12 / 83
12 それは内緒
しおりを挟む
ひとまず電車を降りた駅が比較的大きな商店街のある街だったので、羽深さんはちょっとお茶でも飲んで帰ろうと僕を駅の外へ連れ出した。
正直言ってもう一切関わる機会などないんじゃないかなと思っていたので、このシチュエーションにはびっくりだ。
羽深さんはスマホを操作して店を探したらしい。
慣れない状況に緊張しながら後を付いていくと、着いた先は人気のドーナツ店だった。
もちろん付き合っているわけでもないのに僕が奢るというのも烏滸がましいと思って、それぞれが自分の分を払えばいいかと考えていたのだが、自分の注文分を支払おうとしたら羽深さんから止められた。
結局羽深さんがイヤホンのお礼だと言って支払ってくれた。
僕はいわゆるドラマーとしてトラの仕事がちょいちょい入るので、お小遣いに困ることがほとんどないのだが、今日のところは黙ってクイーンにご馳走してもらうことにした。
羽深さんはドーナツを両手で持って少しずつかじってはモグモグ咀嚼している。
ドーナツを食べているだけなのに何でこんなにかわいいんだろうか。
思わず僕はでれっと緩んだ顔でその様子に見惚れて自分が食べるのを忘れてしまう。
僕があんまり不躾に視線を向けているからだろうか、羽深さんの顔がみるみる紅潮していくのだがその様子までが愛らしい。
はぁ、もうだめ。やっぱり羽深さんは天使だわ。
もうこれが夢でもいいやぁ~。至福……。
「ど、どうしたの? 食べないの……? ドーナツ、苦手だった……?」
「いやぁ、あんまり綺麗で見惚れちゃって……」
「なっ!?」
「……って、あーーーーっ! い、今、声に出しちゃってましたぁっ!? す、す、すすみませんっ!!」
あまりの夢心地に、思ったことが検閲を通らずにそのまま声に出てしまったようで僕も、そして聞かされた羽深さんも大慌てだ。
あぁー、恥ずかしすぎるぅっ!
何てことを口走ってくれてるんだよ、この口はっ!?
「ちょ、ちょっと僕、トイレにっ」
変な感じになってしまったその場の空気を収集しきれずに、僕はとりあえずトイレに行って仕切り直すことにした。
洗面所の水をジャージャー流しながら火照った顔をジャブジャブ洗う。
目の前の鏡に映る僕の顔はまだ赤く火照っているように見える。
はぁ~、それにしてもなんてこと言っちゃったんだよぉ~、もう……。
あれ、もろに羽深さんに聞かれちゃったなぁ。
さすがにキモいって思われちゃったかなぁ……。
通り越して怖いって思われてたらどうしよう……。
頭を冷やして仕切り直しだ。
しかし今だに真っ赤っかな顔で俯いている羽深さんを見たら、こっちも照れ臭くて俯いてしまう。
「楠木君……あの……ほんと?」
「へ?」
いきなりの質問だが何のことだか理解できずに間抜けな声が出てしまう。
「その……見惚れてたって……ホントかなって……」
どひゃーー!
せっかく仕切りなおそうと思ったのに蒸し返されたっ!?
「えぇーーっとぉー、そのぉー、なぁんていうかぁー、そのぉー……」
「嘘だったのぉ?」
途端に怨みがましい非難の目が向けられてさらに慌てる。
「いやいやっ、嘘とかそういうことじゃーなくぅー、そのぉー……」
困った、言葉を濁しつつ言い訳を必死で考えるがまるっきり何も思い浮かばないっ。
「やっぱり嘘だったんだぁ?」
「本音でしたぁっ。すみませんっ!」
追い詰められてどうしようもなくなって土下座する勢いでテーブルの上で頭を下げ謝った。
「ちょっとぉー、何でそこで謝るわけぇっ!?」
「いやっ、その僕なんかが羽深さんについて感想を述べるなんて失礼なことだったと反省してますっ。ホントすみませんっ!」
再びテーブルに額を擦り付けながら渾身の謝罪を繰り返す僕。
周囲の僕らを見る目が痛い。
「ちょ、分かったから。いや、意味分かんないけどとりあえず頭あげてよぉ、楠木君!?」
僕はゆっくりと少しずつ頭を上げながら羽深さんの顔色を窺う。
羽深さんはそっぽを向きながらも顔は相変わらず真っ赤で唇を尖らせている。
怒っているのかもしれないが、そんな顔をされてもやっぱり愛らしさは衰えない。
「感想だったら、別に悪くないと思うけど……?」
よかった。うっかり口を滑らしたけど、そのこと自体は許されているようだ……ふぅ……。
「そっか……楠木君は、わたしのこと綺麗って思ってくれてるんだぁ……ふぅーん……へぇ~」
ぶつくさ何かを言っている様子だがこの顔には覚えがある。
いつも教室でイヤホンで何か聴いてる時にしている表情だ。あの笑いをかみ締めるような何とも幸せそうな顔だ。
なんだか今なら聞ける気がするんだが……。
勢いで聞いちゃうか……。
「あのぉ……前から一つ聞きたいことがあったんだけど……聞いてもいいかな……?」
僕は彼女も顔色を窺いながら慎重に質問した。
「……内容にもよるけど……何かな……?」
それはそうだ……。
もちろんそこは尊重するに決まってる。
僕の質問はそんなに答えにくいものじゃないはずだから大丈夫だろう……。
「あの……いっつも朝、教室でどんな音楽聴いてたのかなって……すごく幸せそうだったから、どんな音楽を聴いてるんだろうって、いつも気になってて……」
そんなおかしな質問じゃないはずだ。大丈夫なはず。
そう思って質問したのだが、なぜか羽深さんはまた急に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……それは……内緒……」
きゅーーーん!?
