【6/5完結】バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ

星加のん

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78 ホントの気持ち

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 興奮冷めやらぬ中、橘さんを含む業者さんたちは撤収作業に慌ただしく動き出す。
 羽深さんは生徒会の仕事に奔走する。
 僕は僕で持参した楽器や機材を父に預けるために駐車場へと向かった。

 父の箱バンは一際大きくて目立つので、駐車場に到着するとさほど苦労することもなく見つけることができた。
 僕の方が早く着いたようで、しばらく待っているとすぐに父がやってきた。

「お待たせ。いや、すげぇ良かったよ、スタイル・ノットだっけ? 年甲斐もなく踊りまくっちゃったよ、な」

 父が母親に同意を求めながらニコニコしている。母は母で嬉しそうにしていた。
 そうかそうか。この親父を踊らせたとはなかなかものだなぁ。それだけで大成功だったと言える。

「そっか、よかったよ。今回は結構自分でも手応えあったんだ」

「うんうん。だろうね。俺たちは光旗んところと打ち上げ行くからさ、お前たちはお前たちで打ち上げだろ、どうせ?」

「僕らは打ち上げだけどさ、親父たちが打ち上げって、完全にこじつけでしょ」

「まぁな。がはは」

 お気楽なもんだよ。こっちはこれからが大変なんだよ。はぁ……。
 一応、曜ちゃんとはこの後落ち合って音楽室に行くことになってるんだけど、どうなるんだろうなぁ。

 正門から入って昇降口の近くに設けられている文化祭用に設置されたアーチのところに向かうと、曜ちゃんが待っていた。
 一人でいるのかと思ったら、どうも同級生の女子と一緒に来ていたようで、僕が曜ちゃんに声をかけると、上から下まで一頻り眺められた後、「それじゃ、ジンピカちゃんまた後でね」と言って去っていった。
 どうやら僕らのセッションの観客というわけでないらしい。
 ということはやっぱり二人っきりのセッションになるわけで、今日、この後もしかすると曜ちゃんとの関係に決着を付けることになるのかも知れない。そう思うといよいよ緊張が増す。

「じゃ、行こっか」

「うん……」

 文化祭中は部活がないことを確認済みの無人の音楽室に二人で向かう。
 音楽室へと向かう階段を上がる僕らの足音を、僕の鼓動が猛スピードで追い越していく。

 音楽室の引き戸を開くと、緊張で力が入っているせいか、思いの外軽い音を立てながら開きビジャンと止まった。
 自分が思っていたより激しいその音に、自分で扉を開けておきながらちょっとビクッとなって苦笑する。
 誰もいない音楽室はどこかいつもと違って見える。

 僕はピアノの鍵盤蓋を上げて椅子に腰を落ち着けた。指鳴らしにハノンを何番か適当にポロポロ弾く。
 曜ちゃんは横に佇んでその様子を黙って見ている。

「よっし、じゃあ始めますか。いい?」

「ふぅ~、うん。セッションしようって言ってから随分経っちゃったね」

「そうだね。どれどれぇ~」

 譜面立てに置いたコード譜を確認してからイントロを弾き始める。メジャー・セブンスの甘く切ない響きが音楽室の空気を満たす。
 そして曜ちゃんの透き通った歌声が紡ぎ出すメロディーに合わせて、僕もテンポを揺らしながら答え応じるようにしてピアノを鳴らす。サビでハモってみると、曜ちゃんが気持ちよさそうに柔らかく微笑む。微笑みって不思議と歌の表情にも表れるもので、より音楽が豊かに輝き出す。
 二番の歌詞はところどころに僕もハーモニーを入れて、サビ部分は全面的にハモるようにする。情感が徐々に高まっていくに連れ、それに合わせるようにピアノの音も厚くしてく。
 三番は逆に音を薄くしてしっとりエンディングに向かい、最後のフレーズだけハモる。アウトロで半音転調させたメロディーをピアノでなぞって、この一曲限りの短いセッションを終えた。

 余韻を引きずるようにしてしばしの沈黙が二人ぼっちの音楽室を支配する。

「ありがとう、タクミ君」

「いや……やっと約束果たせて、よかったよ……」

「……すぅっ」

 曜ちゃんが大きく息を吸った。きっと今から何か大事なことを言おうとしているのだと、何となく分かって、僕の方は息を潜めて次の言葉を待っている。

「……っはぁ~」

 って深呼吸ぅーーっ!?
 思いっきり肩透かしをくらって脳内でツッコミを入れてしまったじゃないか。
 緊張で呼吸を忘れていた僕も、そっと溜息を吐いた。

「前に言ったけど……わたし、タクミ君のこと、好きだよ……」

「あ、ありがとう……」

「ふふ……ホントにありがたく思ってるのかなぁ……あはは」

「……うん……もちろん……」

 力なく笑う曜ちゃんに、何と言葉をかければいいのか、僕なんかには正解が分からない。ただ、誠実に向き合うという決意が揺るがないようにという思いだけがそこにある。

「……っふぅ……あのね、今日は……タクミ君の気持ちを聞かせてもらえないかな……勝手言ってるなって、自分でも思うけど……」

「あぁ…‥うん……そう……だね……えぇっと……」

 やっぱり今日、ここで決着付ける覚悟で曜ちゃんも来たんだ。

「ホントの気持ち……教えて……」

 曜ちゃんは絞り出すようにそう言ってギュッと目を瞑る。あぁ……覚悟を決めている。僕も腹を括れよ。

「あの……僕なんかに、好意を持ってもらうなんて、何ていうか、もったいないっていうか、光栄っていうかね……とっても、ありがたいなって思います、ホント。……曜ちゃんはとっても素敵だし、その……かわいいし、一緒にいると楽しくてドキドキする。だけどごめん。曜ちゃんとお付き合いはできない……これは曜ちゃんのせいじゃなくて、僕にはずっと片想いしてる人がいるから……」

 ついに言ってしまった。
 酷く傷つけたかもしれない。でも勇気を出して返事を求めてきた曜ちゃんに、思わせぶりな態度を見せるのはもっと酷く傷付けることに他ならない。

「そっか……んっ」

 曜ちゃんは何か言おうとしたように見えたけど、言葉を詰まらせてしまったようだ。
 一筋の涙が、まるで慰めるように彼女の柔らかそうな頬を撫でて落ちる。流れ星みたいだと思った。
 酷いことを言った自分のことがただただ恨めしい。

「今日は、ありがとう。予定では、今頃めでたく二人は付き合うことになってて、タクミ君と今日のライブの感想とかおしゃべりするはずだったんだけど、予定狂っちゃったな……。もぉ……タクミ君のせいだからね」

 彼女の身を知る雨が音楽室の床にいく粒も落ちる。精一杯の強がりなのか、抵抗なのかその言葉が胸に突き刺さる。

「あぁ……僕のせいだね……ごめんね……ごめん……」

 彼女が去った後の音楽室で、自分の中途半端な態度のせいで彼女を傷つけてしまったことに、遅すぎた自責の念を噛み潰した。
 僕がようやく音楽室を出る決心をした頃には、彼女が落とした涙の痕ももう乾いていた。
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