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第30話 顛末
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「十にぃが?! そんなわけはないだろう。十にぃは私などよりよほど腕が立つのだぞ、主らの仲間に十にぃを倒せるものがいるならば、とっくの昔に私は法具をそなたらに渡しているだろう」
「……あっしらの大将もめっぽう強いんですよ。今宵は満月でしょう? それでどうも霧の十三郎の死体を依り代にして石田三成公を蘇らせるつもりらしいです」
「そ、それが本当だったとして、なぜお前がそれを私に知らせるのだ!?」
「……あっしらの大将が反魂の法を欲してたのは、どうも個人的な事情らしいってこってす。日の本を二つに割ろうってんだからたちが悪い。しかしあっしらの組には大将をどうにかできそうな手練れはいない。まぁあっしなら何とか法具を盗み取る事ぐらいはできるかもしれない。しかし失敗したら誰にも知られずにこの世を去ることになりますからね。最後にご挨拶に伺ったまでです」
綿二がそう言い終わる前に累はすっくと立ちあがり、身支度を始めた。
「累殿、まだあっしがここにいるんですぜ」
そう言って綿二は着替える累から目をそらした。
「些細な事よ。それでその男というのはどこにおるのだ。十にぃの死体をもったままではそう遠くへはいけまい」
「悪いことはいわねぇ。やめといたほうがいい。あんたでもうちの大将には勝てないだろうよ。霧の十三郎でも勝てなかったんだからな」
累は身支度する手を休め、激高する感情を抑えつつ極めて冷静に、しかし強い語調でこう言った。
「言わねばこの場でお前を斬る!!」
「あんたがいうと冗談に聞こえねーな……」
●●●●●●●●●●●●
遡る事半日。十三郎は以前累が五人の侍とやり合った、神社の裏境内にいた。そこには公儀隠密、若杉雨丸の姿もあった。
「おう、久しぶりだな若杉。朝から色々と聞いてまわってたんで眠くてしょうがねーや。一昨日九州の若侍共を煽ったのはおめぇらしーな」
頭をボリボリと搔きむしりながら、十三郎は若杉に話しかけた。
「岸田殿、ご無沙汰しております。ここに現れたという事は全てをご存知だという事でしょうね」
若杉雨丸は静かな口調でそう言った。
「累でなくて悪かったな。あいつにゃまだ荷が重そうだったんで代わりに俺が来てやった。朝方天流剣術道場に届いた文は累には渡っちゃいねぇ。しかしなんでまたお前さんはこんな事してるんだ? 日の本の将来がどうだとか、そんな玉じゃねーだろ?」
「拙者の事をどう思われているかは分かりませんが……拙者、今は若杉姓を名乗ってはいるものの、元々生家は杉若無心に連なっているのです」
「杉若無心? なるほど関が原では西軍の武将だった杉若無心か……。 ま、なら分からなくもないか。しかし、あの戦はもう終わった話だろう。折角一つにまとまった日の本をまた二つに割ろうなんて話は見過ごすわけにはいかねーな」
「遊んでいる様でいて一応は巡検隠密のお役目を果たそうという事でしょうか。しかしあなたも各地を見て回っているなら、この徳川の世で地方の侍たちがどうなっているのかはご存知でしょう」
「難しいことは知らねーよ。平和ってやつも悪くねぇだろう。確かに戦いが無くなったら侍は商売あがったりだが、元は侍でも百姓になって楽しく暮らしているやつもごまんと見て来たぜ。それはそれでいいんじゃねーのか?」
「日々の暮らしはそれでいいかもしれない。しかし平和ボケして侍が皆腑抜けになってしまったら、大陸から兵が攻めてきた時にいかがいたしますか? 日の本自体が無くなってしまうかもしれないんですよ」
十三郎はしばし考え込む。
「……言いたいことは分からなくもね~な。ま、正義は一つじゃねぇ。侍なら侍らしく刀と刀で語り合おうじゃねーか」
「拙者の目的は血を流すことではない。できればあなたの事は斬りたくない」
「おーおー、俺も舐められたもんだな。最初っから勝負が決まっている様な口振りじゃねーか。その余裕、実に気に食わねーな。おめーとは今まで真剣に手合わせした事は無かったな。言っとくが俺はつえーぜ」
そう言って十三郎は懐から法具の入った箱を取り出して地面に置くと、若杉の方を向いて刀を抜いた。
「知ってしまったのなら立場上斬り合わぬわけにはいかないでしょうね」
若杉も同じく刀を抜いて構えた。
