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アイリーン・ベーカー
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アイリーンこと私には父親がいない。それは私が歩けるようになっても変わらなかった。
「アイリーン、アイリーン何処に行ったの?」
「お母様こっちです!」
「まぁアイリーン!? どうしてそんな泥だらけなの」
走れる、動ける、前世では出来なかったことがこの身体なら当たり前のように出来るのだ。当然興奮したし嬉しかった私はすっかりおてんば娘と呼ばれる程には元気のいい子へと成長していた。
「お母様見てください、今日は山で兎を狩ってきたんです! 久方ぶりの肉ですよ肉」
「.......兎の狩り方なんてどこで覚えたの」
「罠を仕掛けました。力作だと自負しております」
胸を張り母からの賞賛を待つ私にクラリスは呆れた様子で笑いながら頭を撫でてくれた。
「貴方は本当に変なことばっかり知ってるわね」
前世の私はずっとベッドの上だった。だから読めるだけの本を読んで時間を潰していたのだ。兎の狩り方や冬場に寒さをしのげる手段等全部前世で得たものを工夫して利用したにすぎない。周囲は物言いや言動が幼子のそれと違うことから少々気味悪がっているみたいだが構うものかと気にしなかった。せっかく得たチャンスだ、したいこと全部してやろう。
「今夜は兎鍋にしてあげるから、早く水浴びしてきなさい」
「はーい」
この世界にはどうやら階級制度があるらしい。母国日本にあったのとは若干違ったどちらかといえばヨーロッパの階級制度が近いだろう。王室と貴族を頂点に爵位といった称号まである。私たち平民にはまるで関係ない話だが階級によってはここよりもっと豊かな暮らしをしているらしい。
「っ、ゲホッ.......」
「お母様?」
クラリスは時折苦しそうに顔を歪め咳をすることが多くなった。私は生前の経験から咳の仕方で容態が悪いのかどうかある程度分かる、早く医者に診てもらうべきだと何度彼女に訴えてもクラリスは聞く耳を持たなかった。
「お母さんは大丈夫よ、アイリーンも水浴びで身体を冷やさないようにね」
貧しかろうが何だろうが自由に動ける手足と自分の意志を持てる強さがあればどうにでもなると私は思う。クラリスはいつも申し訳なさそうに「貴方には苦労させて」なんて零しているがこの丈夫な身体で産んでくれたこと以上の祝福なんて存在しない、いつか上流階級が泣いて羨むような生活をクラリスにさせてやりたいとは思っているが。
「さあお食べ、沢山作ったからね」
兎から取った出汁スープに蒸し肉。普段煮豆や芋ばかり食べている身としてはかなりのご馳走だ。
「いただきます!」
「アイリーンは本当に魚と肉が大好きね」
私があんまり美味しそうに頬張るのでクラリスは思わず苦笑しながらおかわりをついだ。前世ではほとんど病院食か点滴ばかりだったから全て美味しく感じる。
事はそんな夕食どきに起こった。
いきなり戸が叩かれたかと思えば低くくぐもった男性の声が聞こえる。焦った様子はないが重々しい雰囲気だ。
「ちょっと待っていて頂戴」
クラリスは私にそう呼びかけると席をたち戸口に向かう。こんな時間に誰だろう、不審者だった時に備え私も音を立てずに忍び寄った。手には木の棒を持ち構えている。
「どちら様でしょうか」
母が扉を開けた途端割り込むように男が数名玄関に入ってきた。
「クラリス嬢とお見受けしますが」
「な、何ですか貴方たち!!」
「我々はアルフレッド・ベーカー様より勅命を承けた者です。」
男性等の格好から察するに騎士団か武装した兵。何にせよ一介の平民を尋ねてくる理由はないはずだ。
「アル.......アルフレッドって言いましたか」
「アルフレッド公爵より娘さんの身柄を預かりに来ました」
