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第31話 写し身
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『この者も薩摩示現流か』と累は思った。であれば一撃必殺で強烈な初手が来るはずである。十三郎が斬られたのだからその腕は凄まじい物なのだろう。
「最初から全てを出してお相手しないといけない様ですね。我が名は古河藩剣術指南役、中沢直光が娘累! いざ尋常に勝負せよ」
そう言って累は深く息を吸う。そうしてゆっくりと吐き出すとその瞳は真紅に染まった。
「拙者赤目の一族とは初めて手合わせをさせて頂きます。不謹慎ながら胸が躍りますね。公儀隠密鷹の組組長、若杉雨丸。私儀あってお相手いたす」
と若杉が言った。きっとこの者は悪い物ではないのだろうと累は思った。しかし公儀隠密を名乗ったからには、累をこの場で確実に始末する自信があるという事だろう。それはどうにも気に食わない。そうして先ほどまでは十三郎の死を確認して激高していた心は、また違った意味で高鳴っているのを自覚した。
「チェストー!!」
掛け声とともに若杉は一気に間合いを詰めて、刀を振り下ろして来た。それは凄まじい振りであった。刀で受ければきっと刀事真っ二つに斬られていた事だろう。しかしその動きは赤目になった累にははっきりと見えていた。後退するのではなく体を左へと素早く動かして躱した。しかし若杉の刀身は振り下ろすや否や半円を描いてまた斜め上から振り下ろされる。確かにその軌道は、横に動いた累を追いかけて来た。最初の一撃ほどの威力は無いが早い。避ける間もなく累は刀でそれを摺り上げた。そうして逆にそのまま振りかぶって若杉に打ち込んだ。若杉は凄まじい速度の足さばきで後ろに下がってこれを躱した。
『今の動きは新陰流か……』
薩摩示現流にも二の太刀三の太刀の型もある。しかし若杉の動きは累の知っているそれらの技とは違っていた。先日手合わせをした井原幹次郎の新陰流に近い物であった。そうして気になったのは足さばきだ。あれも先日累が見せた縮地の足運びと全く同じだった。
「驚かれているようですね。そう、拙者は一度見たものの動きは全て記憶して自分もそれと同じように動くことができるのです。あなたの動きも先日少しですが拝見させて頂きました。今のあなたでは私に勝つことはできないでしょう。もうこのように不毛な争いはやめにしませんか?」
「なるほど、どうやら先日はどこかで見ておられたようですね。しかし私がこの目になってからの動きは未知数のはず……」
そう言って累は連続して斬りかかった。示現流とは違って一撃必殺ではない。威力よりも速度を重視して、より多くの手数を繰り出す。しかし若杉はそれらをことごとく躱していく。
「流石に凄まじい早さですね。しかし新陰流だけでも受け技は数百に及びます。更には他流派の技も合わせて、今の拙者はどのような攻撃も全て受ける事が出来ます」
「果たしてそうでしょうか?」
そう言って累は口元に笑みを浮かべる。その時若杉の着物の左そでがはらりと地面に落ちた。累の刀が切り裂いたのだ。
「なるほど、確かに赤目の力というのは凄まじいものですね。見えているだけでなく体にも変化をもたらしている様だ……では次は拙者の方から行きますよ」
そう言うや否や、若杉も連撃を放ってきた。累はその赤い目で動きを捉えて躱し続けるが、若杉の動きの殆どが先ほどの累の動きの模倣であった。動きだけではないその速さまでも完全に模倣して見せたのだ。先ほどの累と同じところで、その攻撃の区切りは付いた。
「技や動きはともかく、なぜ速さまで模倣出来るのだ!?」
累は息切れをしながらも若杉に聞く。
「赤目のからくりは拙者には分かりませぬ。しかし変化させるとは言っても、元々の体は同じもの。先ほどは力を速さに振り分けたのでしょう。拙者はそこまで正確に人間の動きと状態を解析し記憶できるのです。これは杉若の血筋に代々伝わる特殊な力なのです」
「杉若? 若杉ではなかったのか?」
「拙者今は若杉姓を名乗っておりますが、元は関が原では西軍の武将であった杉若無心の血筋なのです」
「私とて赤目の一族は、西軍であった真田幸村公にお仕えしていた事を知らぬわけではありません。しかしそれはもう終わった話。今更故人を現世に呼び戻してどうしようというのか?」
「勘違いなされるな。決して関ヶ原と徳川家に杉若家がされた事の私怨などという小さき物で動いているわけではござらん。日の本と侍の将来を憂いての事なのです。もう良いでしょう。賛同を得る事は諦めますが、黙って法具はお譲りください」
累には迷いが生じていた。自分は生まれた時から太平の世であった。お国の事など何も考えすに生きて来たし、今はこうしてお家の事だけを考えて婿探しをしている。
それに比べてこの若杉雨丸はどうだろうか? 己のことではなく、他の侍や日の本の事を考えて行動している。それが正解かどうかは累には分からないが、志は立派なものではないだろうか? そうしてなんといっても雨丸は歳は行っているが、若干のイケメンであった。あり寄りと言ってもいい。
