やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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『閑話』とある護衛役の日常⑵

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「利き手を怪我してるじゃないですか、何で手当のひとつもしてないんです?」
顔をしかめるお嬢様にしどろもどろになりながらも答える。
「気づかなくて」
「痛くないのですか?」
「慣れているので」
「こりゃ駄目だ」
呆れ返るお嬢様に慌てて言い訳をする。
「自分両利きなので問題ないです」
「その思考に問題あるんですよ!!」
ため息をつかれてしまった。嫌われただろうか? 血なまぐさい服装をお嬢様に見られてしまった時から怖がられはしないか、解雇されるんじゃないかと気が気でない。
「とにかく服脱いで、シャワー浴びて下さい。着替えは用意してますので」
「えっ流石にお嬢様の服はサイズが」
「貴方の寝巻きですよルイ」
寝巻き? どうして自分の寝巻きをお嬢様が持っているのだろう。不思議に思いながらも急かされるままシャワー室へ向かう。お嬢様の部屋はこの公爵邸で異質だ。ここだけで生活できるよう整えられた設備に、最初は眉を顰めていたお嬢様だったが今では「引きこもり体質だったみたいなんですよね、私」と受け入れている。

 しかし、仮にも自分が身の安全を預かっているお嬢様の部屋でシャワーなんて浴びていていいものなのか。アルフレッド様にバレたら減給されそうだ。お嬢様は最初護衛役として派遣された自分を「監視役」だとか断言していた。アルフレッド様もそれを否定していなかったが、実際賜った命令には監視らしい要項は無かったように思う。時折お嬢様が妙な言動をしていないか報告するが、それも一般的な範疇内だ。

 あの二人の親子関係はイマイチ把握しきれない。世の親子は皆あんな感じなのだろうか?





 水浴びを終えると、お嬢様が用意してくれていた寝巻きに袖を通す。いつも自分が使っているものとは素材からして違う、一目で上等な物だと分かる代物だ。
「お嬢様、これ」
「いいからその鬱陶しい髪を乾かして下さい」
何も言わせないオーラを纏いながら、お嬢様は先程まで着ていた自分の服を手に掴んでいた。何をしているのか疑問に思っている傍から血で染ったシャツを水につけ手で揉み始めた。
「お嬢様!?」
「サラが起きてくるまで大分時間がありますし、そもそもサラは血とか駄目そうなタイプじゃないですか。彼女が卒倒する前に洗ってしまいましょう」
そう言いながらも慣れた手つきで汚れを落としていく。仮にも貴族のお嬢様にそんな真似をさせてしまうのは恐縮で、慌てて取り上げようとすれば「おすわり!!」と一喝された。
「クラリス.......実母と暮らしていた頃は私もやんちゃだったのでよく泥まみれの服を手洗いしたものですよ」
ふわりと笑うお嬢様の横顔に申し訳なさよりも感謝の気持ちが上回っていく。


 汚れをある程度落としきるとシャツはお湯につけられ置いておくことになった。

「次は手当てですね。ルイ、傷を見せて下さい」
もう何を言っても無駄だろうと逆らわずに手を差し出す。
「本当は医師に診てもらうのが確実なんですが、この夜更けに起こすのもお互い忍びないでしょう? 朝方にもう一度診てもらって下さいね」
「.......はい」
ベーカー家専属の医師は慈悲深くベーカー家に仕える者の手当もしてくれるらしいが、自分のような者が出向いてもいいのだろうか。
「その顔、また余計なこと考えてますね。言っておきますけど命令事項ですから」
「承知しました」
その単語を出されたらもう勝ち目はない。



「どうしてここまでしてくれるんですか?」
護衛が怪我をするのは当たり前だ。むしろ一々そんな事で騒ぐなんて煩わしいと思われるのが普通だろう、自分はあくまで護衛。代わりならいくらでも。



「はぁ.......貴方、ろくに睡眠もとらずにいつも護衛しているでしょう? そういうのどうかと思いますよ。勤怠きってます? 時間外労働じゃないですか? 勿論残業手当て貰ってますよね」
並べ立てられる言葉に唖然としながらも何とか飲み込んで答える。
「相場とは比べ物にならない賃金を頂いているので」
「その相場ってどこと比べてるんですか!? 大体今日の怪我だって無茶ばかりして。労働災害の申請通すので後でお父様に叩きつけて下さいね。大体ルイは前々から思考が若干ブラック企業に洗脳されたサラリーマンみたいなんですよ、自分の代わりが他にいるならちょっとぐらい休んでもバチ当たらないでしょうに。サボったら解雇される? そこを上手く誤魔化してこそ真のサボタージュの称号を得られるというものです。あと嫌なことがあったら嫌だと言わない限り誰も気づいてくれませんよ? 今回の仕事だって絶対護衛役の範疇超えてますからね!! こき使われてる自覚を持ってください、世の中にはストライキという手段もあって.......」
お嬢様、チョットナニイッテルノカワカラナイデス。


まくし立てられる言葉が耳から耳へと抜けていく。それでもお嬢様が自分を心配してくれていることだけは理解出来た。

「お嬢様」
「はい?」
「ありがとうございます」
自然と口から零れた謝礼。そして自分の顔がほころんでいるのが分かる。どうやら相当嬉しかったらしい。自分の顔を見てつられたのかお嬢様も笑顔になる。
「お嬢様はいつもの高笑いではなく、そうやって笑っていた方が幼く見えていいですね」
「失言してますよルイ」
外はいつの間にか明るくなっていた。
「サラが起きてくる前に一眠りしましょうか」
「自分は立ったまま寝る練習でもしてみます」
「その意気ですよ、適度に休んでこその効率ですから」
夜が明けても尚、この人の傍にいられる。今までやってきた仕事の中で唯一終わらなければいいのにと願っている自分に気づき苦笑した。







今日も今日とて悪役令嬢の為に自分は悪の手先として仕えていくのだ。

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