3 / 58
『君が為に〜恋を贈る学園』
しおりを挟む
ある日、郁が憂いを帯びた表情で溜息を漏らした。
「悩み事でもあるの?」
「アイザック様が素敵すぎて」
アイザック?
「おい誰だその男、ちゃんと紹介しなさい」
「栞は私のお母さんポジなのね」
やれやれと呆れた顔をする郁に若干苛立ちを覚えつつも私は再度誰だと問う。
「これよこれ!」
郁が私に突き出したのはスマートフォンだ。画面に映るのは煌びやかな画像、派手な色合いの男達が何人もそれぞれポーズを取っている。
「.......ゲームか」
「そう! 『君が為に~恋を贈る学園』、君恋って言って今大人気なんだから」
私が世間と隔離されていた間にこんなものが流行っていたのか。物珍しげに見つめていれば郁が「栞もやらない?」と聞いてきた。
「私はいい」
こういうものは好かない。開いたままの本に視線を戻した。
「栞頭硬いな~凄い面白いのに、特にこのアイザック様ってキャラクターが最高にかっこよくて」
聞いてもないのに話を続ける郁。彼女は私のベッドの横に腰掛けると口も止めずにプレイし始めた。
「何でここでやるの」
「だってここ個室でしょ? 奇声発しても怒られないじゃん」
「私が怒る」
「栞優しいから大丈夫」
本人を前にして何言ってるんだと思いいつ、どうせ聞かないので放置することにした。
「そうだ、栞ならこの中で誰が一番かっこいいと思う?」
さっき私に見せてきた画像をもう一度かざしながら落ち着きのない様子で聞いてくる郁。私は仕方ないと画面に目を通し、ぶっきらぼうに一人の男性を指さした。
「この人かな」
選んだ理由は単純、健康的そうだったからだ。
「おっブラウンじゃん!!」
アイザックとやらには様付けだったのに随分扱いが乱暴だな。
「ブラウンはねいいよ~俺様系ツンデレ」
ちょっと何を言っているのか分からないので適当な相槌を返した。
「アイザック様の妹にアイリーンって子がいるんだけど、ブラウンはその子と婚約者なの」
「そのゲームは婚約者がいる相手にもちょっかい出すのか」
主人公どうなんだそれは。
「アイリーンとブラウンは親同士が勝手に決めた婚約者だから。二人はむしろ仲悪いくらい」
郁が言うにはそのアイリーンという女性、他の男にはまるで興味がなく自分の兄だけを愛していた節があるらしい。
「ブラコンってやつね」
「脇役にしては濃いな」
お兄様大好きアイリーンは主人公と兄が仲睦まじくしているのがお気に召さなかったようで、主人公に対し様々な嫌がらせをする。郁はこういったキャラクターを悪役令嬢と呼ぶのだと教えてくれた。
「アイリーンが嫌がらせしてるのは何も主人公だけじゃないけどね、アイザックに想いを寄せてる子に手当り次第って感じ」
アイザックはゲーム内で最も攻略の難しいキャラらしいがその主な理由がアイリーンの企てによるところが大きいらしい。どれだけ兄のこと好きなんだ、ここまでくると怖いな。
「でも私、アイリーンのこと嫌いになれないのよね」
お人好しの郁らしい発言だ。
「この子にもこの子なりの理由があるの」
「にしてもやり過ぎだ」
私の言葉に郁は考え込むと何やら言いづらそうな顔をした。
「アイリーンとアイザック様って腹違いの兄妹って設定らしいんだけど」
重いなその乙女ゲーム。
「アイリーンはあまり家族に好かれてなかったみたい。でもほら、アイザック様って凄く優しいから」
恋人のことを語るようにうっとり目を伏せる郁。
「アイリーンにとってアイザック様だけが家族だったのよ」
彼女がプレイしていた中で特に印象深いアイリーンの台詞があるらしい。
──────私から家族を取らないで!!
平民の家柄でありながら学園内の多くの人たちと交流を深めていく主人公、方や自分はたった一人の家族すら優しさからでしか愛を得られない。アイリーンが主人公に抱く気持ちはただの嫉妬だったのか? そこには妬み嫉み以外にも羨望といった感情も混じっていたのではないか。
そして郁が話してくれた内容の中で今一番考えるべきことがある。
「アイリーンはどのルートでもアイザック様から離されちゃうの」
アイリーン・ベーカーはどのルートにおいても幸せにはなれない。
因果応報、勧善懲悪というべきか。彼女は全てのルートで無惨な最後を遂げている。
主人公とブラウンが結婚するエンドでは名目上とはいえ婚約者を取られたと喚くアイリーンが主人公に罪を着せて追放させようと目論むも失敗、アイリーン死罪。ちなみに失敗しなかった場合は責任を感じたブラウンが自害するらしい。
主人公がアイザックと結ばれるルートでは二人の仲を邪魔し、主人公の命をも狙いそして失敗。殺人未遂の容疑で逮捕されそれ以前にやらかしたことその他諸共含めて処刑。まだマシなエンドでは主人公とアイザックが駆け落ち、ベーカー家の没落エンドか主人公とアイザックがベーカー家に残る代わりにアイリーンが追放のどちらかだ。
正直、私が彼女自身に生まれ変わったりしなければ本当どうでもいいの一言で一喝したぐらいどうしようもない人間なんだよな。郁はどうして彼女に同情するような事を口走ったんだとあの当時は不思議だったが自分の立場になって思う、これ育った環境が悪いな。
──────私から家族を取らないでよ!!
この台詞なんて絶賛今私がアルフレッド・ベーカーに言ってやろうとしてたことそのものだ。
クラリスのことも心配しつつこれから自分の身も守っていかなければならない私は暗雲立ち込める先を思い肩を落とした。
「悩み事でもあるの?」
「アイザック様が素敵すぎて」
アイザック?