アルフレッド? 公爵? 一体何のことだ。クラリスは顔を真っ青にしながら男性がこれ以上踏み込んでこないよう行く手を塞いだ。
「あの子に何をする気!?」
「身の安全は保証します。娘さんは」
物陰に隠れていた私と男の目が合う。男は横にいた部下らしき人に合図するとズカズカ遠慮なく家へ入ってきた。
「アイリーン!!」
悲痛なまでの叫びが耳に届く。男はクラリスと私を近寄らせないようそれぞれ拘束するとクラリスに何やら小声で囁いた。
「そんな、今更どうして」
力が抜け膝をつくクラリス。私は何者かも分からない男に腕を掴まれる、咄嗟に噛み付くと男は唸り声をあげその場でうずくまった。
「お母様っ」
前世の母は私を抱きしめるなんてしてくれなかった。それどころか病気で床に伏せる私に一度だって「私がついているから大丈夫」なんて投げかけてさえくれなかった。記憶があれど私にとって母親は今目の前にいるクラリスだけだ。
クラリスの肩を抱き、嗚咽をもらす彼女をさすった。何が起きているのか分からないがもう彼女とは会えなくなるかもしれないという嫌な予感が私の中にはあった。
「お母様、私なら大丈夫です」
私は貴方の子だから。そう伝えるとクラリスは一層大きな声で泣いてしまった。男達は私たち親子の最後の別れを邪魔することもなくただ静かに見守り続ける。
どのくらい時間が経ったのか、しばらくして私は大きな馬車へと乗せられそのまま連れ去られた。夜通し馬車に揺られ目的らしい所に着いたのはもう翌日の昼を回っていた。
「長旅お疲れ様でしたアイリーン嬢」
嬢なんて呼ばれ方はしたことがない。馬車から降りるとそこは豪邸と呼んで差し支えないほど広い家が建っていた。唖然と立ち尽くす私を男が先を急がせ、私の背の何倍もある玄関へ案内する。
「今日からここが貴方の家になります。アイリーン・ベーカー様」
男はアルフレッド・ベーカーから命令を受けたと言っていた。
アイリーン・ベーカー、その名前を聞いた時私はとんでもない事実に気がついてしまった。
この世界は私が知っている世界だ。
かつての友人郁がよく私に語っていたゲーム『君が為に~恋を贈る学園』の中だ。
「アイリーン、アイリーン何処に行ったの?」
「お母様こっちです!」
「まぁアイリーン!? どうしてそんな泥だらけなの」
走れる、動ける、前世では出来なかったことがこの身体なら当たり前のように出来るのだ。当然興奮したし嬉しかった私はすっかりおてんば娘と呼ばれる程には元気のいい子へと成長していた。
「お母様見てください、今日は山で兎を狩ってきたんです! 久方ぶりの肉ですよ肉」
「.......兎の狩り方なんてどこで覚えたの」
「罠を仕掛けました。力作だと自負しております」
胸を張り母からの賞賛を待つ私にクラリスは呆れた様子で笑いながら頭を撫でてくれた。
「貴方は本当に変なことばっかり知ってるわね」
前世の私はずっとベッドの上だった。だから読めるだけの本を読んで時間を潰していたのだ。兎の狩り方や冬場に寒さをしのげる手段等全部前世で得たものを工夫して利用したにすぎない。周囲は物言いや言動が幼子のそれと違うことから少々気味悪がっているみたいだが構うものかと気にしなかった。せっかく得たチャンスだ、したいこと全部してやろう。
「今夜は兎鍋にしてあげるから、早く水浴びしてきなさい」
「はーい」
この世界にはどうやら階級制度があるらしい。母国日本にあったのとは若干違ったどちらかといえばヨーロッパの階級制度が近いだろう。王室と貴族を頂点に爵位といった称号まである。私たち平民にはまるで関係ない話だが階級によってはここよりもっと豊かな暮らしをしているらしい。
「っ、ゲホッ.......」
「お母様?」
クラリスは時折苦しそうに顔を歪め咳をすることが多くなった。私は生前の経験から咳の仕方で容態が悪いのかどうかある程度分かる、早く医者に診てもらうべきだと何度彼女に訴えてもクラリスは聞く耳を持たなかった。
