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69 聴いてみる?
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あの後曜ちゃんからの連絡は途絶えている。
おそらく祭の日の僕の態度のせいだろうとは思うけど、だけどやっぱりもう今までみたいに流されているのは駄目だと強く思う。
そもそもあのときは羽深さんとはっきり約束して待ち合わせしていたんだから、そっちを放っぽらかして曜ちゃんとご一緒するなんていくら僕だってできるもんじゃない。
時々そのことが頭の中を過りつつもいつものように怠惰な夏休みの朝を貪る毎日。
いつも通りの朝、不意にThreadの通知音が部屋に響く。
開いてみれば件の曜ちゃんからのメッセージ。それもボイスメールだ。
途絶えていた曜ちゃんからの連絡が突如来たかと思えば、何の文面もなくただそっけなく再生ボタンがあるだけのボイスメッセージ。
テキストなら通知である程度内容も察せられるというものだが、正直なところこれは再生するまでに少しの逡巡と覚悟が必要だった。メッセージの中身が何かさっぱり予想もつかない。
そんなわけで躊躇いながら再生ボタンをタップした。
それは一片のメロディーだった。
とても切ない中にかすかな希望が見え隠れするような不思議な魅力のあるメロディーだった。
何度も何度も繰り返し再生ボタンをタップする。
キーボードにアコースティックピアノの音色をセットする。
曜ちゃんのメロディーと合わせてポロポロ弾いていると、前に青空ピアノでセッションしたときの楽しかった気持ちが湧き上がる。優しい曜ちゃんの言葉や彼女のバンドのレコーディングのこと。ライブのこと。
浮かび上がる思い出にじんわり温かな気持ちになるけど、きっとこの気持に流されちゃいけないんだ。多分。
「拓実~。いい加減ご飯食べちゃってよぉ~。片付かないから~」
夢中になってピアノを弾いていると、水を差すように階下の母親から声がかかった。
時計を見ればもうとっくに昼を回っていた。
「あぁー、今降りる」
階下の母に聞こえるように返事をしてスマホをモバイルバッテリーに繋ぐ。最近バッテリーがヘタってきたのかすぐバッテリー切れになるので油断できない。
モバイルバッテリーごと携帯を掴んで廊下に出ると、熱気でモワッと空気が体中にまとわりついてくる。
夏休みももうじき終わるというのに残暑はまだまだ厳しい。
すっかりふやけた素麺をかき込んでいると、親父が頭をかきながらダイニングに入ってきた。
「ふぅーっ、外は暑いぞぉ~」
「だろうね」
シャツの胸元をつまんでパタパタと仰いでいる父をはっきりと見るでもなく返事をする。
「今日もやるのか?」
「うん。午後からね」
父が訊いてきたのは、スタイル・ノットのバンド練習のことだ。
夏休みもいよいよ大詰め。学園祭に向けての練習にも力が入る。
と言っても、これくらいレベルの高いバンドとなると、必要以上に練習してもそんなにパフォーマンスが上がるわけではない。むしろテンションが落ちてしまうことさえあるだろう。
しかしながら今回ボーカルが素人なので、彼女のために本番までにできるだけのことはやっておきたい。
本番緊張したらきっと気をつけて何かするとか、意識的に何かするなんていう余裕は吹っ飛んでしまうだろう。何事も無意識にやれるくらいになっておきたい。そのためには練習段階でできるだけ本番を想定して経験を積んでおいた方がベターだろうというメンバー間の合意事項だ。
「どんなのやってるの?」
僕に輪をかけた音楽好きでスタジオ運営しているような父親だ。高校生の息子が参加しているバンドの音でさえ気になってしまうのか。
「聴いてみる?」
僕はダイニングに置いてあったBluetoothスピーカーとスマホを接続してスタイル・ノットの音源を流した。
母親はキッチンで洗い物をしながらふんふん鼻歌を鳴らしている。
