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第19話 沖田幸四郎
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その日沖田幸四郎は上機嫌で町の裏通りを歩いていた。前から狙っていた町娘と、ついに昨晩床を一緒にできたのだ。しかし一度体を交えてしまえば急に相手に対しての興味は薄れてしまう。今も昨晩の相手を思い出すこと無く、さぁ今日の昼飯はどうしようかとそんな事を考えていた。
しかし驚くのはその容貌である。女と見間違えるほどの美しい白肌と、小粋につり上がったその目、風にたなびく美しい黒髪は道行く女たちの視線を釘付けにする。すれ違う女は例外なく振り返ってため息をつく。
しかしそんな沖田の後を追う人影があった。それは着物姿の女である。歳の頃は二十歳を少し超えたくらいで、その手には包丁を携えている。女は幸四郎の背後から包丁で襲いかかった。しかしその刃先は空を切る。気がつけば幸四郎は女の後ろに立っていた。
「なんだお雪ちゃんじゃないか。久しぶりだね。こんなところで何をしてるんだい?!」
女はすぐさま振り返って、また包丁で今度は幸四郎の腹を狙って前進する。幸四郎は包丁の先を、脇差しの柄の部分で受けるとこう言った。
「お雪ちゃん、包丁は料理に使うもので人を刺すものじゃあないよ」
「幸四郎様! どうして文を返してくださらないのですか? これほどお慕い申しておりますのに、他の女に渡すくらいなら私と一緒に死んでくさいまし!」
幸四郎は手刀で包丁を地面に叩き落とすと、女をぎゅっと抱きしめた。
「お雪ちゃん、俺は筆無精だからさ、文はやめてよ。でもこうして直接会いに来てくれて嬉しいよ。丁度拙者の方から連絡しようと思ってたところなんだ」
抱きしめられながらも女は震える声でこう答えた。
「嘘つき! 大体私の名前はお雪ではなくて小夜です!」
幸四郎はしまったという顔をした。しかし抱きしめられた女にはその顔は見られていない。
「何言ってるんだよお小夜ちゃん。お雪っていうのは俺の死んだ幼馴染の名前だよ。どうしてもかわいいお小夜ちゃんを見ると、彼女のことを思い出してしまうんだ。だから会うのはちょっと辛くって避けてるみたいに感じたならそれは謝るよ」
そう言って沖田は地面に落ちた包丁を拾い上げると、お小夜にそれを渡した。
「さぁこの包丁でおいしいものでも作って拙者のことを待っていておくれよ。後でお昼を馳走に伺うからさ」
「信じてよろしいのですね。本当に後でいらしてくださいよ」
そう言うと小夜はそそくさとその場を後にした。小夜の姿が見えなくなったところで、突如として筑紫一蔵が沖田の前に現れた。一瞬刀の鞘を左手で掴み右手で束を握ろうとした沖田であったが、その顔を見るや刀から手を放す。
「またあなたですか、いっつも突然ですね。気持ち悪いなー」
「あんな言い訳をどうして信じるんだろうな……」
「若い女ってやつは自分の信じたいことを信じるようにできてるんですよ。あの子は最初から拙者なら避けられると分かっていて刺してきた。じゃれ合ってるだけです。で、今日は何の用ですか?」
「ああ。若杉の旦那から文を預かって来た」
そう言って一蔵は懐から一通の文を取り出して沖田に渡した。沖田はその場で速読する。
「まぁ文を読むのは苦手じゃないんですけどね。で、拙者はその中沢累とか言う女侍を打ち倒せばいいという事ですかね。しかし使い走りなんかしてないで、あなたたちが自分でやればいいでしょう?」
「それがですね、弟によればその中沢累とか言う女侍はなかなかの手練れだって話なんですよ」
「じゃあ若杉さんが自分でやればいい。めんどくさい仕事を若者に押し付けるのは良くないですよ」
「まぁまぁ、そう言わずに……これは弟から聞いた話ですがね、その女侍はなかなかの器量良しだって事です。弟が本気で嫁にもらえないもんかと思案してるぐらいでさ」
それを聞いて沖田の表情が和らぐ。
「綿二さんなかなかの面食いでしたよね。それは俄然やる気が出てきたな」
沖田がそう言ったところで、道の向こうから一人の男が近づいてきた。
「お前が沖田幸四郎か! お小夜ちゃんをたぶらかしやがって!」
「なんかまた面倒臭いのが来たようですな。人の恨み買うのも大概にした方がいいですぜ」