●●●●●●●●●●●●
累が神社の裏境内に着いた時、そこには誰もいなかった。地面には十三郎のものだろう、地面に吸い込まれて液体の様は呈していないが、血痕が黒く残っている。あたりを見回すと粗末な小屋が一つある。累は小屋の前まで駆けて行くと今にも壊れそうなその扉を開けた。小屋に入ってすぐは土間になっているが、その先は板敷きの床となっていた。床にはござが敷かれいてその上には十三郎が横たわっていた。斬られたであろう傷口には細布が巻き付けられている。その枕元には若杉雨丸が目を閉じて正座をしていた。
「十…岸田殿は亡くなられたのか?」
累は平坦な声で若杉にそう声を掛けた。
「左様です。実に惜しい方を無くしました。しかしその亡骸も決して無駄には致しません」
累はしばしその場に立ち尽くす。頭の中には幼い頃より十三郎と過ごした日々の事が走馬灯のように思い出されていた。若杉は目を開き累の方を見た。
「岸田殿は拙者との真剣での勝負を望まれた。あれほどの剣技を持った方が相手だ、加減などできようはずもない。いや、場合によっては斬られていたのは拙者の方だったかもしれない」
累は若杉の言葉をじっと聞いていた。
「……武士が真剣勝負を挑んで斬られて亡くなった。それはそれで仕方のない事であろう。で、あれば私とも勝負をして頂けるかな?」
「何のために? お主にはそこまでして法具を守る義理はないであろう? 岸田殿がお亡くなりになって心を痛めているのは拙者も同じなのだ。ここは大人しく引き下がっては頂けぬか?」
確かに若杉の言う通りだと累は思った。自分にはそこまでして佐吉の法具を守る義理は無い。石田三成公が蘇って九州が独立国になろうが知った事ではない。十三郎の死も武士として勝負に臨んだ結果だ。累とて先日斬られる覚悟で塚原卜伝に挑んでいたではないか。しかし頭では理解できても感情は納得できない。
「ならば法具は返してもらおうか。友人から預かった大切な品だ。返すというなら黙ってこの場を立ち去ろう」
「なるほど、どうしてもやらなければいけないという事ですね……分かりましたお相手いたしましょう」
そう言って累と若杉は小屋の外へと出た。向かい合ってお互いに礼をした後、互いに腰の刀を抜いて構える。累は中段に、若杉はトンボの構えをとる。
「……あっしらの大将もめっぽう強いんですよ。今宵は満月でしょう? それでどうも霧の十三郎の死体を依り代にして石田三成公を蘇らせるつもりらしいです」
「そ、それが本当だったとして、なぜお前がそれを私に知らせるのだ!?」
「……あっしらの大将が反魂の法を欲してたのは、どうも個人的な事情らしいってこってす。日の本を二つに割ろうってんだからたちが悪い。しかしあっしらの組には大将をどうにかできそうな手練れはいない。まぁあっしなら何とか法具を盗み取る事ぐらいはできるかもしれない。しかし失敗したら誰にも知られずにこの世を去ることになりますからね。最後にご挨拶に伺ったまでです」
綿二がそう言い終わる前に累はすっくと立ちあがり、身支度を始めた。
「累殿、まだあっしがここにいるんですぜ」
そう言って綿二は着替える累から目をそらした。
「些細な事よ。それでその男というのはどこにおるのだ。十にぃの死体をもったままではそう遠くへはいけまい」
「悪いことはいわねぇ。やめといたほうがいい。あんたでもうちの大将には勝てないだろうよ。霧の十三郎でも勝てなかったんだからな」
累は身支度する手を休め、激高する感情を抑えつつ極めて冷静に、しかし強い語調でこう言った。
「言わねばこの場でお前を斬る!!」
「あんたがいうと冗談に聞こえねーな……」
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遡る事半日。十三郎は以前累が五人の侍とやり合った、神社の裏境内にいた。そこには公儀隠密、若杉雨丸の姿もあった。
「おう、久しぶりだな若杉。朝から色々と聞いてまわってたんで眠くてしょうがねーや。一昨日九州の若侍共を煽ったのはおめぇらしーな」
頭をボリボリと搔きむしりながら、十三郎は若杉に話しかけた。
「岸田殿、ご無沙汰しております。ここに現れたという事は全てをご存知だという事でしょうね」
若杉雨丸は静かな口調でそう言った。
「累でなくて悪かったな。あいつにゃまだ荷が重そうだったんで代わりに俺が来てやった。朝方天流剣術道場に届いた文は累には渡っちゃいねぇ。しかしなんでまたお前さんはこんな事してるんだ? 日の本の将来がどうだとか、そんな玉じゃねーだろ?」
