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第20話 神道流
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先ほどから黙って聞いている佐吉も累の動揺に気が付いたが、先日出していた手合わせ相手の条件を聞けば、それはそうだ何をいまさらという風に思った。その上で自分の容姿を振り返り、先ほど少しだけ持ち上がった剣術を極めようかという幻想は一瞬のうちに消え去った。
「な、なにを言うか、面相が良い方がいいと言ったのは、跡継ぎの容姿も良い方が何かと都合がいいだろうと思ったに過ぎないぞ。私はいつでも正々堂々全力で戦うのみだ」
綿二は累の方を見て笑っている。
「それを聞いて安心しやした。沖田は神道流の達人です。何やら因縁めいたものも感じますな」
「なるほど、神道流となると塚原卜伝殿の剣術の源流とも言えるな。それは増々楽しみだ」
「神道流というのはどのような剣術なんですか?」
黙って聞いていた佐吉が累と綿二にそう聞いた。
「うむ。室町時代から伝わる流派だ。念流、陰流と並んで兵法三大源流の一つだ。卜伝殿と同じ一撃必殺を身上としている」
累が答えた。
「お侍さんの世界にも色々とあるんですね。俺達町民には無縁の話だ」
「もう戦乱の世も終わってしまって、昔の様に剣の道を極めようなどという侍は殆どいない。しかし平和が続くが故に、地方では食い扶持から外れる侍も増えていると聞く。なかなか世の中はうまく行かぬものだ」
累はそう言って目の前の茶碗に盛られた白飯をじっと見つめる。
「ああ、そうだ忘れないうちにもうひとつ。中沢殿は普段は緒方一刀斎殿の所にお世話になってるって聞きましたが本当ですかい?」
「ああ、その通りだ。父が若い頃に剣術を指南してもらったのが緒方殿だ。主は知り合いなのか? しかしそれが何か?」
「いや、お名前を知っているくらいの事ですがね。 そうですか、緒方殿の孫弟子というわけですかい」
綿二はそれ以上の事は話さなかった。少しだけ曇った顔をして、部屋から去って行った。
「明日来るかもって、道場の方に行くって事ですかね?」
佐吉は累に向かってそう言った。
「かもしれぬな。条件通りに剣客が来るというなら当分お前が隠密にどうこうされるという事も無いだろう。もう明日からは緒方殿の屋敷に戻るとするかな。あまりお邪魔していても迷惑だろうからな」
「いえいえ、家の事なら心配ご無用ですよ。反魂の法を狙っているの者が他にいる可能性もありますしね」
「そうか?」
累は少しホッとしていた。なんと言っても佐吉の家の飯がうまかったからだ。もちろん出される酒も上等だった。
●●●●●●●●●●●●
翌日の夕刻、天流剣術道場がいつも通りの稽古を終えて門下生もいなくなった頃に、昨日綿二が言っていた通り沖田幸四郎がやってきた。正々堂々と正門から入り、道場の表玄関に入ったところで声をあげた。
「頼もう!」
応対に出たのは道場主の斎藤伝次郎だった。本当は今日にでも来そうだという事で、グズグズと稽古後にも道場に残っていた累が最初に出迎えたかったところだが、流石に雇われ師範代の立場では出過ぎた真似というものだろう。累はドキドキと胸を高鳴らせながら道場内で待っていた。もしかすると将来自分の婿になる男かも知れない。それは毎度のことなのだが、今回事前情報でかなりの男前であることは分かっている。但し男の言うところの美男子というのは信用はならないだろう。
斎藤の後について沖田が道場に入ってきた。道場の入口で斎藤に続いて沖田も一礼する。頭を上げた時にその顔がはっきりと見えた。累は言葉が出なかった。いや心の中では呟いた『あり中のありだ!』。これはひょっとすると今までの人生で出会った男の中では一番の面相かもしれない。しかも幸四郎というのだから四男なのだろう。それでいて神道流の達人というのだから申し分ない。流石、公儀隠密というやつは懐が深いと感心した。
累がぼーっと沖田の方を見ていると、斎藤が声を掛けてきた。
「道場破りかと思ったが、こちらの沖田殿は是非中沢殿とお手合わせを願いたいとのことだ。事情はおわかりいただいているとのことだそうだが、それでよろしかったのだろうか?」
「はい。お話は伺っております」
累は沖田に向かって軽く一礼をした。沖田の方は累の事をじっと見つめている。
「初めまして、沖田幸四郎と申します。剣は神道流の方を嗜んでおります。あなたが中沢累殿ですね。本日はお手合わせの方よろしくお願いいたします。しかしこのような素敵なご婦人であるとは想像しておりませんでした」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
累は動揺していた。面相に加えて礼儀も正しい。そうしてその声は高すぎず低すぎず、体の内にじんわりと浸透してくる。その上累を見て素敵なご婦人だとの感想だ。これはきっと趣味の悪い男でもないだろう。
しかしこれから手合わせをしようというのに、この動揺は好ましい事ではない。必要以上に心拍数があがっている事が自覚できる。
斎藤は累の動揺を感じ取ってははーんという顔をした。
「事情はよく分かりませんが、もしかしてこれはお手合わせという名のお見合いなんですかな?」
そう言って高笑いをする。沖田はポカンとした顔をしている。
「斎藤殿! これは侍と侍の勝負、邪推はご遠慮いただきたい!!」
累は怒ってはみたものの確かに図星であった。しかし大声をあげた事で普段の冷静さを取り戻した。
「それは申し訳なかった。では拙者は立会人をさせて頂きましょう。但し邪魔になるといけないので道場の端に座しておきます」
そう言って斎藤は道場の端へ移動すると着座した。
「沖田殿、突然大きな声を出して申し訳ありませんでした。お手合わせは木刀で宜しいでしょうか?」
「もちろん木刀で構いません。あなたのような美しい女性に向かってどうして刃をむけられましょうか?」
そう言って沖田はキラキラと光る眼で累の方を見る。その眩しさに累は目を背け、壁にかかっている木刀の所まで行くと一本選んで握った。
「沖田殿も馴染むものをひとつお選びください」
道場の中央へと戻る累は沖田とすれ違う。沖田からは男とは思えぬ何とも知れぬいい匂いがした。沖田も木刀を選んだところで二人は道場の中央で向かい合って正座すると互いに礼をした。そうして蹲踞(そんきょ)の後距離をとってお互いに構えた。
最初は二人共に中段の構えであったが、沖田はゆっくりと振りかぶり木刀を自分の右肩に抱えるように構えなおした。
「ふむ。確かに神道流か……」
斎藤はそれを見て呟いた。累と沖田の睨み合いが続く。累がじりじりと間合いを詰めれば沖田は少しだけ下がって間合いを空ける。逆に沖田が少し前に出れば累は後ろに下がる。間合いは体格の大きい沖田の方が長いはずだが、初手合わせなのでお互いの足さばきの具合は分からない。二人はとにかく慎重に間合いを探り合っている。
「な、なにを言うか、面相が良い方がいいと言ったのは、跡継ぎの容姿も良い方が何かと都合がいいだろうと思ったに過ぎないぞ。私はいつでも正々堂々全力で戦うのみだ」
綿二は累の方を見て笑っている。
「それを聞いて安心しやした。沖田は神道流の達人です。何やら因縁めいたものも感じますな」
「なるほど、神道流となると塚原卜伝殿の剣術の源流とも言えるな。それは増々楽しみだ」
「神道流というのはどのような剣術なんですか?」
黙って聞いていた佐吉が累と綿二にそう聞いた。
「うむ。室町時代から伝わる流派だ。念流、陰流と並んで兵法三大源流の一つだ。卜伝殿と同じ一撃必殺を身上としている」
累が答えた。
「お侍さんの世界にも色々とあるんですね。俺達町民には無縁の話だ」
「もう戦乱の世も終わってしまって、昔の様に剣の道を極めようなどという侍は殆どいない。しかし平和が続くが故に、地方では食い扶持から外れる侍も増えていると聞く。なかなか世の中はうまく行かぬものだ」
累はそう言って目の前の茶碗に盛られた白飯をじっと見つめる。
「ああ、そうだ忘れないうちにもうひとつ。中沢殿は普段は緒方一刀斎殿の所にお世話になってるって聞きましたが本当ですかい?」
「ああ、その通りだ。父が若い頃に剣術を指南してもらったのが緒方殿だ。主は知り合いなのか? しかしそれが何か?」
「いや、お名前を知っているくらいの事ですがね。 そうですか、緒方殿の孫弟子というわけですかい」
綿二はそれ以上の事は話さなかった。少しだけ曇った顔をして、部屋から去って行った。
「明日来るかもって、道場の方に行くって事ですかね?」
佐吉は累に向かってそう言った。
「かもしれぬな。条件通りに剣客が来るというなら当分お前が隠密にどうこうされるという事も無いだろう。もう明日からは緒方殿の屋敷に戻るとするかな。あまりお邪魔していても迷惑だろうからな」
「いえいえ、家の事なら心配ご無用ですよ。反魂の法を狙っているの者が他にいる可能性もありますしね」
「そうか?」
累は少しホッとしていた。なんと言っても佐吉の家の飯がうまかったからだ。もちろん出される酒も上等だった。
