侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第28話 手合わせ

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『昨日もこんな構えであったろうか?』
 累は昨日の十三郎の構えを思い出そうとしたが思い出せない。十三郎の剣先はゆらゆらと揺れている。
「まずは打ち込んできてみろ。本気で大丈夫だぞ」
 十三郎の言葉に累は自らの最高の速度を持って打ち込んでみた。しかし木刀は空を切る。避けられたという認識は無かった。すり抜けたという感じだった。そう言えば昨日の徳三郎とかいう侍の最初の一撃もそんな風に見えた。累は空を切った木刀で今度は下から上に斬り上げた。しかしその木刀も空を切った。
「なるほど、それで霧の十三郎か……」
「やめてくれよ。なんか一部の奴らが勝手に俺をそう呼んでるみたいだが、あんまり強そうな二つ名じゃねーだろう? 今度はこちらから行くぞ」

 いつのまにか、構えなおしていた十三郎の剣先が揺らめきながら動き出した。それは陽炎の様にゆらゆらと直線ではない軌道を辿る。しかし確かに全体としては一つの動きなのだ。
『これは避けきれない!』
 累は一瞬のうちにそう判断して、遥か後ろに下がる。
「うむ、累、見事な足さばきだ」
 二人の距離が開いたところで、累は深く息を吸った。その瞳がみるみる赤く染まって行く。
「赤目か、懐かしいなぁ。中沢のあにぃとやっているみたいだぜ。あの頃はてんで敵わなかったが今ならどうだろうな?」
 そう言い終えた十三郎に累は間髪入れずに前に出て切り込んだ。しかしその木刀は先ほどと同じように十三郎の体をすり抜ける。すり抜けつつ前に進み続けて、距離が開いたところで振り向いた。

「成る程、体は避けているのに気を残したままにしているので、打ち込んだ方はすり抜けたように感じられるのですね」
「ほう、やはり見抜くか。一体その赤い目にはどう映ってるんだ? 前に聞いた中沢のあにぃの話はどうにも理解できなかった」
「感覚的な話なので言葉では説明できませんが、あるべきものが見えていると言ったらいいんでしょうか……過去も未来も現在も、まやかしや幻も関係ない」
「うむ、相変わらずさっぱりわからん」
 そう言って十三郎はまた木刀の先端をゆらゆらと揺らし始めた。累は黙ってそれを見ている。

「こいつも剣筋は見えてるって事だな!」
 そう言いながら十三郎は左下から斜め上に斬り込んだ……ように見えたが気が付けば木刀は累を逆側から打っていた。ギリギリのところで累の木刀はそれを受けていたが、勢いを殺し切れずに木刀は累の左わき腹に食い込んでいた。たまらずに累は道場に片膝をついた。それを見た十三郎は自分の木刀を投げ捨てて累の方へと駆け寄った。
「大丈夫か累!! てっきり避けられるもんだと思って本気で打ち込んじまった」
「何とか勢いは殺したので大丈夫です。駄目ですね。私の筋力では真っ当に受けるべきではなかった。見えていれば受けられるという物でもない。真剣なら死んでいたでしょう。私の負けです」
「はっはっはっ、確かに今のが真剣勝負だったら致命傷を負ったかもしれねーが、そもそも真剣勝負ならまた違う受け方をしただろうよ」
「……」
 累は何も言わなかった。

「どうした、痛むのか?」
「十にぃは十三郎というくらいだから、嫡男ではないし根無し草だよな?」
 十三郎は累の発言に変な顔をしたが、すぐに気が付いて慌ててこう答えた。
「……おいおい、やめてくれよ。お前とは親子ほども年が離れているし。ほんのちっこい頃から知ってるんだぞ。そもそも中沢のあにぃの家督を継いで宮仕えなんて、俺には無理な話だぜ」

「……まぁ一応聞いたまでだ……」
 道場の隅の方では、笑いを堪え切れす斎藤が腹に手を当てていた。しかし累の方は打たれた場所とはまた違う所が、チクリと傷むのを感じていた。

●●●●●●●●●●●●

 午前中の稽古を終えて、累が十三郎と手合わせしたので少々遅くなったが、昼食は斎藤と新之助、累と十三郎の四人で座敷でそうめんを啜った。
「斎藤のあにぃ、それで丈一郎からは何の音沙汰もないのかい?」
 十三郎は兄弟子である斎藤にそう聞いた。当然嫡男である丈一郎と十三郎も知った仲である。

「うむ、その後何も音沙汰は無いな……まぁあの塚原卜伝殿の技を伝授してもらえるというんだからこの上なく光栄な話だ」
「斎藤のあにぃはその塚原卜伝由来の秘剣というのを見たんだよな?」
 そう、斎藤も新之助も丈一郎が稽古をつけてもらっているのが、塚原卜伝その人自身であることは知らない。そこは累が事前に十三郎にも伝えてある。
「確かに見た。……確かに見たのだがよく分からなかったのだよ。累殿には見えていたのだろうか?」
 そう言って斎藤は累の方を見る。
「見えていたと言えば見えていたんですが、見えなかったと言えば見えなかったのです。なんとも不思議な技でした」
「俺の技は食らってはみたものの見えていたって言ってたからな、その秘剣とか言う奴を俺も是非見てみてぇもんだな。丈一郎はいつ帰って来るのかな?」
「まぁ放っておいてもそのうち帰って来るでしょう。それと十にぃはまたどこかへ行ってしまうのですか?」
「長い放浪生活が染みついちまってな。どうも一つ所に長く留まるって言うのは苦手なんだよ」

「そうですか……どなたか次の満月がいつなのかお分かりになりますか?」
 他の三人に累は聞く。
「満月であれば明後日でございます」
 新之助がそう言った。それを聞いて累は十三郎にこう言った。
「十にぃ、丈一郎殿が戻られるのはそんなに先ではないと思いますよ。しかしこの短期間で本当にその秘剣をものにする事なんてできるんだろうか?」
「月がどう関係しているのかは知らねーが、待ってたら丈一郎だけでなくその塚原……何だっけ?」
「朴之新殿です」
 累はあわててそう答える。

「ああ、その朴之新殿ともお会いできるという事だよな? ちょっと俺も手合わせしてみてーんだよな……それまで待ってみるかな?」
「十三郎、それがいいだろう。どうだ、今日から緒方先生の所ではなくうちに泊まってみては? 色々と修行の土産話でも聞かせてくれ」
 斎藤がそう提案したので、その日から十三郎は斎藤の家で厄介になる事にした。家は道場とは別建物だが、同じ敷地にある。反魂の法の法具についても、累や佐吉の情報は出回っているようなので、十三郎の方で保管する事にした。箱の中身については斎藤には伏せてある。反魂の法の話が漏れてしまえば、塚原卜伝が本物であることもばれてしまうからだ。自分の息子が塚原卜伝に稽古をつけてもらっている等という事は、少し刺激が強すぎる話だろう。

 累は緒方邸に戻ったが、夜になって斎藤と十三郎はほぼ満月に近い月を眺めながら杯を酌み交わしていた。
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