一蔵はそういうとどこへともなくスーッとその姿を消していった。沖田はやれやれと言った表情を浮かべながら男に向かって話しかける。
「お主はお小夜ちゃんのなんなのだ」
「俺はお小夜ちゃんと一緒に飯屋で働いてる政吉ってもんだ。お小夜のやろうお前は遊ばれてるんだっていくら言っても聞きやしねえ」
「誰が誰を好きになっても、他人がとやかく言う事ではないでしょう。君が彼女をどう思っているかはしらないが、したいようにさせてあげるのが男の甲斐性ってもんじゃないんですか?」
「うるせぇ! いいから俺と勝負しろ! 負けたらお小夜に二度と会うんじゃねえぞ!!」
男が見ていた沖田の像が一瞬揺らいだ。次の瞬間沖田の刀は男の頭上でピタリと止まっていた。男の頭の上から羽虫がひらひらと舞い落ちる。
「失礼。うるさい羽虫がいたもので……あなたは見たところ町人のようだが。侍に力で挑もうというんですか。心意気は良いですね。しかし斬り捨てられても文句は言えませんよ」
男はそれ以上声が出なかった。沖田は刀を引くと一回転させて腰の鞘に納めた。唖然として腰が抜けたように座り込む男を後にして、沖田は歩き出す。
「でも今日の昼飯はそばの気分なんだよな……」
●●●●●●●●●●●●
累は佐吉とその晩も又夕げを共にしていた。累が佐吉の家に寝泊まりしているのは、彼の護衛が目的なのでなるべく同じところで過ごすように心がけているのだが、流石にこう毎日一緒に過ごしていると話す事も無くなって来る。
「お、綿二殿ではないか。よく来たな」
累は助け舟を得たかの如く、突如そう言った。
「ん? 綿二さんがいらしたんですか? 相変わらず私には見えませんが……」
「うむ。私と佐吉は座敷の端に寄るので、綿二殿は逆の端に座られよ。そうすればギリギリ佐吉にも認識できるかもしれない」
累に言われた通り綿二は座敷の端へと移動した。すると佐吉にはまた綿二が目の前に突然現れたように見えた。
「おお! 何度見ても驚きますね。綿二さん先日はどうも。ご夕食がまだでしたら用意させますが?」
「いや、今宵は結構でさ。で、先日の話は上にしときやしたぜ。……しかし中沢殿は先日と違ってその目を赤く変えなくともあっしのことが認識できるんですかい?」
「ああ、慣れみたいなものかな。しかしまだ近くにおられれば霞んだ様な感じもする。今一つはっきりとはしていない」
「へー慣れれば慣れるほどはっきりしてくるかもしれやせんね。そうしたらやっぱりあっしと……」
累はそこまで言った綿二の言葉を遮る。
「明らかに剣技が私を超えて、養子に入ってくれるというなら考えなくもないぞ……しかし十手術ではな……当理流なら一刀剣法もあるだろう? そちらの方はどうなのだ?」
「この体質ですからね。間合いの近い十手術と小太刀術をちょっとかじったくらいでさ。それだけでほぼ無敵だ」
佐吉は傍らで二人の会話を聞いていて、お侍さんというのは婚姻を恋愛感情とは全く関係なく考えるものなのかと感心していた。いや、隠密とは言ってもこの綿二は侍かと言えばちょっと違うような気もする。という事は自分も剣の腕を磨いた場合、この美しい女侍をめとる事が可能なのかなと、少しだけ想像してしまった。
「それで報告に行ったのは兄貴なんですが、明日にでもご要望通りの剣客が来るでしょうよ。沖田幸四郎という奴です」
「ほう、どこかで聞いた風な名でもある。それはどのようなものなのだ?」
「まぁ色男ってのはああいう奴なんでしょうね。道を歩いていても女衆が振り返るぐらいでさ」
「それは楽しみだな。剣の腕も相当なものなのか?」
累の嬉々とした様子に、綿二は苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべる。
「まぁ悔しいことにまともにやり合ったら、あっしなんかひとたまりも無いでしょうね。しかしながら、真剣同士で戦えば絶対にあっしが勝ちますけどね」
「そりゃそうだろう、近間で相手を全く認識できなければ戦いようもない。しかしその無敵さが主の技の成長の妨げにもなってきたとは思わぬか?」
綿二は累のその問いかけには聞こえぬふりを決め込む。
「ま、それはいいとして反魂の法を何で探してるかってのがあっしも気になって色々と調べてみたんでさ。てっきり組織をあげた話かと思ってたらそうでもねぇらしいんでさ。だからその法具とやらは、あっしが言うのも何ですが、まだ我らには渡さない方がいいかもしれませんねぇ」
