侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第21話 累対沖田幸四郎

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「なるほど、どこから打ち込んでも受けられてしまいそうですね」
 累はそう言って沖田の正面からは目線を外さすに大きく息を吸った。そうして今度はゆっくりと吐いていく。呼吸が隙に繋がらないように、それは物凄く遅い呼吸だった。最後に吐き終わったところで累の目は真紅へと変わっていく。
「なるほど話の通りの赤い目だ。しかしなんて深くて美しいのだろうか……」
 沖田はそう漏らした。累は目だけではなく耳も一緒に赤くなって行くのを感じていた。

 先に動いたのは沖田だった。元々振りかぶった構えであるので振り下ろす動作だけで木刀は累の肩を狙って振り下ろされる。それは物凄いスピードだった。離れていた斎藤もどこを狙っているのかが分からないほどだった。しかし累は構えを崩さずに一歩下がってそれを躱す。沖田の木刀は空を切るが、それは下まで振り下ろされずに、累の胸の前でピタリと止まった。すかさず累は沖田の喉元に向かって突きを放った。しかし今度は沖田がそれを首を横に振って躱した。そうして二者はお互いに後退してまた間合いを空けた。

 しかしそこで沖田は構えを崩してしまう。床に正座すると木刀を置いてしまった。
「どうされましたか? まだ一手交えただけではないですか」
 累も構えを解いて、沖田にそう聞いた。

「一手交えれば十分です。神道流は元々が一撃必殺の剣です。初手を躱されたところであなたの実力は十分に理解できました。確かにあなた自身で守る資格がある様だ。しかしそれは相手が正攻法で来た場合だけでしょう。やはりここは私共にお任せいただけないだろうか?」
「私の方もあなたの実力は分かりました。しかしながら目的を教えて頂けぬことにはどうにも判断がつきません。そもそもあれは私のものというわけでもないですから……それと、この話は斎藤殿のおられるところではちょっと……」
 
 傍らで二人を見ていた斎藤は咳ばらいをする。
「事情はよく分かりませんが、どうも私はお邪魔なようですね……ほんのわずかですが、今日は良いものを見せて頂きました。沖田殿はまた今度拙者ともお手合わせ頂ければ幸いです。ではちょっと拙者は席を外すと致しましょう。あとは若いお二人で今後の話などを詰められるといい」
 そう言って斎藤は道場から出て行った。累には何となく彼が大きな勘違いをしているようにも見えたが、あながち間違いでもないかと考えを改めた。斎藤が出て行ったところで二人は会話を続ける。

「いくら中沢殿の腕が立つとは言っても、反魂の法を行う為の法具とやらを四六時中守り続けるというわけにもいかないでしょう」
「ですから佐吉殿も理由に納得できれば、すぐにでもお渡しするとおっしゃっています」
 それは嘘だった。佐吉は最初から法具にはなんの執着もない。これは累が隠密の手練れをおびき出す為にでっち上げている話だ。いや、佐吉も死人をむやみに蘇らせるのは良くないと言っていたので、あながち嘘とも言い切れないだろう。

「死者の魂をこの世に呼び出す技など、悪い連中の手にでも渡れば何をしでかすか分からない。そのような物騒なものは幕府の方で預かり置いた方が安心でありましょう」
「確かにそれはご無理ごもっともです」
 累はそう言いながらも頭の中では、先ほどの手合わせの事を振り返っていた。あれは果たして自分が負けたという事で、亡き父は納得してくれるのだろうか? なんとなくうやむやになってしまった様な気がする。このまま法具を渡してしまえば、隠密という位だからこの目の前の理想的な男はどこかに雲隠れしてしまうかもしれない。そうして昨晩綿二に言われたことも思い出していた。彼は法具はまだ渡さない方がいいとも言っていた。

「ところで先ほどの手合わせは、沖田殿の勝ちという事になるのでしょうか?」
「勝敗など些事ではないですか、どの道木刀でやり合ったぐらいでは本当の力は測れません。それとも私と真剣で勝負されることをお望みですか? いくら侍だとは言っても、私にはあなたのような美しい女性を理由もなく斬る事は出来ない」
 沖田のその発言には累はカチンときた。
「それだとまるで真剣勝負をすれば、確実に私が斬られてしまうみたいな言い方ですね」
 先ほどまで自分が負けた方がいいのではないかとさえ思っていた累だが、侍としての意気地がそれを良しとはしなかった。ただ確かに真剣で切り合えばどちらかが命を落とすことにはなるのだろう。それほどに実力が拮抗している事はもちろん累も理解はしていた。
 沖田は慌てて発言を訂正する。
「そういうつもりで申し上げたつもりはありません。私の方とてあなたに斬られてしまえば、もうあなたのような美しい女性を見る事も敵わなくなるのです。どちらが斬られてもいい事はないではないですか」
 うむ、確かにこの沖田という男は見どころがある様だ。しかしはっきりと勝負がつかなければ父上の遺言は果たせないだろうと、累は頭を抱えてしまった。
「しばらくの間考えさせてはくれないだろうか? 本来の法具の所有者である佐吉殿にも相談せねばならぬ」
「それはそうでしょう。それではまた明日にでも出直して参ります」
「お手数をおかけする」
「いいえ、あなたの様に美しい女性に又お会いできるのであれば私も幸せに存じます」
 そう言い残して沖田は道場から去って行った。玄関まで送り届けた後、累は道場の方に戻って着座した。

「で、綿二殿は先ほどから何をしているのだ。見張り役なのか?」
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