「拙者の事をどう思われているかは分かりませんが……拙者、今は若杉姓を名乗ってはいるものの、元々生家は杉若無心に連なっているのです」
「杉若無心? なるほど関が原では西軍の武将だった杉若無心か……。 ま、なら分からなくもないか。しかし、あの戦はもう終わった話だろう。折角一つにまとまった日の本をまた二つに割ろうなんて話は見過ごすわけにはいかねーな」
「遊んでいる様でいて一応は巡検隠密のお役目を果たそうという事でしょうか。しかしあなたも各地を見て回っているなら、この徳川の世で地方の侍たちがどうなっているのかはご存知でしょう」
「難しいことは知らねーよ。平和ってやつも悪くねぇだろう。確かに戦いが無くなったら侍は商売あがったりだが、元は侍でも百姓になって楽しく暮らしているやつもごまんと見て来たぜ。それはそれでいいんじゃねーのか?」
「日々の暮らしはそれでいいかもしれない。しかし平和ボケして侍が皆腑抜けになってしまったら、大陸から兵が攻めてきた時にいかがいたしますか? 日の本自体が無くなってしまうかもしれないんですよ」
十三郎はしばし考え込む。
「……言いたいことは分からなくもね~な。ま、正義は一つじゃねぇ。侍なら侍らしく刀と刀で語り合おうじゃねーか」
「拙者の目的は血を流すことではない。できればあなたの事は斬りたくない」
「おーおー、俺も舐められたもんだな。最初っから勝負が決まっている様な口振りじゃねーか。その余裕、実に気に食わねーな。おめーとは今まで真剣に手合わせした事は無かったな。言っとくが俺はつえーぜ」
そう言って十三郎は懐から法具の入った箱を取り出して地面に置くと、若杉の方を向いて刀を抜いた。
「知ってしまったのなら立場上斬り合わぬわけにはいかないでしょうね」
若杉も同じく刀を抜いて構えた。
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累が神社の裏境内に着いた時、そこには誰もいなかった。地面には十三郎のものだろう、地面に吸い込まれて液体の様は呈していないが、血痕が黒く残っている。あたりを見回すと粗末な小屋が一つある。累は小屋の前まで駆けて行くと今にも壊れそうなその扉を開けた。小屋に入ってすぐは土間になっているが、その先は板敷きの床となっていた。床にはござが敷かれいてその上には十三郎が横たわっていた。斬られたであろう傷口には細布が巻き付けられている。その枕元には若杉雨丸が目を閉じて正座をしていた。
「十…岸田殿は亡くなられたのか?」
累は平坦な声で若杉にそう声を掛けた。
「左様です。実に惜しい方を無くしました。しかしその亡骸も決して無駄には致しません」
累はしばしその場に立ち尽くす。頭の中には幼い頃より十三郎と過ごした日々の事が走馬灯のように思い出されていた。若杉は目を開き累の方を見た。
「岸田殿は拙者との真剣での勝負を望まれた。あれほどの剣技を持った方が相手だ、加減などできようはずもない。いや、場合によっては斬られていたのは拙者の方だったかもしれない」
累は若杉の言葉をじっと聞いていた。
「……武士が真剣勝負を挑んで斬られて亡くなった。それはそれで仕方のない事であろう。で、あれば私とも勝負をして頂けるかな?」
「何のために? お主にはそこまでして法具を守る義理はないであろう? 岸田殿がお亡くなりになって心を痛めているのは拙者も同じなのだ。ここは大人しく引き下がっては頂けぬか?」
確かに若杉の言う通りだと累は思った。自分にはそこまでして佐吉の法具を守る義理は無い。石田三成公が蘇って九州が独立国になろうが知った事ではない。十三郎の死も武士として勝負に臨んだ結果だ。累とて先日斬られる覚悟で塚原卜伝に挑んでいたではないか。しかし頭では理解できても感情は納得できない。
「ならば法具は返してもらおうか。友人から預かった大切な品だ。返すというなら黙ってこの場を立ち去ろう」
「なるほど、どうしてもやらなければいけないという事ですね……分かりましたお相手いたしましょう」
そう言って累と若杉は小屋の外へと出た。向かい合ってお互いに礼をした後、互いに腰の刀を抜いて構える。累は中段に、若杉はトンボの構えをとる。
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