「本当だ。お前がそれを言うか……まぁそれは相手次第なのではないか」
そう言った累の顔を綿二はじっと見つめる。
「あっしは地獄耳なんですよ。手を抜かれても困ると思いやしてね」
累は綿二の言葉に耳が赤くなるのを感じた。どうやら自分がイケメン好きだという事がバレてしまっていると感じたからだ。
しかし驚くのはその容貌である。女と見間違えるほどの美しい白肌と、小粋につり上がったその目、風にたなびく美しい黒髪は道行く女たちの視線を釘付けにする。すれ違う女は例外なく振り返ってため息をつく。
しかしそんな沖田の後を追う人影があった。それは着物姿の女である。歳の頃は二十歳を少し超えたくらいで、その手には包丁を携えている。女は幸四郎の背後から包丁で襲いかかった。しかしその刃先は空を切る。気がつけば幸四郎は女の後ろに立っていた。
「なんだお雪ちゃんじゃないか。久しぶりだね。こんなところで何をしてるんだい?!」
女はすぐさま振り返って、また包丁で今度は幸四郎の腹を狙って前進する。幸四郎は包丁の先を、脇差しの柄の部分で受けるとこう言った。
「お雪ちゃん、包丁は料理に使うもので人を刺すものじゃあないよ」
「幸四郎様! どうして文を返してくださらないのですか? これほどお慕い申しておりますのに、他の女に渡すくらいなら私と一緒に死んでくさいまし!」
幸四郎は手刀で包丁を地面に叩き落とすと、女をぎゅっと抱きしめた。
「お雪ちゃん、俺は筆無精だからさ、文はやめてよ。でもこうして直接会いに来てくれて嬉しいよ。丁度拙者の方から連絡しようと思ってたところなんだ」
抱きしめられながらも女は震える声でこう答えた。
「嘘つき! 大体私の名前はお雪ではなくて小夜です!」
幸四郎はしまったという顔をした。しかし抱きしめられた女にはその顔は見られていない。
「何言ってるんだよお小夜ちゃん。お雪っていうのは俺の死んだ幼馴染の名前だよ。どうしてもかわいいお小夜ちゃんを見ると、彼女のことを思い出してしまうんだ。だから会うのはちょっと辛くって避けてるみたいに感じたならそれは謝るよ」
そう言って沖田は地面に落ちた包丁を拾い上げると、お小夜にそれを渡した。
「さぁこの包丁でおいしいものでも作って拙者のことを待っていておくれよ。後でお昼を馳走に伺うからさ」
「信じてよろしいのですね。本当に後でいらしてくださいよ」
そう言うと小夜はそそくさとその場を後にした。小夜の姿が見えなくなったところで、突如として筑紫一蔵が沖田の前に現れた。一瞬刀の鞘を左手で掴み右手で束を握ろうとした沖田であったが、その顔を見るや刀から手を放す。
「またあなたですか、いっつも突然ですね。気持ち悪いなー」
「あんな言い訳をどうして信じるんだろうな……」
「若い女ってやつは自分の信じたいことを信じるようにできてるんですよ。あの子は最初から拙者なら避けられると分かっていて刺してきた。じゃれ合ってるだけです。で、今日は何の用ですか?」
「ああ。若杉の旦那から文を預かって来た」
そう言って一蔵は懐から一通の文を取り出して沖田に渡した。沖田はその場で速読する。
「まぁ文を読むのは苦手じゃないんですけどね。で、拙者はその中沢累とか言う女侍を打ち倒せばいいという事ですかね。しかし使い走りなんかしてないで、あなたたちが自分でやればいいでしょう?」
「それがですね、弟によればその中沢累とか言う女侍はなかなかの手練れだって話なんですよ」
「じゃあ若杉さんが自分でやればいい。めんどくさい仕事を若者に押し付けるのは良くないですよ」
「まぁまぁ、そう言わずに……これは弟から聞いた話ですがね、その女侍はなかなかの器量良しだって事です。弟が本気で嫁にもらえないもんかと思案してるぐらいでさ」
それを聞いて沖田の表情が和らぐ。
「綿二さんなかなかの面食いでしたよね。それは俄然やる気が出てきたな」
沖田がそう言ったところで、道の向こうから一人の男が近づいてきた。
「お前が沖田幸四郎か! お小夜ちゃんをたぶらかしやがって!」
「なんかまた面倒臭いのが来たようですな。人の恨み買うのも大概にした方がいいですぜ」
一蔵はそういうとどこへともなくスーッとその姿を消していった。沖田はやれやれと言った表情を浮かべながら男に向かって話しかける。
「お主はお小夜ちゃんのなんなのだ」