意味はないのになぜか僕も父もスピーカーをじっと見つめている。まあ不思議とみんなで集まって曲を聴いてるときとかやりがちなことではあるんだけど。
「いいねぇ。なかなかなもんじゃない」
しばらくの沈黙の後、父からお褒めの言葉を頂戴した。音楽通の父に褒められるのは結構嬉しい。
「これ、ベースはメグ君だろ? ギターも玄人跣だなぁ。リズム隊は言わずもがなだけど、これだけバランスがいいバンドなんてなかなかいないよ。うーん、いいバンドだね」
「ギターは林っていう中学のとき一緒にやってたやつと、本郷君っていう最近動画サイトなんかでちょっと話題のギター弾きの人」
ギタリストを簡単に紹介すると、父に認められた高揚感なのか僕は少々勢いづいて、残った素麺を汁ごと一気に掻き込んだ。
実際やってる自分としても、客観的に聴いて結構イケてる自信があるが、初めて外部に評価してもらえたのは自分の中で意外に手応えが大きい。
父が言うようにバランスって重要だ。何か一つ欠けたり過剰だったりするだけで、音楽って何となく聞き苦しい感じになってしまうものだ。もちろんそういう違和感があってバランスが取れる場合もある。それもやはりバランスだ。
全体がこんなふうに高次元でバランスを取れているっていうのは類稀と言っていいんじゃないかと思う。
曲によっては緊張感溢れる感じだったり、チルな感じだったりとアルバム全体のバランスという意味でもなかなかなものだ。
「学園祭でやるんでしょ? 見に行っていい?」
と父は気軽に訊いてくるが、正直身内に見に来られるのは照れくさい気がする。
父もバンドマンだったからまあ普通の親にステージ見られるよりかはマシなところはあるが、逆にだからこそという部分もある。
「いいバンドだからさ。ステージ見に行きたいと思って」
返事を躊躇っていると、父がそう言って笑顔を向けてくる。
この顔は、親だからというよりは、完全に一介の音楽ファンの興味から言い出したことだというのが分かる。
「あら、じゃあその日はお父さんと学園祭デートね。楽しみ」
横入りしてきた母がそんな事を言っているが、父は父でにっこり母に微笑みを返している。
なんだかいい雰囲気になっちゃってる両親と同じ空間にいるのも居た堪れないので僕は退散するとしよう。
「知らん。もう好きにしてくれ」
「よかった。なんだか元気ないのかと思ったけど、元気そうで」
部屋を出て扉を閉めようとしたときに、ふと父のそんな言葉が聞こえてきた。
はて、元気なかったっけか? 少しだけ思惟したが、そう言えばついさっきまでは曜ちゃんのことであれこれ考えていたのだったなと思い出す。
と、そこへタイミングいいのか悪いのか、件の曜ちゃんからThreadにメッセージが入る。
『メロディ、聴いてもらえたかな?』
短いテキストが入っていた。
午前中に聴いたメロディのことだ。もちろん聴いたし、色々イメージが膨らんで夢中になってピアノを弾いたんだった。
だけどどう返信すればいいのだろう。そもそも曜ちゃんはどういう意図であのメロディを送ってきたのだろうか。単純に音楽家的な視点なのか、それとも何か別の意味があるのか……。それが分からないとどう反応すべきなのかちょっと迷う。
自分の部屋に戻ると見計らったかのように再び曜ちゃんからThreadが入る。
『タクミ君と前にピアノセッションしたのが楽しかったから、思い出して作ってみたよ』
確かにあのときのことを思い出して、思わず興が乗ってキーボード弾きながら曲に没頭してしまったんだった。言われてみればなるほど曜ちゃんもあのセッションを思い出して作ったメロディだったんだな。
『聴いたよ。ちょっと待ってて』
そう返信して、僕は再びキーボードに向かう。メロディーは断片のようなもので足りないパートを付け足して録音する。
その音源をThreadで曜ちゃんに送り返してあげた。
ただその後返信はなく、もしかして気に入らなかったか、余計なことだったかなと若干後悔の念を感じながらも、午後のバンド練習の時間になったのでその件は有耶無耶になってしまったのだった。
おそらく祭の日の僕の態度のせいだろうとは思うけど、だけどやっぱりもう今までみたいに流されているのは駄目だと強く思う。
そもそもあのときは羽深さんとはっきり約束して待ち合わせしていたんだから、そっちを放っぽらかして曜ちゃんとご一緒するなんていくら僕だってできるもんじゃない。
時々そのことが頭の中を過りつつもいつものように怠惰な夏休みの朝を貪る毎日。
いつも通りの朝、不意にThreadの通知音が部屋に響く。
開いてみれば件の曜ちゃんからのメッセージ。それもボイスメールだ。
途絶えていた曜ちゃんからの連絡が突如来たかと思えば、何の文面もなくただそっけなく再生ボタンがあるだけのボイスメッセージ。
テキストなら通知である程度内容も察せられるというものだが、正直なところこれは再生するまでに少しの逡巡と覚悟が必要だった。メッセージの中身が何かさっぱり予想もつかない。
そんなわけで躊躇いながら再生ボタンをタップした。
それは一片のメロディーだった。
とても切ない中にかすかな希望が見え隠れするような不思議な魅力のあるメロディーだった。
何度も何度も繰り返し再生ボタンをタップする。
キーボードにアコースティックピアノの音色をセットする。
曜ちゃんのメロディーと合わせてポロポロ弾いていると、前に青空ピアノでセッションしたときの楽しかった気持ちが湧き上がる。優しい曜ちゃんの言葉や彼女のバンドのレコーディングのこと。ライブのこと。
浮かび上がる思い出にじんわり温かな気持ちになるけど、きっとこの気持に流されちゃいけないんだ。多分。
「拓実~。いい加減ご飯食べちゃってよぉ~。片付かないから~」
夢中になってピアノを弾いていると、水を差すように階下の母親から声がかかった。
時計を見ればもうとっくに昼を回っていた。
「あぁー、今降りる」
階下の母に聞こえるように返事をしてスマホをモバイルバッテリーに繋ぐ。最近バッテリーがヘタってきたのかすぐバッテリー切れになるので油断できない。
モバイルバッテリーごと携帯を掴んで廊下に出ると、熱気でモワッと空気が体中にまとわりついてくる。
夏休みももうじき終わるというのに残暑はまだまだ厳しい。
すっかりふやけた素麺をかき込んでいると、親父が頭をかきながらダイニングに入ってきた。
「ふぅーっ、外は暑いぞぉ~」
「だろうね」
シャツの胸元をつまんでパタパタと仰いでいる父をはっきりと見るでもなく返事をする。
「今日もやるのか?」
「うん。午後からね」
父が訊いてきたのは、スタイル・ノットのバンド練習のことだ。
夏休みもいよいよ大詰め。学園祭に向けての練習にも力が入る。
と言っても、これくらいレベルの高いバンドとなると、必要以上に練習してもそんなにパフォーマンスが上がるわけではない。むしろテンションが落ちてしまうことさえあるだろう。
しかしながら今回ボーカルが素人なので、彼女のために本番までにできるだけのことはやっておきたい。
本番緊張したらきっと気をつけて何かするとか、意識的に何かするなんていう余裕は吹っ飛んでしまうだろう。何事も無意識にやれるくらいになっておきたい。そのためには練習段階でできるだけ本番を想定して経験を積んでおいた方がベターだろうというメンバー間の合意事項だ。
「どんなのやってるの?」
僕に輪をかけた音楽好きでスタジオ運営しているような父親だ。高校生の息子が参加しているバンドの音でさえ気になってしまうのか。
「聴いてみる?」
僕はダイニングに置いてあったBluetoothスピーカーとスマホを接続してスタイル・ノットの音源を流した。
母親はキッチンで洗い物をしながらふんふん鼻歌を鳴らしている。
意味はないのになぜか僕も父もスピーカーをじっと見つめている。まあ不思議とみんなで集まって曲を聴いてるときとかやりがちなことではあるんだけど。
「いいねぇ。なかなかなもんじゃない」
