侍乙女婚活譚 ~拙者より強い殿方を探しています~

十三岡繁

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第29話 訃報

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「二人でこうしていると、中沢のあにぃを思い出すな」
「うむ。謎の多い男であったがいい奴であった」
「俺は旅の途中だったから葬儀どころか、亡くなられたのを知ったのも随分と経ってからだ。今度線香の一本でもあげにいかねーとな。あ、累が江戸に出てきているから留守なのかな?」
「いや、奥方の美晴殿がいらっしゃるだろう。しかしこのまま当主が不在のままでは、中沢家の屋敷を維持する事もままならぬだろうな。累殿は累殿でお家再興の為に必死なのだろう」
「しかしどうなんだ中沢のあにぃの遺言は……昼間に累と手合わせした限りじゃ、あれより腕の立つ侍なんぞ今の時代に滅多におらんだろう」
「形だけでもお前が婿に入って、家督を継いでやるわけにはいかんのか? 累殿はああは言っておったが、昔から慕われておっただろうが?」
「何言ってやがる、それは男と女の話じゃねーだろうがよ。大体美晴殿にどんな顔して会えばいいっていうんだよ」
「昔からお前は美晴殿にはぞっこんだったからな……」
 そこまで言って斎藤は考え込む。

「今まで考えた事も無かったが、お前が美晴殿をめとって中沢家に入ればいいのではないか?」
 十三郎は飲みかけの酒をブッと吹き出す。
「そんな話は聞いた事が無ーぞ!」
 夜空に浮かぶまだ完全に丸くなってはいない月は、尽きる事のない二人の会話をただただ黙って見ていた。

●●●●●●●●●●●●

 翌日類がいつもの様に天流剣術道場に行くと、そこには十三郎の姿は無かった。深酒が過ぎたのか、やや調子の悪そうな斎藤の話によれば、朝食後どこかに散歩してくると言い残して出て行ったらしい。
 累が少し気がかりだったのは、隠密……本人はそれを認めてはいないが筑紫綿二の存在だった。確かに十三郎は自分より剣の腕は上かもしれない。だがあのように近づけば存在を認識できないような存在のものが居れば、容易に法具を盗むことも可能だろう。それは強さとは全く別の話だ。井原平一郎達の存在も気になっていた。彼らは隠密ではないと言っていたが、であればなぜ法具が佐吉か自分の所にあるという情報を知っていたのだろうか? 綿二と同じく隠密かと聞かれてはいそうですかとは答えるわけもないし、日の本を分かつなどというのは公儀の人間が考える事とも思えない。

 斎藤から話を聞けば、十三郎は法具の入った箱は夜は寝床の枕元に置いて、散歩に出る時も懐に入れて出て言ったとの事で、今の所誰かに盗られたという事も無さそうだった。斎藤からは箱の中身についてまた聞かれたが、そこは適当にお茶を濁しておいた。

 道場で午後の稽古が終わって累が緒方邸に戻る頃になっても、十三郎が散歩から帰って来る事は無かった。散歩というにはいささか怪しい。まさか女遊びではないかという考えが一瞬累の頭をよぎったが、まさか朝一番からでそれもないだろうと、すぐにそれは打ち消した。しかし気になるのは塚原卜伝と丈一郎の方もだ。佐吉によれば反魂の法は満月の晩しか使えない。そうして魂がこの世に留まっていられるのは月が三回目に欠けるまでという事だ。卜伝がこの世に呼ばれた時から数えれば、翌晩が丁度三回目の満月という事になる。佐吉から卜伝の魂が抜けた後の体は、元の埋葬場所に戻さなければいけないとも聞いている。多分丈一郎もそこは承知しているだろうから、戻って来るならば今晩か明日でないとまずいことになるだろう。その肝心な時に十三郎が居合わせないというのは、あれほど会いたがっていたのに良くない気がする。こんな事であれば、満月の話を十三郎にもしておくんだったなと累は後悔した。

 累は何かもやもやとした気持ちを抱えながらも、緒方の家に戻りお絹さんの作った馳走を頂き湯あみをして寝床へつく。どうにも寝つきが悪かったが、何とか目を閉じて気が付けば朝になっていた。まだ夜が明けて間もないのだろう。障子紙を通して入って来る光は弱い。しかしその中に朧気ながら人の姿が見えて来た。

「綿二か、こんな時間から何用だ。年頃の女性の部屋に勝手に入るとは失礼ではないか。残念ながらここには法具は無いぞ」
 寝顔を見られたかもしれないと思うと、累の語調もやや強いものになる。しかし綿二は静かに答える。
「そうでしょうな。今、法具は我々の側……いや、あっしには関係ないがある男の元にありますからね」
 起き立ての累の頭では、綿二の言葉はすぐには理解できなかった。法具……そう法具なら十三郎に預けてある。それが誰かの手に渡っている。もちろん先日の沖田幸四郎では十三郎の相手にはならないだろう。綿二であれば盗むことも可能だろうが、関係ないと言っている。

「お前は知らないかもしれないが、法具は今滅法腕の立つ男の元にある。その事を言っているのか?」
「そうじゃありやせん。その男ってのは霧の十三郎でしょう? ……そいつは昨日斬り殺されました」
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