「お母さんは大丈夫よ、アイリーンも水浴びで身体を冷やさないようにね」
貧しかろうが何だろうが自由に動ける手足と自分の意志を持てる強さがあればどうにでもなると私は思う。クラリスはいつも申し訳なさそうに「貴方には苦労させて」なんて零しているがこの丈夫な身体で産んでくれたこと以上の祝福なんて存在しない、いつか上流階級が泣いて羨むような生活をクラリスにさせてやりたいとは思っているが。
「さあお食べ、沢山作ったからね」
兎から取った出汁スープに蒸し肉。普段煮豆や芋ばかり食べている身としてはかなりのご馳走だ。
「いただきます!」
「アイリーンは本当に魚と肉が大好きね」
私があんまり美味しそうに頬張るのでクラリスは思わず苦笑しながらおかわりをついだ。前世ではほとんど病院食か点滴ばかりだったから全て美味しく感じる。
事はそんな夕食どきに起こった。
いきなり戸が叩かれたかと思えば低くくぐもった男性の声が聞こえる。焦った様子はないが重々しい雰囲気だ。
「ちょっと待っていて頂戴」
クラリスは私にそう呼びかけると席をたち戸口に向かう。こんな時間に誰だろう、不審者だった時に備え私も音を立てずに忍び寄った。手には木の棒を持ち構えている。
「どちら様でしょうか」
母が扉を開けた途端割り込むように男が数名玄関に入ってきた。
「クラリス嬢とお見受けしますが」
「な、何ですか貴方たち!!」
「我々はアルフレッド・ベーカー様より勅命を承けた者です。」
男性等の格好から察するに騎士団か武装した兵。何にせよ一介の平民を尋ねてくる理由はないはずだ。
「アル.......アルフレッドって言いましたか」
「アルフレッド公爵より娘さんの身柄を預かりに来ました」
アルフレッド? 公爵? 一体何のことだ。クラリスは顔を真っ青にしながら男性がこれ以上踏み込んでこないよう行く手を塞いだ。
「あの子に何をする気!?」
「身の安全は保証します。娘さんは」
物陰に隠れていた私と男の目が合う。男は横にいた部下らしき人に合図するとズカズカ遠慮なく家へ入ってきた。
「アイリーン!!」
悲痛なまでの叫びが耳に届く。男はクラリスと私を近寄らせないようそれぞれ拘束するとクラリスに何やら小声で囁いた。
「そんな、今更どうして」
力が抜け膝をつくクラリス。私は何者かも分からない男に腕を掴まれる、咄嗟に噛み付くと男は唸り声をあげその場でうずくまった。
「お母様っ」
前世の母は私を抱きしめるなんてしてくれなかった。それどころか病気で床に伏せる私に一度だって「私がついているから大丈夫」なんて投げかけてさえくれなかった。記憶があれど私にとって母親は今目の前にいるクラリスだけだ。
クラリスの肩を抱き、嗚咽をもらす彼女をさすった。何が起きているのか分からないがもう彼女とは会えなくなるかもしれないという嫌な予感が私の中にはあった。
「お母様、私なら大丈夫です」
私は貴方の子だから。そう伝えるとクラリスは一層大きな声で泣いてしまった。男達は私たち親子の最後の別れを邪魔することもなくただ静かに見守り続ける。
どのくらい時間が経ったのか、しばらくして私は大きな馬車へと乗せられそのまま連れ去られた。夜通し馬車に揺られ目的らしい所に着いたのはもう翌日の昼を回っていた。
「長旅お疲れ様でしたアイリーン嬢」
嬢なんて呼ばれ方はしたことがない。馬車から降りるとそこは豪邸と呼んで差し支えないほど広い家が建っていた。唖然と立ち尽くす私を男が先を急がせ、私の背の何倍もある玄関へ案内する。
「今日からここが貴方の家になります。アイリーン・ベーカー様」
男はアルフレッド・ベーカーから命令を受けたと言っていた。
アイリーン・ベーカー、その名前を聞いた時私はとんでもない事実に気がついてしまった。
この世界は私が知っている世界だ。
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