【6/5完結】バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ

星加のん

文字の大きさ
7 / 83

07 覆水盆に返らずとはこのことよ

しおりを挟む
 翌朝、そういえば昨日はびっくりして結局羽深さんにお礼を言えないままになってたので、今日こそはきちんとお礼を言わなきゃなんて思いつつ早朝の学校までの道を急いだ。

……それに……。

 今日はちゃんと羽深さんとのやりとりが現実だってことを受け止めないとな。
 そう考えたら羽深さんの言葉や表情、仕草がつぶさに思い起こされて火がついたみたいに顔が熱くなった。

 そんな調子で教室に到着すると、そこは誰もいない伽藍堂がらんどうだった。
 ギャランドゥならまだしも、伽藍堂なんて言葉を脳内ですら使ったのは初めてだ。

 閑散とした教室で、僕はしばらく主人不在の机と椅子をぼーっと見つめていた。
 てっきり今日もここに来たら羽深さんが元気におはようって言ってくれて、敬語の疑問形になってしまう僕の挨拶にツッコミを入れるんだと想像してた。

 羽深さんとのそんなやりとりが現実だったと認識した途端にこれ。
 僕は再び昨日までのことが僕の脳内でだけ起こっている妄想の賜物だったのかと疑わねばならなくなった。

 というより羽深さん、本当に具合が悪かったのか……。
 と今更ながら心配する。

 僕に腹を立てるあまり気分を害して帰っちゃったんじゃあるまいなと思ったりもしていたのだ。

 それで心のどこかで僕が原因じゃなくて体調の問題だったことにホッとしている自分がいる。

 そもそも僕なんかにそれほどの影響力があるわけがないじゃないか。
 思い上がるのもいい加減にしろよ。

……っていや、そうじゃない。僕は最低のヤツだ。
 羽深さんのこと好きなくせに、実際には自分の心配ばっかりしている。
 好きな人のことを一番に思いやれないなんて、これだから底辺は……。

 羽深さんもいない教室に独りぼっちでいたってしょうがない。彼女がいなければ、こんな朝早くからのこのこ登校してくることなんて途端に意味を失ってしまう。
 自販機のある場所まで行ってコーヒーを飲みながら、早朝でほとんど生徒のいない中庭をぼんやり眺めた。

 そんなことをしているうちに、そろそろみんな登校してくる時間になったようだ。
 それを見ても何となくまだ戻る気になれず、朝礼に間に合うギリギリの時間になってから教室を目指した。

 あ……。
 教室に戻ると、いつもの通り取り巻きに囲まれて楽しそうにしている羽深さんがいた。
 なんだ、元気そうじゃん。よかった……。

 心の中でそう呟いたのとは裏腹に、胸が締め付けられるような、何かがのしかかるような、なんとも言えない苦しさが僕を覆った。

 いつもみたいに朝教室に来ていなかったのは、要するに僕に会うのを避けたってことだろう。
 ある日から僕が早い時間に来るようになって、羽深さんとしても精一杯の社交辞令を示そうという義務感で頑張っていたんだろう。

『またぁーーーっ。どうしたら仲良くしてもらえるのかなぁ……? わたしこれでも結構頑張ってるんだよぉ?』

 羽深さんの言葉が脳裏に蘇って何度もこだまする。
 そうだよね。そういう意味だよ。
 羽深さんがこんな底辺にも差別せずに頑張ってくれてたのに僕と来たらその苦労も知らずに一方的にテンパっちゃって、とても現実とは思えずにその場から逃げ去ってしまったんだ。

 さすがに羽深さんもこんなヤツと二人っきりで教室にいることに嫌気がさして耐えられなくなったってことか……。

 はぁ……やっぱり僕は調子に乗ってたんだ。
 調子に乗ると最悪な結果を招くとあれだけ自分を戒めてたのになぁ……。

 その日は一日ダウナーなままに過ぎていった。
 帰宅後も何も手につかず、ボーッとしていたらやがて朝になっていた。

 それでその日も、その次の日も今までのように朝早く登校してみたのだが、結局羽深さんがその時間に教室に来ていることはなく、僕は自販機の缶コーヒーが温くなるまで時間を潰してから教室へ戻るというのをまた繰り返した。

 その間に一度だけ、前みたいに偶然目が合ったことがあったんだけど、羽深さんはすぐに目を逸らしてしまって、前みたいに微笑んでくれることはなかった。

 はぁ……。覆水盆に返らずというのはこのことか。
 今更ながら僕はやらかしちゃったんだな……。
 そんな後悔も今となっては手遅れだ。

 何もなくても朝の時間を二人だけで共有するだけで幸福だった。
 それが挨拶以上の会話をするようになった途端、僕がパニクってぶち壊してしまった。
 壊れるくらいなら最初から何もなかった方がまだマシだったのに……。

 高嶺の花は手の届かないところにあって見てるだけのものだ。それを身近に置くなんてことはできないことだったんだ。

 それ以来僕は早朝の登校をやめて、満員電車のラッシュに辟易しながら登校することに甘んじる生活へと戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

処理中です...