「累殿! そのような世迷言に耳を貸す必要はありませんぞ!!」
どこからとなくそう声がした。声のした方を若杉と累は見る。そこには斎藤丈一郎と塚原卜伝の姿があった。
「最初から全てを出してお相手しないといけない様ですね。我が名は古河藩剣術指南役、中沢直光が娘累! いざ尋常に勝負せよ」
そう言って累は深く息を吸う。そうしてゆっくりと吐き出すとその瞳は真紅に染まった。
「拙者赤目の一族とは初めて手合わせをさせて頂きます。不謹慎ながら胸が躍りますね。公儀隠密鷹の組組長、若杉雨丸。私儀あってお相手いたす」
と若杉が言った。きっとこの者は悪い物ではないのだろうと累は思った。しかし公儀隠密を名乗ったからには、累をこの場で確実に始末する自信があるという事だろう。それはどうにも気に食わない。そうして先ほどまでは十三郎の死を確認して激高していた心は、また違った意味で高鳴っているのを自覚した。
「チェストー!!」
掛け声とともに若杉は一気に間合いを詰めて、刀を振り下ろして来た。それは凄まじい振りであった。刀で受ければきっと刀事真っ二つに斬られていた事だろう。しかしその動きは赤目になった累にははっきりと見えていた。後退するのではなく体を左へと素早く動かして躱した。しかし若杉の刀身は振り下ろすや否や半円を描いてまた斜め上から振り下ろされる。確かにその軌道は、横に動いた累を追いかけて来た。最初の一撃ほどの威力は無いが早い。避ける間もなく累は刀でそれを摺り上げた。そうして逆にそのまま振りかぶって若杉に打ち込んだ。若杉は凄まじい速度の足さばきで後ろに下がってこれを躱した。
『今の動きは新陰流か……』
薩摩示現流にも二の太刀三の太刀の型もある。しかし若杉の動きは累の知っているそれらの技とは違っていた。先日手合わせをした井原幹次郎の新陰流に近い物であった。そうして気になったのは足さばきだ。あれも先日累が見せた縮地の足運びと全く同じだった。
「驚かれているようですね。そう、拙者は一度見たものの動きは全て記憶して自分もそれと同じように動くことができるのです。あなたの動きも先日少しですが拝見させて頂きました。今のあなたでは私に勝つことはできないでしょう。もうこのように不毛な争いはやめにしませんか?」
「なるほど、どうやら先日はどこかで見ておられたようですね。しかし私がこの目になってからの動きは未知数のはず……」
そう言って累は連続して斬りかかった。示現流とは違って一撃必殺ではない。威力よりも速度を重視して、より多くの手数を繰り出す。しかし若杉はそれらをことごとく躱していく。
「流石に凄まじい早さですね。しかし新陰流だけでも受け技は数百に及びます。更には他流派の技も合わせて、今の拙者はどのような攻撃も全て受ける事が出来ます」
「果たしてそうでしょうか?」
そう言って累は口元に笑みを浮かべる。その時若杉の着物の左そでがはらりと地面に落ちた。累の刀が切り裂いたのだ。
「なるほど、確かに赤目の力というのは凄まじいものですね。見えているだけでなく体にも変化をもたらしている様だ……では次は拙者の方から行きますよ」
そう言うや否や、若杉も連撃を放ってきた。累はその赤い目で動きを捉えて躱し続けるが、若杉の動きの殆どが先ほどの累の動きの模倣であった。動きだけではないその速さまでも完全に模倣して見せたのだ。先ほどの累と同じところで、その攻撃の区切りは付いた。
「技や動きはともかく、なぜ速さまで模倣出来るのだ!?」
累は息切れをしながらも若杉に聞く。
「赤目のからくりは拙者には分かりませぬ。しかし変化させるとは言っても、元々の体は同じもの。先ほどは力を速さに振り分けたのでしょう。拙者はそこまで正確に人間の動きと状態を解析し記憶できるのです。これは杉若の血筋に代々伝わる特殊な力なのです」
「杉若? 若杉ではなかったのか?」
「拙者今は若杉姓を名乗っておりますが、元は関が原では西軍の武将であった杉若無心の血筋なのです」
「私とて赤目の一族は、西軍であった真田幸村公にお仕えしていた事を知らぬわけではありません。しかしそれはもう終わった話。今更故人を現世に呼び戻してどうしようというのか?」
「勘違いなされるな。決して関ヶ原と徳川家に杉若家がされた事の私怨などという小さき物で動いているわけではござらん。日の本と侍の将来を憂いての事なのです。もう良いでしょう。賛同を得る事は諦めますが、黙って法具はお譲りください」
累には迷いが生じていた。自分は生まれた時から太平の世であった。お国の事など何も考えすに生きて来たし、今はこうしてお家の事だけを考えて婿探しをしている。
それに比べてこの若杉雨丸はどうだろうか? 己のことではなく、他の侍や日の本の事を考えて行動している。それが正解かどうかは累には分からないが、志は立派なものではないだろうか? そうしてなんといっても雨丸は歳は行っているが、若干のイケメンであった。あり寄りと言ってもいい。
「累殿! そのような世迷言に耳を貸す必要はありませんぞ!!」
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