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翌日の夕刻、天流剣術道場がいつも通りの稽古を終えて門下生もいなくなった頃に、昨日綿二が言っていた通り沖田幸四郎がやってきた。正々堂々と正門から入り、道場の表玄関に入ったところで声をあげた。
「頼もう!」
応対に出たのは道場主の斎藤伝次郎だった。本当は今日にでも来そうだという事で、グズグズと稽古後にも道場に残っていた累が最初に出迎えたかったところだが、流石に雇われ師範代の立場では出過ぎた真似というものだろう。累はドキドキと胸を高鳴らせながら道場内で待っていた。もしかすると将来自分の婿になる男かも知れない。それは毎度のことなのだが、今回事前情報でかなりの男前であることは分かっている。但し男の言うところの美男子というのは信用はならないだろう。
斎藤の後について沖田が道場に入ってきた。道場の入口で斎藤に続いて沖田も一礼する。頭を上げた時にその顔がはっきりと見えた。累は言葉が出なかった。いや心の中では呟いた『あり中のありだ!』。これはひょっとすると今までの人生で出会った男の中では一番の面相かもしれない。しかも幸四郎というのだから四男なのだろう。それでいて神道流の達人というのだから申し分ない。流石、公儀隠密というやつは懐が深いと感心した。
累がぼーっと沖田の方を見ていると、斎藤が声を掛けてきた。
「道場破りかと思ったが、こちらの沖田殿は是非中沢殿とお手合わせを願いたいとのことだ。事情はおわかりいただいているとのことだそうだが、それでよろしかったのだろうか?」
「はい。お話は伺っております」
累は沖田に向かって軽く一礼をした。沖田の方は累の事をじっと見つめている。
「初めまして、沖田幸四郎と申します。剣は神道流の方を嗜んでおります。あなたが中沢累殿ですね。本日はお手合わせの方よろしくお願いいたします。しかしこのような素敵なご婦人であるとは想像しておりませんでした」
「こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
累は動揺していた。面相に加えて礼儀も正しい。そうしてその声は高すぎず低すぎず、体の内にじんわりと浸透してくる。その上累を見て素敵なご婦人だとの感想だ。これはきっと趣味の悪い男でもないだろう。
しかしこれから手合わせをしようというのに、この動揺は好ましい事ではない。必要以上に心拍数があがっている事が自覚できる。
斎藤は累の動揺を感じ取ってははーんという顔をした。
「事情はよく分かりませんが、もしかしてこれはお手合わせという名のお見合いなんですかな?」
そう言って高笑いをする。沖田はポカンとした顔をしている。
「斎藤殿! これは侍と侍の勝負、邪推はご遠慮いただきたい!!」
累は怒ってはみたものの確かに図星であった。しかし大声をあげた事で普段の冷静さを取り戻した。
「それは申し訳なかった。では拙者は立会人をさせて頂きましょう。但し邪魔になるといけないので道場の端に座しておきます」
そう言って斎藤は道場の端へ移動すると着座した。
「沖田殿、突然大きな声を出して申し訳ありませんでした。お手合わせは木刀で宜しいでしょうか?」
「もちろん木刀で構いません。あなたのような美しい女性に向かってどうして刃をむけられましょうか?」
そう言って沖田はキラキラと光る眼で累の方を見る。その眩しさに累は目を背け、壁にかかっている木刀の所まで行くと一本選んで握った。
「沖田殿も馴染むものをひとつお選びください」
道場の中央へと戻る累は沖田とすれ違う。沖田からは男とは思えぬ何とも知れぬいい匂いがした。沖田も木刀を選んだところで二人は道場の中央で向かい合って正座すると互いに礼をした。そうして蹲踞(そんきょ)の後距離をとってお互いに構えた。
最初は二人共に中段の構えであったが、沖田はゆっくりと振りかぶり木刀を自分の右肩に抱えるように構えなおした。
「ふむ。確かに神道流か……」
斎藤はそれを見て呟いた。累と沖田の睨み合いが続く。累がじりじりと間合いを詰めれば沖田は少しだけ下がって間合いを空ける。逆に沖田が少し前に出れば累は後ろに下がる。間合いは体格の大きい沖田の方が長いはずだが、初手合わせなのでお互いの足さばきの具合は分からない。二人はとにかく慎重に間合いを探り合っている。
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