「おい誰だその男、ちゃんと紹介しなさい」
「栞は私のお母さんポジなのね」
やれやれと呆れた顔をする郁に若干苛立ちを覚えつつも私は再度誰だと問う。
「これよこれ!」
郁が私に突き出したのはスマートフォンだ。画面に映るのは煌びやかな画像、派手な色合いの男達が何人もそれぞれポーズを取っている。
「.......ゲームか」
「そう! 『君が為に~恋を贈る学園』、君恋って言って今大人気なんだから」
私が世間と隔離されていた間にこんなものが流行っていたのか。物珍しげに見つめていれば郁が「栞もやらない?」と聞いてきた。
「私はいい」
こういうものは好かない。開いたままの本に視線を戻した。
「栞頭硬いな~凄い面白いのに、特にこのアイザック様ってキャラクターが最高にかっこよくて」
聞いてもないのに話を続ける郁。彼女は私のベッドの横に腰掛けると口も止めずにプレイし始めた。
「何でここでやるの」
「だってここ個室でしょ? 奇声発しても怒られないじゃん」
「私が怒る」
「栞優しいから大丈夫」
本人を前にして何言ってるんだと思いいつ、どうせ聞かないので放置することにした。
「そうだ、栞ならこの中で誰が一番かっこいいと思う?」
さっき私に見せてきた画像をもう一度かざしながら落ち着きのない様子で聞いてくる郁。私は仕方ないと画面に目を通し、ぶっきらぼうに一人の男性を指さした。
「この人かな」
選んだ理由は単純、健康的そうだったからだ。
「おっブラウンじゃん!!」
アイザックとやらには様付けだったのに随分扱いが乱暴だな。
「ブラウンはねいいよ~俺様系ツンデレ」
ちょっと何を言っているのか分からないので適当な相槌を返した。
「アイザック様の妹にアイリーンって子がいるんだけど、ブラウンはその子と婚約者なの」
「そのゲームは婚約者がいる相手にもちょっかい出すのか」
主人公どうなんだそれは。
「アイリーンとブラウンは親同士が勝手に決めた婚約者だから。二人はむしろ仲悪いくらい」
郁が言うにはそのアイリーンという女性、他の男にはまるで興味がなく自分の兄だけを愛していた節があるらしい。
「ブラコンってやつね」
「脇役にしては濃いな」
お兄様大好きアイリーンは主人公と兄が仲睦まじくしているのがお気に召さなかったようで、主人公に対し様々な嫌がらせをする。郁はこういったキャラクターを悪役令嬢と呼ぶのだと教えてくれた。
「アイリーンが嫌がらせしてるのは何も主人公だけじゃないけどね、アイザックに想いを寄せてる子に手当り次第って感じ」
アイザックはゲーム内で最も攻略の難しいキャラらしいがその主な理由がアイリーンの企てによるところが大きいらしい。どれだけ兄のこと好きなんだ、ここまでくると怖いな。
「でも私、アイリーンのこと嫌いになれないのよね」
お人好しの郁らしい発言だ。
「この子にもこの子なりの理由があるの」
「にしてもやり過ぎだ」
私の言葉に郁は考え込むと何やら言いづらそうな顔をした。
「アイリーンとアイザック様って腹違いの兄妹って設定らしいんだけど」
重いなその乙女ゲーム。
「アイリーンはあまり家族に好かれてなかったみたい。でもほら、アイザック様って凄く優しいから」
恋人のことを語るようにうっとり目を伏せる郁。
「アイリーンにとってアイザック様だけが家族だったのよ」
彼女がプレイしていた中で特に印象深いアイリーンの台詞があるらしい。
──────私から家族を取らないで!!
平民の家柄でありながら学園内の多くの人たちと交流を深めていく主人公、方や自分はたった一人の家族すら優しさからでしか愛を得られない。アイリーンが主人公に抱く気持ちはただの嫉妬だったのか? そこには妬み嫉み以外にも羨望といった感情も混じっていたのではないか。
そして郁が話してくれた内容の中で今一番考えるべきことがある。
「アイリーンはどのルートでもアイザック様から離されちゃうの」
アイリーン・ベーカーはどのルートにおいても幸せにはなれない。
因果応報、勧善懲悪というべきか。彼女は全てのルートで無惨な最後を遂げている。
主人公とブラウンが結婚するエンドでは名目上とはいえ婚約者を取られたと喚くアイリーンが主人公に罪を着せて追放させようと目論むも失敗、アイリーン死罪。ちなみに失敗しなかった場合は責任を感じたブラウンが自害するらしい。
主人公がアイザックと結ばれるルートでは二人の仲を邪魔し、主人公の命をも狙いそして失敗。殺人未遂の容疑で逮捕されそれ以前にやらかしたことその他諸共含めて処刑。まだマシなエンドでは主人公とアイザックが駆け落ち、ベーカー家の没落エンドか主人公とアイザックがベーカー家に残る代わりにアイリーンが追放のどちらかだ。
正直、私が彼女自身に生まれ変わったりしなければ本当どうでもいいの一言で一喝したぐらいどうしようもない人間なんだよな。郁はどうして彼女に同情するような事を口走ったんだとあの当時は不思議だったが自分の立場になって思う、これ育った環境が悪いな。
──────私から家族を取らないでよ!!
この台詞なんて絶賛今私がアルフレッド・ベーカーに言ってやろうとしてたことそのものだ。
クラリスのことも心配しつつこれから自分の身も守っていかなければならない私は暗雲立ち込める先を思い肩を落とした。
0
あなたにおすすめの小説
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる