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第32話 世迷言
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「今や大陸の明は青色吐息だ。とても日の本に攻め入る様な力は持っておらぬ。もちろん他にも他国へ進出しようとしている国は世界中に多数ある。しかし日の本は幸いにして海に囲まれている。決して直ぐに攻め入るなどという事は、どこの国にもできはしないぞ!」
「何者だ!!」
若杉雨丸が叫ぶ。
「幕府旗本、斎藤丈一郎!」
丈一郎の言葉を聞いて、累は丈一郎が旗本であったことを思い出した。旗本というのは将軍に直接使える武士である。
「儂の方は名乗らんでもよかろう」
丈一郎の隣にいた卜伝はそう言って名乗りはあげなかった。
「あなたが、塚原卜伝殿か!!」
若杉雨丸が再び叫ぶ。
「なんじゃ、ばれとるのか……。まぁ良い。いかにも儂が塚原卜伝じゃ」
それを聞いて若杉雨丸はしばし考え込んでしまった。そうして近くにいる累にだけ聞こえる声でこう言った。
「これは困った。大義を果たす為にはここは立ち去るべきであろう。塚原卜伝殿に拙者ごときが敵うはずもない。しかし拙者のもののふとしての血が、卜伝殿との手合わせを望んでいる。しかし拙者は今ここで死ぬわけには行かないのだ……」
分かる分かるぞと言わんばかりの表情で累は若杉を見ている。
「ああ、そうか肝心な事を言ってなかったな。反魂の法で蘇った魂がこの世に居られるのは二月の間だけだ。もし石田三成公が蘇ったとして、たった二月で九州をまとめて独立国にするのは、いくら何でも不可能なのではないか?」
累のその言葉を聞いて若杉は唖然とした。
「それは誠の事なのか?!」
「若杉殿は法具の箱に入っていた書面は読んでいらっしゃらないのか? 反魂の法は満月の夜にしか使えない。そうして魂をこの世に留めておけるのは二月の間だと書かれているらしい。なので卜伝殿がこの世に留まれるのは満月の今宵迄のはずだ」
「反魂の法は満月の夜でなければ使えない事は知っていた。しかしそれが二月の間だけというのは読み取れていなかった。その様な記述は拙者が確認した限りでは書面には書かれていなかったはずだ。中沢殿はご自身で確認されたのか?」
「いや、また聞きで自分の目で確かめたわけではない」
若杉はその言葉を聞いて少々考え込んだ。
「もしその話が本当であれば、尚更今ここで塚原卜伝殿と手合わせをしない限り、もう機会は巡っては来ないという事ではないか……いや、そんな話ではない。いくら何でも二月の間で九州を独立させるのには無理がある……」
若杉は下を向いてブツブツと呟いている。しかしきっと顔をあげて卜伝の方を見た。
「塚原卜伝殿! 拙者公儀隠密若杉雨丸と申します。是非とも一手お手合わせをお願い致します!!」
「おいおい、お主は今累殿と決闘中では無かったのか? まぁしかし先ほどから見ていれば面白い技を使う様だ……」
卜伝は顎のあたりを右手でさすりながら累の方を見た。
「累殿、冥途の土産にこの者との勝負は儂が代わって引き受けても良いか?」
先ほどの若杉の言葉には、自分が相手にされていない様で累はカチンと来ていたが、他でもない塚原卜伝に、冥途の土産とまで言われては断ることもできない。何よりこの二人の勝負はこの赤目でしっかりと見てみたいというのもあった。
「卜伝殿には今日が最後の日でしたな。ならば仕方ない。ここはお譲りいたしましょう」
「おおそうか、これはかたじけない……」
卜伝がそう言いかけたところで丈一郎が割って入って来た。
「お待ち下さい卜伝殿! ここは一つ拙者に任せてはいただけないでしょうか? 短い間ではございましたが、卜伝殿の教えをどこまで体現できるか私に試させては頂けませんか」
「ん? そう来るか……。 まぁこの者を斬るのは造作もないが、自分の技が果してどこまで伝承できたかどうか、それを見るのも悪くは無いな……。若杉とか言ったな? 主はそれでも構わぬか?」
「そこの……斎藤殿を斬った後は塚原殿がお相手して下さるというのであれば構いませぬ」
おいおいと累は突っ込みたくなった。いくら塚原卜伝の教えを受けたとは言っても、それはたかだか一週間かそこらの話だ。確かに丈一郎の剣の筋は悪くは無いと思っている。しかしながら今は真剣で勝負をしているのだ。ここで丈一郎は命を懸けて勝負をする必要がどこにあるというのだろうか? どうにも命を軽く扱っている様な気がしてならない。そもそも十三郎が斬られた相手に丈一郎が敵うとは到底思えない……そこまで考えて、成る程自分も全く同じだったかと深く反省した。
丈一郎は腰から刀を抜いて構える。彼とて真剣で勝負するなどは滅多にない事…いや、初めてかもしれないだろうと累は思った。しかしそこには全く動揺も緊張も感じられない。一体この僅かな期間のうちに何を会得したというのだろうか。その構えからは迷いも躊躇も感じられなかった。
丈一郎の構えに呼応して若杉も構えた。先程の模倣したトンボの構えとは違う。中段の晴眼の構えである。そこには先程は見受けられた僅かな隙も感じられない。きっとこの構えこそが若杉本来の構えなのであろう。そう思うと先程は自分は舐められていたのかと、累の心内はまたざわざわと沸き立っていた。
若杉と丈一郎の二人はじっと相対した。若杉の隙の無い構えに対して、丈一郎のそれはどこからどう見ても隙だらけだ。しかしそれが逆に若杉を躊躇させていた。両者がしっと睨み合う中丈一郎が声をあげた。
「一之太刀(ひとつのたち)!!」
「何者だ!!」
若杉雨丸が叫ぶ。
「幕府旗本、斎藤丈一郎!」
丈一郎の言葉を聞いて、累は丈一郎が旗本であったことを思い出した。旗本というのは将軍に直接使える武士である。
「儂の方は名乗らんでもよかろう」
丈一郎の隣にいた卜伝はそう言って名乗りはあげなかった。
「あなたが、塚原卜伝殿か!!」
若杉雨丸が再び叫ぶ。
「なんじゃ、ばれとるのか……。まぁ良い。いかにも儂が塚原卜伝じゃ」
それを聞いて若杉雨丸はしばし考え込んでしまった。そうして近くにいる累にだけ聞こえる声でこう言った。
「これは困った。大義を果たす為にはここは立ち去るべきであろう。塚原卜伝殿に拙者ごときが敵うはずもない。しかし拙者のもののふとしての血が、卜伝殿との手合わせを望んでいる。しかし拙者は今ここで死ぬわけには行かないのだ……」
分かる分かるぞと言わんばかりの表情で累は若杉を見ている。
「ああ、そうか肝心な事を言ってなかったな。反魂の法で蘇った魂がこの世に居られるのは二月の間だけだ。もし石田三成公が蘇ったとして、たった二月で九州をまとめて独立国にするのは、いくら何でも不可能なのではないか?」
累のその言葉を聞いて若杉は唖然とした。
「それは誠の事なのか?!」
「若杉殿は法具の箱に入っていた書面は読んでいらっしゃらないのか? 反魂の法は満月の夜にしか使えない。そうして魂をこの世に留めておけるのは二月の間だと書かれているらしい。なので卜伝殿がこの世に留まれるのは満月の今宵迄のはずだ」
「反魂の法は満月の夜でなければ使えない事は知っていた。しかしそれが二月の間だけというのは読み取れていなかった。その様な記述は拙者が確認した限りでは書面には書かれていなかったはずだ。中沢殿はご自身で確認されたのか?」
「いや、また聞きで自分の目で確かめたわけではない」
若杉はその言葉を聞いて少々考え込んだ。
「もしその話が本当であれば、尚更今ここで塚原卜伝殿と手合わせをしない限り、もう機会は巡っては来ないという事ではないか……いや、そんな話ではない。いくら何でも二月の間で九州を独立させるのには無理がある……」
若杉は下を向いてブツブツと呟いている。しかしきっと顔をあげて卜伝の方を見た。
「塚原卜伝殿! 拙者公儀隠密若杉雨丸と申します。是非とも一手お手合わせをお願い致します!!」
「おいおい、お主は今累殿と決闘中では無かったのか? まぁしかし先ほどから見ていれば面白い技を使う様だ……」
卜伝は顎のあたりを右手でさすりながら累の方を見た。
「累殿、冥途の土産にこの者との勝負は儂が代わって引き受けても良いか?」
先ほどの若杉の言葉には、自分が相手にされていない様で累はカチンと来ていたが、他でもない塚原卜伝に、冥途の土産とまで言われては断ることもできない。何よりこの二人の勝負はこの赤目でしっかりと見てみたいというのもあった。
「卜伝殿には今日が最後の日でしたな。ならば仕方ない。ここはお譲りいたしましょう」
「おおそうか、これはかたじけない……」
卜伝がそう言いかけたところで丈一郎が割って入って来た。
「お待ち下さい卜伝殿! ここは一つ拙者に任せてはいただけないでしょうか? 短い間ではございましたが、卜伝殿の教えをどこまで体現できるか私に試させては頂けませんか」
「ん? そう来るか……。 まぁこの者を斬るのは造作もないが、自分の技が果してどこまで伝承できたかどうか、それを見るのも悪くは無いな……。若杉とか言ったな? 主はそれでも構わぬか?」
「そこの……斎藤殿を斬った後は塚原殿がお相手して下さるというのであれば構いませぬ」
おいおいと累は突っ込みたくなった。いくら塚原卜伝の教えを受けたとは言っても、それはたかだか一週間かそこらの話だ。確かに丈一郎の剣の筋は悪くは無いと思っている。しかしながら今は真剣で勝負をしているのだ。ここで丈一郎は命を懸けて勝負をする必要がどこにあるというのだろうか? どうにも命を軽く扱っている様な気がしてならない。そもそも十三郎が斬られた相手に丈一郎が敵うとは到底思えない……そこまで考えて、成る程自分も全く同じだったかと深く反省した。
丈一郎は腰から刀を抜いて構える。彼とて真剣で勝負するなどは滅多にない事…いや、初めてかもしれないだろうと累は思った。しかしそこには全く動揺も緊張も感じられない。一体この僅かな期間のうちに何を会得したというのだろうか。その構えからは迷いも躊躇も感じられなかった。
丈一郎の構えに呼応して若杉も構えた。先程の模倣したトンボの構えとは違う。中段の晴眼の構えである。そこには先程は見受けられた僅かな隙も感じられない。きっとこの構えこそが若杉本来の構えなのであろう。そう思うと先程は自分は舐められていたのかと、累の心内はまたざわざわと沸き立っていた。
若杉と丈一郎の二人はじっと相対した。若杉の隙の無い構えに対して、丈一郎のそれはどこからどう見ても隙だらけだ。しかしそれが逆に若杉を躊躇させていた。両者がしっと睨み合う中丈一郎が声をあげた。
「一之太刀(ひとつのたち)!!」
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