「俺はお小夜ちゃんと一緒に飯屋で働いてる政吉ってもんだ。お小夜のやろうお前は遊ばれてるんだっていくら言っても聞きやしねえ」
「誰が誰を好きになっても、他人がとやかく言う事ではないでしょう。君が彼女をどう思っているかはしらないが、したいようにさせてあげるのが男の甲斐性ってもんじゃないんですか?」
「うるせぇ! いいから俺と勝負しろ! 負けたらお小夜に二度と会うんじゃねえぞ!!」
男が見ていた沖田の像が一瞬揺らいだ。次の瞬間沖田の刀は男の頭上でピタリと止まっていた。男の頭の上から羽虫がひらひらと舞い落ちる。
「失礼。うるさい羽虫がいたもので……あなたは見たところ町人のようだが。侍に力で挑もうというんですか。心意気は良いですね。しかし斬り捨てられても文句は言えませんよ」
男はそれ以上声が出なかった。沖田は刀を引くと一回転させて腰の鞘に納めた。唖然として腰が抜けたように座り込む男を後にして、沖田は歩き出す。
「でも今日の昼飯はそばの気分なんだよな……」
●●●●●●●●●●●●
累は佐吉とその晩も又夕げを共にしていた。累が佐吉の家に寝泊まりしているのは、彼の護衛が目的なのでなるべく同じところで過ごすように心がけているのだが、流石にこう毎日一緒に過ごしていると話す事も無くなって来る。
「お、綿二殿ではないか。よく来たな」
累は助け舟を得たかの如く、突如そう言った。
「ん? 綿二さんがいらしたんですか? 相変わらず私には見えませんが……」
「うむ。私と佐吉は座敷の端に寄るので、綿二殿は逆の端に座られよ。そうすればギリギリ佐吉にも認識できるかもしれない」
累に言われた通り綿二は座敷の端へと移動した。すると佐吉にはまた綿二が目の前に突然現れたように見えた。
「おお! 何度見ても驚きますね。綿二さん先日はどうも。ご夕食がまだでしたら用意させますが?」
「いや、今宵は結構でさ。で、先日の話は上にしときやしたぜ。……しかし中沢殿は先日と違ってその目を赤く変えなくともあっしのことが認識できるんですかい?」
「ああ、慣れみたいなものかな。しかしまだ近くにおられれば霞んだ様な感じもする。今一つはっきりとはしていない」
「へー慣れれば慣れるほどはっきりしてくるかもしれやせんね。そうしたらやっぱりあっしと……」
累はそこまで言った綿二の言葉を遮る。
「明らかに剣技が私を超えて、養子に入ってくれるというなら考えなくもないぞ……しかし十手術ではな……当理流なら一刀剣法もあるだろう? そちらの方はどうなのだ?」
「この体質ですからね。間合いの近い十手術と小太刀術をちょっとかじったくらいでさ。それだけでほぼ無敵だ」
佐吉は傍らで二人の会話を聞いていて、お侍さんというのは婚姻を恋愛感情とは全く関係なく考えるものなのかと感心していた。いや、隠密とは言ってもこの綿二は侍かと言えばちょっと違うような気もする。という事は自分も剣の腕を磨いた場合、この美しい女侍をめとる事が可能なのかなと、少しだけ想像してしまった。
「それで報告に行ったのは兄貴なんですが、明日にでもご要望通りの剣客が来るでしょうよ。沖田幸四郎という奴です」
「ほう、どこかで聞いた風な名でもある。それはどのようなものなのだ?」
「まぁ色男ってのはああいう奴なんでしょうね。道を歩いていても女衆が振り返るぐらいでさ」
「それは楽しみだな。剣の腕も相当なものなのか?」
累の嬉々とした様子に、綿二は苦虫を嚙みつぶしたような表情を浮かべる。
「まぁ悔しいことにまともにやり合ったら、あっしなんかひとたまりも無いでしょうね。しかしながら、真剣同士で戦えば絶対にあっしが勝ちますけどね」
「そりゃそうだろう、近間で相手を全く認識できなければ戦いようもない。しかしその無敵さが主の技の成長の妨げにもなってきたとは思わぬか?」
綿二は累のその問いかけには聞こえぬふりを決め込む。
「ま、それはいいとして反魂の法を何で探してるかってのがあっしも気になって色々と調べてみたんでさ。てっきり組織をあげた話かと思ってたらそうでもねぇらしいんでさ。だからその法具とやらは、あっしが言うのも何ですが、まだ我らには渡さない方がいいかもしれませんねぇ」
「本当だ。お前がそれを言うか……まぁそれは相手次第なのではないか」
そう言った累の顔を綿二はじっと見つめる。
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