やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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誕生日会⑶

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 男の戯言はまだ続く。
「そうだ、うちにはまだ幼い息子もいるんだよ。アイリーン嬢がもし婚約破棄されても安心だ!」
安心とは何だろうか、吐き気のする言葉に理解が追いつかない。

「お嬢様あの男を殺しても?」
「貴方の仕事はあくまで護衛であって人殺しじゃないでしょう、そのまま大人しく控えていて下さい」
ルイが声に感情を乗せるのは稀だ。私自身怒りに身を任せてしまいそうなぐらいだから仕方ないか。

アイザックは何も答えない。答えられないのだろう。アイリーン・ベーカーが妾の子と知っている人物は少ない、それが公になれば実際ギルバート家との婚約破棄もありえる。妾の子なんて身元の分からない者を嫁がせたと騒がれれば流石のアルフレッドも痛手だろう。

この男は、アイザックを脅しているのだ。自分の娘を嫁にしないなら妹を使って陥れると。明確に発言しないまでもそう捉えられる物言いをしている。ふざけるな。何が婚約破棄だ、何が妾の子だ。アルフレッド公爵の名前に傷がつくのはいい、ベーカー家なんて知ったことか。アイリーン・ベーカーが婚約破棄された傷物になること自体私としては構わない。ただ、それはアイザックの名前にも傷がつくことを意味する。

それにアイザックは優しいのだ、何処までも、誰にでも。優しい彼は私の為に目の前にいる男の言葉を突き放せない。
「.......僕だけの口から返事をすることは出来ません。でも、アイリーンのことはっ! アイリーンはまだ家に来て間もないのです。これ以上あの子を傷つけたくない、だから」


 お願いです、そうアイザックが口にするより先に私は彼の名前を呼んだ。

「アイザックお兄様!!」
「あ、アイリーン」
「もうこんな場所にいたんですか!? リリアンお母様が心配していましたよ.......あらそちらの方は」
名乗れ、男に促した。男は私の登場に驚きを隠せない様子だったがすぐ一礼をした。
「これはこれはアイリーン嬢。私はモラン・ゼバス、これでも辺境伯なんだよ」
モラン辺境伯.......聞いたことがない。何故こんな男がベーカー家の内情に詳しいんだ。疑念を悟られないよう微笑みかける。
「ゼバス様、すみませんが急ぎでないのでしたらお兄様はこれで失礼してもよろしいでしょうか? 何せパーティの主役がいないので皆困っているのです」
何も聞いていない、聞こえていたとしても理解に及ばないそんな子供に見えたのだろう。モランは「勿論です」なんて気味の悪い笑い声と共に返してきた。
「ほらお兄様は早く行ってください!」
「で、でも」
ちらりとモランの方を見るアイザックの背中を押し、彼を会場へと帰した。その後ろ姿があまりにも小さく、改めてまだ幼い子供なんだと自覚させられる。



「おや? アイリーン嬢は戻らないのかい?」
「えぇ。ゼバス様と少しお話がありますので」
もうごめんだ、分厚い猫の被り物を剥いでモランを睨みつけた。
「随分ベーカー家についてお詳しいんですね、誰にお聞きになったんです?」
「.......アイリーン嬢?」
子供だと侮っていた相手がいきなり凶変したのが奇妙だったのか、モランが眉をしかめた。
「お兄様を使って直接婚約にこじつけようなんて、よくもまぁそんな恥知らずな真似が出来ますよね」
アイザックが私の為になら断らないことまで知っていたんだ。ただ者では無さそうだが、一体。
「何を仰いますか。私はただ双方にとってよりよいご決断をと」
「あまりベーカー家を舐めない方がよろしいですよ?」
アルフレッド底意地の悪い悪魔だが、権力はある。

「公爵家と接点を持ちたいならもっと別の方法を取るべきでしたね、ゼバス様。お生憎私は婚約破棄や妾の子呼ばわり等痛くも痒くもありません」
自分の子を権力者の子と婚約させ力を持とうとすること自体は納得出来る。階級制度なんて厄介な仕組みの生んだ避けられない事だろう。




 だが、やり方が気に食わない。

「喧嘩売るなら正面から来いよクソ髭」

汚く罵った少女が目の前にいる私だと自覚し、目を見開くモラン。
「それではモラン様、近いうちにまた」
一礼をして目もくれずその場から離れようとした私にモランは低く唸りながら吐き捨てた。

「呪われた家系のくせに」

意味が分からず振り返るが、冷笑を浮かべるモランはその先を言おうとはしない。私は気に止めず彼に背を向けることを選んだのだった。












───────アレは不向きなんだよ、駒としても当主としても。

───────優しすぎる。



アルフレッドが言っていた事の意味をようやく理解した。アイザック・ベーカーは優しすぎる。
それは決していい事だけじゃないのだ。彼の優しさに救われる者もいれば、つけこもうとする者もいる。優しい分だけアイザックが苦しむのだ。





 外の風に当たろうとロビーへ出た。服が汚れるのも気にせずその場に座り込む。どうすればいいのか分からなかったからだ、私がアイザックに何をしてやれるのだろう.......。

「アイリ?」
アイザックの声が聞こえる。きっと会場に戻らない私を心配して来てくれたんだろう。

「さっきブラウン、君の婚約者に挨拶されたよ。凄く活発ないい子だね」
「えぇ」
「アイリはあの子と婚約できて嬉しいかい?」
私が頷けばきっとアイザックはあの男に言われた通り、望んでもいない婚約を提案するだろう。
「.......ブラウン様は何か言っていませんでしたか?」
「君を必ず守ると。後、誕生日おめでとうって祝われたよ」


そうだ、彼は今日誕生日のはずなのに。

皆、どうしてブラウンのように祝いの言葉だけを贈ってなれないんだ。自身の思惑や陰謀にばかり気を向けてアイザックのことを見てくれない。アイザックもアイザックだ、彼は誰にでも優しいのに唯一彼自身にだけ優しくない。

アイザックの慈しみはあまりに報われない。
「お兄様」
「どうかしたのかい?」
私は顔を上げ、彼に問うた。
「貴方はどうして優しくあろうとするんですか?」
何を聞かれたのか、戸惑ったアイザックだったが私の真剣な顔に黙り込んだ。そして微笑みを零した。

彼の慈悲は不自然な程頑強で揺るがない。ただ優しいんじゃない、多少無理をしてでも優しく振舞おうとしているようにしか見えないのだ。


「僕はねアイリ、お父様のようにはなれない。そして君のように賢くもない」
公爵としてあるべき冷徹さを彼は持ち合わせていない、そしてこれからも。
「だからこそ優しくあり続けたいんだ。僕にとってはそれが強さなんだよ」


その真っ直ぐな言葉に私は心を決めた。うずくまっていた身体を起こし立ち上がる。
「アイリ?」
「もし貴方がこれからもその優しさを貫くなら.......」
片膝をアイザックの前についた。頭を下げる。
















「私を利用して下さい」

私が貴方の盾になりましょう。


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