な、内緒なのぉ!?
でもなんかよく分からんけど超かわいかったんだけど、今のっ!?
羽深さんはしきりにモジモジした様子で顔を赤くして俯いてる。
そっかぁ……なんかよく分かんないけど内緒なのかぁ。残念だが仕方ない……。でもかわいいなーちくしょーめぇ!
「でも……楠木君の方こそ……いっつも何を聴いてたのかな……? なんか聴きながらニヤニヤしてたから……気になってたんだけど?」
「うんっ?」
見られてたぁ!?
いやしかし、ニヤニヤしながら何聴いてたかって……羽深さんが聴いてる音楽を妄想して作ったプレイリスト聴いてましたぁっ!
って言えねぇーっ。
絶対、言えねぇーーっ。
無理無理! それは言えませんわ。
「うーーん……それはまぁ……色々?」
ごまかせっ!
とにかくどうにかしてごまかせ!
「たとえば……?」
食いついてきたーーー。
「たとえば……?」
「うん、たとえば?」
食らいつくねぇー、食らいついて離さないねぇー。
さあどうする!?
「うーん……あっ! 僕いろんなバンドの手伝いとかしてて……手伝うバンドの曲とか?」
よぉ~し、どうだ。これでごまかせたはず。
「ん……」
右手を僕の前に差し出す羽深さん。
なんだ? イヤホンはもう返したけど……。
「んっ……」
改めて右手を僕の前に差し出してくる。
これは何を意味してるの……かな?
「携帯。貸して」
携帯? 何をする気だ?
まさか僕の今の説明じゃ納得できずにプレイリストを直接確認する気か!?
それはマズイ。困る。やめてほしい……。
「あの……何を……?」
正直言ってもう一切関わる機会などないんじゃないかなと思っていたので、このシチュエーションにはびっくりだ。
羽深さんはスマホを操作して店を探したらしい。
慣れない状況に緊張しながら後を付いていくと、着いた先は人気のドーナツ店だった。
もちろん付き合っているわけでもないのに僕が奢るというのも烏滸がましいと思って、それぞれが自分の分を払えばいいかと考えていたのだが、自分の注文分を支払おうとしたら羽深さんから止められた。
結局羽深さんがイヤホンのお礼だと言って支払ってくれた。
僕はいわゆるドラマーとしてトラの仕事がちょいちょい入るので、お小遣いに困ることがほとんどないのだが、今日のところは黙ってクイーンにご馳走してもらうことにした。
羽深さんはドーナツを両手で持って少しずつかじってはモグモグ咀嚼している。
ドーナツを食べているだけなのに何でこんなにかわいいんだろうか。
思わず僕はでれっと緩んだ顔でその様子に見惚れて自分が食べるのを忘れてしまう。
僕があんまり不躾に視線を向けているからだろうか、羽深さんの顔がみるみる紅潮していくのだがその様子までが愛らしい。
はぁ、もうだめ。やっぱり羽深さんは天使だわ。
もうこれが夢でもいいやぁ~。至福……。
「ど、どうしたの? 食べないの……? ドーナツ、苦手だった……?」
「いやぁ、あんまり綺麗で見惚れちゃって……」
「なっ!?」
「……って、あーーーーっ! い、今、声に出しちゃってましたぁっ!? す、す、すすみませんっ!!」
あまりの夢心地に、思ったことが検閲を通らずにそのまま声に出てしまったようで僕も、そして聞かされた羽深さんも大慌てだ。
あぁー、恥ずかしすぎるぅっ!
何てことを口走ってくれてるんだよ、この口はっ!?
「ちょ、ちょっと僕、トイレにっ」
変な感じになってしまったその場の空気を収集しきれずに、僕はとりあえずトイレに行って仕切り直すことにした。
洗面所の水をジャージャー流しながら火照った顔をジャブジャブ洗う。
目の前の鏡に映る僕の顔はまだ赤く火照っているように見える。
はぁ~、それにしてもなんてこと言っちゃったんだよぉ~、もう……。
あれ、もろに羽深さんに聞かれちゃったなぁ。
さすがにキモいって思われちゃったかなぁ……。
通り越して怖いって思われてたらどうしよう……。
頭を冷やして仕切り直しだ。
しかし今だに真っ赤っかな顔で俯いている羽深さんを見たら、こっちも照れ臭くて俯いてしまう。
「楠木君……あの……ほんと?」
「へ?」
いきなりの質問だが何のことだか理解できずに間抜けな声が出てしまう。
「その……見惚れてたって……ホントかなって……」
どひゃーー!
せっかく仕切りなおそうと思ったのに蒸し返されたっ!?
「えぇーーっとぉー、そのぉー、なぁんていうかぁー、そのぉー……」
「嘘だったのぉ?」
途端に怨みがましい非難の目が向けられてさらに慌てる。
「いやいやっ、嘘とかそういうことじゃーなくぅー、そのぉー……」
困った、言葉を濁しつつ言い訳を必死で考えるがまるっきり何も思い浮かばないっ。
「やっぱり嘘だったんだぁ?」
「本音でしたぁっ。すみませんっ!」
追い詰められてどうしようもなくなって土下座する勢いでテーブルの上で頭を下げ謝った。
「ちょっとぉー、何でそこで謝るわけぇっ!?」
「いやっ、その僕なんかが羽深さんについて感想を述べるなんて失礼なことだったと反省してますっ。ホントすみませんっ!」
再びテーブルに額を擦り付けながら渾身の謝罪を繰り返す僕。
周囲の僕らを見る目が痛い。
「ちょ、分かったから。いや、意味分かんないけどとりあえず頭あげてよぉ、楠木君!?」
僕はゆっくりと少しずつ頭を上げながら羽深さんの顔色を窺う。
羽深さんはそっぽを向きながらも顔は相変わらず真っ赤で唇を尖らせている。
怒っているのかもしれないが、そんな顔をされてもやっぱり愛らしさは衰えない。
「感想だったら、別に悪くないと思うけど……?」
よかった。うっかり口を滑らしたけど、そのこと自体は許されているようだ……ふぅ……。
「そっか……楠木君は、わたしのこと綺麗って思ってくれてるんだぁ……ふぅーん……へぇ~」
ぶつくさ何かを言っている様子だがこの顔には覚えがある。
いつも教室でイヤホンで何か聴いてる時にしている表情だ。あの笑いをかみ締めるような何とも幸せそうな顔だ。
なんだか今なら聞ける気がするんだが……。
勢いで聞いちゃうか……。
「あのぉ……前から一つ聞きたいことがあったんだけど……聞いてもいいかな……?」
僕は彼女も顔色を窺いながら慎重に質問した。
「……内容にもよるけど……何かな……?」
それはそうだ……。
もちろんそこは尊重するに決まってる。
僕の質問はそんなに答えにくいものじゃないはずだから大丈夫だろう……。
「あの……いっつも朝、教室でどんな音楽聴いてたのかなって……すごく幸せそうだったから、どんな音楽を聴いてるんだろうって、いつも気になってて……」
そんなおかしな質問じゃないはずだ。大丈夫なはず。
そう思って質問したのだが、なぜか羽深さんはまた急に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……それは……内緒……」
きゅーーーん!?
な、内緒なのぉ!?
でもなんかよく分からんけど超かわいかったんだけど、今のっ!?
羽深さんはしきりにモジモジした様子で顔を赤くして俯いてる。
そっかぁ……なんかよく分かんないけど内緒なのかぁ。残念だが仕方ない……。でもかわいいなーちくしょーめぇ!
「でも……楠木君の方こそ……いっつも何を聴いてたのかな……? なんか聴きながらニヤニヤしてたから……気になってたんだけど?」
「うんっ?」
見られてたぁ!?
いやしかし、ニヤニヤしながら何聴いてたかって……羽深さんが聴いてる音楽を妄想して作ったプレイリスト聴いてましたぁっ!
って言えねぇーっ。
絶対、言えねぇーーっ。
無理無理! それは言えませんわ。
「うーーん……それはまぁ……色々?」
ごまかせっ!
とにかくどうにかしてごまかせ!
「たとえば……?」
食いついてきたーーー。
「たとえば……?」
「うん、たとえば?」
食らいつくねぇー、食らいついて離さないねぇー。
さあどうする!?
「うーん……あっ! 僕いろんなバンドの手伝いとかしてて……手伝うバンドの曲とか?」
よぉ~し、どうだ。これでごまかせたはず。
「ん……」
右手を僕の前に差し出す羽深さん。
なんだ? イヤホンはもう返したけど……。
「んっ……」
改めて右手を僕の前に差し出してくる。
これは何を意味してるの……かな?
「携帯。貸して」
携帯? 何をする気だ?
まさか僕の今の説明じゃ納得できずにプレイリストを直接確認する気か!?
それはマズイ。困る。やめてほしい……。
「あの……何を……?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる