄越せと言われましてな……あ、あと面相もいいほうがいいとか何とか……」
 綿二は困ったような顔をしながらそう言った。
「なんだそれは?」
「……色々と条件をつけても大丈夫なくらい、御公儀には強者がごまんといるところを見せろということなんでやしょう」
「生意気な物言いだな。まぁ良い。面相が良くて独身で長男以外……であれば沖田を向かわせるか……」
「沖田の旦那ですかい! しかしあの人興奮すると加減てもんを忘れちまうからな……」
「御公儀隠密に喧嘩を売ってきているのだ、殺されても文句は言えんだろう」
「相手は納得できれば黙って渡すと言ってるんですよ。それはちょっと気の毒じゃないですかね?」
「まぁ拙者から沖田には、殺さぬようにとは申し付けておく。その上でどうなるのかは知らんがな……」
 そう言って若杉雨丸はにやりと笑った。
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