やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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『閑話』とある護衛役の日常⑴

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 雇い主であるアルフレッド・ベーカー様に呼び出され彼の入り浸っている書斎に足を運ぶと神妙な空気が場を包んでいた。
「よく来てくれたな、ルイ」
「どうかされましたか?」

この主には定期的にお嬢様の様子を報告する義務を承っているが、いつものソレとは雰囲気が違いすぎる。アルフレッド様はおもむろに口を開いた。
「我が領内にネズミが紛れたようだ」
何処ぞの間者が侵入したらしい。緊張感漂う物言いに自然と背筋が伸びる。
「まだ正確な所在が掴めていないが、近いうちにアイリーンへ接触してくる可能性がある」
「お嬢様ですか」
「あぁ。ネズミの雇い主はもうこちらで突き止めているんだ」
そう言ってアルフレッド様が口にしたのは先日アイリーンお嬢様が恨みを買っていた某子爵だった。

子爵には一人娘がいるのだが、その娘がアイザック様に言いより他の女児と揉め事を起こしていたのだ。見兼ねたお嬢様が彼女達の間に割って入ったかと思えば「人目のあるところで殿方を口説くこうなんて随分品にかける行いですこと」「そんなに喚いたってお兄様の視界にすら入っていませんよ?」「誰、とは言いませんがあまり目に余りますとこちらからお兄様へ直に事情をお話しないといけません」等など。
事情を知らない者から見ればアイリーン嬢がまた格下貴族の娘を脅していると捉えられても仕方ないような剣幕で吐き捨てていた。某子爵娘は顔を真っ赤にして「お父様に言いつけてやるんだから!!」と捨て台詞を置いていったがそれにすら「そちらのお父様に一体何が出来ると?」なんて嘲笑っていた。

うちのお嬢様は頭がいいのに損な性格をしている。今回の件だって、喧嘩の原因がアイザック様だと当人に知られないようそして恨みの対象がアイザック様に移らないようわざと憎まれ役を買って出たのだ。結果事態は終結した、しかし周囲からのアイリーンお嬢様への評価はまた一つ星を減らせたのである。




─────難儀な方だ、本当に。




 もっと生きやすい方法があったはずなのに、自分のことは棚に上げて危険な振る舞いばかりするお嬢様へ心配の念が募っていた。

「ネズミの処理は滞りなく拝命致します」
「可能なら生きた状態で捕まえてくれ、某子爵への手土産にしたいんだ」
そう柔らかに微笑んだアルフレッド様のご尊顔はうちのお嬢様そっくりだった。本人に言ったら怒られるだろうが。
















 間者の始末は速やかに遂行した。しかし、生きたままというのが意外にも難しい。いっそ息の根を止められたら楽だったのに、なんて後暗いことを考えながらアルフレッド様の前に突き出してやった。アルフレッド様は凄くいい笑顔で労りの言葉を投げてくれた。
「もう遅いから君はゆっくり休みなさい」
「.......ありがとうございます」
そう言って報告を済ませ向かった先はお嬢様の部屋だった。扉の前に立ち尽くして息を整える。仕事の後はいつもこうだった。お嬢様が無事なのかよく休めているだろうかと気になってしまい扉越しに朝を迎えるまで呆然としている。

時刻は深夜だ。寝ているだろうお嬢様を起こす訳にもいかず、ただこんな廊下で横になるのも気が引けて立ったまま目を閉じている。一応不可視化出来ないよう姿を眩ませているので佇む自分を見て幽霊だとか騒がれることはないだろう、多分。













自分は元々暗殺を生業に生計を立てていた。家庭というものには恵まれなかったがその代わり自分に最も適した魔法の素質があった。学校こそ通っていなかったが同業の男に勧められ独学である程度習得することができ、仕事が楽になったのは救いに近いだろう。
男には「お前は才能があるんだ!」と熱く賞賛されたが正直嬉しくなかった。

 他人の目を過剰に気にしだしたのは初めて人を手にかけた直後からだ。終始視線が気になり、見知らぬ誰かから「人殺し」だと囁かれている気がしてずっと不安だった。変装時以外は顔を隠すように前髪を伸ばし、眼鏡をかけ出来るだけ人目につかないようひっそりと生きてきた。

そんな自分が足を洗うきっかけになったのは二年前、仕事で大失態をやらかした事からだ。
情報を盗みに入った輩の暗殺を命じられ潜んでいれば、現れた男を目にし身体が動かなくなった。

賊は自分に魔法学を勧めてくれたあの男だった。男も自分に気がつき、両者固まったまま永遠とも呼べる長い時間が過ぎていく。人を殺すのに躊躇いを覚えたのは初めてだった。男と自分なら自分に分があるだろう、男は顔を青ざめ、自身の死期を察するように目を伏せた。




 自分は、男を斬れなかった。


「いつかの貴方がいたから、今の自分が居ます」
そう言って男を見逃す。男は涙を浮かべながら「また会おう。この恩義は必ず返す」そう零し、夜の闇へと消えていった。

 結果自分は裏切り者だと後ろ指を指され追っ手によって怪我を負わされた。療養中、自然と感じたのは虚しさだけ。
もう二度と人を殺したくない。そんな思いで足を洗おうと決心したはいいが自分を雇ってくれるところにアテなどなく、ふらついた日々が続いた。

ベーカー家で護衛の募集が掛かっているのを目にした時、諦め半分で採用試験に挑んだ。腕は立つと自負しているが前職が前職だ、きっと落とされるだろうと身構えていた自分に待っていたのは数十分程度の面談と健康診断、そしてマナの状態を調べられただけだった。

後日採用通知が届き、自身の目を疑ったのは言うまでもない。何がお眼鏡にかなったのか未だに謎だ。


 初めてお嬢様と対面した時、随分大人びた子だと驚かされた。烏の濡れ羽色をした髪を真っ直ぐ伸ばし、髪と同じ漆黒の瞳で自分を見据えている幼い少女。口調も言動もまるで子供だとは思えないものばかりでただひたすらに目を見張った。幸い自分は表情に出にくい質だったので異様な彼女の振る舞いにも動揺を示すことなく対応出来た。


「よし、ルイにしよう」
自分に特定の名が無いのを憂いてかお嬢様がその場でつけて下さった。聞けばお嬢様の故郷で仲間を意味する言葉らしい。あまりにも自分に不似合いで後から思えば間の抜けた返事をしてしまったと思う。それでも、今になればこの名前がしっくり来て何処かむず痒い。













 静けさだけが漂う廊下に物音がした。目を開ければお嬢様が扉から顔を出している。こんな夜更けに何かあったのだろうか?
お嬢様は辺りを見渡し、呆れたような声を出した。
「ルイ、そこに居るのでしょう? 隠れてないで出てきて下さい」
「.......どうして分かったんですか?」
「やっぱり不可視化してましたか」
自分の姿は肉眼で捉えられないはずだ。
「血の匂いを誤魔化せてませんよ。いいから早く部屋に入りましょう」
そういえば汚れた服すら代えずにここに来ていた。
「ほら、こちらです」
声を潜めるお嬢様に手を取られ、部屋の中へ連れ込まれる。


全く、お嬢様にはいつも驚かされてばかりだ。この暗がりで自分の顔が珍しく緩んでいることがバレていないよう祈っていた。

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