しばらくの沈黙の後、父からお褒めの言葉を頂戴した。音楽通の父に褒められるのは結構嬉しい。
「これ、ベースはメグ君だろ? ギターも玄人跣だなぁ。リズム隊は言わずもがなだけど、これだけバランスがいいバンドなんてなかなかいないよ。うーん、いいバンドだね」
「ギターは林っていう中学のとき一緒にやってたやつと、本郷君っていう最近動画サイトなんかでちょっと話題のギター弾きの人」
ギタリストを簡単に紹介すると、父に認められた高揚感なのか僕は少々勢いづいて、残った素麺を汁ごと一気に掻き込んだ。
実際やってる自分としても、客観的に聴いて結構イケてる自信があるが、初めて外部に評価してもらえたのは自分の中で意外に手応えが大きい。
父が言うようにバランスって重要だ。何か一つ欠けたり過剰だったりするだけで、音楽って何となく聞き苦しい感じになってしまうものだ。もちろんそういう違和感があってバランスが取れる場合もある。それもやはりバランスだ。
全体がこんなふうに高次元でバランスを取れているっていうのは類稀と言っていいんじゃないかと思う。
曲によっては緊張感溢れる感じだったり、チルな感じだったりとアルバム全体のバランスという意味でもなかなかなものだ。
「学園祭でやるんでしょ? 見に行っていい?」
と父は気軽に訊いてくるが、正直身内に見に来られるのは照れくさい気がする。
父もバンドマンだったからまあ普通の親にステージ見られるよりかはマシなところはあるが、逆にだからこそという部分もある。
「いいバンドだからさ。ステージ見に行きたいと思って」
返事を躊躇っていると、父がそう言って笑顔を向けてくる。
この顔は、親だからというよりは、完全に一介の音楽ファンの興味から言い出したことだというのが分かる。
「あら、じゃあその日はお父さんと学園祭デートね。楽しみ」
横入りしてきた母がそんな事を言っているが、父は父でにっこり母に微笑みを返している。
なんだかいい雰囲気になっちゃってる両親と同じ空間にいるのも居た堪れないので僕は退散するとしよう。
「知らん。もう好きにしてくれ」
「よかった。なんだか元気ないのかと思ったけど、元気そうで」
部屋を出て扉を閉めようとしたときに、ふと父のそんな言葉が聞こえてきた。
はて、元気なかったっけか? 少しだけ思惟したが、そう言えばついさっきまでは曜ちゃんのことであれこれ考えていたのだったなと思い出す。
と、そこへタイミングいいのか悪いのか、件の曜ちゃんからThreadにメッセージが入る。
『メロディ、聴いてもらえたかな?』
短いテキストが入っていた。
午前中に聴いたメロディのことだ。もちろん聴いたし、色々イメージが膨らんで夢中になってピアノを弾いたんだった。
だけどどう返信すればいいのだろう。そもそも曜ちゃんはどういう意図であのメロディを送ってきたのだろうか。単純に音楽家的な視点なのか、それとも何か別の意味があるのか……。それが分からないとどう反応すべきなのかちょっと迷う。
自分の部屋に戻ると見計らったかのように再び曜ちゃんからThreadが入る。
『タクミ君と前にピアノセッションしたのが楽しかったから、思い出して作ってみたよ』
確かにあのときのことを思い出して、思わず興が乗ってキーボード弾きながら曲に没頭してしまったんだった。言われてみればなるほど曜ちゃんもあのセッションを思い出して作ったメロディだったんだな。
『聴いたよ。ちょっと待ってて』
そう返信して、僕は再びキーボードに向かう。メロディーは断片のようなもので足りないパートを付け足して録音する。
その音源をThreadで曜ちゃんに送り返してあげた。
ただその後返信はなく、もしかして気に入らなかったか、余計なことだったかなと若干後悔の念を感じながらも、午後のバンド練習の時間になったのでその件は有耶無耶になってしまったのだった。
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